第405話 魔を封じる
塔の内部を魔法陣が埋め尽くす。
僕らが今いる吹き抜けとなった空間にも所狭しとそれは立ち並び、互いが互いにリンクを形成する。
繋がり合った式は、一つの巨大な超大規模魔法陣となって、その力の全てをこちらに向けて放出せんとしているのだった。
「これ、受けたら死ぬやつでは? 容赦がないね」
「冷静に言ってる場合じゃないってハル君! これ、プレイヤーですらきちんと数を揃えればレイドのドラゴンを倒せちゃうやつなんだよ!」
「そんな……、それをエーテル様のMPで使えば……、まさに脅威なのです!」
「へー、今ってそんな危険なことになってるんだ。最近、掲示板とかみてなかったからな」
「……一応、常にそんな状況ではないわ? お祭りのような一大ユーザーズイベントで、何百人も集まって、全員で儀式を行ったのよ?」
「楽しそうだったよ!」
集まって大騒ぎはネットゲームの花だ。隣が誰なのかも分からない状況で、旅の恥は搔き捨てとばかりにとにかく騒ぐ。
祭りと称されるように、とにかくお祭り騒ぎとなって皆で熱狂する。
そんな、大騒ぎのボス攻略があったらしい。その際に使われたのが、この魔法。
覚えるのは簡単で誰でも使えるが、一人で使っても威力は初級魔法にも劣る。その真価は、他人と同時に発動した時だ。
二人で低燃費の使いやすい魔法へと様変わりし、三人で普段の攻略にも耐える威力を得る。四人集まればボス戦にも有効で、五人ともなれば上位パーティも実戦での使用を検討するレベル。
そんな魔法を数百人集めて使用した。まさに、派手派手の打ち上げ花火大会だったようだ。
「今は見えてない階層や部屋の中にも、この魔法陣は湧き出してると見ていいね。百や二百じゃきかないだろう」
「ハル君だいじょうぶ!? ルシファー耐えられる!?」
「まあ、このルシファーにも、マゼンタ君の『次元断層シールド』が搭載されてる。いかな埒外の魔法と言えど、そうそう突破は出来ないけど……」
だが、この塔を飾る建造物は、今も僕らを取り囲んでいる、あの星の歴史を証明する唯一の残り香は吹き飛んでしまうかも知れない。
それは、少し寂しい気がした。
形あるものいつかは壊れるが、今、この状況でなくてもいいだろう。
「ハル? ずいぶんと余裕のようだけれど、この魔法の攻略法を持っていて?」
「ん? いいや、さっきも言ったけど、最近は調べるのサボっててね。そうでなくてもウィストの作品だ。今の僕でも干渉は手間だよ」
「チートスキルは!?」
「触った一個は停止させられるだろうけど、これは多数の魔法の集合体みたいだからね。その一個分の威力が減るだけだ。よく考えられてるね」
「感心してる場合じゃないでしょー! まあ、ハル君だから? なんとかなるんだろうけど……」
僕の魔法停止スキルが遠距離まで届かないことを含めて、よく考えられている。
今にも発動しそうな魔法陣の集合体を前に、ルナやユキは気が気ではないようだ。
しかし、心配させてしまって申し訳ないと思いつつも、今この状況では、言ったように手詰まりである。何も手出しできることがない。焼け石に水だ。
「先ほどから動きがみられないようですが、諦めてしまいましたか、マスター」
「《僕が? まさか。動く必要がないから、動かないだけだよ》」
「そう余裕を見せて良い威力ではない、と忠告します。自分で言うのもなんですが、きっとかなりの威力となりますよ」
「《僕らが撃った主砲くらい?》」
「いえ、さすがにあそこまでは……」
「《じゃあ平気だね。撃ってきなよ》」
「シールドに、よほどの自身がおありなのですね……、降参するなら、停止しようとも思っていたのですが……」
エーテルとしても、勝ちはしたいが、僕らを殺してしまうことは避けたいようだ。エーテルの計算としては、この大威力を見せつけて、チェックメイトを宣言したかったのだろう。
僕らがどこまで耐えられるか未知数なので、ついやりすぎて殺してしまう可能性のある攻撃はなるべく避けたいと見た。
だが、どうということはない。
「カナリー? ハルは余裕そうにしているけど、本当に大丈夫なのかしら?」
「平気ですよー。言ってたじゃないですかー、『僕に魔法は効かないぜ!』ってー」
「ぜ! とか言ってない……」
「お忘れでしょうか。ハルさんには、切り札がありますから!」
「温存しておいてよかったよね」
