第380話 青色同盟
ゼニスブルーを下したハルは、外の更なる探索はせずに一度その身を天空城のお屋敷へと帰還させた。
出口となる魔力の設置は済み、ゼニスもそれを奪わないという契約は成ったので、焦る必要はない。次は仲間を連れて、準備万端にて赴く方がいいだろう。
「……ところでハル? 思ったのだけれど」
「どうしたのルナ。気になることでもあった?」
「ええ。その、外への出口だけれども、メタちゃんに頼むのではいけなかったの?」
「にゃうにゃう!」
「そこに、お気づきになられてしまったか……」
「メタ助じゃなくっても、雪女さんでもいいよね? 連絡取れるんでしょ?」
「ユキも、気づいてしまわれたか……」
「ということは、ハルさんも、お気づきだったのですね!」
まあ、当然気づいてはいたハルだ。ただ、順路として、踏み出した先の地、あの場所に設置できるのが一番順当だろうとは思っていた。
「……まあいいわ? どうせ、『たまには思い切り戦いたかった』だけでしょうから」
「ハル君らしいよね。凄かったよ、あの新技。……技? まあとにかく、あれやりたかったんでしょ?」
長年の付き合いである。お見通しだった。
ゼニスも本気を出していた訳ではないだろうが、悪くない感触を得たハルだ。
自分は外でも、問題なく戦って行ける。そんな実感を、あの戦いから得ることができた。
「いや、予想以上だったさ! いかに管理者サマとはいえ、魔法歴一年の若造には、現実ってものをみせてやろうと思ったんだけど」
「自分が実力の違いを見せられちゃったんだねー。……で、ハル君。この子が?」
「ああ、うん。なんか、来たいっていうから許可してみた」
「雑だ!」
互いに“自己紹介”を済ませ、神界ネット経由で連絡が取れるようになったゼニスブルー。その彼女が、この天空城に来てみたいとねだってくるので、試しに許可を与えてみた。
すると、その瞬間にはもう、この場に転移してきて、自然な流れで話に入ってきた。
警戒心など無いのだろうか。行動力が非常に高いようである。
「ほら、『天空』なんてついてるじゃんこの城。ならば天空神である私にも、入る権利はあると思ってさ」
「無茶苦茶な理屈どーも」
「……もしや、ハルに勝負を持ちかけたのって、ハルに負けて、こうしてこちら側へと取り入るためだったのかしら?」
「ぐぐっ、い、いや、それは無いとは言い切れないけれどさ。でも、勝つつもりで戦ったって!」
「そう。正直ね……」
裏表のない性格、というところか。神様はみな嘘がつけないが、それでも何でも正直に語るとは限らない。
黙秘、騙し討ち、なんでもござれ。むしろ嘘をつかないからこそ、その言葉の真意に混乱することだってある。
そんな神様の中では、ゼニスブルーは竹を割ったような性格というか、自分の不利も隠さぬ真っすぐな性格なようであった。
「ともかく、新人さん来たんだし、歓迎会しよう!」
「お気遣いなく、長い髪のお嬢さん? そんなに迷惑はかけられないよ」
「ん? あっ、女の子に優しいタイプさんだ! 告白されちゃう系の!」
「……聞いて?」
「諦めなゼニス。何かあったら理由つけてお茶会するのは決定事項だから」
「歓迎いたします!」
自身のファンを増やしたいという望みを持つゼニスブルー。
こうして内部に入り込み、人間と触れる機会が増やしていくことを、きっと計画していたのであろう。
だがその計画は彼女のプランとは少し変わった形で、ハルたちに進行させられてゆくようだった。
*
「という訳で改めて。やあみんな! 久しぶりだね!」
「お久しぶりだぞ♪ 何年ぶりかな♪」
「我々がこちらに来てから、ゆうに百年はくだらない。その程度ぶりなのは、間違いなかろうね」
「マリンブルーもセレステも軽いですねー。もっとこう、感動の再会したらどーなんですー?」
「いや、ネットでは毎日顔合わせてるようなものだからね」
「今どきの若者発言だぁ♪」
「その今どきって、前時代のことじゃないですかー?」
「どうしたのさカナリー。人間化して、感性まで人間のようになったのかな?」
「むー……」
非常に姦しい。
せっかく歓迎会という体で催すのだから、とハルは暇な神様に招集をかけた。
まず真っ先に手を挙げたのは、ライバルという名のアイドル仲間のマリンブルー。
そして、ハルの騎士を自称するセレステが続いた。なにかあった時の為の護衛、と本人は言っているが、お茶会に来たかっただけだろう。
