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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第12章 エーテル編

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第406話 曙光の翼

 まるで子供が駄々をこねるように、意味不明な理屈で自らの塔に攻撃を加えると宣言するエーテル。

 だが融通のきかない分、宣言した以上は実行するだろうという信頼感があった。必ずやるだろう。故にどうにか止めなければならない。


「その、ハルさん! 確かに貴重な歴史資料なのでしょうけれど、わたくし、まるで知らぬ時代の史跡にはさほどの思い入れはありません。ここは乗る必要はないのでは!」

「甘いですよーアイリちゃんー。もはやお話は、そういう次元の話ではなくなっているのですー」

「なんと……、この遺跡に、何か遠大で重要な要素が……」

「いえー、そうじゃなくてですねー。ハルさんですからねー」

「そうだね。僕としては、“格下がハンデ戦を要求してきた”んだ。受け入れてあげないとね」

「乗るよねぇ、ハル君ならねぇ」

「悪い癖よ? ハル?」

「なるほど!」


 確かに、過去の建物を壊されたくない気持ちはあるが、安全な勝利の方が重要だ。通常なら、わざわざ乗ることはしないだろう。

 既にデータは取れているのだし、現物が無くてもさほど影響はない。必要なら神様たちに昔の話を聞けばいいのだ。


 しかし、ことこの勝負においては、エーテルの無茶な挑発に乗ってやることが重要である。

 カナリーやユキの言うように、僕のプライドや悪癖もあるが、この勝負において重要なのは、エーテルの心を納得させること。

 安定を取って挑発から逃げて、それで『はい僕の勝ち』などと言っても納得はすまい。


 相手の罠に飛び込み、食らいつくし、完膚なきまでに敗北を認めさせなければ。


「それに、癇癪かんしゃくのままに本拠地をぶっ壊したら、その後は話を聞かずに逃げちゃいそうだしね、あの子……」

「あはは、子供扱いだ」

「……実際、子供っぽいのかも知れないわね?」

「自分の感情について、うまく処理ができていないのでしょうかねー? だから、『自分は生きていないから』、と思考停止に逃げてしまうのかもー」

「なんだか、思春期っぽいのです!」


 確かに、自己の存在肯定アイデンティティ存在意義レゾンデートルに思い悩むのは、思春期にありがちな思考回路だ。

 残念ながら僕にはそういった時期は無かったが、自意識や魂について悩む今の僕も、似たような状態と言えるのかも知れない。


 そんな自分自身のことはひとまず置いて、今はエーテルのことだ。

 半ば自棄やけになったとも言えるエーテルの行動。この突飛な思考回路は、僕を倒すための良い手段というだけでは無いはずだ。

 自分の『家』でもあるこの塔への破壊衝動。それもあの子の心を推し量るための、重要なピースなのだろうか?


