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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第2章 セレステ編

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第38話 繋ぐ腕と、繋ぐ糸

 アイリに声をかけ、神殿への転移で首都へ向かう。

 ルナは、ハルがプレイヤーとはち合わせることを考慮してか、以前と同じく川から船で向かっても良いと言ってきたが、時間をかけるほど彼女の睡眠時間が減ってしまう。

 船で行くのにも興味をひかれるが、首都の神殿は街の中にあるようだ。使わない手はないだろう。船は次の楽しみに取っておこう。


「誰も居ないみたいだ」

「運が良かったわね。それとも皆、新しく開いたマップの方に行っているのかしら?」

「そうかもね。それに、今は深夜だし」

「そういえば、そうだったわ」


 夜型の人も昼時間で遊べるように、また同じ時間しか遊べない人も新鮮な体験が出来るように。そういう意味では親切な仕様なのかも知れないが、やはり感覚がずれる。

 他のゲームでは、こんな面倒な事はしないで常に昼で固定されている物が大半だ。

 なのでゲームの世界を総合して、夜の来ない世界などと言ったりするくらいであった。


「ルナは眠くないの?」

「二、三時間眠れば十分よ」

「そうなんだ。良い夢は見れた?」

「二人のハルに左右から迫られる夢ね」

「うわぁ」


 こちらも深夜のテンションだった。いや、ルナはカナリーと違って本当に深夜の時間から来たから仕方が無いのか。


「冗談よ。……ごめんなさい。あまり夢の事でからかうのは無神経だったわ」

「いいのに。ルナが楽しいならそれで」

「あなたも楽しめなければ、意味が無いわ」

「楽しいけどね?」


 ルナが楽しそうにしているならハルもそれで満足だ。それに悪意で言っているのではない事は、問題なく読み取れることである。

 しかし夢というのは、そんなに愉快な状況になるものなのか。すぐ忘れてしまう人が大半のようで、調べてもハルにはあまり想像がつかなかった。





 神殿を出ると、すぐに街を一望する景色が飛び込んできた。

 神殿は街の外れ、小高い丘の上にあるようで、その周囲にだけは建物が寄り付いていない。そのおかげで雑踏から切り離され、街の中にありながらも神聖さを維持していた。


 眼下には白を基調とした美しい町並みが広がっている。きっちりと区画整理され、まっすぐに引かれた道が縦横に伸びているのが、ここからだと良く分かる。

 街の中央は、ふたまわりほど広い道が縦に貫いており、そこを行きかう人の流れが活気の良さを物語っていた。

 その道を辿って行くと、荘厳なつくりの王宮へと至る。

 いたずらに派手ではなく、だが、すらりと美しい佇まいは、この賑やかな街の雰囲気を、優雅にまとめ上げていた。


 街の中へは川が引き込まれており、その流れが、にぎやかな街に涼しげなアクセントを添えている。

 生活の要や、憩いの場としてだけではなく、そこにも積荷を満載した小船が行き、ここが物流の拠点である事を主張していた。


「渋滞しそうな街だ」

「ハルなら言うと思ったわ」

「流石はルナだね」

「ハル検定があれば一級よ。……この眺めを見て、そんなことを言い出す人もあまり居ないでしょうね」


 この街は、きっちり区画整理された、いわゆる碁盤の目の街だ。

 美しい街並みだが、渋滞しやすい。交差点の数が無駄に増えすぎるからだ。この世界は、自動車が存在しないので問題は無いのであろうけれど。


「ルナはどう思った?」

「『ハルなら渋滞を気にしそう』、と思ったわ」

「だと思った。ルナも同類だね」

「ハルも、わたし検定一級だものね? でも同類ではないと思うわ」

「そんな事言わないで。一緒に街を作った仲じゃないか」

「最終的に道路を全部つぶして、全て地下道と空路にしたわね」

「今度は空が車で埋まるだけだった」


 街を作るシミュレーションゲームの話である。

 街作りゲームをプレイする目的はさまざまだろう。自分の理想の街を作る。現実の街を再現する。税収や人口の数字をとにかく増やす。