カナリーは除くとして、期せずして青髪の神様が集まった形になった。
「……いや、青いね君たち。目に優しい」
「おや? 青は嫌いかいハル。好きならこっちに来て撫でてくれても良いんだよ?」
「じゃあお言葉に甘えて、アイリを撫でさせてもらうね。青系だし」
「ふおおおおぉ!」
「つれないねぇ」
「そういえばハルさん、青は好きですよねー。元黄色としては、ちょっと嫉妬しちゃいますねー」
「別にそれで君たちの贔屓勢力を決めたりはしないよ」
ただ、こうして同じ色の神だけが集まるのなんて初めて見た、とそう思ったハルだった。正確には、セレステとマリンブルーは別の系統扱いだが。
ここで露草も入れば更に幅が増したところだが、残念ながら不参加のようだ。ハルの監査役として、あまり慣れ合うのはよろしくないと考えているらしい。
セレステくらいずうずうしくなっても良いと思う。『監視なのだから、近くにいなければね!』、とセレステなら言うだろう。
「ところで、マリンちゃんって、何がどうライバルなの?」
「ブルーちゃん、だぞハルさん♪」
「あ、それ、ややこしくなるから却下で」
「ぶーぶー♪」
「確かにゼニスブルー様も、混同してしまいますね!」
これ見よがしに、自分が『ブルー』と呼ばれていることを主張して挑発していくマリンブルーだが、正直ハルの方がややこしい。
きっと、ゼニスブルーの方も対抗して『ブルー』の呼びかけに反応し、会話にならなくなるだろう。
「……楽しそうだから、一度やってみるか」
「おやめなさいな、悪趣味な……」
あえて『マリン』とも『ゼニス』とも呼ばすブルーで通そうか、という悪戯心は、ルナに察知されて止められてしまった。
この辺り、ハルが変なことを考えた際の反応は非常に速いルナだ。これは、心が繋がっているアイリたちよりもずっと高速。
そんな彼女と精神が繋がってしまったら、どれだけ心が丸裸にされてしまうのか、楽しみでもありまた恐ろしい。
「あれじゃないの? 音楽性の違いで、解散」
「それはバンドじゃなかったでしたっけー?」
そんな事を考えていると、ハルのした質問が進行していく。当の本人が上の空では申し訳ない、戻るとしよう。
「元はユニット組んでて、喧嘩別れってことか」
「いいや、違うともハル。こいつらはね、組んでいたことも、ましてや音楽性を持っていたことすら無いのだよ」
「セレステ、経緯知ってるの?」
「ああ。しかしまあ、これは本人の口から語った方が良いと思うけどね」
「正直恥ずかしい内容だからね♪ 当時は未熟でした♪」
「別に私たちの間に何かあった訳じゃないのさ。ただ、『アイドルはライバルが居た方がそれらしい!』って理由だね!」
「うわしょーもな」
まさかの設定から入っていた。アイドルだからライバルが出来たのではなく、ライバルが居るから、アイドル。
「音楽も、当時はまるで駄目だったんだー♪ 既存の曲をなぞることだけは完璧でも、自分の曲なんか作れない♪」
「私たちAIには、それが苦手でさ。ほら、ここのゲーム作りにも苦労したんだろ?」
「確かにね。モンスターの名前ひとつ決めるのにも、苦労してたねカナリーちゃんたち」
「苦労しましたー。ハルさんみたいに、神話から取ればよかったですかねー……」
確かに、ファンタジーでは定番だし、ハルも『ルシファー』をはじめ多用しているが、それはそれでどうなのだろう。
この地の神として、独自の神話体系を築いてきた彼女たちだ。そこで、名づけを安易に神話に走ってしまったら、それはそれで突っ込みどころが出来てしまうだろう。
「そんな感じで、“ライバルだから”と決めた以上、マリンは中、私は外と、分かれて活動することになったのさ!」
「もうすこし考えよう? 己の身の振り方?」
どう考えても、人間の居る中の方が有利に決まっている。
心情的に現地人が許せないとしても、ゲームとして日本人を呼び込むのだ、そこで改めてアイドル活動をすればいい。
不毛の大地で、一人ただいつまでも、聴くものも居ないのに歌い続ける神様。それも悲劇的で美しいが、別にそんなものを目指している訳でもないだろう。
「ゼニスちゃんは外では何してたの?」
「ぐぐっ……!」
「あ、これ知ってる! 面接だ! 空白の百年間、なにをしていたんですか、ってやつだ!」
「違うからねーユキ」
別にそんな意図はない。純粋に気になったハルだった。
