第413話 尻尾をつかめ
「調査結果から言うとー、件の超能力の話ー、あれは本物ですー」
「えっ、カナちゃんどういうこと? 本物って、本物の超能力者が居るの?」
「ですよー?」
ルナの母により実家に呼ばれてから一日経った、ハルたちは今、少し離れた郊外の丘の上にひっそりと建つ屋敷、ユキの買った家に集まっている。
普段は天空城のお屋敷、異世界で過ごすことの多いハルたちが日本でお茶をしていることは少し珍しい。
その理由は、昨日のルナの母からの依頼が関係していた。
話を聞いたカナリーは、やはり自ら協力を買って出てくれて、日本へと来て調査に乗り出してくれている。
別に向こうへ居たままでもエーテルネットには繋げるのだが、曰く『直接繋いだ方が気分が出る』、だそうだ。
「ハル君、しってた? 超能力者、居るんだって」
「らしいね」
「ありゃ、おどろかない。まあ、ハル君なんて魔法使いだもんね」
そう語るユキも、大して驚いている様子はない。まあ、彼女に関しては、ログアウトして肉体に戻った今、非常にのんびり屋さんになっているだけなのだが。
「それもあるけど、ちょっと前から知ってたからね、カナリーや、他の神様に聞いて」
「そなんだ。つまり、昔から超能力者って居たんだね」
「ですねー」
「超能力系のレアスキルあるでしょユキ? あれって元は、本当の超能力を解析したものなんだってさ」
「ふえー……、あのお高いやつがねぇ……」
<透視>や<念動>といったいわゆる『超能力系』のスキル。レアスキルとしての系統で分けられており、その入手には時間やお金が掛かる。
課金でランダムの低確率を引き当てるか、課金額により貯まるポイントと交換するか。
それともそんな大金を使うことは避けて、ゲーム内で手に入るポイントを地道に集めて交換するか。いずれにせよ、多くのリソースを要求されるのは変わらないスキルだった。
「あのスキルを作ったのって、運営の君たちじゃなくて外の神様なんだよねカナリーちゃん」
「ですよー? そのせいで『使用料』がかかるので、あんな風に無駄に高額設定になってますー」
「そなんだね? 超能力系ってレアな割には別に強い訳じゃないから、なんでかと思ってた」
歴史上、以前からひっそりと存在したらしい超能力。それを、エーテルネットを通じて解析し、魔法へと落とし込んだのが、あれらのスキルであるとのことだ。
それを作った外の神様は、それを全体公開はせずに、使用には日本円を必要とする設定にしていたらしい。
そのため、スキルの効果が使いにくい物であるにも関わらず、かなりぼったくり感のある価格設定になっているといった背景がある。最近ハルもそう知った。
「まあ、いいんじゃないかなぁ。最上位のやつが必須スキルとかだと、荒れるもん」
「そうだね。有用ではあるけど、今は便利枠に留まってる。まあ、<飛行>以外はだけど」
「あ、<飛行>は必須だ」
「逆に必須なのそれだけだから、みんなポイント貯めて<飛行>取るだけで済んでるんだよね」
大抵の事は魔法で出来てしまうあのゲーム、超能力は便利だが、それが必要とされる場面はあまり無い。
仮にもし、プレイヤーに犯罪不可の設定が掛かっていなければ、<透視>による覗き見や、<念動>による鍵開けなど、犯罪に利用するプレイヤーがこぞって買い集めていたかも知れないが。
ハルも、自分が制限を外れているからと、初期はそれらにお世話になった。
「でもさカナちゃん。うちら、そんな話聞かないよ? いやもちろん、オカルトでは定番だけど、ぜんぶ与太話だよ?」
「それはですねー、大抵は自覚なく、大した出力も出せずに終わるから、らしいんですよー?」
「そういった無自覚の能力者の些細な力のデータを繋ぎ合わせて、苦労してスキルにしたんだってさ」
「だから高いのかぁ」
「しかも発現は期間限定。何時でも自分の意思で自由に力を使える、いわゆる『超能力者』ってのはほぼ存在しないらしいのですー。見つけるのも一苦労ですねー」
「だから高いのかぁ」
ちなみにウィストなどは、ありとあらゆる成果物を無償で公開しているが、それにより彼の外の神への影響力はかなりのものだ。
