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第4話 優雅なお茶の無いお茶会

 とりあえずは二人くつろぎながら、この時間でステータス等の確認をする事にした。考え様によってはすぐに落ち着ける場所に陣取れたのは朗報だろう。

 お茶会と洒落(しゃれ)込むことにする。いや、雰囲気は良好ではあるが、飲み物が無いあたりお茶会には片手落ちか。

 プレイヤーの体は飲食を必要としないので問題は無いが。正確には飲食自体は出来るが食事効果のようなものは無いらしい。

 アイリの侍従はお茶を用意しようとしたが、急ぎの様子だったので辞退した。




「それで。何か分かった事はあった?」

「向かって右のメイドはどっかのスパイかも」

「まあ大変。確証はあるの?」


 死角に潜もうとする癖のついた侍従など逆に目立つ。主人の気を煩わせぬために身に着けた技術とも思えない。最後に体捌き(たいさばき)の確認のため攻撃じみた行いもしてみた。


 ちなみに何故そんな事が分かるのかといえば、慣れているからであった。

 スパイゲームは人気のジャンルだ。ハルに限らずそこで訓練を積んだ者は多い。青少年に悪用に役立つ経験を与えてしまっていた。

 ただ、一番人気のスパイゲームは静かなる諜報戦ではない。敵の死角と盲点を奪い合うニンジャアクションであった(その経験は役立たない)。

 今宵、鶯張り(ウグイスばり)の廊下で君を待つ。


「訓練受けてるのは確実だし、常に王女の言動を警戒してたのは確かだね。でも確定とは言えないかな、称号は問題なかったし。なんだかこのゲーム始めてから調子悪いしね」

「いつもより素直に感情が出ているものね」


 その言葉にハルはわざと思い切り渋い顔を作り、二人で笑う。

 ルナが喜んでいるのは良いことだが、ハルにとっては問題だった。普通のゲームとは体の動かし方が全く違うらしく、得意の並列思考による肉体の分割動作がやりにくい。

 自社で全く独自のエンジン(ゲームを作るためのソフト)を組んでいるのだろう。


「私はむしろ動きやすいくらいだけど」

「まあこの間に慣らすよ。後はアイリ王女がイベントのトリガーにされてるだろうって事かな」

「女神、というより運営の思惑の事ね」


 ルナの方が得意とする分野だ。こちらは多くを語らずとも伝わった。公式説明の地図などを見ながら情報を軽くすり合わせておく。

 このゲーム、シナリオモードのようなものは存在しないが、リアルタイムに世界情勢が変化する事でシナリオを演出する事はありそうだ。王女はそのために適役といえた。





「さて、それもいいけど……。そろそろスキルの確認をしないかな」

「いいわね。私も結構気になってる」


 ゲームの華である部分に、二人の語気にも自然と熱が入る。

 お互いウィンドウを確認すると、自分のステータス画面を表示する。


「見えてる?」

「ええ、内容も。(リアル)の方の基本設定と同じ見え方に感じるわ」


 自分だけが見える画面ではないという事だ。ここはゲームによってマチマチで、戦略性を売りにしたゲームではリアルと違い完全に隠せるようになっていたりする。


「課金して追加はしたかしら」

「上位スキル二つ出る程度。MP回復上昇スキルを交換。もう一つ欲しいのあったけど止めたよ。高すぎでしょ、底なし沼に見えたよ」

「賢明ね」

「何故かゲーム内ミニゲームやると同じポイント手に入るらしいし」


 変な話だった。

 スキルの習得はランダムで、いつまでも望みの物が手に入らない場合がある。それでも問題ないように、一回ごとに専用のポイントが貯まっていく作りになっていた。スキルの希少さに比例したポイントを使う事で望みのスキルと交換できる。

 だが、そのポイントはゲーム内のステータスウィンドウで遊べるミニゲームのスコアによっても加算される。集金したいのか、しなくていいのか、判断に困るシステムだった。

 ルナによれば”お金を使わなくても問題なく遊べます”という言い訳作りだとの事。


 なお何でゲーム内でわざわざ他のゲームをやるかといえば、待つだけの暇な時間が発生しやすいためだ。遊ぶために来たのに本末転倒ではあるが、多人数で集まる以上全ての人間の予定が合う事はありえないという事情もある。

