第410話 超能力
本日より、「終章」がスタートです。
ただ、先に言ってしまいますと、この章の終了後にも後日談のように普通に続くことを予定しています。そこはご理解いただければ幸いです。
二つの世界を巡る謎の数々は、この章で一通り解き明かされる予定です。そういった意味での終章ですね。
どうか、無事に回収できるよう応援よろしくお願いします。。
エーテルの塔での決戦の後、再び事件の捜索は一から練り直しとなった。
ただ、今までとは異なり手掛かりは全くのゼロではない。エーテルの塔に残されたかつての異世界の建造物、そこに残された資料。そうしたものから得られるデータがある。
そして、次元の狭間の存在。それを知覚していることによる視野の広がり。
運営の神様たちも総出で、あの空間についてのデータを採取してくれている。
「あの子もお屋敷に馴染んできたわね。結局、女の子でいいのかしら?」
「お屋敷が男子禁制だからその流れでね。本人は、未だに無性別に名残り惜しさがあるみたいだけど、いずれ自分で選べるでしょ」
「アイリちゃんたちも、小さい子の世話をするのが楽しそうね?」
「あとは白銀が、上手く独り立ちしてくれればねえ……」
ハルたちが探す黒幕の代わりにエーテルを名乗らされていた少女、そう、現状は少女となっている。彼女も、自身の製作者の行方は知らないらしい。
だが、必ず痕跡は残っているはずだ。あれだけ大規模に動いて、一切の足跡を消し去ってしまうことなど、ハルであっても不可能である。
しかし、必ずあるはずだと言ってもそれがすぐに見つかれば苦労はしない。
ハルたちは、しばしその捜索中にもつつがなく進んでいく日常に舞い戻っていた。
「世界は進むよね。個人の事情なんて加味せずに。……イベント進行中は、メインシナリオの流れがストップすればいいのに」
「仕方ないことよ? そんなことをすれば、誰かさんはサブイベント巡りから帰ってこなくなって、一向にこちらが進まないもの」
「仰る通りで」
例えハルがいくら忙しくとも、世界の進みは待ってくれない。一つの事情にだけかまけていたければ、少し前までのエーテルのように、完全にそれ以外との関りを無くすしかあるまい。
そう、ハルたちには無視することの適わないもう一つの世界、いや本来の世界がある。
今はルナとふたり、その世界である日本で、無視する訳にもいかない学園から、並んで下校のみちゆきを行く最中だった。
「どっか寄ってく?」
「いいえ、止めておきましょう。今日は実家よ? 間食はお母さまが厳しいわ」
「あれって実は、『自分の分も買ってきてくれればいいのに!』、って意味だから、お土産買ってけば平気だよ?」
「まさか。……えっ? 冗談よね?」
「いや本当。表面上は咎めるだろうけど、お土産があれば一言で済むよ奥様は」
「あの人は……」
非常に厳格で、礼儀やマナーに厳しい、いかにも良家の奥様といった風体のルナのお母さまだが、それは立場上そう演じているだけ。
中身は、案外お茶目でのほほんとした人物だった。
ただ、厳格な演技がきっちりしているので、娘のルナであってもそこは読み取りにくい。
ハルも長年の付き合いとその洞察力で、ようやく内面が掴めてきたところだ。
「まあ、それでも止めておきましょう。今日はなにやら、重要な話があるらしいから。きっといつも以上に固いわよ」
「そっか。じゃあ奥様の方でお菓子なんかも用意してくれてるね。それならお土産も余計だ」
「どうかしら。重苦しい話なら、お茶が出れば重畳ではなくて?」
「いいや、お菓子も出るね」
ならどちらに転ぶか賭けようか、とそういう話の流れになった。
ハルの読みの力と、肉親としての経験と勘。それを競う勝負として、互いに主張を譲らず、互いに勝利を確信する。
そんな、ルナの表情もいつもよりも豊かな微笑ましいやりとりは、彼女の実家の大きな門をくぐるまで続いたのだった。
*
「用意されているからといって、そう軽々しく手を伸ばすものではありません。はしたないですよ」 (今日は二人のために奮発しちゃった! たくさん食べてねハルくん、美月ちゃんも!)
「お心遣いありがとうございます奥様。いただきます」
「あなたね……、表面上の言葉と会話しなさいな……」
「光輝さんの無作法は今に始まったことではありませんからね。半ば諦めていますが」 (分かってくれて、お母さんとっても嬉しいわ!)
