第41話 朽ちた神殿へ
ちくちくと、ルナが服を縫う音だけが規則的に響く。
<念動>のスピードは結構速い。流石にミシンのスピードほどではないが、素早く的確に縫い進めて行く。
布の方も魔法で固定されており、ずれる事も無い。糸の描く複雑な模様は見ていて飽きなかった。
「それってメイドさんに教わったの?」
「ええ、魔法の種類は違うけれど、彼女たちのやっているのを見て思いついたわ」
生活に魔法が浸透しているこの世界らしい。
メイドさんは夜中、警戒にあたっている最中に繕い物なども済ますらしい。ルナはそこで彼女らに教わったとか。
「縫い方なんかも外の世界と大差ないよね、こっちの服を見ると」
「そうね、どうせならデザインも合わせてくれれば楽だったのに」
ルナの言葉に、カナリーが出てくる。久々のちびカナリー。
ぱたぱたと飛び回ると、ハルの頭の上にとまる。くしゃくしゃとハルの髪の毛を寄せてクッションにしているようだ。
「鳥の巣ね、ハル」
「カナリー、髪を集めないの。そういえばカナリーが物を掴むのも念動みたいなものかな」
「そうですねー。この体が物に触れてる訳ではないですからー」
髪の毛が解放され、鳥の巣の不名誉は返上となった。
いたずらっ子的な要素のあるカナリーだが、こんなに戯れるのは珍しい。話題を変えたいのだろうか。
だがルナは容赦してくれなかった。そのままカナリーに質問が行く。
「カナリー? 服のデザインも料理などと同じようにリアルに合わせないの?」
「それがですねー、合わせようとは思ったのですが。流行を作るのは文化を作るより大変でしてー」
「普通、逆ではないのかしら」
「相変わらず、突然重要そうなこと言い出すね君は」
言いたいことは分かる。文化が入れ物で、流行はその中で人が作り出すものだ。
カナリーは箱を用意したが、箱の中身までは干渉しきれない。ユーザーは絶対に運営の想定した通りに遊ばないのと少し似ている。
「まあ、ジャージを広めなかっただけ感謝してるよ」
「台無しですもんねー。まあ、あの布は向こうの感覚に反して、この世界では作成が難しくて数が無いですので、心配はないと思いますよー」
「ひと安心だね」
突然ジャージを身に着けた町人の集団に出くわしたりしたら、違和感が凄い。
──プレイヤーか? って思うよな間違いなく。
「でもジャージじゃないけど、道ゆく人達はシンプルな服着てたよね」
「それはシンプルにせざるを得ないからでしょうね。シンプルにデザインした、とはまた少し違うわ」
「ルナさんはこだわりが大きいですねー」
「ハルに着せるものですもの」
そう言ってくれるのは嬉しいが、常にきっちりしていないといけないのも大変だ。
アイリの手前、変な格好はできないが、たまには気を抜いた格好もしたくなる。それこそジャージで。
アイリもアイリで大変ではないだろうか。いつもかわいらしい服で着飾っている。それもハルと違って毎日変えているのだ。
「いっその事全員の装備をジャージにして、僕もジャージになってしまうか」
そうして皆でダラダラする。たまにはそんな日があってもいい。
「ダメよ。メイドさんが気に入ってしまったらどうするの?」
「機能的だ、って?」
「ええ、ジャージさんになってしまうわ」
「ジャージさん……」
彼女たちはそんな事はしないとは思うが、それは絶対に避けなくてはならないだろう。メイド服の持つ力は大きいと再確認。
やはり服というのは重要な要素のようであった。
◇
「そういえばハルはこれから積極的に攻略に乗り出すのかしら」
「いや、どうしたら盛り上がるのかなって考えてただけだよ。積極的に攻略には関わらないってのは変わってない」
「人と関わらないで過ごすなんて出来ないわ。割り切った方がいいと思うわよ?」
「そうですよー、王様になって世界制服しましょうよー」
「ハル王国ね」
「ハルもにあ帝国ですねー」
「話が極端すぎる……、というかそのネタ気に入ったのか……」
三人で話しながら、ルナの作業を見守る。
既に朝日が昇り、みな起き出して来ている。カーテンを開ければ、もはや<光魔法>は不要だった。
「朝食前にはなんとか出来そうね」
「ありがとう、急いでもらっちゃって。しかし早いね」
「細部は詰め切れなかった感じはするけど、まずは一着必要ですもの」
そろそろ完成のようだ。ルナとしては不満が残る仕上がりのようだが、それでも非常に丁寧だ。
上下一着ずつ、それと肌着。どちらも和風の仕上がりだった。
「着物みたいな袖にしないの?」
「袖があると上に羽織れなくなりそうだから」