 故にフルダイブゲームには標準で付いている事が多い。中には凝り過ぎて、そっちが本編と言われてしまうゲームもあるほどだった。


「ルナは何を取ったの?」

「全部取ったわ」

「うゎぁ。流石ルナ。リアルお姫様だ」


 恐ろしい話であった。こういった事は初めてではないのでハルも最近では慣れてきた。こういうときのルナは表情一つ変えないので本当に些事であるのだろう。


「それは違うわね。お姫様は無駄遣いはしないものよ」


 どうやら何か譲れないこだわりがあるようだ。


「じゃあ例の称号はその時か」

「ええ、<百の術理を修めし者>。百個以上あるし、コンプリートの時だったから個数は無関係ね」


 百は“多数”の意味で使われる表現だ。下位のスキルを百個かき集めても至る事は出来ない。しばらくの間はかなりレアな称号になるだろう。

 サービス期間が進み、全体の強化も進んでくれば、これを持っている事が熟練プレイヤーの証として使われるようになるかも知れない。


「あなたの未所持を使ってみて内容を伝えるわ。それで優先順位を決めなさい」

「ありがとう。助かるよ」

「一気に全部は時間もMPも足りないけれど」


 二人の待ち時間はまだ長そうだ。ゆっくりやっていけばいいだろう。




「持ってる上位で使えそうなのは透視かな」

「いやらしい……」


 ルナがジト目で胸をかき抱く。


「いや、そういうのじゃなくて」


 あからさまに大げさな動作が冗談である事を表しているが、まあ言いたいことは分かる。

 きっと詳しく調べずにそういう目的で大金を投じ、いざ使ってみて膝から崩れ落ちる者も出るだろう。注釈としてわざわざ、そういう目的での使用に制限が入る事が明記されている。

 しかし、そういう目的であるという事はどうやって判定しているのか。


「まず平面でしか透視できないみたいだしね。でもウィンドウは透過できる。しかも発動し続けてもMPを使わない」

「それで、どうするのかしら」

「こう、そしてこう!」


 ハルは自分の周囲に無数のウィンドウパネルを展開し始める。数はどんどん増えていき、ロボットアニメのコックピットのようになっていった。

 そうして増やしたウィンドウを一纏めに重ね合わせ、サイズを小さくしていく。散らばったカードを混ぜ合わせ、纏まった一つの山札を作っていく様子に似ている。最終的には手のひらに収まる薄い一枚のカードのようになった。


「また妙な事を考えたものね。それを透過して自分だけが見える画面にするのね」

「うん。最後に上下の二枚を完全に黒くすれば他人からは確認出来ない。それにこれなら視界を邪魔する事が無い。使えそうだよこれは」


 上級者同士の対人戦になると、相手の前に浮いているウィンドウの中をすれ違いざまに読み取って対策を立てる事などが普通にありえる。

 ハルであれば視界の隅にカードを入れておけば、重なった内容であっても全て同時にチェックが可能だ。戦略面の話以外でも、便利だからと常にコックピット状態にしておくのは外聞が悪いし視界も狭い(カッコいいと感じる者も居るだろうが)。


「それが可能なのは、きっとあなただけでしょうね」


 ならば他の人間にとって<透視>はやはり役に立たない(死にスキル)かと思われたが、そうでもないらしい。ルナが言うには恐らく塗りつぶされた書物の解読など、ギミック解除で恩恵(アドバンテージ)が大きいだろうということだ。

 先ほどウィンドウの束をカードに例えたが、まさにカードへ使う事も出来るだろう。透視スキル持ちとは絶対にカード勝負をしてはいけない。


《スキル・<透視>のレベルが上昇しました:Lv.2》



「わざわざ交換したのは<MP回復>だったかしら。理由は?」


 ハルはカードと化したウィンドウ群から一枚を抜き出すと、ルナに見やすいように広げる。

 特に確認が必要な情報があるわけではないが、お互いが同じものを見て話しているという意識は大切だ。消せないのは不便だとよく不満が出るリアルのウィンドウの仕組みだが、ハルは現状を肯定していた。


