第385話 山猫の手も借りたい
その後も次々と世界開拓のための案が出るが、すぐに実行に移す訳にはいかない。いずれは必要となることだが、まずはその前に当面の安全を確保することが最優先だ。
別に行方不明の神エーテルが何かするとは言わないが、摩擦となる不確定要素は排除しておくべきだろう。
「みんな、街づくりの話は後にしよう。まあ、先に箱だけ作っておくのも悪くはないけどね」
「そうでした! 今回の目的は、エーテル様の探索でしたね!」
「でもさーハル君。そのエーテルさんの事こそ、長期戦になるんじゃないの?」
「そうね? 外に居る神々でさえ、ずっと探し当てられていないのだものね?」
「奴ら、探す気があまり無いのもあるでしょーけどねー」
おのおの自由にやる、というのが神同士における取り決めだ。利害が衝突しない限り、邪魔もしない。
よって、エーテル神が行方不明になるのも、それはまた個人の自由なのだ。特別探したりはしない。
「だから見つけられるはず、なんてさすがに言わないけどね。一応、アテはある」
いくら神々が他人に無関心、不干渉であったとしても、この同じ星の上に居ればまるで気が付かないなんて事は無いだろう。
神々はお互いにお互いの事を軽んじるので忘れそうになるが、それぞれが高度な探査機能を有した最高精度のAIの集まりだ。
よって、エーテルが居るとすれば地上だったり、単純にどこかに隠れているといった事情ではないはずだった。
「となると、やっぱり、うちゅうが怪しいと思うのです!」
「でもねー。基本、なにも無いよ宇宙ってアイリちゃん。隠れる場所なんてどこにもない」
「そうね? 単純に衛星軌道にいたりしても、それは地上からも確実に見えるでしょうからね?」
「腐っても神様ですー。見逃す私たちじゃありませんー」
「《日々の天体観測でも、そのようなノイズは見られませんでした》」
ときたま空の、天体の様子を、そこから得られるデータを報告してくれる黒曜も、そういった軌道上に何者かが居る兆候はみられなかったと補足してくれる。
一応、ハルの居たゲーム内の地方からだけでは得られるデータに限界があるが、同じことを外の神様も皆が実現可能だ。
先ほど宇宙へと出た時も、それとなく周囲を探ってみたが、特に怪しげなデータは帰ってこなかった。
「まあ、一応後で、宙をぐるりと回ってみるけどさ」
「その際は、神界ネットに事前通達しておいた方がいいかもですねー。ハルさん自身が、不審な飛行物体にされちゃいますー」
「確かに。気を付けるよ」
「事前通達して平気なの? もし本当に宇宙にいたら、察知して隠れられてしまうのでは?」
「エーテルの奴は、神界ネットから断絶してますのでー」
「ああ、そういえばそうだったわね」
開発に深く関わったらしいので、覗き穴やら何やら仕込まれていないとは言い切れないが、そんな事を言っていたら何も始まらない。
それに、ことネットワークにおいてはハルにも自負がある。もし接続しているのであれば、こちらからも必ず察知可能なはずであった。
「まあ、やっぱり宇宙には居ないと思うけどね。メリットが無いし」
「居るとしたら、やっぱりあれじゃないー? お決まりのさ!」
「あれか、月の裏側」
「そうそれ」
「きちが、あるのです!」
「なんのお決まりよ……」
悪の秘密組織のお決まりだ。たまに正義の場合もある。
月にも、一応行ってみた方がいいだろうか? 流石に火星にあたる次の惑星は難しいが、月くらいの距離ならルシファーでも行けそうだ。
この世界にも、月はある。重力異常で飛んで行ってしまわなくて何よりだ。
そんな、今もほんのうっすらと見える真昼の月を見上げつつも、宇宙への名残を振り払うと、ハルたちは次の目的地へと向かうのだった。
*
再びルシファーへと乗り込んだ一同は、ゲーム世界のある地方を飛び越え、一路クレーターとは逆側へ向かう。
上空を通り過ぎる際に少し速度を落として、その自分たちが今まで駆け回った、アイリにとっては今までの人生をずっと過ごした地を見据える。
ずっと、変わらぬ自然が続くばかりだったこの星において、その地域だけは、人の営みがありありと感じられる華やかさが息づいていた。
色とりどりの建物の屋根は、高空から見るとまるで鮮やかな花畑に咲き乱れる花のようで。
それが、七種の区画に、七つの国に分かれて咲き競っている。
自然の営みを否定する訳ではないが、ハルたちは人間だ。やはり、人の生活の息吹が感じられる光景があった方が、心落ち着くというもの。
天空城の浮かぶ、慣れ親しんだ祖国。最近たまに足を運ぶようになった、お馴染みの街。一方で、未だ足を踏み入れたことの無い、見知らぬ街。
色とりどりの、そんな花畑を、高倍率のレンズに収めて皆で眺める。
「やっぱり街はいいね。僕らも本当に作ろうか」
「世界を街で満たすのです!」
「だめよアイリちゃん。増えすぎると、『やっぱり自然はいいね』、ってなるわ?」
「難しいのですね……」
「アイリちゃんの国はー、街が増えすぎないように私がバランス取ってましたからねー。ある意味、そうした失敗経験が無いんですねー」
「過保護だったんだね」
「ある意味ではー」
しばし、この星に残った最後の人類の活動記録にハルたちはひたった。
神によって整備された都市計画は美しい規則性を帯び、その中でも、国ごとに特色や独自性がでており飽きさせない。
