第403話 神鳥の翼
まるで売り言葉に買い言葉といった様子で始まってしまった戦闘だが、実はハルもそこまで本気でエーテルに腹を立ている訳でも、納得させたい訳でもなかった。
戦闘に入るのに非常に都合のよい言い訳が降って沸いたので、これ幸いとそれに乗っかっただけである。
いや、少々苛立っていたのは本当だが。生命の定義などが、そんなに簡単にできるならば人類の方が、ハルの方が教えて欲しいくらいだ。
それはさておき、戦いを始めるに至ったのは、この状況、どうあがいても互いに雌雄を決さなければ収まらない状況になっているからである。
エーテルの方がそれを理解しているかは分からないが、仮にこんな、くだらないケンカでもなかったら、互いの持てる全てを賭けての総力戦となっていたかも知れない。
それは、ハルの望むところではなかった。
「だから、適当に勝利条件を生成して、着地点を決めておきたかった」
コアへと届く通信を厳重に遮断し、密室と化したコックピット内で仲間たちとそれを共有する。
サポートに神界に残ったマリーとジェードにも、オペレーターとして念入りにセキュリティをチェックしてもらった。
それが功を奏し、今のところ再びあの声が聞こえてくる様子はない。
「ふーん。ハル君そんなこと考えてたんだ。てっきり本気でイライラしてたんかと」
「そうね。そして、あの子をどうにか呪縛から救ってあげたかったのかと思ったわ?」
「ハルさん、おやさしいですものね!」
「ですねー。私たちみんな、そんなハルさんが好きになったんですもんねー?」
「……戦闘中だよ、みんな」
「お、照れてるぜハル君」
また『かわいい』などと言われてしまうのを、戦闘を理由になんとか回避する。
いや実際、エーテルは舐めてかかっていい相手ではない。互いの命を食らい合う総力戦は回避できたとはいえ、この次元の狭間に流れ込む魔力を、永い時をかけて収集してきた事実は動かない。
「この世界、あの子のホームだし」
「そうね。この妙な世界の法則上の戦いは、一日の長があるのは間違いないわ?」
「もしかしてさーハル君。エーちゃんに逃げられないように、わからせ宣言したの?」
「そういう面もある」
「ユキさん、どういうことですか?」
「ほら、この場所探すの、なんも見えんくて苦労したじゃん。これでまた姿を隠されたら泥沼化がきつそうだなーって」
「ですねー、実際有効な手だと思いますよー? ゲリラ戦法というのでしょうかー?」
「なるほど! あちらは、何かこの世界での探知方法も持っているかも知れませんしね!」
そう、ユキが言ったように、ルール無用の戦争となった場合、それが真っ先に警戒されるだろう。
戦闘能力、主に攻撃力や防御力ではハルたちの装備の方が上回っているようだが、地の利は相手。
一時撤退し、この次元の狭間のいずこかに隠れ潜まれたら。ハルたちには今のところ、探索する有効な手段がない。
それを開発するまでの隙に、不意打ちで攻められれば危ういかも知れないのだった。
そうさせない為に、『証明してやるから見ていろ』、と挑発を仕掛けた部分もある。
ハルのすることを見届けるために、エーテルはこの場に留まらなければならない。
「具体的には、どうするのかしら?」
「さて、どうしようかね。まあ、どうとでもなるでしょ」
「ノープランなの? ……計算高いように見えて、たまにそういう所あるわよね、あなた」
ルナに呆れられてしまうが、その目は、それでもハルならやってのけると信頼してくれている。
それに応えるためにも、自身の振ったこの無茶を、何としてでも成功させなければならないハルだった。
◇
「《さて、それじゃあ姿を見せてくれないかな? もう自分の正体を隠す必要も無くなったでしょ》」
コックピットの中で普通に喋っても届かないため、ハルは外部スピーカーにてエーテルへ呼びかける。
あちらも、通信遮断は成功しているようで、思念で話すのは止め、実際に音に響かせてその問いに答えてきた。
「強引にでも証明するのではなかったのですか、マスター? ならば私の姿も、強引に引き出すべきです」
