第396話 七色の海を抜けて征け
神界の空きスペースいっぱいにその艦体で埋めつくす、完成した戦闘専用艦を、神様たちと外へ押し出す。
パーティションラインが近くなると、神様たちはその近辺には近づけなくなるので、艦の頭が出たあたりまでになるだろう。
まるで、動かなくなった車を人力の手作業で押して移動させるような画であるが、まったく違うのはそのサイズ差だ。
艦に対して、米粒のような小さなハルたちだが、そこは神を自称する者達である。そのありえないサイズ差をものともせず、徐々に艦体は移動を開始した。
「こういう時ってさぁ、なんか掛け声かけた方がいいのかな。ほら、おーえす、だっけ?」
「ふん、くだらんなマゼンタ。力の緩急をつける必要の無いオレたちに、そんなものは必要ない」
「しかも、『オーエス』とは古いですね。データの更新をなさいマゼンタ」
「あーもう! 気分だよ気分! せっかくなんだから、気分出していこうよね!」
「おーえす、って何なんだろう? 当時のOSに何かあったのかな?」
「ハルさんも天然意見だね♪」
神々もハルも、筋力によって押しているのではなく、<飛行>しながら魔法の力で押している。そのため、弛緩する“間”を作る必要は無く、力の掛け方は一定だ。
掛け声は特に必要なかった。味気ないといえば、実際味気ないかも知れない。
「あっ、そうだぁ♪ じゃあ、私がアイドルとして応援しちゃうぞ♪ ふれー、ふれー、ってね♪」
「にゃーん♪ にゃんにゃん♪」
「やーん、メタちゃんかわいいー♪」
「応援するよりさっさと押しなよねマリンブルー」
「貴様の応援、特に支援効果など存在しないだろう。押せ」
「ぶーぶー! 人間には効くんだぞぉ?」
そうして仲良く罵り合いながら、神が入れるぎりぎりの範囲まで押して行ってくれた。
そこから先になると、少しずつ体が動かなくなってしまうのだそうだ。
神の力を借りられなくなったその先は、ルシファーを起動してその力で押し出して行く。
ラインの外からも応援として小型の輸送船が戻ってきて、艦へとケーブルを繋いで牽引してくれた。
いや、サイズ差で小型に見えるが、あれは今までの大型輸送船だ。この艦が、大きすぎた。
「まあ、実際の船も建造ドックから出る時はこんなもんだよね」
「いやいやハルさん、流石に人力で押して海には出さないんじゃないかなぁ?」
「どうかな? 案外やってたかもよ。まあ、現代ではやってないけどね、さすがに」
小さな船での牽引や、逆に港への押し込み、そうした作業も大型の船舶には見られる作業だったな、とハルはおぼろげな知識を引っ張り出してくる。
この時代では船の数は減ってしまったが、水運はやはり日本においては重要な位置を占める。今も、優秀な新型の船が開発されていた。
ハルの作った船の魔道具も、そうしたモデルを参考にして作ったものだ。
「ともあれ、なんとかなりましたね。後はこのまま少しずつ、エンジンの点火に問題の無い位置まで牽引して行きましょう」
「残りはオレたちがやっておく。ハル、貴様は乗員を招集し、出航の準備をしてくるんだな」
「アルベルト、ウィストもありがとう。乗員、ってユキたちだよね」
「ボクら、乗って出られないからねー」
「にゃー……」
「諦めちゃダメだぞメタちゃん! ハルさんが神界ネットのその先へ到達すれば、私たちも希望が見えてくる♪」
「にゃ!」
神々が入れないのは、神界ネットがある空間のみだ。その範囲の外へと出られれば、希望が見えてくる。
まだ確定ではないが、もしこの繊細な魔力の充填された世界を抜ければ、そこにハルが魔力を流し込んで転移ゲートに出来る。
その時こそ、全ての神々が乗員として艦へと乗り込み、この艦は真の力を発揮することだろう。
「じゃあ、僕はお屋敷に一旦戻って準備してくるよ」
「いってらっしゃーい♪」
ここからの旅路は片道切符。目標は、『何かを見つけるまで』、と漠然としたもの。見つけるまでは、帰れない。
ハルたちそのものは<転移>で帰ることが出来ても、艦の巨体は置き去りになってしまう。
それを避けるため、最低でも<転移>可能な空間への到達は必須であった。
新世界を探す冒険の船出が、始まろうとしているのだ。
*
「ひろいですー!!」
「うーん、ほんとに広いぞ? ハル君、乗るのは私たちだけ、なんだよね?」
「だね。まさか、何もこの世界の事情を知らない一般プレイヤーを乗せる訳にもいかん」
