第411話 未知との遭遇
「そういえば、美月さんは今は寮を出て生活しているとか。この時分、あまり感心しませんよ?」 (同棲ね。同棲なのね! お母さん、気になっちゃう!)
「……はい、お母さま。その、表情と言葉がかみ合っていらっしゃらないのですが」
「ご安心ください、奥様。学園への行き来は、僕が必ず付いていますので」
「やはり同棲なのですね……」 (やっぱり同棲ね!)
「奥様もう普通に喋った方がいいのでは?」
普通の親であれば、年頃の学生同士が同棲生活など、ルナの母でなくとも心配し、咎めるものだろう。
しかし、この奥様はそうした態度は言葉の上のみの話であり、心のうちではその生活に興味津々のようなのだった。
「こほん。策としては、悪くないでしょう。良家の者が集うあの学園、興味ないふりをしつつも貴女がたの動向には皆、目を光らせているでしょうから」 (ハルくんと一緒に登下校してるところを見せつければ、既成事実も完璧ね!)
「つまりお母さまみたいな方が一杯いるということね……」
「でもそれは今更ですかね。僕と彼女は、ずっと『付き合ってる』って噂になってるでしょうし」
「それが一段階進んだと、彼ら彼女らの親に伝わることが重要なのです」 (あくまで現在の実権は親世代よ? そこへ伝わる情報をコントロールしていかなくちゃダメ)
このあたり、流石はルナの母親だった。しれっと言っているが、普段から相手の行動を無意識に操る術に長けているのが分かる。
自分が何か特別に行動を起こさなくとも、相手は勝手にそれを読み取り、更にその結果が次の展開へと波及する。
そういった、自分の行動によって投じられた一石が波紋を生じさせて全体へと広がる。その効果を見極めて操る。彼女らの鉄面皮もそのための効果的な武器だ。
ハルは自らの圧倒的な影響力によって、強引に相手の行動を制限することを得意としており、そうした静かな戦い方はまだまだ二人から勉強中だ。
逆に二人は、大げさに動けないので、個人に対する積極的な対処を苦手としていた。大御所ゆえの苦悩である。
そこは、ハルが動くことで補い合っているのだった。
「郊外の方の高級住宅地に、小さめのお屋敷がありまして、今はそこを拠点としています」
小さめ、と言うと本来の家主であるユキに申し訳ないが、この目の前の奥様基準で言えば間違いなく小さめだ。
無論、庶民派であるハルからすればあそこも、同程度のアイリのお屋敷も豪邸である。
「そこで、ハルの恋人たちと一緒に暮らしているわ」
「なるほど、甲斐性があるのは良いことです。して、その方々の家柄は?」 (雲行きが怪しくなってきたわね。お母さん、ここはちょーっと厳しくいくわよ?)
ここにきて、初めて言葉に出た内容と本音が逆転した。非常に珍しく、本音の部分の方が厳しくなる。
まあ、ここも一人の娘の母親とすれば、いきなりハーレムと言われて警戒するのは当然だが、そこは現代貴族とも言われる良家の奥方、そこで揺るぎはしない。
しかし今度は、その貴族としての部分から物言いが入ることになる。
重婚も当然とするようになったその現代貴族達だが、その相手は誰でも彼でもという訳ではない。当然、相手にも格を重視するのだ。
それは自らの『家』の力を強化し、勢力を伸ばさんという野望がある故の必然だった。
気に入った者を次々と迎え入れる、という俗物的な欲望は基本的に煙たがられる。それ故ルナの母も慎重になるのだ。
ちなみに、そういった分かりやすい俗物的なタイプも居ない訳ではない。
「美月さんからも、積極的に光輝さんに縁談をもちかけ、箔を付けるとは聞いています」 (あんまり、美月ちゃんのお眼鏡に適う子は居なかったみたいだけど……)
「そういえば、前は何かと『関係を持て』、って言ってたよねルナ」
「ええ」
あのゲーム以前は、学園の同級生などの年の近い女子を見つけては、冗談めかして肉体関係を持たせようとしてきたルナだった。
そのため、普段からえっちな発言が多い、むっつりお嬢様のようになっていた。
……いや、ルナが案外えっちなのは、それを除いても事実かもしれない。
要するに、まずはあまりそうした貴族体制を意識していない家の女子から始めて、ハルに箔付けをする計画だったのだ。
最初の一人と縁が出来てしまえば、少ないながらもハルにも『格』が出来る。
そうしたら今度はそれを足がかりに、次はもっと格の高い家と婚姻を結び、と徐々にランクアップして行くのだ。成り上がりゲームだ。
無論、実際はそのようにゲームじみて上手く行くことなどない。
相手はそんな野望丸出しの話に乗ってこないし、新興勢力の成り上がりなど、既存の大派閥が許さないだろう。
しかし、ハルとルナの場合においては可能性があった。
新興勢力とはいえ、背後には常にルナと、その実家の存在がチラついている。
いずれそれに取り込まれることは女子たちにとっては保証となるし、敵対派閥にとってはやっかいな障害となる。
ハルもただのお飾りの旗頭ではなく、本人にも十分な力があった。
「贅沢を言ってはいられないのは分かっているけれど、そうすると今度は女子側に、成り上がり志望のいけ好かない子が増えてくるのよね」
「当然ですね。相手もまた、同じように考えます。そう都合よくはいきませんよ」 (ハルくんが軽んじられて、怒って破談にしてきちゃったのね美月ちゃん……)
所詮は政略結婚と分かっていても、可能なら仲良くできる者が良い。
そんな、貴族としては中途半端のふたりの計画は、これまでずっと遅々として進まないもになっていたのだった。