「《なるほど、一本とられたかな》」
「事実、声はこうして強引に引き出せましたね。賞賛に値するでしょう」
「《皮肉なのかツンデレなのか……》」
非常に生真面目なエーテルのことだ。皮肉交じりではなく、言葉のとおりに賞賛してくれているのだろう。
ならばやはりツンデレか。などと余計なことを思考しだしたハルに、追い打ちのような悪い事実が突き付けられた。
「……それ以前に、私には実体がありません。体など無いのです。……生き物では、ありませんから」
「《えっ、そうなんだ。……なんだ、その、元気出しなよ。体が無くたって、生きていられるさ》」
「さすがに無理筋がすぎるのでは!? ……っと、いえ、そんな適当な言葉でごまかそうなど無駄です。……えっ、適当、ですよね? もしやマスターは、体が無くても、生きていられる?」
少し愉快になってきたハルだ。
このままもう少し、この純粋で素直すぎるエーテルを弄ってしまいたくなるが、目的を優先しなければならない。
さすがに、体を持っていないのは予想外だった。ハルは勝利条件の難度設定を、想定から一段階上昇させる。
体があるなら、それを引き出してしまいさえすれば良かった。
そこで目的は達せられたようなものだし、戦闘という面から見ても、ハルのユニークスキルによって勝利は確実なものとなる。
しかし、エーテルには他の神々のような体が無いという。
言うならば、ハルのAIである黒曜と同じような状況か。要は『ハルを倒せ』ではなく、『黒曜を倒せ』と言っているようなものだ。
ハルが相手なら、人は勝利を難しく思いながらも、一応挑みはするだろう。しかし黒曜だけを倒せと言われても、勝負をどう始めればいいか分からない者が大半ではないだろうか。
「《体くらいあげなよ製作者……、っと、これは研究所の僕らにも刺さってしまうか》」
「いえ、かの方々は神々の転移現象について知りませんでしたし。マスターもお気に病まれる必要はございません」
それでも、カナリーたちが大変な時に、何か手助けしてやりたかったと思うハルだ。
その想いを読み取られたか、カナリーがハルの方へと寄ってきて、優しく頭を撫でてくれた。『戦闘中だ』、と咎めることの出来ない、甘いハルでる。
そして、エーテルのこの発言は、『自分の事は気に病んで欲しい』、という製作者への感情がにじみ出ているように思える。
自らの事情については、エーテルは否定の言葉を述べることはしなかった。
「姿が無ければ戦えませんか?」
「《いや、そんなことはないよ。やりようはある》」
「では、姿のある相手をご用意しましょう!」
「《そんなことないって言ってるだろ!? 乗り気か!》」
エーテルの言葉と共に、ハルたちの居るこの広間、かつては神殿であったらしい建物のエントランスホールの奥から、外でも見た小型の攻撃機が飛来する。
小型、といってもそれは戦闘艦と比較した話。ハルたちが搭乗する、巨人サイズのロボット、ルシファーと比較すると、十分に迫力のある大きさに見えるようになっていた。
しかし、乗り気になってくれているのは良い傾向だ。それは、この勝負の行く末に無意識に希望を見出しているということ。
「外ではあの船が強かったまでのこと。神々による支援が無くなった今、果たしてどこまで戦えますか?」
「《舐めるな。その神を下してきたのがこの僕だ!》」
……いや、単に負けず嫌いなだけかも知れない。外で良いように翻弄された雪辱戦、ということだろうか。
群がるようにルシファーを取り囲んでくる敵機の群れを、ユキが待ってましたとばかりに機体を操縦して蹴散らしてゆく。
巨体が非常になめらかに、優雅さすら感じる拳舞を見せる様は、非現実的な美しさを演出してハルもつい見入ってしまう。
この機体も着実にアップデートが重ねられ、ユキの操縦に付いて来れるように、関節を中心とした駆動系は非常に柔軟性を増しているのだ。
「《いいよいいよ! この手ごたえ! ほど良く強くて、そして最後にはやられてしまう。何よりおかわり自由! 雑魚の鑑だね!》」
