第406話 曙光の翼
まるで子供が駄々をこねるように、意味不明な理屈で自らの塔に攻撃を加えると宣言するエーテル。
だが融通のきかない分、宣言した以上は実行するだろうという信頼感があった。必ずやるだろう。故にどうにか止めなければならない。
「その、ハルさん! 確かに貴重な歴史資料なのでしょうけれど、わたくし、まるで知らぬ時代の史跡にはさほどの思い入れはありません。ここは乗る必要はないのでは!」
「甘いですよーアイリちゃんー。もはやお話は、そういう次元の話ではなくなっているのですー」
「なんと……、この遺跡に、何か遠大で重要な要素が……」
「いえー、そうじゃなくてですねー。ハルさんですからねー」
「そうだね。僕としては、“格下がハンデ戦を要求してきた”んだ。受け入れてあげないとね」
「乗るよねぇ、ハル君ならねぇ」
「悪い癖よ? ハル?」
「なるほど!」
確かに、過去の建物を壊されたくない気持ちはあるが、安全な勝利の方が重要だ。通常なら、わざわざ乗ることはしないだろう。
既にデータは取れているのだし、現物が無くてもさほど影響はない。必要なら神様たちに昔の話を聞けばいいのだ。
しかし、ことこの勝負においては、エーテルの無茶な挑発に乗ってやることが重要である。
カナリーやユキの言うように、僕のプライドや悪癖もあるが、この勝負において重要なのは、エーテルの心を納得させること。
安定を取って挑発から逃げて、それで『はい僕の勝ち』などと言っても納得はすまい。
相手の罠に飛び込み、食らいつくし、完膚なきまでに敗北を認めさせなければ。
「それに、癇癪のままに本拠地をぶっ壊したら、その後は話を聞かずに逃げちゃいそうだしね、あの子……」
「あはは、子供扱いだ」
「……実際、子供っぽいのかも知れないわね?」
「自分の感情について、うまく処理ができていないのでしょうかねー? だから、『自分は生きていないから』、と思考停止に逃げてしまうのかもー」
「なんだか、思春期っぽいのです!」
確かに、自己の存在肯定や存在意義に思い悩むのは、思春期にありがちな思考回路だ。
残念ながら僕にはそういった時期は無かったが、自意識や魂について悩む今の僕も、似たような状態と言えるのかも知れない。
そんな自分自身のことはひとまず置いて、今はエーテルのことだ。
半ば自棄になったとも言えるエーテルの行動。この突飛な思考回路は、僕を倒すための良い手段というだけでは無いはずだ。
自分の『家』でもあるこの塔への破壊衝動。それもあの子の心を推し量るための、重要なピースなのだろうか?
何にせよ、衝動の嵐が収まった後に冷静になり、家出でもしてしまったら目も当てられない。次は見つかる保証はない。
エーテルのためにも、塔の破壊は断固阻止だ。
「しかし、言うはやすしだね。護衛ミッションだ」
「しかも自キャラは一機のみ、護衛対象はフィールド全体! ハル君これクソゲーでは?」
「クソゲーだからこそ、華麗にクリアしたらリプレイ動画が大絶賛だよ」
「どこにもお出しできないですけどねー?」
「その分わたくしが、たっくさん大絶賛しちゃうのです!」
ならばその大絶賛を目標に、クソゲーの攻略を開始しよう。
相手はすでに、大量の攻撃機をこの吹き抜けの空間に展開している。それをこちらではなく、宣言通りに塔の内壁に向けると、一斉に攻撃を開始せんとした。
「やらせるかぁ!」
「ええ、この程度で、私たちを止められなくてよ!」
だが、その攻撃が塔をうち壊すことはない。
一瞬で反応し、ルシファーの機体を手近な敵から片っ端に飛び込ませ、砕いて回るユキ。
そのユキのフォローに、逆側に残った敵機を翼から魔法を発射して焼き尽くすルナ。
二人の活躍で、第一陣はあえなく半壊する。
しかし、この塔の戦力は無尽蔵だ。全てを破壊するには至らない。
その残った敵機は、これ見よがしに僕らのルシファーから距離を取る。近い方の敵が上方へと逃げ、ユキがすかさずそれを追おうとする。
すると、見せつけるような大げさな動きで、逆側の敵は下方へと進む。
……この距離ならば、ルシファーの機動力をもってすればギリギリ間に合う。
近い上方を一瞬で処理し、取って返すように下方も殲滅するのだ。しかし、それこそがエーテルの狙い。