「お母さまも、表情が崩れているし……」
まさにルナの母、といったように、ぴくりとも動かず無表情で固定が基本の彼女の仮面。それが、微妙に嬉しそうにほころんで和らいだ。
娘の小声の指摘によって、すぐさま完璧な鉄仮面の武装をし直すが、なんとなく空気もゆるく和らいだ雰囲気がある。
ハルはそんな母娘の分かりづらい攻防を特に気にすることはなく、二人を迎えるためにルナの母が頑張って準備してくれたお菓子を口に運んでいた。
ここには今は三人しか居ない。ハルの振る舞いも、いつも通りの傍若無人に戻っていた。
形式上のこと以上には、それは咎めらることはない。彼女の内面からは、暖かい歓迎の意思が感じられる。
ちなみに、賭けはハルの勝ちのようだ。同じく表情の動かないルナの内面からは、読みを外した悔しさが感じられる。
「……それで、今日はどうしたのですかお母さま。私たちとお茶をしたかった、という訳ではないようですが」
「それでも良いのですが……、いえ、今日は二人に、聞きたいことがありまして」
「浮ついているわね……」
「だって、嬉しいんだもの。結婚を決めたのでしょう? あなたたち」
一瞬だけ仮面を取り払い、素の彼女が垣間見えるが、すぐにそれは鳴りをひそめてしまう。
ここには三人だけだが、部屋の外にはメイドさんならぬお手伝いさんが待機している。その者らの入室時には、完璧な奥様の姿を保っていなければならないのだ。
彼女が自分をさらけ出すのは、基本的には完全に人払いが済んだときだけだ。
ちなみに、ハルにもその対応が求められているが、ハルの気配感知と変わり身の早さは一級品なので、それを理解している二人からは見逃されている。
どんなにだらけていようと、一瞬で礼節の仮面を被れるのがハルだった。
「……さて、実際に、少し真面目な話になります。背筋を正して聞きなさい」
そんなルナの母が、切り替えるように自身のゆるい雰囲気を一掃し、気配を一段階、硬質化した。
ハルの起動している、彼女の本音を探る補助ツール、通称『奥様翻訳機』にも訂正は見られない。本当に真面目な話であるようだ。
ちなみに、背筋を正す必要があるのはハルだけである。
「貴方がたは、超能力や魔術といった、オカルト現象のデータには通じていますか?」
「はい、お母さま。ゲーム会社の経営をするにあたり、そういった方面にも、つつがなく」
「僕は人並みには興味はありますが、データとしての蓄積は薄いですね、奥様」
一瞬、ルナから『何を言っているんだ』という視線が送られてくるが、嘘はいっていない。
恐らくこの日本で唯一の魔法使い、自由に魔力を使える存在であるハルだが、ルナの母がいま切り出した話には、恐らく関係がない。
オカルト、都市伝説、怪奇現象。多くが若者の夢想や勘違いによるそれらの噂は、ハルの使う実在する魔法とはまるで別のものだ。
若者文化への精通、そういったコミュニティの分析、果ては心理学や民俗学、そういった方面の知識とデータの蓄積が求められる分野と言える。
ハルも興味はあるが、積極的に調べることはしていない。魔法に夢見ていた割に、根が現実的なハルだった。
「よろしい。今回の案件は、そういった話となります」
「心得ました、お母さま」
「それはまた……」
少しばかり、ハルにとっても意外な展開だ。
ルナの母から、エーテルネットに関わる仕事を依頼されることはそれなりに多い。
ハルの正体を知る数少ないものとして、その特異性を頼りにされている。そして、ハルの有用性を仕事の成功をもって外部に知らしめることで、家の、一族の中でのハルの立場を安泰なものにしてくれている。
それら仕事の多くは、基本的にとても現実的なものとなる。
不正の証拠の確保、成長分野のデータ分析、ふるわない事業の立て直し。あらゆるデータに容易にアクセスできるハルには、うってつけの内容である。
その仕事で、オカルトというあやふやな概念が飛び出してくることに、少々の違和感を禁じ得ない。
「光輝さんは、オカルトには強い興味は無かったのですか? 超能力など、好きだったように記憶していますが」
「ええ、好きですよ。ですが、オカルトはあくまで噂。僕がしたかったのは、エーテル技術を使っての魔法の実現です」
「現実的なのですね。ですが今はそれが心強い」
「ということは、問題は現実的なこと、という訳ですねお母さま?」
「もちろんです。正しく言うならば、オカルトが光輝さんの言うように、ただの噂に過ぎないことの証明でしょうか」
ことのあらましを、彼女は説明してくれる。
なんでも最近、巷ではひそかな超能力ブームなのだとか。それだけなら別に良い、商機である。関連したサービスで儲けるチャンスだ。
しかし、この話は少し毛色が違うようだった。
噂は大々的に、ネットの表面上に広く流れるものでなく、もっと深く狭い、局所的なものなのだそうだ。
オカルトである以上、不自然ではないように感じるが、言ってしまえば広める事に意義があるともいえるそうした噂の動きとしては、変わった動き。
個人から個人に口伝いに。非常に閉じたコミュニティでの進行のようだった。
広めまいとしても、広がってしまうのがネットというもの。その動きは、まるで明るみに出るのを恐れているように見えるのだそうだ。
「……なるほど。これはオカルトというよりも」
「そうね? 犯罪の伝播に近いのかしら?」
例えば違法な物品をこっそりと取引するような。そんな『商品』の符丁に、オカルト関係の言葉が使われているのではないか。
そのように、考えられるのだった。ルナの母も、それに頷く。
人並みとは言ったものの、魔法大好きなハルである。その界隈の専門家とはいかないが、一通りの知識は持っており、まさに適任といえよう。
それに進展しない異世界の探索のかたわら、良い息抜きになるかも知れない。
ルナと共に、そして他の家族も加えて、探偵ごっこにしゃれ込むのも悪くないだろう。
そうハルが依頼を了承すると、彼女も満足げに仕事を一任してくれるのだった。
「では、この件は任せましたよ。くれぐれも、気を付けるように」 (もし事件性が高そうなことだったら、ちゃんとお母さんに相談するのよ!)
「お任せください。その時は、頼りにさせていただきます」
「だから発言されていない内容と会話するのはお止めなさいな……」
「……あら、美月ちゃん、お母さんに嫉妬?」
「お母さまも! 気を抜きすぎです……」
すっかり、娘とその未来の夫をからかう楽しみに夢中になっているようで、しばらく彼女の様子は厳格な奥様へは戻らないようであった。