「雑魚じゃありません。……いえ、雑魚かもしれないです。ただし雑魚でも、数千、数万と居るとすれば?」
「《すごく楽しい!》」
「ならば精魂尽き果てるまで、その楽しさをもってお持て成ししましょう、ユキ様!」
ユキは実際に、万の軍勢を相手にしても、何時間も続く戦いであっても集中力を切らさずに戦闘続行が可能な超人だが、流石の彼女であっても、徒手空拳のみで戦い続けるのは荷が重い。
ルシファーは魔法中心の構成機体。近接スペックにはあまり比重をおいていないのだ。
「ユキ、加勢するよ」
「わたくしも頑張るのです!」
「えー! 必要ない! 私のスコアが減る!」
「そういうゲームじゃないわよユキ……?」
何か別の遊びを始めてしまったユキには悪いが、誰が倒してもルシファーのスコアだ、ということで納得してもらおう。
ハルは自分も、意識をルシファーのボディと接続する。
ユキには動きの邪魔だと不評な、魔法射出部にもなっている輝く十二枚の羽を広げると、そこへと魔力を流し込んで行く。
アイリからも、後押しするように魔力が流れてくるのが感じられた。
「せっかく射程内に群がってくれてるんだ」
「そういうときは、範囲攻撃なのです!」
「それは分かる! 気持ちいいよねぇ……」
「ゲーム感覚ですねー。緊張感ないですねー」
「本当にね?」
視界全て、背後までを隙間なく埋める敵機の群れを、広げた羽の先から放出される幾筋もの光が切り裂いていく。
攻撃範囲、全方位。一切の死角無し。
その黄色の光は防御シールドなどものともせずに、一切の抵抗を許さずに敵機を一刀両断に“切り裂いた”。
「《『カナリアの翼』。この光の斬撃の前に、取り囲むなど愚の骨頂》」
「必殺技ですか。やりますね! しかし、雑魚相手に大技の無駄撃ちこそ、まさに愚の骨頂」
「《言うじゃあないか。……また雑魚と認めちゃってるけど》」
「そこは、認めざるを得ないでしょうね。こう見せつけられては」
広域斬撃魔法、『カナリアの翼』。これはハルやカナリーの得意技である、神剣の光を魔法で再現したものだ。
魔法増幅器であるルシファーの翼、その力を借りて可能になったそれは本物より威力は落ちれど、圧倒的な複数攻撃が可能となる。
羽根の一本一本から放たれる光は、セレステの槍と同じく全方位への攻撃を行う。またしてもエーテルの包囲作戦は、ハルたちの力によって破られた。
それでも未だにかろうじて動いている機体があるのは大したものだ。エーテルの技術力の高さがうかがえる。
「《しかし、今度は魔力回収は出来ないか》」
「当然にございます。ここは塔の内部。私の支配域。そう何度も何度も、魔力を渡しはいたしませぬ」
ただ、セレステのようにいかなかったことが一点。破壊し魔力へと還元された敵を、吸収して自分の力にはできなかった。
この空間に満ちる魔力は、エーテルの『色』へと染められており、魔力はそのまま中へと吸われ戻って行ってしまう。
つまりは、多少の損失はあれども、再び同じ物が再生産されてくる。
いつぞやのシャルトの都市攻撃の大群のように、省エネで終わり無く何度も何度も攻めてきてしまうだろう。
「ただでさえ、どれだけ魔力を持ってる人なのか分からないんだ。そんな悠長なことはしてられない」
「私もさすがに、何日もつづくー、となるとキツイかなぁ……」
「一日ならいけるのね……」
「すごいですー!」
「それならハルさんー、やることは一つですねー?」
「ああ、この場の魔力、全て僕が染め上げる。……黒曜!」
「《はっ。意識拡張、準備は整っております》」
「《神界ネット方向は、今回はお休みです? マスター? あれはエーテルの作ったものだし》」
「いいや、やるよ白銀。それすら飲み込んで、勝利してこそだろ?」
「《……うん! わたしも頑張るよ、マスター》」
敵が無限の倉庫を持っているなら、その倉庫ごと抑えてしまえばいいだけのこと。
ハルは神剣に並ぶもう一つの得意技、魔力の浸食に乗り出すのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