 しかしどんな目的であっても避けられないのは、人の流れ、物の流れ。つまりは渋滞だ。渋滞との戦いに終始する。

 ハルはゲーマーとして、可能なかぎり数字を増やすタイプのプレイなので余計にだった。

 そのゲームは、現実ではまだ実用化されていない飛行自動車を使う事が出来るのだが、人は空の広大な空間を道路としても、そこをまた渋滞させるだけの生き物だったようだ。

 空を埋め尽くす車の群れが、雲のように、作り上げた美しい街並みを台無しにしていた。


 余談であった。ルナが寝不足になる前に用事を済ませなければ。


「……話に華を咲かせてないで降りようか」

「せっかく来たのだもの、焦らなくていいわよ?」

「ルナの睡眠時間が心配だし」

「そうね。私が眠そうにしていると、教室でハルに追求が行くものね?」

「彼女をまた徹ゲーに付き合わせたんだろ、って?」

「多分、その通りになるのが残念だわ……」


 今日のルナは口数が多い。楽しんでくれているのだろう。

 ならば一日くらいは少しハメを外してもいいだろうか。しかし、彼女の体が眠気を訴えれば、街中だろうと無慈悲にシステムから切断が入る。やはり、ほどほどにしておこう。

 そうして二人は神殿の丘を降り、街へとくりだしていく。





 雑踏から切り離された神殿の領域から出れば、すぐに、わっとした喧騒の中へと入り込んでいく。ここはまだ人が居ない方だが、人の営みの空間、その範囲内へと入り込んだかのような空気が感じられた。

 道の出口、いや街から見れば入り口だろう。そこには兵士が門番のように詰めており、この場所の重要性を物語っているようだ。信仰が生きている事を感じられる。

 その兵士に礼をされ、送り出される。この一週間ほどのうちに、プレイヤーはだいぶこの街になじんだようである。

 道ゆく人も、一瞬だけ好奇の視線を向けてくるが、すぐに彼らの生活へと戻っていった。忙しい街、なのだろう。商業の中心地だ、それも頷ける。


「みんなプレイヤー慣れしてるんだね」

「そうね。見分けが付かない、というのもあるでしょうけど」

「ルナの服はちょっと目立っちゃうかな?」

「そうでもないわ。お金持ち扱いはされるけど」


 どちらかといえば、あちらの世界の洋服を着ているハルの方が目立つだろうか。

 これはルナが作ったもの。プレイヤーで着ているのは今はハルだけだ。


 ハルが頼まれて作る服は、皆ファンタジー世界にマッチしたものだった。特にそういう指定をしている訳ではないが、ハルの作るものはそういう方向性だという不文律が、無意識のうちに出来上がってしまっているようだ。

 見渡してみれば、一般的に庶民が身につける服ではないようだが、魔法使いのような人間はそういった服も纏っている。

 良く見れば微妙にタイプは違うが、雑踏に紛れてしまえば、そう気になるものでもなさそうだ。


「この世界に溶け込めるような服を買おうかね」

「それもつまらないわ」

「えー、変に目立っても仕方ないって」

「ハルは目立っても良いの」


 ルナの目はやる気だった。これは没個性の服を買って済ます事は許してくれそうにない。


「ハルだって私を着飾らせるでしょう?」

「いや、ルナが地味な服がいいと言えばそうするけど」


 ルナは何を着ても似合いそうだ。

 実際、学園の制服は地味といっていいだろう。だがそれも、ルナの落ち着いた佇まいを引き出している。お嬢様感、二割増しだ。

 もともとそういう目的で作られた制服だろう。二人の居る特待生クラスではそうでもないが、別の棟にあるお嬢様クラスでは、そういった落ち着いた雰囲気に支配されていると思われる。

 その話をルナにしたら、実は半数くらいは普通のクラスと同じだ、と返されてしまったが。


「ハルの作った服は見当たって?」

「いや、視界には居ないね。<精霊眼>でも見たけどプレイヤーは居なそうだ」

「便利なのね。いえ、ハルだからこそかしら」


 ハルは並列思考によって、視界内に入った人間を一瞬でチェック出来る。

 しかし、ハル以外であっても慣れれば現地人とプレイヤーの見分けは容易であろう。全ての人間を対象にAR表示を出して、数字がきっちり揃ってる者だけを抜き出せばいいだけだ。