間に合うとはいえ本当にギリギリだ。そこには、かならず動きに無理が生じることになる。
行動自体は駄々っ子でも、流石のAIの計算力。きっちりと、僕らに攻撃を当てる手段を準備していた。
「なんの! 何発か当たったところで、」
「ユキ、ステイ!」
「わんわん! ……止まってる暇ないよハル君! どうにかなるんだよね!?」
「なるさ。してみせよう」
もともとこのルシファーは、単騎で未知の空間に突入するつもりだった機体だ。
当然ながら、一対多数の戦いだってきちんと想定済みだ。
高速移動して殴るだけが取り柄の巨体ではないということを、お見せするとしよう。
*
上方の敵を追おうとして、不意に動きを止めた僕らを敵機も訝しく感じて警戒している。
しかしそれも一瞬のこと、再び上下へ離れる動きを再開すると、その砲口を塔へと向けた。このままでは、ほんの数秒後にはもう無残に砕け散った建物の残骸とご対面だ。
だがそうはいかない。
「ルシファーの翼は、遠隔操作することができる!」
「おお!」
「飛べ! 曙光の翼!」
「おお!? って十二枚全部飛んでったー!」
「ハル? 二枚は残してはどうだったのかしら……?」
「天使の翼を全部切り離したら、ただの巨人ですねー?」
「そ、それでもルシファーはカッコいいのです! 平気です!」
……そこは考えていなかった。思わぬミステイク。
まあ、今そこを気にしても仕方ない。移動の際に背中から魔法を噴射して、その輝きが羽に見えるようにして場をしのごう。
気を取り直し、機体から切り離した十二枚の翼に意識を向ける。
こちらも輝きを放ちながら優雅に飛翔し、半分ずつ上下に分かれて敵を追う。
その羽根の先には『カナリアの翼』が黄色く光を放ち、空を切り裂く神剣の波動となって次々と敵機を両断していった。
「もう『壊させない』、なんて生っちょろい事は言わない。このまま一気に、この塔を制圧してやろう」
「わたくしもお手伝いします!」
「……護衛ミッションでは、なかったのかしら?」
「大丈夫だよルナ。全滅させてしまえば、護衛完了だ」
「本来の目的もおわすれなくですよー」
そこは忘れないようにしないとならない。しかし、どちらにせよこの塔の制圧は必須になってきそうだ。
先ほどから、移動先の空間を浸食して塗り替えて行ってはいるのだが、これがなかなか上手く進まない。
相手の保有リソースが膨大すぎるせいだ。既に、最初の部屋である神殿のエントランスは、逆浸食されて確保していた魔力が塞がれてしまった。
魔力の浸食合戦は、互いの計算力の他にも、浸食し合う魔力の多寡によって力関係が決まる。
最初はなかなか進まなくても、浸食範囲が広くなれば一気に形勢が動く、というのがいつもの流れだった。
だが相手の魔力が多すぎる場合、その最初の一歩すら上手く進まない。それが今だ。
まるで大海にインクを一滴こぼしても、そこに何の変化も見られないように、圧倒的な物量に押しつぶされてすぐに元の木阿弥だ。
「浸食力自体は、“今の”僕が圧倒しているはずなんだけど。……よほどの量みたいだね」
「ですねー。正直これほどとは、想定外ですよー。まったくー、知らないところでこんなに貯めこんでー……」
「確か、日本に魔力を送り込む計画だったのよね? 足りそうなのかしら?」
「恐らくはー。地球全土とか言うと、無理でしょうけれど日本だけならー」
「ゲームの七この国も、結構広いもんねぇー」
「ですよー? まあ、あそこと同じように、あまり高空までは届かないでしょうけどねー」
その仲間たちの会話を聞いて、日本全土に満ちる魔力へと立ち向かうイメージが僕の中に湧いてきてしまう。正直くじけそうだ。
だが、くじけてはいられない、どのみちやらねばならない事なのだ。
その浸食においても、分離させて飛ばした翼は役に立つ。
どんどんと本体から離れてゆき、塔の各階層へと散って行く『曙光の翼』。それら自体が、羽の周囲を個別に浸食する起点となるだけでなく、翼の攻撃方法は神剣の光だ。
「つまりは、いつものやつだね」
「ハルさんとカナリー様の、得意技ですね!」
「私はやられた側でもありますねー」