本人は確実にそんな気は無いだろうが、彼がその気になれば誰も逆らえないとか。
「しかし、口ぶりから察するに、カナリーちゃん」
「ええ。今回の件、ちょーっと毛色が違うみたいですねー?」
「どゆこと? どゆこと?」
「どうも、『超能力者』として成立した例が、複数出てるみたいなんですねー?」
◇
カナリーに調査を任せた、その怪しげなコミュニティ。何かの犯罪に関する隠語だろうか、と奥様は予測していたが、予想外にも“本物”を引きあててしまったらしい。
本物であるからこそ、慎重になる。世間から隠れる。
そういった自分たちの正体を明かさない厳重さが、逆に不自然な点として浮かび上がってしまったようだ。
「隠したいなら、エーテルネットを介さずやりとりするべきでしたねー?」
「いやいや、カナちゃんやハル君みたいな、反則というか、管理者権限持ってる人なんて、ふつう想定しないよー」
「いいえーユキさん。素人である、ルナさんのお母さんに補足された時点でアウトですよー。軽率ですよー」
「……あの人、一応情報の取扱いにおいては日本でも最高峰だからね?」
「あはは、カナちゃんにとっては素人さんか。かた無しだなぁ」
エーテルネットに流れる情報を牛耳る家系、その中でもトップクラスの発言力を持つルナの母も、カナリーにとっては子供扱いだ。
ただハルは、莫大な情報のその中からこの一粒を掬いあげた彼女の嗅覚を素直に尊敬している。
カナリー同様に、いやカナリー以上に、どんなセキュリティであろうと構うことなくデータを読み取れるハルだが、読めるデータが莫大過ぎて、その中から価値あるものを見つけ出す作業は苦手としていた。
あらゆる情報が平等に無価値に見えて、逆にあらゆる情報がすべて珠玉に輝いて見えて。特定の目的にとってだけ有用なものを取捨選択できないのだ。片付けが苦手である。
「まー後の調査はアメジストの奴に任せるとしてー」
「そのひとが製作者?」
「はいー。私たちとして気になるのは、タイミングと当事者の素性ですねー」
「どんな人だったの?」
「それがですねー」
カナリーの調べたところによれば、超能力者として覚醒したと言って構わないレベルの該当者は三人。いずれも若い男女のようだ。
そこまでは問題ないという。超能力が発現するのは、傾向として元から思春期が多いらしい。ただ。
「その全員が、私たちのゲームのユーザーだったんですよー? これは、さすがに無視できる一致ではありませんー」
「……確かに、それは大事だ。偶然の一致とは考えない方が良いだろう」
「ゲームの中で超能力スキル使ってたら、こっちでも使えるようになっちゃった?」
「いえー、そこが微妙なんですー。該当の三人の中で、重課金なり重周回でレアスキルを回収しているのは一人だけ。それは否定が出来ますー」
「ふーん。でもそれは、逆に謎じゃん?」
「ですねー。ただこのままだと、ゲームも絡めて噂にされそうで。そういう意味でも早く手を打たないとですよー」
この件に関して、運営に関わる神はシロ。
ゲームをしていたら超能力に目覚める仕様など、さすがに仕込んでいる不届きものは居ない。
未接触なのでハルからは詳しいことは言えないが、そのスキル製作者であるアメジストという神も、カナリーが知る範囲ではそうした仕込みをする神ではないようだ。
それにゲームに使うスキルである。仕様書を一から十まで確認し、安全であることを皆で確かめたのは語るまでもないこと。
「まあー、意図していなくとも、そういった副産物が生まれてしまう可能性はゼロではないですけどー。人間の脳と意識について、私たちもまだ知らない部分は多いですからねー?」
「……いや、やはりタイミングが気になる。これは、今回の事件と、『黒い石』と無関係だとは思わないようにしよう。両者は同一犯と仮定したうえで、調べを進める」
「それがいいと思うよハル君。なにか見逃しちゃったら、手遅れになっちゃう」
ゲームと現実が交差する話とあって、ユキの表情も真剣みを帯びてきた。
その二つはきっぱりと分けて考えたいのがユキという人間だ。ある日、現実でもスキルに目覚めたとしても、『ラッキー!』、と素直に喜べないタイプである。
