第401話 元凶のはなし
前触れなく現れ、前触れなく明らかになる新事実に、ハルは興味深く感じると共に警戒をおぼえる。
いざ決戦だ、と思っていたところに始まる友好的な対話、思考の回転を必要とする情報の開示、これを言葉のとおりの協力要請と捉えるほど、ハルは純粋な心を持ち合わせていなかった。
自分が同じことをやるとしたら、間違いなく敵対心を薄れさせて、相手の対応を鈍らせるためだ。
ハルはこのエーテルを名乗る声への評価を、『要注意』と設定した。
そのうえで、語ってくれるというならば情報は得ておこうと思う。
術中であるのは忘れないようにしないといけないが、知りたかった情報なのは確かなのだ。
「……なるほど、鵜呑みには出来ないけれど、納得のいく話ではある」
「夢であることが、納得なのですかハルさん?」
「いいやアイリ、そこは置いておいて、ここが魔力の通過点ってとこさ。神界ネットに使われていた膨大な量も、この塔から出て来た膨大な兵数も、この空間の特異性によって得られた物だと考えれば辻褄は合う」
《誤解の無きよう申し上げますが、私は異星に在住するAI達の取り分を掠め取ってリソースを得た訳ではありません。情報をあえて伏せていたことは認めますが、発見者のアドバンテージとお考えください》
「ああ、そこは別に構わないさ。というか僕だってそうする。カナリーちゃんだって、きっとそうだろう」
「ぶーぶー。私がごうつくばりみたいな評価ですー。もちろんしますがー」
まあ、結果的にこの地で“せき止めて”いたぶん、外に溢れる『フリーの魔力』が減っていたのは確かだろう。
ここで止められなければ、それは外の誰かの手に渡っていた。
しかしそれを言っても仕方ない。そこは、このエーテル神が一歩情報リードしていただけのこと。しかもエーテルは、神界ネットの提供という還元行為までしてくれているのだ。
「しかし、『夢』っていうのは? 素敵なことだと思うけれど、そこはまだ眉唾ものだ。どうして、その結論に至ったの?」
《それはこの地の、いえ、正確に言えばこの施設があった異星の地での、研究成果から導き出された結論となります》
「ふーん。異世界では、あちらにとっての異世界、つまり地球のことずいぶん分かってたんだね」
《好条件が重なった結果でしょう。それでも、断片的なものではありましたが》
エーテルが言うには、“受け取る側”であったことが大きいとのことだ。
地球人の見る夢それを受け取る側。精神エネルギーとでも言うのだろうか、世界に流れ込んでくる魔力が、どこから来るのだろう、そう不思議に思う人間が出てくるのは、自然なことのようにハルも感じる。
そうして始まった研究の末に、彼らはついに魔法によって次元を超える手段を得る。
二重の意味で『夢のエネルギー』である魔力の源に、至らんとそう考えた訳だ。ありがちな話である。
《彼らは『神の夢』とそう呼んでいましたね。同じ人間ではなく、高次の存在の見る夢であると、そう信じて疑わなかった》
「……それでか。確か、世界全体の魔力の総量の一割。それだけのありえない量を使ってその事故は起こされた。……成功すれば、『神』とやらから無限の魔力が取り出せると考えちゃった訳だ」
「うへあー、ちょっとそれ、夢見がちすぎじゃないの? 誰か、止めなかったん?」
《ユキ様、この研究は、極秘裏に行われておりました。夢見がちな研究者と、千金に目を奪われた為政者による独断に、誰が制止をかけられましょう》
「あ、ダメなやつだった」
確かにダメなパターンの話だ。
そもそもこの世界は、欲しいものは何でも魔力で作る、といったように、汲めども汲めども無くならない泉の水に祝福された世界であったらしい。
建物から何から、全てすきなように魔力で織り上げられていた。
それ故だろうか、ハルたちの基準では絶対ありえない大量消費の実験も、『どうせすぐに回復するだろう』、と楽観視して強行したのかも知れない。
「しかし結果は、『金の卵を産むガチョウ』の腹を裂いてしまう結果となったのね? ……ガチョウが私たちだと思うと、腹立たしいけど」
《おっしゃる通りにございます、ルナ様。その憤りは、貴女がたの正当な権利》
まるで憤りを感じない、抑揚のうすい声で、エーテルはルナの怒りを肯定する。これは、怒りを煽っている、のだろうか?
更にその感情を煽るかのように、エーテルの語りは畳みかけるように続いていった。
《そして世代にあらずとも、今もありし日のごとく語り継がれているでしょう。あの大災害を引き起こしたのもまた、この事故による結果であるのです》
◇
エーテルは言う。前時代、今から見て前時代となってしまった、電気文明の終焉。それを引き起こしたのも、その欲望に満ちた研究の結果であると。
「……まあ、知ってた。時期が完全に一致するもの、無関係なんてありえないと思っていたよ」
《ええ、マスター・ハル。この施設が事故を引き起こしたのと、地球上で電子機器が一斉に麻痺する痛ましい事故が起こったのは、時を同じくします》
そんな一致が、『ただの偶然です』で済まされるはずがない。
現代では想像も難しい、極めて大量の魔力を使った次元を超える魔法は失敗に終わった。
彼らは次元を超えきれず、狭間であるこの世界にしか至れなかった。
しかし、結果の全てが狭間に留まった訳ではなかった。そうエーテルは淡々と語る。
《私が観測した訳ではありません。しかし結果から見て、物質は届かずとも、魔法の効果は地球へと至った。そう結論付けられるのです》
「……僕は、結論は付けない。仮定は仮定だ。……だけど信憑性の高い話であるのは確かだよ」
単純に語るには謎がまだ多い話だからだ。
何故、人体や他の動植物にはまったくの無害であり、電子機器のみを世界規模で都合よく狙い撃ちする電磁パルスなどが発生したのか?
