第39話 仮面の下に鬱憤をためて
外套の男との再会は思いのほか早かった。
再開、とは言っても今は顔を合わせているわけではない、一方的な認識であるのだが。
あの後そのまま服を作り始めようとしたルナが、体調を警告する警報によってしぶしぶログアウトし、ハルは再びダンジョンに来ていた。
理由は二つ、まずはせっかく体が増えたのだから活用しないと勿体ないという意見によるもの。当然ユキの提案だ。
これに関しては、体を停止させてその分脳の領域を他の事に回せば、別に勿体なくはないのだが。
とはいえ、普通の遊び方に興味が無いわけでもない。今は最初のダンジョンから順に依頼を埋めていっている。
もう一つが、レアモンスター集めだった。
レアモンスター。ランダムな組み合わせで出現するモンスターの中に、ごく稀に混じっている事がある希少な敵。多くのゲームでこの概念が存在する。
倒すと経験値が多く手に入ったり、貴重なアイテムを手に入れる事が出来たりする。
「どのゲームも、レアモンのレアドロ好きだよねぇ。前もハル君とやったよねこの作業」
「簡単に長く遊ばせられるからね。まあ、このゲームは他がやってるから真似しただけかも」
「私はあんまり好きじゃないなー。たまにならいいけどね」
ユキとはたまに、こうして雑談しながらレアモン狩りに興じる事があった。どちらかといえば雑談がメインの目的だ。
ユキ以外にも、他の仲間達も入ったりする。同じゲームで遊んでいるのに、話題は違うゲームのことばかりだ。
レアモンの、レアドロ。低確率で出る敵が、低確率でアイテムを落とす。当然、確率は乗算して更に低くなる。両方10%だとしても、単純計算で1%だ。実際はもっともっと低いだろう。
入手に時間が掛かれば、それだけプレイ時間を長く出来る。加えて、簡単に達成感を与えられるのも都合が良い。
『運よく手に入れた』、という人間によって流通を生み出せるという利点まであった。
レアモンを探すのが面倒、という意見もあり、それに答えてレアドロのみに絞っているゲームと半々だろうか。ただし、その場合も最終的な入手率は別に変わらなかったりする。気分の問題だ。
「<錬金>に使うみたいなんだよねー。ルナちゃんへのプレゼントにしよう」
「けっこう精力的に作ってくれてるみたいだね。ギルド倉庫の素材減ってる」
「ああいうのハル君の仕事だと思ったよ」
「効率を求めるならそうなんだろうけどね。ルナもアイテム作り好きだよ? というか僕は<錬金>持ってないし」
「無理して取ったかと思った」
「止められちゃった」
「あはは、さよかー」
<錬金>はやはりアイテム作成系のスキルだったようで、ルナは、ユキが集めて溜まりに溜まっていた素材を使って、作成に励んでいるようだ。
アイテムを作り出すには素材の他に、時間をかける必要があるようだ。読書の合間などに合成を指定しておいているらしい。あとは放置で完成だ。
ルナはそういった制作ゲームが好きで、ハルと二人でよく遊んでいる。ハルが効率化の果てに生み出した莫大なリソースを使って、ルナが好き放題やることになる結果が多い。
「あ、出た、メタルうさぎ。ハル君、“スクショ”して」
「あい。……終わったよ、倒そうか」
「うりゃあ!」
「言うまでもなかった」
ハルによるモンスターのコピーが終わると、間髪入れずにユキによって討伐される。今はこの作業中だった。
『レア素材が必要になったら、わざわざ探しに行かなくてもハル君がコピーすればいいんじゃね?』、とのこと。恐ろしい事を言い出すものである。
ユキ曰く、『モンスター図鑑』。
出会ったモンスターが図鑑に書き込まれていく、よくあるコレクション要素の一つだ。
モンスターの体を構成するあらゆるデータを全て書き記した図鑑は、そうそう無いと思うが。
「という訳でー! 私たちは用事終わったんだけど、そこのあなたはどうするー!?」
作業も終わるとユキが唐突に声を上げ、通路の奥に向かって呼びかける。
しばらく動きは無かったが、やがて観念したかのようにフードの彼が姿を見せた。
◇
「こんばんは。すみません、覗き見するようなマネしてしまって。バレてたんですね」
「こんばんは。そりゃあね、ダンジョンの中は警戒してるし」
他のゲームであれば、モンスター以外にもプレイヤーによる襲撃がある物もある。二人のセンサーの範囲は広い。
ハルには<精霊眼>もあるので余計だ。通路の影であろうと人が居れば魔力の塊として簡単に察知できる。
──そして挨拶は、こんばんは、か。
挨拶ひとつであるが、得られる情報は多い。
ゲーム時間では今はまだ明るい、特にここは前のように洞窟の中でもない。朽ちた遺跡のような屋外のマップだった。