そんなユキではないが、本人の意思に関わらず異世界の力を持ち込んでしまうというのは幸福な結果をもたらすばかりとは限らない。
何かよからぬトラブルに巻き込まれる可能性など、いくらでも想定できる。
「……あまり、ゆっくりしてもいられなくなってきたな。『エーテル神』の捜索、可及的速やかに進めた方がいいかも知れない」
「ですねー。夢見る少年少女には悪いですけど、超能力の蔓延は断固阻止ですよー」
幸い、件の三人は今のところ、『犯罪に使おう』だとか、『世界を変えよう』、といった活動に興味はないようだった。
集まって、秘密俱楽部的に手に入れた力を楽しんでいるらしい。
なんでも『超能力探偵』でもやろうかという話をしているようだ。微笑ましい。
話がその程度で済んでいるうちに、原因を根本から究明し、制御下におく必要があるとハルは強く方針を定めるのだった。
*
「それで、何処から攻めるのかしらハル? その方たちには悪いけれど、これは降ってわいたチャンスとも取れるわ?」
「ああ、奥様には感謝だね。まるで掴みどころのなかったエーテル神が、今回ついにその痕跡を見せたとも言える」
「掴んでやりますよー、尻尾をー」
「カナりん、その人って尻尾あるタイプなん?」
「ないですー」
天空城のお屋敷へと戻ったハルたちは、すぐさま今後の作戦会議へと入る。
もはや一刻の猶予も無い、とまでは言わないが、これ以上何か起こる前に、元凶と接触し、その真意を問いただしたいところだ。
手掛かりとなるのは、当然その三人のプレイヤー。
彼らのこちらでの共通点を探ることで、何が原因でそのような事態となったのか特定する。
「ハルさんにそう思わせ、そこに誘導する罠という線も考えられますね。慎重に行きましょう!」
「罠なら食い破ろうぜアイリちゃん。罠だって、相手に通じる立派な手がかりだ」
「はい! ですが、“何も無い罠”かも知れません。徒労に終わるようなことが無いようにしなくては!」
アイリの言うのは、手がかりを見つけたと思いこませて、ハルたちの時間的なリソースを削り取る罠の可能性のことだ。
調べてみたら、特に何の意味もなかったという欺瞞の情報、それを掴ませて本命から目を逸らす、という手もあり得る。
「じゃあ他に何か変わったことが無いかー、日本で私が調べましょうー」
「頼んだよカナリー。……こっちの神様だったカナリーが日本担当とか、変な話だね、どうも」
「むー? 変じゃないですよー? 私はもう、『日本人、金糸雀ちゃん』ですからー」
「そうだったね」
偶然みつけたこの一つの手がかりに食いついて、他を見逃してはコトだ。
ハルたちは手分けし、新たな違和感が出ていないかも同時に探って行くこととした。
「ルナさん、お母さんに紹介してくださいー。彼女と協力して、事にあたりますー」
「……良いけれど、なんだか、不安な気がするわ? お母さまと、あなたを引き合わせるの」
「あー、分かる」
「なんでですかー! ハルさんまでー……」
なんだか、妙な悪だくみでもしそうな気がしてくるのだ。
二人とも根はぽやぽやしたのんびりな気質だが、興が乗ると楽しさを優先して、妙な悪だくみをしそうな子供っぽさがある。
「わたくしは、こっちですね! 伊達に王女などやっておりません、お役に立ってみせるのです!」
「私もこっちー。ほら、ゲームキャラのこの体じゃないと、役に立てんし」
アイリとユキはこの異世界に残り、こちらでの調査を進める。犯人はおそらくこちら側だ、重要な役割となるだろう。
他にも、神様たちも引き続き協力してくれる。
ルナの母に話を通した今、神様も何人か、日本の情報収集に回すのが得策だろうか?
「よし、じゃあ二人は僕と一緒に、例のプレイヤーが拠点としていた地域を調べていこう」
「はい!」
「どこなんハル君?」
「三人とも『青』の国、瑠璃の王国だね。何かあるとしたら、その一致からだ」
方針は固まった。早速、おのおの行動に移っていくハルたちだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2022/6/30)
追加の修正を行いました。(2023/5/12)




