第412話 大言壮語を吐く覚悟
「そうして、わたくしはこの世界へとやってきたのです!」
「すごいわ! あと、美月ちゃんがハルくんとどう過ごしていたのか、もう少し赤裸々に……」
「……お母さま? いくらなんでもはしゃぎすぎ」
アイリのことを打ち明けると決めたハルたちは、ここ一年弱の出来事をかいつまんでルナの母へと語っていった。
彼女はもっと詳細に(特に秘めごと事情を。血は争えない)聞きたがったが、さすがに長くなる。それは追い追い話していくとして、今はかいつまんで、あらましを話している。
「……なるほどねぇ。ハルくんが珍しく学園をお休みしたと思っていたけど、そんな大変なことになっていたのね?」
「実際は、戻れない、ゲームに閉じ込められる、という事にはならなかったようですから、心配は無用です」
「でもそこでハルくんが頑張ったおかげで、そのカナリーちゃんって子もこっちへ来れたのでしょう」
「ええ、まあ。今は僕に続く二人目の管理者となっていますよ。あまり、仕事の手伝いなんかは期待しちゃ駄目ですけどね」
「私も直接関係ない子に無理は言わないわ。ただ……」
ルナの母はそこで、少し表情を曇らせるように押し黙ると、意を決し申し訳なさそうに言葉を続けた。
「今後、美月ちゃんたちを取り巻く事情には、否応なしに巻き込んでしまうことになるでしょう」
「ええ、そこは理解していますよ奥様」
「私も、その方の力を前提にして、考えを進めます。申し訳ないけれど、わかってねハルくん」
「そんなに、すまなそうにしないでくださいよ。好き勝手やってるのは僕の方なんですから」
美月を取り巻く今後の事情というのは、当然ハルとの結婚のことだ。
さきほど危惧をしたように、アイリを初めとするハルのハーレムを否定はされなかったが、それでも、『政略結婚を進めるよりも大変な道のりになる』、と指摘されている。
その道を進むにあたり手を抜いている余裕など存在せず、ハルとカナリーが望むと望まざるに関わらず、そこに家族全員を巻き込んでしまうのは必定だ。
だが、そこが問題になりはすまい。
目の前で両手に握りこぶしを作って気合いを入れているアイリだけでなく、今はだらだらと過ごしているカナリーも、勿論ユキも、いざ事態が動けば協力してくれるのは間違いないと断言できた。
「しかしハルくん。よく話してくれました。ずっとずっと秘密にしていても、お母さん怒りませんでしたよ」
「いえ、むしろすぐにご報告せずに……」
「いいえ、ハルくんなら分かっているでしょう。秘密を知る者が多くなればなるほど、それが露呈する危険もまた増すというもの」
それはハルも十分に理解している。つい最近あった話と同じである、真に強固に秘密を守るセキュリティは、その一切を他人には伝えないことだ。
ハルは奥様を非常に信頼しているが、それでも絶対という訳ではない。
これは彼女が悪意を持っているということではなく、ついうっかり無意識にこぼしてしまったりする可能性が生まれてしまう、ということだ。
もしくは彼女がハル同様に、真に信頼できる相手に固い約束のもとに秘密を話したとする。
その相手が、また真に信頼できる相手に、その相手がそのまた……、と続いていくと、最終的にその信頼の基準は少しずつズレて、ハルにとって信頼できる人物ではなくなってしまったりする。
家柄上、ルナの母はそういった秘密の取り扱いには非常に厳格な人だった。
「それでも、貴女にはやはりお伝えしたかった。僕にとっては、大切な家族ですから」
「もう。嬉しい言葉でごまかそうとするんだから……」
この人は、なんだかんだでハルに甘い。今も、政略結婚によってハルが『格』を上げる気は無くなったのだと理解すると、すぐさま脳内でプランを練り直してくれた。
ハルに『茨の道になる』と忠告はしているが、それは彼女自身だって同じだろう。その道を娘のため、それしてハルのためにも、嫌な顔ひとつせずに共に進んでくれる気だ。
そんな彼女に、どうして秘密にしたままの不義理ができようか。
「それに……」
「うん、どうしたの? 心配事は沢山あるでしょう。お母さんに相談してごらんなさい!」
「お母さま? なんだか娘の私よりも、ハルに親身ではなくって?」
「だって美月ちゃんはちょっとくらい放置しても立派に何でもこなす優秀な子だし……、あ、うそうそ! あなただってきちんと大切です!」
「……はあ。わかったわ、もういいってば恥ずかしい。ハルの話を聞いてくださいな?」
そんな血のつながった母娘のやりとりに、ハルとアイリは黙って微笑ましいという暖かな目を送る。
親の居ないハル、王という立場に縛られて、娘と接することのできない親をもつアイリ。二人にとって、親子の仲睦まじい姿というのは心安らぐものだった。
そのルナが今後も変わらず、こうして母と過ごすためにも、この秘密を打ち明けるのはやはり必須だっただろう。
「っと、ごめんなさいねハルくん。それで、何か言いたいことがあったのよね?」
「ええ。この異世界の存在。近く察知する者も出てくるでしょう」
「……それは、大々的に明るみに出る、ということかしら?」
「いえ。近くと言っても、しばらくは先ほどの話のように、都市伝説といった程度のスケールで終わるでしょう」
「……そうね。ハルのように誰もが的確に情報を集められる訳じゃない。それでも、大規模オンラインとして、ゲームになっているような状況だわ? ふとした拍子に、誰かが確信に至ることは無いとは言えないと私も思う」
「そんな、ある意味危うい状況。奥様においては、先んじて知っておくことが有利となるはずです」
◇
現実と見まがわんばかりの美麗なグラフィックを誇るゲームが、『もう一つの現実』と呼ばれ始めたのはいつからなのだろうか?