神様たちには皆、己の目的がある。ゼニスブルーは、目的が無いから帰属意識にすがっている、と言っていたが、それは見る位置の違いだろう。
自虐的というか、『自分の目的など大したことがない』、と思ってしまっているようにハルは感じる。
真に目的が無い身には、帰属意識も生まれない。己の過去の状況を思い出し、ハルはそう考えるのだ。
「別に、比べる訳じゃないけどさ。僕はこのゲームの中のことしか知らないから」
「別に私たちだって、百年以上ずっと、必死にゲーム作ってきた訳じゃあないんだぞ♪」
「こちらには人間が居るからね。なんだかんだ、仕事があるように見えるだけだとも。無為に過ごしていた時間は、外と変わらないさね」
「マリンもセレステも、フォローするなよなぁ。余計にいたたまれないだろ」
とは言うものの、ゼニスの目はそこまで卑屈になっている訳ではない。別に、ただ無為に百年過ごしてきたという事ではないらしい。
しかし、その内容をハルに、そしてこの地の神様に語って良いものか、それを迷っているように見えた。
「その、さ。悪いんだけど、これは秘密だ。ごめん……」
「良いよ、慣れてる。そんな気にしないでよ」
「そうね? いつものことよね?」
「むしろ、そうやって正直に言うだけマシかなー?」
「もー、三人してー。中の神様を陰謀家みたいに言ってー」
ここぞとばかり、ちくちくと嫌味を言うハルたちプレイヤー組みだった。
今となっては良い思い出だが、彼女たちの秘密主義にはほとほと手を焼いたものだ。
ひとまず、ゼニスブルーの活動については棚上げだ。ここでこれ以上聞いても、答えが返ってくることはあるまい。
ただ、気になることは気になる。そして無視もできないだろう。
なにせアイドルというのは、人間が居なければ、応援するファンが居なければ成り立たないのだ。彼女がそれを目的としている以上、どこかで人間と関わるのは必須だ。
これが、中ならば別に良い。現地人とも、日本人とも関わっている。マリンブルーのアイドル活動も順調だろう。
だが外で、それを目的にしているとなれば、ハルの知らないルートで、日本との経路が通じてしまうことにならないだろうか?
考えすぎ、であろうか。単に人が居なくて手詰まりになったから、この地へと接触してきただけかも知れない。
「ハル君はさー、なんだと思う? ゼニすんのやってたこと」
「……ん? 秘密なんだから、あまり本人の前で暴き立ててやるのもね。でも、そうだなあ」
「言いつつ暴くのかー!」
お約束だ。ハルたちの前で『今は言えない』を披露してしまったのが悪いと思ってほしい。
「……正体不明の電脳アイドル、なんてどうかな? 日本のエーテルネットと接続できるのは、このゲームの専売特許じゃないんでしょ?」
「そうですねー。むしろ、私たちの方が外から技術をもらって繋いでいる状況ですしー」
「無理じゃないかな♪ ゼニスちゃんは、まだまだアイドルとしてのキャラ付けが弱いし♪」
「キャラ付け!? ……どうすれば良いんだろう。やっぱりボーイッシュ路線は、一人称を『ボク』にした方が良いのかな?」
「それはモノちゃんと被るからだーめ♪」
「モノは関係ないじゃないか!」
ハルとしても、一人称『ボク』のアイドルはマツバを思い出すので止めたいところだ。彼もボーイッシュ、ではなくボーイそのものだが、中性的な感じが似通っている。
そういえば、最初の頃はマツバを神様たちの関係者ではないかと疑っていたこともあった。
その名が、松葉色を表しているのではないかと。
実際は、まったく別の由来らしく、今は無関係だと完全に分かっているが。
しかし、それとは別の所で、神様と接触した日本人が居たり、先ほど言ったように、向こうの電脳空間に既に神様がもぐりこんでいる、なんてこともあったりするのかも知れない。
このゲームが出来たのだ、外の神様も何かしらやっていないという保証はない。
そんなことを考え、多少の不安と、それと同じくその光景の楽しさを、夢想し胸に抱くハルだった
※誤字修正を行いました。報告、ありがとうございました。「やてみるか」→「やってみるか」
感想にて、ハルが噛んだようで面白いので直さなくても良いのでは、という意見もありましたが、今回はこのまま修正します。ハルはあまり噛むタイプではないですしね。
ご提案、ありがとうございます!
追加の修正を行いました。句点の連続を一部削除しました。(2023/5/9)