 そこが、この世界の住人とははっきりと違う部分だった。


「もっと広範囲でプレイヤーを探そうか?」

「いいわ。会ったらその時よ。……だから、街の上空に目玉を浮かべるのはお止めなさいね?」


 行動を読まれていた。止められてしまった。

 分身の要領で、目だけをコピーして監視衛星として飛ばす。そうすれば近付くもの、こちらに意識を向けるものの発見は容易になる。

 ただし、見た目が気持ち悪いという、最大の欠点に目を瞑ればだが。


 ふたりは神殿から続く小道を抜け、大通りへと出てゆく。

 人の量も増え、車(といっても荷車や馬車である)も見えてくる。こうして見ると、道ゆく人の服装や家の作りは違うが、時代劇で見る日本の風景のようにも感じられる。

 道に向かって商店が大きく軒先を開き、荷車から商品が降ろされ、活発な呼び声が響いている。

 この街も、神様が日本に合わせて設計したのであろうか。


 そんな中を今、何処に向かって歩いているのかはハルは知らない。この街は初めてなのでルナにお任せだ。彼女も一度来たきりだったと思うが、主要な店や、どのような法則でブロックが配置されているかは頭に入っているのだろう。


「何処に行くのかな」

「通りを進んだ先で、服は少し奥まった所ね。大通りには無いわ」

「そうなんだ。汚れるからかな?」

「どうでしょうね。確かに人通りは多いわね」


 ルナは無いとは言うが、実際は皆無という訳ではなさそうだ。大通りに面した店の中にも、服を扱ったものが見受けられる。

 きっと、彼女のお眼鏡に適う店は無いということなのだろう。何となく高そうだ、これから行く店。


「ハル、腕を組んでもいい?」

「どうぞ、珍しいね」

「デートですもの」


 人の波にさらわれるほどの混雑ではないが、ルナが腕を絡めてくる。積極的なスキンシップは彼女にしては珍しい。

 その身長にしては大きな胸が押し付けられ、少しどぎまぎする。


「ちゃんと出来てるかな?」

「ええ、貴族の兄妹に見えるかしらね。しっかり者のお兄様といった感じよ?」

「兄妹なんだ」

「……言っていて少し悲しくなったわ」

「ルナのキャラはちっちゃいもんね」

「うかつだったわ。身長を下げるべきではなかったかも知れないわね」

「これもかわいいけど」


 ルナは現実の見た目よりも、かなり幼くキャラクターの造形をしている。そのためハルとふたり並ぶと、年齢差が出てしまっているようだ。

 違うのだと主張するように、そこだけはサイズの変わらない胸が押し付けられる。

 今ハルは体を二つに分けている関係で、使える領域が少なく、平静を保つのに苦労させられるのだった。





「気に入った品はございましたか、お嬢様?」

「ないわね」


 ばっさりと。


 さて、目的の服飾店に着いたはいいが、ルナのお眼鏡に適う物はここにも無かったようだ。

 結構な高級店のようだ。品質が良いのはハルの素人目にも分かる。

 だがルナにはお気に召さなかったようだ。理由は恐らくだがハルにも分かる。どれも野暮ったいのだ、なんとなく。


 ルナはすっきりとした、スタイリッシュな服をハルに着せる事を好む。だがこの世界にとって、その感覚は標準的ではないようだった。

 意外だ。制度で言えば封建制、貴族が居る世界ならばそんな事はないと思っていた。

 戦う事が日常化した世界だからだろうか。男の服というものには力強さや、もしくは機能性が求められているように見える。

 ルナの趣味ではなかった。


 と、いうことは、あれだろうか。ハルの服は女性が着るような服ということになるのか。

 この格好で街を歩いていたら、いかついナリをした荒くれ者に、『おぅニイちゃん、なんだ女みたいなカッコしやがって!』、と因縁を付けて来られてしまうのだろうか?