昨今では、現実と遜色ない精緻なものはありふれた存在となった。
故に異世界であり現実そのものなあのゲームであっても、現代では目立たない。『凄いゲームだ』、程度で流されてしまう。
しかし、全ての人間がそうとは限らない。特に面白いゲームであれば、遊びつくしたい、調べつくしたいと思う人間は自然と出てきてしまう。
これがまるで人の居ない知る人ぞ知るゲームならばまだいい。しかし、あのゲームの目的は人を集めること。マイナーと言うには、今でも人が多すぎる。
人を集め、楽しんでもらい、魔力を集めるという構造上、どうしてもついて回る問題だった。
「……なるほど。そしてハルくんは、それを武器にする。先行者として、異世界利権とでも言うべき利益を囲い込んでしまう気ですね」
「ご理解早く、流石にございます奥様。すでにそのゲームですが、美月の会社に取り込むことが決定しています」
「なるほど。それは、攻めの姿勢ですか?」
「それ自体は守りです。しかし場合によっては攻めに転用することも適うように、ですね」
攻めというのは、自ら積極的に異世界の存在を発信してゆき、その利益を享受すること。
守りというのは、異世界の存在が明るみに出ないよう、ハルの側で制御が効くようにすることだ。
あのゲームの運営権をハルが神様たちを従えてまで得たのは、後者である守りのため。
あのまま神様に全て任せきりにしておけば、日本の事情については専門家とは言えない彼らのことだ、いずれ明るみにでていただろう。
そこをペーパーカンパニーから実情のあるルナの会社に移す。その事で制御がききやすくなる。
しかし、それで全てが解決、とはならなかった。
「あの世界に存在するのが、そのゲーム関連のAIだけなら解決なのかも知れませんが」
「お話によると、神様なのよね? アイリちゃんがお詳しいのかしら?」
「はい! お母さま! ですがわたくしも、外の神々のことについては最近知ったばかりとなります!」
「そうなのねぇ。邪神さんだったわね。そのAIは、まだ制御できていないと」
「ええ、彼らもこちらの世界と接続することで、魔力が欲しいでしょうから」
「カナリーたち運営の成功を見て、『自分も後に続きたい』、と考える者が出てもおかしくないわ?」
例の行方不明の『エーテル神』を除いては、管理者であるハルに皆、協力的であるようだが、それぞれの目的に関してはまた別だ。
ハルの障害にならない範囲において、誰もが自分の目的のために動きたいと思っている。そこは、ハルも止めようがなかった。
例えば、カナリー達と同じく、ゲーム会社を設立して日本人を、魔力を呼び込もうと考える神が、または神のチームが出てくるかも知れない。
そうすると、当然だがその出来栄えは杜撰、というより一段階劣ったものに成らざるを得ない。
別に外の神様を軽んじている訳ではない。百年以上をかけて、入念に準備したカナリー達には及ぶべくもないのだ。
「既に、『黒い石』という形で日本にも明確に影響が出ています。もちろん僕も大事に至らぬよう努力していますが」
「再び時代が変わる可能性もある、ということね」
「はい」
穏便に済ませようとは思っているが、絶対ではない。そういう意味でも、ハルは奥様に異世界のことを先に知っていて欲しかった。
事が起こってから渋々と語り始める賢者キャラではなく、事を起こさないために皆に協力を仰ぐ賢者キャラとなりたいということだ。などとユキには言われてしまったが、近いのかも知れない。
「……うーん、お母さんも力になりたいけれど。私が動けばどうしても多方面に影響が出ちゃうし、難しいものねぇ」
「お気になさらず。とりあえず、知っておいて欲しかっただけですから。基本的には、僕の段階で収めてみますよ」
「うんうん。何かあっても、お母さんがなんとかしてあげるからね!」
「安請け合いしないのお母さま。こんなこと、ハル以外にどうするっていうのよ……」
「それでも、なんとかしてあげなきゃいけないのが、母親というものなのよ?」
「もう……」
「すてきですー……」
娘のために、そして有り難いことにハルのためにも、いかな無理難題であろうとも『なんとかする』、と断言する。
そこに逃げ出そうという気持ちなど一切見られない。その覚悟の前に、大言壮語などとは決して言い出せないだろう。
もちろん、世の中そう甘いものではない。気持ちだけで、なんとかなる事ばかりならば苦労はない。
しかし、まずはその揺るぎない気持ちが先に存在しなければ、成せることも成せないのではないか。
ハルは、そんなルナの母の頼れる姿を見て、そんな想いを胸に去来させる。
本心では、ルナとの結婚が第一の関心ごとで、今日はそれを語りたかったに違いない。
だがそれも押し殺して、この唐突に打ち明けられた異世界事情の相談に乗ることに終始してくれた。
その優しさに応えるためにも、ハルは今回の件、奥様を煩わせることなく終息させ、そしてルナとの結婚についても、決して中途半端ではなく誰にも文句を言わせずに成してみせようと心に誓うのだった。
※誤字修正を行いました。報告、ありがとうございました。(2022/7/19)