夕方なので不自然ではないかも知れないが、ゲームよりもリアルを重視するタイプの可能性が上がる。
普通ならここまで気にしないが、外見と行動で怪しさ満点だった。
「何で覗いてたのかなぁ? 怒らないから話してみ」
「いや、僕一人ですから、初心者ですし。強い人の前に出るの緊張しちゃって……」
「ハル君、本当ー?」
「嘘だねー」
「ほーう?」
「…………」
ユキが腕を組んで口を吊り上げる。悪役顔だ。楽しそうだ。
彼に緊張は無い。いや、今少しだけ生まれたが。人に話しかけるのを尻込みしている様子は見られなかった。話す事に慣れを感じる。
「いやその、お二人とも有名人じゃないですか! このゲームでは。だから、何してるのか気になっちゃいまして」
「半分本当。僕らが有名人だからってのは本当だけど、動機は嘘」
「ほうほう」
「…………」
「あとこのゲームの外では、自分の方が有名だという自負がある」
「僕はそんな大層なものじゃ……」
とって付けた『このゲームでは』、の言い方にそれを感じた。
しかし『大層なものじゃない』、というのは本音のようだ。謙虚というか、向上心がある。
「それとキミ、僕って言うのはハル君と被るから止めよう。カタカナで『ボク』な感じにしなさい」
「そんなこと言われても……、ボク、ボクはー、こんな感じですか?」
「君は『ボク』のイントネーションを練習した事があるね? キャラ作りに苦労してる」
「何なんですかアンタ一体ぃ!」
「ハル君楽しそうだねー」
実際楽しかった。
◇
「いやごめん、最近周りの人が裏表の無い聖人ばっかりだったから、つい」
「生きた嘘発見器かあんた……」
人間、嘘をついて生きる生き物だ。それは自分を守るため仕方がない。
だがハルの周囲には、正直に接してくれる人ばかりが集まっていたため、つい興が乗ってしまった。
「表情も隠してるのに良く分かるな。このゲーム、外部のクソツールも使えないだろ?」
「苦労してんだね。規制されて大本は削除されたってのに、まだ被害にあってんだ」
「勘で見破った、なんて言えば証明出来ないからなアレ。……まさかスキルにそういう魔法無いよな?」
「僕が知る限り無いよ」
「ハル君が一番詳しいだろうし、安心なんじゃない?」
「そうだろうね」
観念したのか、素に戻った彼は、割とぶっきらぼうな話し方だった。
変な話だがハルとしては少し寂しい。なんと言うのか、少年の嘘は洗練されていたのだ。悪意も無く、応対していて心地良い。
今回は状況が状況なので追い詰めてしまったが、もし騙されるにしても、気分良く騙してくれそうだった。
さて、彼の語るクソツールは、いわゆる嘘発見ソフトだ。
人間の、無意識に発してしまうサインを読み取るもの。AIによって膨大な学習がされたそれが、少し前に民間に広まり、面白半分で使用され、多くの人間関係にヒビを入れた。
事件性の無い場合、生身の人間にそれを使う事が禁止されたが、逆に言えば生身でなければ対応は甘くなる。勿論、やり過ぎれば処罰されるが。
ようは、ゲームキャラクターに対しての使用だ。特にアイドル性を演出する者の天敵だった。
「つまり君ってアイドル?」
「会話が早くて助かりすぎるよ。アンタの周りに聖人が集まったんじゃなくて、聖人以外アンタの相手出来ないんじゃね?」
「そうかも」
いじめすぎたのか、皮肉で返されてしまった。
確かにそういうところはあるだろう。普段からこんな対応をしている訳ではないとはいえ、本質は変わらない。
深い付き合いをするなら、ハルのそういった部分を受け入れてくれる人に限られてくるのだろう。
「新作ゲームにもアンテナは広く張ってる。ここにも下見に来たんだ」
「顔変えれば良かったのに」
「戻すの面倒だろ? で、今いちばん有名なのはハルさんだからな。接触出来れば滑り出しが良くなる」
「それは間違いないねー。ハル君が一番詳しい」
「街でもここでも見かけたから。チャンスかなって。出来れば声かけたかったけど、タイミング計りそこねてさ」
別に普通に声をかけてくれれば良かったのだが。仕事柄、演出の重要性を考えてしまうのか。
だが、こんな接触であったからこそ対応している部分もあるので、彼の考えは正しかったとも言える。
「あ、私らが居たからだ」
「そうだね。街では別の女の子と一緒だし。んで王女様も攻略してんでしょ? ハーレムか!」
「君もやろうと思えば出来るんじゃない? ハーレム」
「あー、いや、無理。彼女らの独占欲はものすごい。きっと血で血を洗う抗争が始まるよ」
「こっわ」
「こっわ」
そう上手い話は無いようだ。
「でもこのゲーム、外部に配信出来ないからきつくないかな」