「神界広場の壁を一枚破れば、こんなSFシップが作られていたなんて思いもしないでしょうね……」
「真実ってのは、得てしてそんなものさ」
「そうね? 内部は広いだけで、部屋の扉を開けても何も準備されていない、この艦の真実のようにね?」
「……時間が、ね? 外の装備の準備だけで、中の施設は、ちょっと」
「私たちの部屋とー、マゼンタが用意した医療施設くらいですねー。まあ、必要最低限はあるようですねー」
内部は広く、その解放感はルシファーのコックピットとは比べ物にならない。
しかし、現状はただ、広いだけに留まっていた。無聊を慰める娯楽施設など、そうした部屋の実装は遅れている。今後の課題である。
神界を埋めつくすほどの大きさであるこの艦は、当然ながら内部も相応に広くなる。
もちろん、外装やそれを機能させる為の機器の搭載に、多大なスペースが割かれてはいるが、それを差し引いても神界の中央広場が、すっぽりと入ってしまうくらいの面積が中にも用意されていると思って相違ない。
「まーまー、いいじゃないかルナちー。他に乗組員が居るならともかく、うちらしか乗ってないんだ」
「ですねー。どーせみんなで、お部屋にこもっていちゃいちゃするだけですよー」
「いちゃいちゃします!」
「……とはいえね? ずっとそうして過ごすのもどうかと思うわ? 軍艦よ、これ?」
「どしたルナちー、いつもなら、真っ先にえっちな発言をするルナちーが」
「茶化さないの。……その、まあ、その通りではあるのだけれど」
なんだかんだ言って、根は真面目なルナだ。今日はえっちな冗談よりも、面倒見の良いお母さんモードが優先になっているようであった。
「具体的には、どの程度の期間の航海を予定しているの、ハル?」
「何も分からないよ。喜望峰の想定位置すら不明。いや、その辺りは今ジェードとマリーちゃんが必死に解析してくれてはいるんだけど」
「神界ですから、無限に続くということも……」
「いやー、無限なんてあり得ないよアイリちゃん。ここの神様が作ったからこそ、ありえない」
ユキの言う通りだ。神とは名乗っているものの、彼らは元はAI。論理的で、現実的な技術を前提として、その行いは全て定義されている。
無限などというあやふやな概念の許容は許されず、この空間にも必ず、きっちりと“果て”が用意されているはずだった。
その広さを、今も周囲に広がる七色のゆらめきのパターンから逆算しようと、神々がその計算力をフル回転させて、躍起になっているところだった。
ひとまず、中間報告だけでも聞いてから出発しよう、ということでハルたち全員の意見は一致をみる。
「ならそれまでにー、物資の積み込みですねー。お菓子がいっぱい必要ですー。予算は300億円までー。バナナは別に要りませんー」
「そんなこと言わずにさ、カナリーちゃん。生のフルーツも用意して、みんなでお菓子作って一緒に食べようよ」
「……バナナも、要りますー」
「ふふっ、ずいぶんと壮大な遠足ね?」
「キッチンあるのかな」
「あ、わたくし、向こうにそれらしい施設を見た気がしますよ!」
特に艦内ではやることもないのだ。そうして、三食おやつ共に皆で一緒に作り、正月のようにのんびり過ごすのも悪くはない。
どうやら、準備するのはほとんど食材ばかりとなりそうなハルたちの冒険なのだった。
*
そうしてつつがなく準備は終わり、後は出航を待つばかりとなったハルたちのもとに、待っていたマリゴールドからの連絡が入る。
どうやら色彩パターンの解析自体はまだのようだが、何か面白いことが分かったようであった。
「お疲れ様マリーちゃん。早速だけど、報告してくれる」
「《ええ、了解しましたの。結論から申しますと、このまま普通に進んで行っても、“絶対に”この神界ネットの範囲から出ることは出来ないと推測されます》」
「そんな! や、やはり、無限に続くのでしょうか?」
「《いいえ、いいえ、可愛いアイリちゃん。無限なんてもの、この世にはありえないのよ。あるのはそう見せかけた、まやかしのみ。あとは忌まわしき、無限ループなの》」
「マリりんとこの『迷いの森』みたいにねー」
「《ですのよ》」
迷いの森。マリーゴールドの妖精郷を囲んでいた空間だ。
許可されていない者は、延々と“無限に”その森を迷い続けるだけで、決して妖精郷へとたどり着くことが適わない。
