第387話 神界のありか
その、空間からにじみ出るような魔力の塊は虹色の斑に輝き、万華鏡じみた色の変遷を見せていた。
その内と外の両側から、ハルは自分自身と目を合わせる。
中のハルがこちらへと、外へと干渉しようとしたことで、この魔力の塊、神界の入り口はこの地へと姿を現した。その条件下でのみ、接触可能になる。
それまでは一切の痕跡なく、神界はこの場の空間のどこかへと潜んでいたという訳だ。
「要するに、メニュー空間から続く神界の外延部。そこはメンテ用の非常口、管理人室だから近づくな、って言われてた訳だ」
「あれか、デバッグルームだ」
「そう、それに近いね」
ゲームで、たまにその名前が出てくることがある。昨今のものでは見かけないが、古いゲームや、古いゲームを精神的継承したものでは根強い。
テストプレイをする際、ユーザーと同条件ではテスト時間が足りない。そのため、プレイヤーのレベルやアイテム、イベントの発生条件などを好きに弄れる、そうした機能を使ってテスト、デバッグする。
そのシステムを詰め込んだ部屋状のマップのことである。
製品にする際に消し忘れてしまったり、あえてお遊び要素として部屋を整備しておいたりと様々だ。
ただ今の時代、別に部屋など作る必要なく、メニュー一つでこと足りるので、マニアックなゲーマー以外その概念は忘れ去られている。
今回出口の部分を管理人室と呼んだため、ユキはそれを連想したのだった。ユキもまた、マニアック。
「一周まわって今の時代に、再び部屋が必要になるのは面白いね」
「面白がっている場合ではないわよハル? つまり、ここに踏み込むと、その部屋とやらに行けるのかしら?」
「いいえー、空間を認識する法則が違いますー。ここからルナさんが踏み込んだとしても、この奇妙な光の中にただ踏み入れてまぶしいだけですー」
「そう。ログインしないといけないのね? ……ナノマシンの密集地に頭を突っ込んでも、中のデータが見える訳でないのと一緒、かしらね」
「ですー」
メモリークリスタルを光に透かして眺めても、本を読むように中のデータが見えてはこないのと同じだ。
「ただ、その一方で確実なのは、神界は物理的な空間を持ってるってこと」
「あれ? でも今ここに入っても意味ないって言ったじゃない? ここはただの『サーバー置き場』じゃないの?」
「そうだね。ここに入っても魔力風呂につかるだけ。でも、空間はある。確実に」
「……わたくしが、神界へ遊びに行けているからですね?」
「あー、そかそか」
「ですねー。本当にデータだけの世界ならば、アイリちゃんは絶対に一緒には行けませんー。そこは、マリーゴールドの奴の世界がそうだったのでしょーねー」
「言うなれば、『普通のオンラインゲーム』だったのね、マリーの妖精郷は?」
現代に、日本でサービス提供されているフルダイブゲーム。非常に当たり前の話だが、そのゲームの世界に、肉体で遊びに行くことなど出来ない。
アイリが肉体をもって同行した過去がある以上、神界はそういったデータ世界ではないのだ。
「で、当の神界は、ここだ」
「なんだよね。つまりは、あのアトラクション広場もここ、って事になるんだけど……」
「場所、足りんよね?」
「……だね」
ユキの無慈悲な事実の宣告が、ハルを混乱させる。
神界は、ここである。神界には、物理的にとても広い空間がある。二つのどちらも確定した事実であるため、不都合な片方から目を逸らして棚上げできないのだ。
いや、悩みの解決自体は簡単だ。中に踏み込んで確かめてしまえばいい。しかし、それを実行するかどうか、そこに少し迷う。
「にゃー」
「ん? メタちゃん、どうしたの?」
ハルが、この先をどうするか、それを考えていると、足元から主張するように猫の声が上がった。
「にゃーにゃー」「ハル様ここは」「お任せを」「猫の我らに」「お任せを」「さすればこのメタ」「みごと果たして」「ご覧にいれる」「任務果たして」「ご覧にいれる」「この身は猫の身」「機械の身」「我ら大勢」「替えが効く」「一家に一台」「いや二台?」「お役に立って」「みせますよ」「うにゃ!」
「メタちゃんを使いつぶす気はないよ。それに、それなら僕が分身送れば解決じゃない?」
「ごはんの」「お礼」「したいにゃー?」
「む、別に気にしなくていいのに」
「そうですよー? ペットの猫ちゃんを養うのは、飼い主さんとして当然なんですよー」
「君はもう、ペットの猫ちゃんは卒業したんだから、もっとちゃんと働こうね?」
「ふ、ふみゃ~ん……」
「うん、かわいいけどさ……」
猫なで声でごまかしても駄目である。とはいえ、別にカナリーに何かやらせる気は今のところ無いハルだ。
猫のようにお屋敷で自由に過ごし、おやつを食べて、皆と共に楽しく過ごす。今はそれで構わないだろう。
……そんなだから、ルナからは甘やかしすぎだと言われてしまうのだが。
「ふみゃん」「猫では気になるというならば」「我らの眷属」「飛行機械」「中に突入」「哨戒任務」「敵地に潜入」「偵察任務」「純度100の機械製品」「魔法のごまかし一切無効」「いざいざ進まん」「突入せん」「にゃご!」
「メタ助、なんかやる気だねー」
「ねこさん、張り切っています! ハルさん、ここは、ねこさんに任せてみては?」
「そうね? 部下を信頼するのも、良い飼い主よ?」
「部下と飼い主を自然に連結させてしまうルナは流石だね? 末恐ろしいよ」
「社員と書いてペットと読みそうだルナちー」
メタが部下かはともかく、非常に乗り気であるようなのは確かだった。猫たちは皆しっかりと立ち上がり、ぴっしりと尻尾を立てている。