「このゲームMPが多いほど魔法が強いみたいだから、生命線だと思ってさ。実際<HP回復>の方がランクが低い」


 言いながらハルは<練成>スキルを発動しMPを減らす。キャラ作成時に話に出た<錬金>はまた別の物のようだ。習得可能スキルの一覧には入っていなかった。


「MP回復薬作成の変換効率は100分の1以下か。更に効率落ちるけどHPをコストにした方がいいかな」


 スキルの起動にMP1を使い、そこからコストを指定する。MP貯金に積極的に使えるレートではなさそうだ。

 回復薬は1ポイントずつ作り、水滴をタンクに溜めるように合算できるようだ。割合回復は今のところ見当たらない。


 しばらく待つとスキル起動に使った1ポイントが回復した。16秒だ。スキルレベル1で20秒に1回復。それに自然回復の値が合わさったものだとハルは当たりをつけた。

 次は<光魔法>で殺傷力を持たない明かりを出し、40のMPを消費する。するとMPの自動回復は1ポイントあたり20秒近くまで増え、徐々に16秒へ近づいていった。


「重力かな?」


 大きなMPほど引力が強く、周囲の魔力エーテルを引き寄せて回復する。ハルがそんなイメージを抱く。


《スキル・<MP回復>のレベルが上昇しました:Lv.2》


 最初だからかレベルの上昇も早い。しかしすぐに中々上がらないようになっていくのだろう。

 MPの自動回復にも現在値の多さが影響するとなると、他のゲームのように枯渇が近づいたら一気に回復という手法は著しく効率を落とす事になる。


「よし、これからは1以上のMPの使用を禁止しよう」

「おばかなこと言わないの」





《スキル・<MP回復>のレベルが上昇しました:Lv.3》

《スキル・<水魔法>のレベルが上昇しました:Lv.2》


 MPが最大まで回復する毎にまた消費する。それをタイミングよく繰り返し積み重ねる。その消費のループに適していそうなスキルが無いかを探しながら話は続いた。


「もう一つの欲しかったものは?」

「<飛行>だね。飛べるに越したことはない。これはさっきのミニゲームで取るさ」

「そう。がんばって。あのスコアレートも相当に足元を見ていたけれど」

「まあ、そこはちょっとズルしてみるよ」

「そうね。あなたなら色々やり様はあるのでしょうね」


 先ほど作った黒いカード状になった画面に、いくつかのミニゲームを起動し、それらに並列思考の思考領域を割り当てる。

 ミニゲームは種類が多い。普通はその中から一つ選んでやっていくのだろう。しかし、それだとレアなスキルを交換するのに丸々1ヶ月かかるかも知れない。そんなレートだ。


 だが、同時に一つしか起動出来ない訳ではない。慣れたものなら同時に二画面を操作することで効率は単純に倍になる。動きの少ないカードゲームなどを選べば、特別な訓練も必要としない。

 三つ同時なら三倍、五つ同時で五倍と効率は上がっていく。電脳化された時代、しかもゲーム内だ。手が足りないという事もあまり起こりにくい。

 イメージでの操作に不慣れな者はタッチ操作するため手が足りなくなる。その場合は手を増やそう。

──君も六本腕で僕と握手! 僕はもう引退だけど。


「今は何をやっているの?」

「こんな感じ」


 黒いカードから抜き取られた小さな八つのウィンドウにはそれぞれ別のトランプゲームがプレイされていた。


「うわあ。相変わらずね」

「ひかないで」

「おあいこよ」


 先ほどルナの金遣いについて言った事を返されたのだろう。

 平均から逸脱した二人であるが、それはお互いの武器だ。お互いに使わなければ損である。


《スキル・<幸運>のレベルが上昇しました:Lv.2》


「ああ、これか。<幸運>のレベルが上がったよ」

「そうなの。効果がそれだけだったら早熟タイプにも程があるわね」


 カードゲームをやっていると<幸運>のレベルが上がる。カナリーの言っていたのはこの事だったようだ。


「何か別のに派生する事を期待しよう」


 一見、リアルマネーを使わなくても有利に立てる良いスキルにも思える。実際にこれを知ればそれを決め手にカナリーと契約する人間もいるだろう。

 だが全てのスキルはゲーム内の経験によって習得できる。それを少し先取りする為に、現状は詳細不明で重要そうな決定である神との契約を選ぶほどのメリットとは言えない。

 これは高い能力を持つ二人に特有の考え方だろうか?