着物のようなシャツは袖が非常に細かった。どうやら上にローブなどを合わせる前提らしい。袖が細い、というよりも、袖の部分は普通のシャツのようになっている。
着物は袖が大きくなるので、付けたら上着が通らなくなるから、ということらしい。
それ以外にも、なんとなくルナの趣味を感じる。
下は着物のように一体型ではなく、パンツタイプ。袴のような物になるかと思ったが、普通のズボンに近い。裾が広がっており、少しそのテイストが出されているようだ。
簡単な構成だが、どちらも上質な素材を使っており、着心地がよさそうだ。そのあたりも気を使ってくれた事が感じられる。
システム的な装備になると、半ば、体の一部となったような感覚でぴったりと体にフィットする。
着心地が良い悪いというよりも、装備は物を着ている事を感じさせない。
それが出来なくなったハルの為にと考えられたものだろう。硬い素材だとキツさが出る。
ルナが仕上げをしていると、朝の支度を終えたアイリがやってきた。
後ろにはもう一人のハル自身。そちらは先ほど挨拶を終えて一緒に来たので、アイリが朝の挨拶をどうするべきか一瞬迷い、おろおろと狼狽える。
これはどうにかした方がいいのだろうか、それとも次第に慣れるのだろうか。
「えと、ルナさん! おはようございます」
「おはようアイリちゃん。ハルは急に増えないで? 私たちは混乱するわ」
「ごめんね」
一方は常に何処かに出かけているのが自然であろうか。しかしログインしていないとされている時間に、誰かに出くわすのは避けなければならない。
「ハルさんのお洋服でしょうか」
「洋服、とは言いがたいかもね」
「??」
和洋の違いが無いため通じなかった。日本語だけを直接持ってきた弊害である。
「まあ、お洋服、って言い方がかわいいから別に良いか」
「そうね。……、いいわね。出来たわ、ハルの“お洋服”」
「ありがとうルナ。……ルナもかわいいよ」
ルナがいたずらっぽい表情で、かわいく言ってくる。ちょっとずるかった。
◇
別室で袖を通し、二人の元へ戻る。
今はとりあえず着ただけ、上着を合わせてはいない。シャツは黒、ズボンは白。もう一方のハルと対になる組み合わせだ。
ルナはモノトーンが好きなのか、それともハルのイメージをそれで固定していきたいのか。
ただ、買っていた布にはハルの好きな青などもあったので、それだけしか作ってくれない訳ではないようだ。今後に期待しよう。
「とりあえず着てみたよ。合う上着があればいいけど」
「そのままでいいです!」
「そうね。それも良いと思うわ」
お披露目すると、アイリによる猛攻を受ける。視線はハルの肩に注がれていた。このままライン隠さずにいて欲しいということだろう。
ユキもよく体のラインが出る服を着ていたり、肩を出したシャツを着たりしている。元気な彼女によく似合っており、そういうのも良いものだとハルも思うが、自分の事となると落ち着かない。
ルナの手により格好よく仕上がっているが、和服風ということもあって、なんとなく体にぴったりフィットしている様子に違和感を覚えていた。
「……じゃあとりあえず今はこのままで。後で何か見繕うよ」
「そうですかー。ちょっと残念です」
アイリが肩をぺたぺたと触っている。
ルナもその様子を興味深げに見ていた。そのうちユキのように、肩を出した服を作られてしまいそうだ。
「そうでした、朝食はどうなさいますか?」
「二つの体で食べても悪いし、片方だけ頂くよ」「服も出来たし、こっち側は出かける」
元々食べる必要の無い体だ。二倍穀潰ししても仕方ない。
服も出来たし皆も起きたことだ。片方は、先延ばしにしていたセレステの領域へと赴く事にする。
「はい! お気をつけて!」
「ありがとう、いってきます」
そう言いつつも、もう一方の体はこちらに残ったままだ。アイリとの会話はそのまま続く。
「サイズがぴったりですね! ルナさんは服を作るのがお上手だったんですね」
「好きでよくやっていたから。それにハルのサイズは向こうでよく知っているし」
「ルナ、もしかしてそれで体のサイズ同じにさせたのかな?」
「そういう訳ではないわ。全くその思惑が無かったとは言わないけれど」
「ハルさんのサイズ……」
「あとで教えましょうね」
「はい!」
「やめて?」
そんな、“自分達”の会話を聞きながら、ハルはセレステの神域に転送されて行った。
*
転送された先は、カナリーの神殿と同じように見えた。