梔子の国がきっちりと区画整備され整然と整った街並みならば、瑠璃の国は建て増しと取り壊しを重ねた無秩序さが道を曲がりくねらせている。
千草の国が商売のためにその門戸を大きく開いている一方、藤の国は山あいの入口をがっちりと固めて防御していた。
そんな特色あふれる各地域も、平等に今は冬。色とりどりの花畑は、ところどころ同じ白一色に染め上げられているのが見えた。
「銀世界だ。白銀の色だね」
「《あれは白です、どちらかとゆーと。でもまあ、悪い気分じゃねーです。このまま、支配してやります》」
「雪の降りすぎは、勘弁して欲しいのです!」
「《そーなんですね。マスターアイリが困るので、やめます》」
「大雪の冬は、大変でしたー……」
メイドさんと慎ましく暮らす、かつての神域のお屋敷。それだけに人手がない。
記録的な豪雪があった際、屋敷中が雪かきに追われて大変だったそうだ。
周囲一帯の雪を魔法で溶かそうとしたものの、それだと今度は雪解け水が大量にあふれるのでそれも出来ず。最終的に逆に圧縮して氷に固め、追いやったそうだ。
「カナリーちゃんは助けてあげなかったの?」
「いやー、命に関わることじゃなさそうだったのでー」
「お手を煩わせるようなことではありません! こうして、お話の種にもなりました!」
「すみませんねー。ハルさんなら、大雪はどーしますー?」
「えっ? ……<魔力化>で消去して、終わり」
「……チートね。しかも風情がないわ?」
「風情と言われてもねえ」
「さっきから、自分の名前が連呼されてるようでむずかゆいぞ?」
そんな雪の発言ともじもじした様子に皆でひとしきり笑い合うと、遊覧航空はそのあたりで切り上げて、ルシファーは再び機首を目的地へと向けるのだった。
*
「ここだね」
「なんもなくない?」
「荒れ地、いえ、岩山でしょうか!」
「ルシの踏み場もないですねー」
岩の入り組んだ荒れた山肌。ルシファーでは入り込めず、ハルたちはコックピットから降りて、その飛び出た岩の隙間へと滑り込む。
この、一見なにも特別な物など存在しない、それどころか立ち入るにも難儀する荒んだ地が、ハルの目的地であった。
「正確には、この奥だね。岩の隙間の更に奥」
「入れなさそうよ?」
「なので、道案内を呼んできたよ」
「ふにゃー」
「ねこさん!」
ハルの言葉と共に、飛び出た岩の一角に、てしっ、と飛び乗る身軽な影。それは、機械の神、黒猫のメタの操るボディ。
いや、今は茶虎の、山猫タイプへと換装されていた。
「外のもバージョンアップしたんだ。いつの間に」
「にゃんにゃん♪ なっふー」
「嬉しそうですね、ねこさん!」
新しい身体を見せびらかすように、狭い足場で器用にくるりと一回り。
この岩山の奥にある目的地に、人の身では入るのが難しいその地へと、案内してくれるのがこの猫だった。
「ここは、かつて僕が精神を囚われた、神界の所在地だよ。正しくは、神界の出口の所在地、かな?」
「にゃうにゃう」
「そうだね。ごく単純な電波で救難信号を送って、それを受信して助けに来てくれたのがメタちゃんだ」
「うみゃ!」
「おー、お手柄だったぞーメタ助ー」
「それで、神界と縁の深いエーテル神の、何か手掛かりがそこで得られると、そう考えているの?」
「半分は。もう半分は、純粋に神界の“仕様”が知りたい」
ハルがこの場所の『出口』から救援を発するまで、神界はその所在地すら不明な場所であった。
必ずどこかにはあるはずだが、何処にあるのか利用者のどの神も分かっていない。そして、それを知るため『出口』へ近づくのは製作者によって禁じられていた。
かつてのマリーゴールドが起こした騒動の際。それを利用して彼女の目論見を突破したハルであったが、同時に、その事実そのものも引っかかっていたのだった。
「似てると思わない? この事象は」
「確かに! エーテル様も、どこかに居るはずなのに、誰も居場所を知らないのです!」
そう、その符合には、確実に意味がある。それを調査することで、エーテルへとつながる道もまた、見えてくるかも知れないのだ。
「てなわけでメタちゃん。道案内よろしくね」
「にゃう!」
「行ってらっしゃい! ねこさん!」
元気よく一声鳴いたメタはその小柄な体を更に細めて、するり、と岩の隙間へと滑り込んで行く。
機械の体ではあるが、ああした猫の柔軟性は非常に高く再現されている。
このメタの特性がなければ、救難信号を発したところで、たどり着けはしなかっただろう。
あるいは、飛行機械の軍勢で山肌を消し飛ばす、といった荒業が必要になったかも知れない。猫さまさまである。
「で、ハル君?」
「うん」
「道案内っていうけど、誰が追うの? あれを」
「うん。そうだね……」
「さては勢いで言ったな!」
「うん。なんか楽しくて」
当然だが、人は猫の後を追えない。猫の道は、人には大きすぎるのだ。
もしかしたら、魔力体であるユキやルナのキャラクターならば、サイズを縮小して穴に潜れるかも知れないが、生身の三人はどうしようもない。
物質をそのまま縮小する魔法などは存在しないのだ。雪を凝縮すると氷になるように、人間を凝縮すれば死ぬ。
「どーするん?」
「しかたがないから、僕が魔力を放出してそれで追跡する」
「……それ、メタちゃん必要だったのかしら?」
「……メタちゃんには、黙っておこう」
「しまらないですねー?」
猫の手は実は、借りる必要がなかったのであろうか?
※誤字修正を行いました。(2023/5/11)