「後で<神託>の方もチェックしておかないとね」

「今はやらないのかしら」

「何が起こるか書いてないんだもの、警戒はする。カナリーとの約束もあるし、問題無いと確認出来たら優先して使うけど」


 正式サービスが開始されてもスキルの詳細が開示される事は無かった。一行説明が入っているだけだ。

 スキル名や一行説明から判別できる物は多いが、使用する際の注意事項が書いてあるもの以外、実際に使ってみるまで詳細な効果は分からない。

 神託は『神と交信する』としか記載されていなかった。




「自動で常時発動。使用すると常に一つの効果だけが発動。使用するとツリー表示され効果を選択。スキルの効果は大まかに三つみたいね」

「確か技量がどうとか言ってたけど、イメージで変わる物もあるのかな」

「これなんかそうね。<防具作成>」

「デザインを自由に作れるのか。ああ、やっぱり禁止事項はあるんだね」


 デザインはそれほど得意ではないハルだが、細かい作業は得意だ。地道な調整を並列思考の力技で積み重ねる事でそれなりのオリジナル装備を作り出す事も出来るだろう。




「調べた内容は他のユーザーに伝えても平気?」

「構わないわ。私はそういう所には出入りしないから、あなたに任せる」


 ただでさえ少ないであろうプレイヤーが罠に嵌ったり、仕様を理解できずに辞めていってしまうのは避けたい。




「私の方で<飛行>を使ってみるわ。……少し浮くだけで凄い勢いでMPを使っていってるわね。起動時だけは他と同じ1だけど」

「レアスキルってなんだか使いにくいのばっかりだなー……。出難いんだから即効性がある方がいいだろうに」

「そうね。いきなり無双はさせてくれないみたい」


 ルナはたまにえげつない無双をする。





 そうして二人で様々なスキルの確認をしていった。

 派手な攻撃魔法を試せないのは寂しいが、アイテム生産に関わるものや補助を専門とするものなど数多くの種類があり退屈しない。

 当初の目的であったアイリとの接触があっけなく叶ったため、ハルとルナはこれらスキルを使ってどんなプレイスタイルにしていこうかという話題に花を咲かせた。

 ハルは対人戦が得意だしルナも戦闘は嫌いではないが、ひきこもって生産や内政に明け暮れるのもまた好きである。

 シミュレーション系のゲームでは、あえて戦闘行為を自ら禁止して勝利する事に楽しみを見出す事もある。

 そのための詳細なスキルの確認作業は、それそのものが楽しい時間だった。


 そんな中、気づかされる事がある。

 MPの消費量と効果(威力と言っても良い)が一致しない事だ。普通は強力な魔法を使うには多くのMPを消費するが、ここでは何故か強弱に関わらず消費がほぼ同じ物がある。


「そもそもMPはマジックポイントじゃないんだよね。<制御力>であって」

「馴染みの深いMPという表現を使っているだけね」

「火薬に火を付けるのに、少量でも大量でも火種の大きさには関係ないって事かな」

「エーテル技術の操作みたいね。だから魔力もエーテルなのかしら」


 二つの世界の大気を満たすものには両方ともエーテルという名前が付いている。それは操作性の類似を暗示しているのだろうか。

 現実のエーテルも、十倍のナノマシンを動かすとしても十倍の労力が必要な訳ではない。命令が多少変わるだけだ。


「あなたにとってこの一致は嬉しいのではなくて?」

「その通りならやり易そうだよね。でも、魔力みたいな力をエーテルっていうゲームは結構あるよ」

「でもマナとかの方が主流よね。……エーテル技術が出てきたから? ナノマシンの方の由来は何だったかしら」


 広く一般的となった名前との一致を避けたのだろうか、最近は魔法のエーテルをあまり見なくなってきた。

 魔力的なエーテルの多くは神話ないし哲学の発想が元だ。ナノマシンの名前は大元は同じながら物理の方だった。


「エーテル通信の速度は空間をジャンプしているとしか思えないほど速すぎる。上位構造体を経由してるとしか思えない。仮説でしか語れない故に昔の仮説から拝借してエーテル」

「上位構造体って?」

「ゲームのテレポートなんかはリアルのネットを経由する事で離れた場所にも一瞬でジャンプ出来るよね。それの現実版」


 会話の趣旨がズレて来たのは、このあたりで休憩を入れようというサインだろうか。

 ハルが望むならルナは付き合ってくれるだろうが、タイムスケジュールを決めておいた方がいいだろう。待ち時間は依然不明なままだ。


「中からネットが見れないのは不便よね」


 その仕様は本当に謎であった。

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