学生生活で猶予期間を過ごしつつ、それならば経済的な基盤の強化から進めるかと色々と探っていた時に出会ったのが、あのゲーム、という流れである。
「しかし今は軌道に乗ったようですね。しかし光輝さん、分かっていますね? 重要なのは家柄です」 (ハルくんの選んだ子なら間違いは無いと思うんだけど。美月ちゃんのために、そこは譲れないの)
「ご安心ください、奥様。その中の一人は、王族です」
「…………はい?」
鋭かった目を見開いて、可愛らしく、ぽかん、とするルナの母。この時代に王族などと、何を言っているのか分からない。そんな様子なのだった。
「せっかくですから、紹介しましょうか。……奥様、人払いを、お願いしてもよろしいですか?」
*
「こんばんは! アイリと申します!」
「あら、かわいらしい! 元気いっぱいで、とっても結構ですね」
「お母さま、アイリちゃんは、たぶん私より年上よ?」
「そうなのね? 婚姻を結ぶ上で障害にならなそうで、結構なことだわ?」
「……そういえばお母さまも、こうしているとアレよね」
アイリと共にきゃいきゃいとはしゃぐルナの母は、人払いをし、厳格な仮面を脱ぎ捨てた今、実年齢より子供っぽく感じられる所はアイリと同じと言えてしまった。
そんな実母の様子に半ばルナが呆れた顔をするも、好きにはしゃげる機会などそう無いのが分かっているので、特に何も言いはしないようだ。
「確かに、こうしてはしゃいでいても、隠しきれない教養を感じるわね」
「流石は奥様ですね。そんなことまで分かるんですか」
「同類ですもの! しかし、確かに王族と言われても納得な気品だけれど、冗談ではないの?」
「はい! 異世界の、王族なのです!」
「…………はい?」
本日二度目の、思考停止を招いてしまった。当たり前だ、『何を馬鹿なことを言っているんだ』、となるに決まっている。
しかし、これが詭弁や冗談の類ではなく、人払いを要する真剣な話であるということは、ルナの母もまた理解してくれているようで、その異世界という単語をどう処理すべきか、必死にかみ砕いているようだった。
「ハルくん?」
「すみません奥様、これ事実です。新手の法の抜け道を思いついたとか、そういう話でもありません」
「そうなのねぇ……」
ハルたちの現状を彼女に問われ、どう説明するかと少々頭を悩ませたが、結局ハルが選んだのは全て包み隠さず報告することだった。
彼女もまたハルの大切な家族、厳しくも優しく、ハルを育て導いてくれた大切な親代わりだ。
そんな彼女に、ハルと、娘であるルナを取り巻く現状を、黙ったままでこのまま事を進めたくはない。そうした感情に従うこととした。
ルナを妻とするにあたり、血を分けた娘を貰い受けるにあたり、それが礼儀ともなるだろう。
「疑いはごもっともだと思いますが」
「うーん、疑う、疑わないという以前に、どこから情報に攻め込めばいいか分からないわ?」
「まあ、お母さまの言うことはもっともね。といってもこちらも、どこから説明すればいいやら、ね?」
「ねぇハルくん? 何か、一目で分かりやすい物とかって無いのかしら……」
当然ながら、状況が上手く飲み込めていない。大物中の大物であるルナの母であるが、さすがに突然、異世界人が家に訪ねてくるのは想定のいっさい外側のようだった。
「じゃあ、これはどうでしょうか。……アイリ?」
「はい! いつでもどうぞ!」
そんな中、一目で分かる証拠といえばやはり魔法だろう。
この世界全体に張り巡らされたエーテルネットの情報網、それを牛耳る家の主である彼女だ。魔法が実現不可能なのは、よく理解している。
そんな彼女の前で、ハルはアイリを<転移>によって短距離テレポートさせて見せた。
「わ、びっくり……!」
「これが、異世界の魔法ですね。そもそも、彼女はこうやってこの家に入って来たんですよ?」
「そういえば、確かにうちのセキュリティにはアイリちゃんの入室記録が一切無いわ? でもそれは、ハルくんが上手くやったのかと」
「この家のセキュリティを無効化されたら一大事よお母さま? もっと危機感を持ちましょうよ?」
「でも、ハルくんならどんなにセキュリティを高めても無意味でしょう?」
「信頼感は嬉しいですね。とはいえ、奥様に黙ってそんなことはしませんが」
そもそも、今もアイリはエーテルネットの判定によれば『ハル』のままだ。なので不法侵入もなにも、判定の上では“今この場には誰も増えていない”。
これもいずれはどうにかしないとならないが、今は置いておいて構わないだろう。
「幻術めいた立体映像の類ではありませんよ。座標の確認をお願いします」
「うん、大丈夫! ハルくんはお母さんを騙したりしないもの! 本当にテレポートしたんでしょ?」
「ええ、まあ」
そうして素直すぎるルナの母の性質も相まって、アイリが異世界の出身であることは難なく理解してくれた。
しかし、問題が根本的に解決を見た訳ではない。
王族であると言ってもアイリはこの世界ではその権威を何も振るえない。一般人、いや現状では何者でもない存在だ。
そんなアイリと結婚することは、ルナとの結婚という茨の道を歩むにあたって、何の貢献も寄与しないのだ。
今は異世界人の存在に衝撃を受け動転しているが、すぐに彼女もそのことに気付くだろう。
そこをどう納得してもらい、どう説得するか、その厄介な道がすぐそこに待ち受けているのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/4/29)