いや、実際同じなのだろう。神殿ひとつごとに形を変えていては労力がかかる。ハルがやるように、データを丸ごとコピーして張り付けてしまえば手間がない。
その中で一部だけ、セレステを表す紋章の形だけが、カナリーの神殿とは異なる場所であることを主張していた。
「何の連絡も無しに来てしまった」
「連絡してもお茶は出ないと思いますよー?」
「出してくれるかもよ。ショップのやつ。よし、カナリーちゃん、先触れ出しておいて」
「セレステはああ見えて器用なので、お茶はちゃんと淹れられると思いますよー。あと、ここに来た時点で伝わってるでしょうねー」
「えっ、カナリーちゃんお茶淹れられないの?」
「ハルさんが意地悪ですー」
カナリーと話しながら広間の扉を開け、外へと歩いていく。
何処へ向かえば良いかは分からないが、祭壇の前に居なかったということは、神殿の中には居ないのであろう。ユーザーが会議に使う用の控え室にひょっこり居る、ということは無いはずだ。
「あの神ならやりそうだけど」
「やりかねませんねー」
……何処を探しても居なかったら確認すればいいだろう。その際は何と皮肉を言ってやろうか、今から考えておこうと思うハルであった。
*
神殿の大扉を開けて外に出ると、予想外にまだ神殿は続いていた。
いや、内部とは別物だ。チリ一つ無い内部とは違い、そこは手入れがされず崩れ落ちている。廃墟、いや遺跡と言った方がいいだろう。
セレステの神殿を囲むように拡張された大神殿。床は土に埋もれ、柱は崩れ落ち、風雨にさらされ、長い年月が経った事をうかがわせる。植物が侵食し、半ば自然の一部になっていた。
その中でセレステの神殿だけが、真新しく輝いている。
「人の手によるものだね」
「そうですねー。私たちが作れば劣化はしませんのでー」
「雰囲気でてるけど、ここだけ新しいのが台無しだね」
「神聖さが強調されてるってコトでー」
恐らくは信徒の手によるものだろう。
カナリーの神殿のほど近くにアイリの屋敷があるように、昔はここにもそういった人間が居たと考えられる。
「カナリーちゃんのとことは随分違う。かなりの数が居たんだろうね」
「そうですねー。私は数も取らなければ近寄らせもしなかったですからねー。アイリちゃんが一番近いくらいです」
「君らしい話だ。人当たりがいい顔をしてるけど近寄りがたい」
「ハルさんの神様ですからねー」
暗に、お前も同じだろう、と返されてしまった。違いない。
しばらく道なりに、ゆっくりと歩いていく。
結構、大きく拡張しているようだ。人数の多さの他にも信仰の高さを感じさせる。
ハルは構造を資料として残しておくように黒曜の設定しておく。特に謎など無かったとしても、見ていて面白そうな所だ。
遺跡の事は分からないが、植物の侵食具合を見るに、百年近く経っているかもしれない。梔子の国の国境が制定された時期と、何か関わりがあったりするのだろうか。
「あ、敵だ」
広い通路だったのであろう道を歩いていると、地面からモンスターが湧き出てくる。
神殿の周囲は試し切り用のモンスターが出る仕様になっていたが、その割にはなんとなく強そうな見た目だった。
《青》 所属:女神セレステ
《不明》:Lv.-(モンスター)
HP 《不明》
MP 《不明》
───
《不明》
そしてステータスが見えない。初めての事だ。
<精霊眼>によって追加された情報によって、セレステ由来のモンスターだという事だけは辛うじて判別できた。
敵は三体。全員が鎧で身を固め、槍と盾で武装している。何より背中からは翼が生え、空中を浮遊していた。
「なんか僕らよりも使徒っぽい」
「私の特別感がなくなりますねー。ハルさんやっちゃってくださいー」
同じく翼を持つカナリーから、抗議の声があがった。やるのは構わないのだが、その辺りは同じ神同士で話し合っていただきたい。
「まずはステータスを測ろうか」
「どうするんですー?」
出現演出が終わり、猛然と突っ込んでくる。
ハルは中央の天使型モンスターを残し、左右のものを<銃撃魔法>で頭を打ち抜いて排除する。
その間に、中央の天使が突進しつつ槍を突き出してくるが、ハルは体の捻りだけでそれを回避するとすれ違いざまに首に手を伸ばし、相手の突進の勢いのままに回転させ地面に叩きつけた。
そのまま押さえ込む。
「<MP吸収>で全部吸い取れば、おおよその最大値分かるよね。1700くらいだね」
「ハルさんは強引な解決法が好きですよねー」
MPが無くなると動きが鈍るらしい。ハルは遺跡に傷をつけないように気をつけながら、天使型に止めを刺した。