「そうなんだよなー。それが無ければなー」
「君がプレイヤー連れてきてくれれば、僕らも嬉しいから応援するけど」
「視聴者は同じゲームがやりたい訳じゃないからな。厳しいよそれは?」
彼が遊んでる所を見られれば満足なのだろう。このゲームをやらなければ見れないのはハードルが高く、一部の者しか付いて来ない。それでは彼も仕事にならない。
「一応この運営アップデート早いから、宣伝に繋がればやってくれるかもね」
「そんな不確定なものはアテに出来ないな。それなら少し遅れても、繋がった後で参入する」
「シビアだね。まあ、後で聞いてみるか」
「運営に? やっぱあんた運営とパイプあるのか」
「誰でも『お問い合わせ』は出来るでしょ」
「でもハルさん以外の意見は通ってないみたいだぞ」
ユキを置いて、二人で喋っていると、彼女は何だか意外そうな表情をしていた。
何か変なところがあっただろうか。
「どうしたのユキ」
「いや、ハル君が男友達と喋ってるのあんまり見ないからさ」
「いつもの彼らみんな男じゃん」
「あいつらは何か別のモノ」
「ハルさん友達居ないのか?」
「うっさいわ!」
居ないわけではない。はずだ。女の子が多いだけ、のはず。
「男相手だとハル君が強気だ!」
「いや、女の子に強気じゃだめでしょ。いや、そもそも、僕が弱いんじゃなくてルナやアイリが強すぎるだけだから。間違えないで?」
「ハーレム自慢やめろ、そしてボクの前でいちゃつくな」
何だか結構、彼も話すのが好きな様子だった。
普段は素を見せて話す事が出来ないので、こうした話が新鮮なのであろうか。
そうしてしばらく、脱線に脱線を重ねた雑談に興じて過ごした。
*
「そろそろ登校しなきゃだ」
「本当に学生なんだな。ボクもそろそろ本業の準備するか」
「アイドルが当たり前のように徹夜している」
「ユキさんも徹夜でしょ……」
結局ダンジョンを転々としながら、リアルが朝になるまで話してしまった。
登校中は人目に付く場所にはいられない。屋敷へ帰らなくてはならず、ここでお別れだ。
「ハルさんに連絡するにはどうしたらいいんだ?」
「『装備』星系の第三惑星『防具』、第一衛星『防具オーダーメイド』にだいたい居るよ」
「変な掲示板だよなあれ」
掲示板は宇宙を模している。それぞれの話題の枝葉は惑星や衛星になっていた。
余談だが、『銀河連邦』はまだ発足していないようだ。国家間紛争が終結しないらしい。つまり誰も借金を背負う事になるリーダーをやりたがらないのであった。
「というかフレンド申請すれば?」
「いいのか? 受けないと思ってた」
「こう見えてフレンド多いんだよ。誰も連絡してこないけど」
「ああ、フレンド機能で注文の受け渡しやってるのか」
そうしてフレンドを登録して彼とはお別れになる。
人気プレイヤーが、このゲームを中心に活動すればいい宣伝になるだろう。成功するのを祈るばかりだ。
「私は戦力外かな?」
「人のPTの女には手を出すな。鉄則だ」
「徹底してるー」
どこから火がつくか分からないのだろう。大変そうだ。
「それじゃまた」
「またね。進展あれば知らせるよ」
「じゃねー」
そうして彼はログアウトしていく。ハルも本来はログアウトすべきだが、ログインしたまま登校が可能なため屋敷に戻るだけだ。
「『マツバ』って結構な有名人だよね確か。新作紹介なんかで私も見たことあるよ」
「そうなんだ。覚えてなかった」
「ハル君はたまに頭いいのか悪いのか分からんくなるねぇ」
認識できる事柄が多くなれど、全てを把握している訳ではない。詳細はAI任せも多かった。
「黒曜、知ってる?」
「《はい、ハル様。ユキ様の言う人物に相違ないかと。声紋も一致します。……これでハル様もクソツール使いの仲間入りですね》」
「クソツールそのものに非難されるとか、貴重な経験すぎるね」
声紋の判定は別に禁止されてはいないのだが。
「《マツバ様は、ハル様に見破られた事はさほど憂いていない様子でしたが。本当に警戒をしているのでしょうか?》」
「そこは人の内面の話だからねー」
「《申し訳ありません》」
以前内面をバラされて嫌がったハルが、そこを解説する訳にはいかないだろう。
矛盾する話だが、隠したものを、誰かに読み取ってもらえる事を望むことだってある。そういうことではないだろうか。
隠しっぱなしは案外ストレスになる。ハルにも覚えがあった。
「とりあえずマツバの動画でも探して見てみようか」
「授業中に?」
「そう、授業中に」
どう聞いても立派な不良生徒であった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2021/08/10)