 何にせよ、衝動の嵐が収まった後に冷静になり、家出でもしてしまったら目も当てられない。次は見つかる保証はない。

 エーテルのためにも、塔の破壊は断固阻止だ。


「しかし、言うはやすしだね。護衛ミッションだ」

「しかも自キャラは一機のみ、護衛対象はフィールド全体! ハル君これクソゲーでは?」

「クソゲーだからこそ、華麗にクリアしたらリプレイ動画が大絶賛だよ」

「どこにもお出しできないですけどねー?」

「その分わたくしが、たっくさん大絶賛しちゃうのです!」


 ならばその大絶賛を目標に、クソゲーの攻略を開始しよう。

 相手はすでに、大量の攻撃機をこの吹き抜けの空間に展開している。それをこちらではなく、宣言通りに塔の内壁に向けると、一斉に攻撃を開始せんとした。


「やらせるかぁ!」

「ええ、この程度で、私たちを止められなくてよ!」


 だが、その攻撃が塔をうち壊すことはない。

 一瞬で反応し、ルシファーの機体を手近な敵から片っ端に飛び込ませ、砕いて回るユキ。

 そのユキのフォローに、逆側に残った敵機を翼から魔法を発射して焼き尽くすルナ。


 二人の活躍で、第一陣はあえなく半壊する。

 しかし、この塔の戦力は無尽蔵だ。全てを破壊するには至らない。

 その残った敵機は、これ見よがしに僕らのルシファーから距離を取る。近い方の敵が上方へと逃げ、ユキがすかさずそれを追おうとする。

 すると、見せつけるような大げさな動きで、逆側の敵は下方へと進む。


 ……この距離ならば、ルシファーの機動力をもってすればギリギリ間に合う。

 近い上方を一瞬で処理し、取って返すように下方も殲滅するのだ。しかし、それこそがエーテルの狙い。

 間に合うとはいえ本当にギリギリだ。そこには、かならず動きに無理が生じることになる。


 行動自体は駄々っ子でも、流石のAIの計算力。きっちりと、僕らに攻撃を当てる手段を準備していた。


「なんの! 何発か当たったところで、」

「ユキ、ステイ!」

「わんわん! ……止まってる暇ないよハル君! どうにかなるんだよね!?」

「なるさ。してみせよう」


 もともとこのルシファーは、単騎で未知の空間に突入するつもりだった機体だ。

 当然ながら、一対多数の戦いだってきちんと想定済みだ。


 高速移動して殴るだけが取り柄の巨体ではないということを、お見せするとしよう。





 上方の敵を追おうとして、不意に動きを止めた僕らを敵機も訝しく感じて警戒している。

 しかしそれも一瞬のこと、再び上下へ離れる動きを再開すると、その砲口を塔へと向けた。このままでは、ほんの数秒後にはもう無残に砕け散った建物の残骸とご対面だ。

 だがそうはいかない。


「ルシファーの翼は、遠隔操作することができる!」

「おお!」

「飛べ! 曙光しょこうの翼!」

「おお!? って十二枚全部飛んでったー!」

「ハル? 二枚は残してはどうだったのかしら……?」

「天使の翼を全部切り離したら、ただの巨人ですねー?」

「そ、それでもルシファーはカッコいいのです! 平気です!」


 ……そこは考えていなかった。思わぬミステイク。

 まあ、今そこを気にしても仕方ない。移動の際に背中から魔法を噴射して、その輝きが羽に見えるようにして場をしのごう。


 気を取り直し、機体から切り離した十二枚の翼に意識を向ける。

 こちらも輝きを放ちながら優雅に飛翔し、半分ずつ上下に分かれて敵を追う。


 その羽根の先には『カナリアの翼』が黄色く光を放ち、くうを切り裂く神剣の波動となって次々と敵機を両断していった。


「もう『壊させない』、なんて生っちょろい事は言わない。このまま一気に、この塔を制圧してやろう」

「わたくしもお手伝いします!」

「……護衛ミッションでは、なかったのかしら?」

「大丈夫だよルナ。全滅させてしまえば、護衛完了だ」

「本来の目的もおわすれなくですよー」


 そこは忘れないようにしないとならない。しかし、どちらにせよこの塔の制圧は必須になってきそうだ。

 先ほどから、移動先の空間を浸食して塗り替えて行ってはいるのだが、これがなかなか上手く進まない。

 相手の保有リソースが膨大すぎるせいだ。既に、最初の部屋である神殿のエントランスは、逆浸食されて確保していた魔力が塞がれてしまった。


 魔力の浸食合戦は、互いの計算力の他にも、浸食し合う魔力の多寡たかによって力関係が決まる。

 最初はなかなか進まなくても、浸食範囲が広くなれば一気に形勢が動く、というのがいつもの流れだった。

 だが相手の魔力が多すぎる場合、その最初の一歩すら上手く進まない。それが今だ。


 まるで大海にインクを一滴こぼしても、そこに何の変化も見られないように、圧倒的な物量に押しつぶされてすぐに元の木阿弥もくあみだ。


「浸食力自体は、“今の”僕が圧倒しているはずなんだけど。……よほどの量みたいだね」

「ですねー。正直これほどとは、想定外ですよー。まったくー、知らないところでこんなに貯めこんでー……」

「確か、日本に魔力を送り込む計画だったのよね? 足りそうなのかしら?」

「恐らくはー。地球全土とか言うと、無理でしょうけれど日本だけならー」

「ゲームの七この国も、結構広いもんねぇー」