古くから、ゲームにおいてよくあるダンジョンだ。
専用アイテムを持っていたり、正しい道順を通ったりしなければ、マップごとの繋がりが無限ループして、何度でも同じ道に戻される。
「《此度の敷き詰めるような探査基地の建設。これが功を奏しました。『帰り道にパンくずを撒いて』おけば、深い森にも迷いません》」
「小鳥が食べたとしても、小鳥が存在することの証明となる、か」
「《ええ、ええ! まさにハル様のおっしゃる通り! 今回、その『小鳥』が発見されたのよ?》」
マリーの報告する内容はこうだ。
この空間に、空気の代わりに充満する謎のエネルギー。それはこちらへ水圧のように多少の圧力を与えてくることが分かっている。
その力が、移動する物体の方向を微妙に狂わせて、直進しているはずが徐々に方向がズレて行く、そうした作用をもたらしているようだった。
まさに迷いの森。少しずつズレた移動方向は、やがてぐるりと巡って、元の位置へと戻ってきてしまう。そうした効果を与えているようだった。
「《更に、空間自体も伸張し、それにひと役買っているみたいなの》」
「なるほど、周囲の景色はドロドロのマーブル模様。伸びたり曲がったりしても、主観では気付き難いって訳だね」
「《そうなのよ? 言いたくはないけれど、こと出ようとする意思に対しては、神界ネットは明確に“敵”ね》」
「逆に言えば外が確実に存在し、そこには知られたくない何かもまた存在する」
「《ハル様のいうとおり》」
その事実を、今回の等間隔に敷き詰められた基地の並びが、灯台の役目をはたして導き出した。
互いに位置を保証し合い、外からのまやかしを許さず補正し合う。船が曲がればそれを見逃さず誘導し、空間がねじれれば過たずそれを照らし出す。
「なんだか、仲間との協力で強大な力に打ち勝ったようで、わくわくします! 神々は、やっぱり偉大だったのです!」
「まー、その強大な力も、神様な訳だけどねー」
「ユキ? せっかくいいところで水を差さないの?」
「《そうなのよ? 頼りがいを見せなくっちゃね、神様なんだもの》」
「いつも頼りにしてるよ」
「ハルさんが頼ってくれるのはー、主に私なんですけどねー?」
「《むう。カナリーはもう神様ではないでしょうに》」
いつまでも、心の中ではハルの神様だ。照れくさいので口にはしないハルではあるけれど。
「……じゃあ、マリーゴールド。僕らは慎重に、その迷いの予兆を見落とさずに、君たち管制室の導きに従って進めばいいのかな?」
厄介なシステムではあるが、タネが割れてしまえば対処が出来ない内容ではない。
気付かれず徐々に、というならば、それだけ掛かる力は微小なもの。その方向に、同じだけ逆向きの力でもって相殺してやれば問題ない。
「《いいえ、そういった、まどろっこしい方法は取らないの》」
「ふむ?」
しかし、マリーゴールドの答えはそうではないようだった。
「《掛かる圧も、曲がる空間も、その一切を意に介さず! ハル様の戦闘艦のその大出力をもって、一気に突破してしまいましょう!》」
「わお! 大胆だ! いいねマリりん、私好みだ」
「そうね? 貴女はもっと、慎重に策を練るタイプだと思っていたけれど」
「《繊細な策ほど、圧倒的な力の前には脆く崩れ去るものよ? ねえ、ハル様》」
「確かにそうして君たちを突破してきたけど、僕自身も策謀タイプだから肯定しづらい……」
マリーゴールドの提示してきた航海プランは、彼女の見かけによらぬ大胆なもの。
確かに、圧倒的なパワーで突破する作戦は、この巨大な艦を作った甲斐もあろうという、気持ちの良いものだ。
仲間たちも乗り気であり、出航を見送ってくれる神様たちも全員一致で可決の意思を送ってきた。ノリの良い人たちである。
「分かった。それで行こうか。みんな、良い? 全速前進で突っ走るよ」
「はい! どきどきしますね!」
ただ、一つだけ問題があるとすれば、長期を予定していた計画がご破算となることだ。
それ自体は、基本的には喜ばしい。だが、積み込んだ大量のおやつは、いったいどうしたものであろうか?
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/13)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/4/28)