ならそれを早く切ればいいのに、と無言の抗議の視線が飛んでくるが、そうもいかない。
タイミングが重要だ。今はまだ、そのタイミングではなかった。
なので、僕は現状ではやることが無いのである。時間をかけてくれること自体は追い風なので、エーテルの迷っているうちに、周囲の空間を浸食して過ごす。
その状況で膠着することは看過できないと判断したのか、ついにエーテルも、魔法の発動を決心したようだ。
「では、行きますよマスター! 防げるものなら、防いでみてください!」
視界を埋めつくしていた魔法陣が、一斉に発動の光を放つ。
リンクした回路は魔力を循環させ、僕らの目の前にある、最も近い魔法陣に集中していった。
他の全ての陣はその発射部の補佐に回り、そこに一撃で神をも屠らんとする威力の力が集中する。
そして、ついにはその力は解き放たれ、発動を示す白いエネルギーが表出しだして……。
「《はい解除》」
そして、一瞬でその全てが霧散してしまった。
「なっ……!? 何が? マスターの、仕業なのですか……?」
「《それ以外に何もないでしょ。ウィストが、魔法神の組んだ魔法に、不具合なんて出るはずも無いし》」
「しかし、あれだけのエネルギーを一瞬で打ち消すなど……」
「《こちら『仕様』となっております。諦めてください》」
だから、最初に宣言したのだ。<魔法>スキルは効かないと。
僕はあっけに取られているユキからルシファーの操縦を譲り受けると、塔の内壁に突き刺さっている、“先ほど投げた槍”を引き抜いて回収する。
言った傍から傷をつけてしまったが、画鋲の穴が開いたようなものだと思って気にしないことにしよう。
「その槍が、今のを……?」
「《うん。やっぱり知らなかったみたいだね。『剛槍・封魔』、<魔法>スキルには必ず仕込まれている、緊急停止のバックドアを起動する、デバッグ槍だよ》」
「魔法の中に、そんな仕組みが……」
「《ありえないよねー。あの病的に繊細な魔法式パズルの裏側に、こんな隠し機能仕込んでるとかさ》」
魔法の解析自体は意識拡張した今の僕には可能だろう。エーテルにもだ。
しかし、そういった魔法の“表側”を構成する部分の他に、ひっそりと仕組まれた裏機能がある。
それは通常では決して動作をすることなく。今引き抜いた槍に仕込まれた特別な式が触れることで、始めてその姿を現すのだ。
まるで化学反応が連鎖をするように式は次々と組み代わり、新しい機能を出現させる。
それは魔法を発動させるための全機能を逆回転させるように利用し、発動をキャンセルする機構なのだった。
その槍を見て、ようやく思い出したとばかりに、コックピット内でも女の子たちから声が上がった。
「そういえばあったね! セレちんの、試練モンスターが装備してた槍だ!」
「今まで結局、使うまでもなく全ての窮地を突破してきたから、出番がなかったのよね。失念していたわ。迂闊だったわね……」
「ハルさんがこのゲームを始めてすぐの時でしたよねー、セレステの試練で、この槍をコピーしたのはー」
「温存しておいて、大正解だったのです! ハルさんは、これを見越していたのですね!」
「いや僕、預言者じゃないんで……」
ここぞ、という場面に完全に策が突き刺さったので、嫁の賞賛が暴走ぎみだ。興奮が伝わってくる。
僕自身、してやったりという気持ちが大きく、アイリに押され気味になっていなければ高笑いを上げていたことだろう。そのくらい興奮がある。
まるでカードゲームで、相手の想定していた戦術を全て無に帰した上で、自分の戦略が完璧に回って勝利したような気分である。
「その槍、それ自体は、何の効果も無いですって……?」
「《ああ、これはただの鍵だ。シンプルな構成さ。仕込まれてるのは、魔法そのもの》」
槍の構成を解析したのだろう。その単純極まりない作りに、エーテルは二重に驚愕している。
これ自体は、穂先に単純な式が埋め込まれただけのシンプルな作り。他では目にすることの無い珍しい式だが、それだけだ。特に効果は無い。
だがそれが、魔法スキルの鍵穴と合わさると、魔法そのものを変質させるカギとなる。
魔法の側に仕込まれているものなので、槍をどうこうしようとしても、触れた時点で止められない。
この槍は、セレステが『魔法に頼らない武を測る戦い』を演出するために、試練となるモンスターに装備させていたもの。