偶然で片付けてしまっても良いのかも知れない。ただ偶然、そのような魔法が発動された。
しかし、ここまで恣意的な意味ある連鎖が続いていれば、そこにも意味を求めてしまう。
「とりあえず、気にしちゃだめだよアイリ。アイリがやったんじゃないんだから」
「は、はい。お気遣い、痛み入ります」
仕方のないことかも知れないが、アイリの世界の人間を糾弾する内容だ。その辺りは、もう少し考慮して欲しかったハルだ。少々、デリカシーに欠ける。
言ってもどうしようもない事だろうか。それとも、分かっていながらエーテルにとっては引けない一線だのだろうか。
「その事実は確かに興味深いわ? でも、気になることがあるのよ。貴方、どうやってそれを知るに至ったのかしら? カナリーたち他の神々は、手掛かりすら得られなかったのに」
《疑問はごもっともです、ルナ様。回答といたしましては、私はその事故当時からこの施設のある街に潜入していた為、となります》
「つまり事故の瞬間に立ち会ったと?」
《その通りにございます》
他のAI達があの惑星について、それぞれの視点で調査を進めていたその時期に、エーテルもまた独自に調べを進めていた。
それが、件の研究をしていたこの施設であったそうだ。
それ故エーテルのみが、部外秘であったここの研究を盗み見て、唯一の知見と有利状況を確保できた。
「他の神に知らせなかった理由は?」
《事故以前であれば、情報の正確性が低かった為。以降であれば、AI同士の対立を加速する因子となる為でございます》
「一応筋は通るけど、それでも知らせるべきだったと思うよ」
《ご忠告、熟考いたします》
対立の加速、というのは現地住民との融和か排斥か、という立場の違いだろう。
明らかに現地住人の責任と分かる情報がもたらされれば、それをきっかけに神々による立場の違いからの争いが起きかねない。そうした懸念だ。
言っていることはもっともであるし、可能性が無いとは言わないが、ハルはその心配は不要だったと考える。
なんだかんだ言って、神々は思慮深い。そして他人の情報に踊らされない。
元AIの特性上、頭から信じず熟考する性質を持っている。……それに、彼らは自らの信念を、目的を、何か言われた程度で曲げるほど柔軟ではない。
みな、そのあたりもれなく頑固で、拗らせている。
《私のスタンスは、おわかりいただけましたか?》
「ああ、もう少し聞いてみたいこともあるんだけど、キミも何か協力して欲しいことがあったんだったね」
《はい。全ての情報は、協力をお約束いただけましたならば》
お試し期間は終了、ということだ。更に知りたければ、自分の目的に協力しろと。なかなか商売上手である。
ハルも警戒しつつも知らず知らず、もう少し話を聞いていたい気分になりかけていた。
「聞くだけ聞こうか。キミの目的って?」
《至極、単純なことにございます。地球の民のものは、地球の民の元へ。あの方々の夢を、魔力を、異星へ送らず、地球へと送り返すのです》
「……それはまた、大それた計画だ」
《その為にはマスター・ハル。貴方の力をお借りしたい》
確かに、その目的を達成するのに現状で最も簡単な方法は、ハルを介して地球に魔力を送ることである。
次元の壁を隔てた二つの世界。それを苦にすることなく、自由に魔力を行き来させることが適うのは、今のところハルだけであるようだ。
《元々の所有権は、こちらにあります。何の益ももたらさない、それどころか害になる異星へと、この資産を渡す必要はありませんでしょう》
「まあ、それも一応筋は通った意見だね。そのために、キミはこの空間に大量の魔力をプールしていた? 地球に戻すために」
《いかにも》
それが神界ネットであり、エーテルの塔である。
なるほど、と納得できる理屈ではある。それだけの魔力を持ちながら、何に使うわけでもなく、ただため込んでいたエーテルの目的がいまいち読めなかった。
身を守るための無限の兵団を作り出すという理由では、どうも弱い。しかし、来るべき時に地球に返すため、と言われればまあ納得だ。
《いかがでしょうか?》
「面白い発想だとは思う。でも、危険も混乱も大きいよ。魔法が使えるのは楽しいけど、世界は楽しいだけじゃ回らない」
それは、異世界で起こったことを考えれば自明の理。同じことを、今度は日本人の手で引き起こさないとも限らないのだ。
《そこは、我々の手で適切に管理いたしましょう》
自信たっぷりに、エーテルは断言する。
エーテルも、もちろんただ理想を語っているだけではないだろう。この百年の間に、いくつも現実的なプランを練っているに違いない。
そんなエーテルが成功すると断じるならば、それは実際に成功率は高いのだろうと信頼もできる。
元々、自由に魔法を行使することを夢見ていたハルだ。そのエーテルの提案には、心惹かれるものがあるのは、実のところ正直な感想だった。
だが、頷くことは出来ない。それどころか、どうしても確認しなければならない事がある。
ハルは勧誘への回答の代わりに、それをエーテルへと突き付けた。これは事実上の、拒否となるだろう。
「ひとつ、確認しておきたいことがある」
《なんなりと》
「キミ、エーテルじゃあないね?」