「ですよー? まあ、あそこと同じように、あまり高空までは届かないでしょうけどねー」


 その仲間たちの会話を聞いて、日本全土に満ちる魔力へと立ち向かうイメージが僕の中に湧いてきてしまう。正直くじけそうだ。

 だが、くじけてはいられない、どのみちやらねばならない事なのだ。


 その浸食においても、分離させて飛ばした翼は役に立つ。

 どんどんと本体から離れてゆき、塔の各階層へと散って行く『曙光の翼』。それら自体が、羽の周囲を個別に浸食する起点となるだけでなく、翼の攻撃方法は神剣の光だ。


「つまりは、いつものやつだね」

「ハルさんとカナリー様の、得意技ですね!」

「私はやられた側でもありますねー」


 神剣の光が切り裂いたその軌道上は、空間ごと両断されて道を開ける。そこは、魔力も同様だ。

 カナリーがセレステとの戦いでやったように、そして僕がカナリーとの戦いでそうしたように、その開いた空間内にすかさずこちらの魔力を流し込む。


 当然、その魔力も相手からの浸食を受けてしまうが、同時にこちらの接触面積も大きく上がる。

 触れている部分が多ければ多いほど、浸食を進められる部分もまた増える。そうして水が割れ目に浸み込むように、加速度的に浸食を進める僕らの得意技だった。


「くっ! まさか自ら、この塔全体へと散っていくとは! ……しかし、良いのですか? マスターの認識する範囲が増えるということは、守らねばならぬ範囲もまた増えるということ」

「《承知のうえだよ。というか多分、時間の問題だったしね。僕の周囲だけじゃどうやっても詰み切れないと君が理解したら、遅かれ早かれ塔全体を『人質』にしてた》」

「……そんな、ことは、さすがに」

「《どうした、『そんなことはいたしません』と言ってみな?》」

「くっ……!」

「《正直だなぁ……》」


 嘘がつけないのは、今のカナリー以外の神様も共通だが、彼らならこの程度のごまかしなど訳がないはずだ。

 そういった融通のきかなさ、生真面目さが、エーテルをここまで思い悩ます結果になってしまったのだろうか。


「《やっぱり、おひとり様こじらすのは良くないね》」

「なんの話ですか! それに、悪いと言われても、ここに他人など存在しませぬ。私にはどうにも出来ない事象です」

「《なら、これからは僕らが居るさ》」

「そん、なこと……」


 独りで居るから、思い悩むのだ。そして、思い悩んでいることにすら気付かないのだ。

 だからまずは、その事に僕らで気づかせてやろう。君は、独りではないのだと。


「まあ、そのためにはまず、完膚なきまでに叩きのめさないとね!」

「だいなしだよハル君!」


 結局のところ、そこだけは動くことがない。

 僕らは最終ラウンドに向けて、ルシファーの操縦に力を入れた。





 縦横無尽じゅうおうむじんに、天使の翼が舞い踊る。

 塔の各地へと散った十二枚の翼は、手当たり次第に『カナリアの翼』を発動して目に入った敵を片っ端から切り裂いていく。


 もはや蹂躙じゅうりん。その圧倒的な制圧力は、一見して僕に趨勢すうせいが完全に傾いているように感じさせるが、その実この盤面は必死の綱渡りになっていた。


「ハルさん! わたくしたちの魔力が底を尽きました!」

「神から徴収!」

「流れるような借金だ。いっそ惚れ惚れする」

「ユキ、これは借金ではないわ? 配下からの徴収、すなわち巻き上げよ?」

「いざとなれば、踏み倒しですねー」

「ひどい!」


 そう、魔力消費があまりに大きすぎる。そしてもう決して後には引けないのだ。


 神剣の力を魔法で疑似的に再現した『カナリアの翼』、これは再現にあたり強引な部分もあって、そこを大量に魔力消費で補っている。

 休むことなく十二の翼から連発されるそれは、手持ちの魔力をがりがりと削り取っていった。


 その剣光によって空いた穴に、流し込む分の魔力も同じく大量。

 十二か所で同時に開け続けられる空白地帯に、これまた休むことなく流し込まれる魔力。それは魔法の発動と合わさって輪をかけて消費を加速していた。


「ですが、まずいですねー。一向に相手の逆浸食が止まりませんー。エーテルの奴の浸食力、それ自体はたいしたこと無いみたいですがー」

「魔力の底が見えない。押されっぱなしだ」

「これでは、相手に更に魔力をプレゼントしているだけになってしまいます!」

「しかし、今更ここで手を弛める訳にはいかないわ? 弱気が見えれば、必ず敵はそこを付いてくる」

「ルナちー、どんな世界で生きてきたのさ? 対戦ゲームあまりやらないヒトだよね?」


 どれだけ空間を切り裂いても、どれだけ接触範囲を広めても、こちらの浸食スピードが上がっている気がしない。

 このままじわじわと押し込まれると、アイリの言うようにただの大量プレゼントだ。


「……仕方が無いわね」

「ルナ?」


 そんな中で、ルナが意を決したように僕の方を向く。その瞳はこころなしか潤んでいるようで、よほど重要なことのようだ。

 何か、重大な策があるらしい。僕はしっかりとその目を見つめ返すと、彼女の言葉を待つのだった。

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