明らかに運営専用装備のチートアイテムなので、今までゲーム中に出番がなかったのがここで生きてきた。エーテルもこの情報は掴んでいなかったようである。
「それでは、私がいくら魔法を使っても……」
「《うん、決して届かない。あの儀式魔法ってのは発動が遅いしね》」
全ての魔法陣を一斉に停止させないと止められない関係上、発動の遅さは大したデメリットにはなっていなかった。
しかし、この槍の前には致命的。
魔法が発動し、ひとつながりとなってしまうと、一度で全体をキャンセルされてしまうのも相性が最悪だ。
僕は悠々と待ち構え、槍を突き刺すだけでいい。
その事実を噛みしめているのだろう。しばらくエーテルからは、放心したように言葉が返ってこなかった。
◇
「……仮に、塔の最上部から現在マスターが居るこの中層部へ向けて魔法を放てば」
「《おい。口を開いたと思えばいきなり物騒だな……》」
「私は開く口を持っておりません。生き物ではありませんから」
「《口の減らない……》」
打つ手の無い状況に絶望していたかと思えば、必死に僕を打倒する策を巡らせていたようだ。なんだが物騒なことを言い出した。
「そうすれば、マスターへ魔法が到達する頃には、完全に物理的な破壊力となっているでしょう」
「《自爆じゃん。塔をむやみに壊すのやめようね?》」
「構いませんよ、こんな建物なんて」
「《……例え自爆じみた発動をしても、発動の瞬間は全ての魔法陣がひとつながりになってることは変わらないよ》」
故に、どこか近くの適当な魔法陣を槍で突き刺せばそれで終いだ。
発動部がどこであろうと、それで全体がキャンセルされるだろう。タイミングを読むのは難しくなるかも知れないが、キャンセル時の安全性はぐっと上がる。
「では、複数方向に分けて発動すれば」
「《本末転倒だ。威力が必要なんだろう? それに、この槍なんていくらでも増やせる》」
僕はルシファーの手元に、ずらりと並べるように槍を生成していく。
単純な作りだ、少ない魔力で簡単に生成可能。それをまるでミサイルを飛ばすかのように、周囲に自在に遊泳させてみせた。
あまりに離れた場所だときついが、こうして飛ばし投げ込めば、少し触れただけで魔法はキャンセルされる。
「くっ、魔法は効かないというのは、大言壮語ではないのですね……」
僕の意表をついた絶好のカウンターとして、精神的な衝撃をも狙ったエーテルの策は、逆に自身に衝撃を与えてしまう結果となった。
噛みしめるような、悔しそうな口調に変わっているのがよく分かる。
もし表情がついていたら、苦々しいという顔になっていたのがありありと想像できる。
……エーテルは、どんな顔になるのだろうか。
男性とも女性ともとれない中性的な声。少し個性が出て来たとはいえ、オペレーターのような没個性の喋り方。
個性的を前面に押し出して強調する神々とは、まるで違うのは確かだ。
だがそこには、確かな感情が見え隠れしている。悔しいと思う者が、生きていないはずがない。
しかし、いま言葉でそれを指摘しても、決してエーテルは認めはしないだろう。もっと決定的な、何かが必要だ。
「マスターは」
「《ん? どうした》」
そんな中、ぽつり、と思いついたようにエーテルが口を開く。いや、口は無いのだったか。
まだ勝利は諦めていないようで、新たな策を思いついたようである。それがどんなものか警戒しつつ、僕は先を促した。
「思うにマスターは、この建造物に思い入れがおありのご様子」
「《ああ、まあね。外にはもう。建物は一切残ってないからね。単純に感慨深いし、何かの役に立つかも》」
「なるほど」
「《よく残しておいてくれたよ。なんか塔になっちゃってるけどね》」
僕が、この塔をかばいながら戦っていたことに気付いたのだろう。
バトルフィールドである以上、損傷は避けられないが、可能なら傷付けずに終わりたいものだ。
「では、私の方から率先してこの塔を破壊しようと動けば……?」
「《おい……》」
なんだか、物騒なことを言い出した。なにかもう、目的が変わってきてはいないだろうか?
「マスターを砲火の下に誘いこめるはず!」
「《自分の本拠地を人質にしようとするな! 馬鹿!? 実は馬鹿なの!?》」
呆れつつ、内心で僕は舌打ちする。実際、僕には有効な作戦だ。
それを今にも実行しようとするエーテルに、どう対処しようか僕は必死に頭を働かせるのだった。
魔封じの槍、一年越しの登場。