勇ましいというよりは微笑ましい光景だが、今はその意をくもう。
ハルたちは、内部の探索をメタへと一任するのであった。
◇
この場の猫を起点として次々に転送されてくる飛行機械。ハルが最初に出会い、その時はセレステの『神槍セレスティア』にて一掃された、外からの侵略者。
その機械部隊が、今度はハルたちの味方として、その鈍色に淡く輝く機体を目の前にさらしていた。
「こんなに小さいのも居たんだね」
「偵察機にゃん」「参戦拒否にゃん」「中の神は規制が多いにゃん」
「まあ、メタちゃんが本気で仕掛けて来たらさすがに危ういからね。主に世界観とか」
「近未来戦略シミュになっちゃうねー。それはそれで、需要ありそうだけどね」
今、邪神襲来イベントに参加しているメタの眷属は、人型サイズ以上の攻撃機のみだ。
それも機械であることには変わりないが、一目で『敵対モンスター』だと分かる、そんな種類に限定されていた。
しかしこの猫のボディを見れば分かるように、メタの手札は当然それに限定されない。
特に諜報はお手の物で、もし全力投入されれば対処は厄介を極めただろう。なにせ、一人だけ魔法のルールに強制されない。
「諜報に」「重宝」「猫の者」
そんな、謎の掛け声とともに小型の飛行機械が魔力渦の中に飛び込んで行く。
この場に現れた魔力自体は、ちょうど人が潜り抜けられる程度の、扉くらいの大きさだけだが、中に飛び込んだ機械は、奥から飛び出してくることはなく、どこかへと消えて行った。
「中に、見た目以上の空間があるのは確定か」
「空間拡張、というやつかしら?」
「……どうも良く分からないんだよね。空間制御だけなら、僕も出来ないことは無いし、知識だってある」
「でも、その知識に該当した反応が無いと?」
「うん。そういうこと。まあ、僕の技術だけで神界をまるごとこの小さな中に突っ込むとか、それこそ無理筋だけどね」
「ですねー、元神としても同意見ですー。そんなことやろうとすれば、それだけで神界の魔力を全部使っちゃいますよー」
ハルも空間制御の知識はそれなりに多い。これは、こちらで学んだ魔法というよりも、日本で得た知識を転用しているためだ。
身に纏うバリアしかり、ルシファーの推進装置しかり。
そこに共通するのは、どれも膨大なエネルギーが必要とされるということ。
日本では理論だけで実用化されていないのも、そのエネルギーの捻出方法が事実上存在しないからだった。
エネルギー発生に物理的な体積を必要としない魔法を組み合わせることで、ハルはその難点を補っている。
だが、目の前にある現象からは、そうした空間技術や魔法行使の際に発生するあらゆる余波が、一切検出されなかった。
「ふみゃ」
「メタちゃん、何か分かった?」
「みゃおー……」
「む、エネルギー切れか」
そのエネルギー問題、メタの飛ばしている小型機械にも当然ついてまわる。
普段はその問題は、機体内にコアを内蔵し、内部に直接燃料を<物質化>することで補っている。だが今は、念のため完全に純機械製をうたう構成で調査しているため、航続距離が非常に短くなってしまうのだ。
「機能を絞った軽量の長距離タイプは?」
「にゃん!」
メタが新たな機械を呼び出し、再び内部へと突入させる。今度は徹底的に軽量化し、プロペラ飛行するだけの単純なタイプだった。
しかし、そのタイプは中では上手く飛べないようで、そちらの方も難航しているようだ。
「推進剤が無いと上手く進まない?」
「ふみゃー」
「ちょっと法則が違うんだろうね。空気が無いとか」
「やはり、うちゅうなのでは!」
「おお、宇宙に転送されてるってことか。これは転移ゲートで!」
「でもユキ? 転移のゲートといえば神殿よ? それならメタちゃんにも分かるはずだわ?」
「うみゃみゃ」
「転移の兆候はないみたいですねー。今の私でも、それは分かりますー」
「謎だねえ」
言っている間にも、突入した飛行部隊のエネルギーは切れて、映像を送ってきていた画面は暗く何も映さなくなった。
まあ、今まででも、輝く混色模様の柄を送ってくれるだけで、何か有用な景色が見れていた訳ではないのだが。
仕方が無いので、続き、今度はコア内蔵タイプを突入させようとしたメタであるが、ここでもまた問題が起きた。
入れないのだ。コアを内蔵したタイプの飛行機械は。
恐らくこの神界に最初から備わっているセキュリティ。
コアを持つものは、意思を持つもの。悪意を含めた明確な目的をもって、この地に踏み入ろうとする者だ。
それは、最初の段階で一律ではじいてしまおうというのも、頷ける。
「まいったね、どうも。でも、入らせないってことは、入ることで何かあるって事の証明でもあるか」
「判定がコアならばー、私は入れますねー」
「わたくしも、入れるのです!」
「だめだよー、危ないかもしれないもの」
「そうそう。そーいうのは、私の役目だしね!」
「いやユキも駄目だが……」
行くとしても、全員でだ。その時はハルも、体内にあるコアを除去して共に向かう。
「まあ、とはいえ今の私じゃ入れないし、“あっちの”私じゃ性格的に無理……、と、おお?」
その『扉』の様子をぺたぺたと興味深そうに触ってみようとしたユキが、妙な声を上げる。何か、気付くことがあったようだ。
皆で彼女の元に集まり、何があったかその様子を見ると、ユキの口から聞き出す前に、その状況は明白であった。
「……ねーハル君? 私の腕、入ってね?」
「……入ってるね」
その身にコアを内蔵しているはずのユキの身は、なぜか扉に拒絶されることはなく、その身を内部へと侵入させてしまえているのだった。