 ……それも中々面白そうである。


「布はある? 見せてちょうだい?」

「勿論でございます。こちらになります」


 ハルがそんな事を考えていると、ルナと店主の間で話が進んでいた。

 どうやら、無いなら自分で作る事にしたらしい。クリエイターの鑑。

 手馴れた様子で布を選んでいくルナ。既に頭の中には型紙が出来ているのか、長さの指定にも迷いが無い。

 品質の良いものばかりを選んでいるようで、店主もにっこり。お嬢様はお目が高いと連呼している。会計の時にはハルが目を光らせる事にしよう。


 そんな中、手持ち無沙汰のハルが思いもよらぬものを見つける。

 化学繊維だ。いや、それに似ている。

 こんな世界観にそぐわぬ物を目にするとは思わなかった。

 しかし、そう不思議な事でもないか。この世界は魔法の世界だ、その技術をもって作ったのだろう。これでジャージを作って流通させるのは踏みとどまってくれた神様に感謝だ。世界観台無しである。


「ハル? ああ、それね。驚いたけどジャージは要らないわ、さすがに」

「そうだね、驚いた。それにこれ、繊維に魔力が残ってるね。こんなナリで……」

「……似合わないにも程があるわ」


 <精霊眼>で見ると、そのジャージ素材、魔力を放っていた。

 ルナの言うとおり見た目に非常に似合わない。違和感が抜群だ。

 化学繊維ならぬ、魔法繊維ということなのだろう。


 そのやり取りに、『流石は兄上もお目が高い』と店主が言ってしまい、ルナが一気に不機嫌になった。

 表情はほとんど動かないので、気づけたのはハルのみである。店主の今後が危ぶまれる。





「ごめんなさいね、ハル。せっかく一緒に来てもらったのに」

「いや、大丈夫。ルナの趣味に合わないの買わなくてよかったよ」

「少し時間を貰ってしまうわ」

「少しで済むの? エーテルもミシンも無いのに」


 向こうの世界と違って、手縫いでやらねばならないのではないだろうか。流石にそれは負担が大きそうだった。

 ナノマシンによる繊維のより合わせも、機械も使えない。


「エーテルは無いけれど、エーテルがあるわ、こちらの」

「裁縫用の魔法?」

「ええ、<念動>という微妙スキルが使えそうで、練習していたの」

「ああ、あの無駄に上位の……」


 ハルはまだ習得していないスキルだ。最初にルナが試した結果、大した重さも動かせない、ほとんど死にスキルだった。

 そろそろ、全てのスキルを交換できるだけのポイントも貯まる。ハルも交換して使ってみてもいいだろう。

 ルナによると、詳細にプログラムを組めば、精密に動作をさせる事が出来るらしい。それでミシンのような動きを再現するそうだ。

 店の商品も、縫製はしっかりとしていた。この世界でも、そういった魔法が発達しているのかもしれない。


「針すら要らなそうよ?」

「糸自身が穴を開けるのかー」


 なかなか愉快な画になりそうだ。


「でもこの様子じゃ、他の店にも期待できなさそうね。全部わたしが作ろうかしら」

「それはまた、贅沢な話だ」

「文化が違うのでしょうね。神様はここも合わせてくれてもいいのに」

「そういえば王子にも女々しいって言われたよなー。どうしてんだろ奴は今頃」

「デート中に他の人の話をしないの」

「男もダメか。厳しいねルナ」


 そんな話をしながらの帰路。せっかくだから何処かに寄っていこうか、遅いしもう帰らないかと相談していると、視界に見慣れたものが入った。


「あのローブ、僕が作った奴だね」

「プレイヤーね。……随分ま深に被るタイプを作ったこと」

「本人の希望でね。有名人なのかもね」

「顔を変えれば済む話なのに?」

「慣れてないのか、こだわりがあるのか。まあ人それぞれだね」


 その彼、見えないが男性だ、彼もこちらに気付く。ハルの事を察し頭を下げると、早足でその場を去って行った。


「……私たちも戻りましょうか」

「うん、そうだね」


 なんとなく、先ほどまでの空気が霧散した感じがあった。

 今日はここでお開きの雰囲気。もう、いい時間である。二人はそのまま屋敷へと戻っていった。

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お嬢様のお眼鏡に叶うものがゲーム内の既製品にあるのか…やっぱないよねぇ… そして結論「いい服がないなら作ればいい!」 …最初からこれでよかったのではw
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