神剣の光が切り裂いたその軌道上は、空間ごと両断されて道を開ける。そこは、魔力も同様だ。
カナリーがセレステとの戦いでやったように、そして僕がカナリーとの戦いでそうしたように、その開いた空間内にすかさずこちらの魔力を流し込む。
当然、その魔力も相手からの浸食を受けてしまうが、同時にこちらの接触面積も大きく上がる。
触れている部分が多ければ多いほど、浸食を進められる部分もまた増える。そうして水が割れ目に浸み込むように、加速度的に浸食を進める僕らの得意技だった。
「くっ! まさか自ら、この塔全体へと散っていくとは! ……しかし、良いのですか? マスターの認識する範囲が増えるということは、守らねばならぬ範囲もまた増えるということ」
「《承知のうえだよ。というか多分、時間の問題だったしね。僕の周囲だけじゃどうやっても詰み切れないと君が理解したら、遅かれ早かれ塔全体を『人質』にしてた》」
「……そんな、ことは、さすがに」
「《どうした、『そんなことはいたしません』と言ってみな?》」
「くっ……!」
「《正直だなぁ……》」
嘘がつけないのは、今のカナリー以外の神様も共通だが、彼らならこの程度のごまかしなど訳がないはずだ。
そういった融通のきかなさ、生真面目さが、エーテルをここまで思い悩ます結果になってしまったのだろうか。
「《やっぱり、おひとり様こじらすのは良くないね》」
「なんの話ですか! それに、悪いと言われても、ここに他人など存在しませぬ。私にはどうにも出来ない事象です」
「《なら、これからは僕らが居るさ》」
「そん、なこと……」
独りで居るから、思い悩むのだ。そして、思い悩んでいることにすら気付かないのだ。
だからまずは、その事に僕らで気づかせてやろう。君は、独りではないのだと。
「まあ、そのためにはまず、完膚なきまでに叩きのめさないとね!」
「だいなしだよハル君!」
結局のところ、そこだけは動くことがない。
僕らは最終ラウンドに向けて、ルシファーの操縦に力を入れた。
*
縦横無尽に、天使の翼が舞い踊る。
塔の各地へと散った十二枚の翼は、手当たり次第に『カナリアの翼』を発動して目に入った敵を片っ端から切り裂いていく。
もはや蹂躙。その圧倒的な制圧力は、一見して僕に趨勢が完全に傾いているように感じさせるが、その実この盤面は必死の綱渡りになっていた。
「ハルさん! わたくしたちの魔力が底を尽きました!」
「神から徴収!」
「流れるような借金だ。いっそ惚れ惚れする」
「ユキ、これは借金ではないわ? 配下からの徴収、すなわち巻き上げよ?」
「いざとなれば、踏み倒しですねー」
「ひどい!」
そう、魔力消費があまりに大きすぎる。そしてもう決して後には引けないのだ。
神剣の力を魔法で疑似的に再現した『カナリアの翼』、これは再現にあたり強引な部分もあって、そこを大量に魔力消費で補っている。
休むことなく十二の翼から連発されるそれは、手持ちの魔力をがりがりと削り取っていった。
その剣光によって空いた穴に、流し込む分の魔力も同じく大量。
十二か所で同時に開け続けられる空白地帯に、これまた休むことなく流し込まれる魔力。それは魔法の発動と合わさって輪をかけて消費を加速していた。
「ですが、まずいですねー。一向に相手の逆浸食が止まりませんー。エーテルの奴の浸食力、それ自体はたいしたこと無いみたいですがー」
「魔力の底が見えない。押されっぱなしだ」
「これでは、相手に更に魔力をプレゼントしているだけになってしまいます!」
「しかし、今更ここで手を弛める訳にはいかないわ? 弱気が見えれば、必ず敵はそこを付いてくる」
「ルナちー、どんな世界で生きてきたのさ? 対戦ゲームあまりやらないヒトだよね?」
どれだけ空間を切り裂いても、どれだけ接触範囲を広めても、こちらの浸食スピードが上がっている気がしない。
このままじわじわと押し込まれると、アイリの言うようにただの大量プレゼントだ。
「……仕方が無いわね」
「ルナ?」
そんな中で、ルナが意を決したように僕の方を向く。その瞳はこころなしか潤んでいるようで、よほど重要なことのようだ。
何か、重大な策があるらしい。僕はしっかりとその目を見つめ返すと、彼女の言葉を待つのだった。




