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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第12章 エーテル編

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第379話 空に散る天使の翼

 黒い剣光が、整列した天使の陣営を薙ぎ払ってゆく。几帳面に陣を敷いているが故に、その効果も絶大だ。

 全開で切り払ったその斬撃は、天使の陣営の果てを越え、空を切り裂き雲を割った。

 今までは、味方や建物への被害を考えるとなかなか全力では撃てなかったこの剣閃。この何もない地でなら何も躊躇なく撃てることに、ハルは開放感と満足感を覚える。


「はははっ! 実に、愉快! こんなに全開で暴れられるってのは、そうもない!」


 続けざまに、二度、三度と大雑把に剣を振る。

 それだけで、次々に天使は両断され、地へと落ちて行った。


「他愛ない。……おっと、慢心だな。この天使はあくまで対プレイヤー用の雑魚。切られたら死ぬ程度に調整してあるもんだ」


 それに、周囲に気を使わず暴れられることを、あまり喜びすぎるのもいけないだろう。

 行き過ぎればそれは、仲間たちの存在すら否定することとなる。


「だが今はこの遊びに興じるのも……、っと、流石に対応が早い。流石、神」


 このまま、かつてのカナリーのように雑な斬撃を四方八方に繰り返して殲滅せんめつしようか、とハルが思った矢先、天使の軍勢は陣形を変更した。

 いや、それはもう陣ですらない。

 ハルから見て、決して仲間が一直線に並ばないように。剣光の軌道上に、入るのは最小限になるように。


 規則正しい整列を失っていながら、ある種病的な規則性をもって、被害を最小限に抑えるように散開したのだ。


「こういったカオスな計算をさせたら、AIの右に出るものはいないね。なら、こちらもAIに頼りたいとこだけど」


《お任せください。と、言いたいところですが》

《無理なものは無理ですよマスター。どんなに効率化しても、せいぜいクリーンヒットは十匹くらいしか並ばねーです》


「神剣の弱点だね」


 その射程は長大なれど、元が剣の軌道の延長であるため、効果範囲が非常に薄い。

 そのため、三次元的な戦闘においては、整列を解かれ散らばってしまうと、巻き込める数が極端に減ってしまうのだ。


「仕方ない。もう少し、このカナリー直伝の剣で遊びたかったところだけど」


《カナリーは教えたつもりはないと思うですマスター》


「いいや、カナリーちゃんは得意げに、『私が教えたんですよー? 凄いんですよー』、って言うね」


《あー……》

《ありありと想定できますね、その状況が》


 さて、雑談していないで敵の対処をしなければならない。敵は散開したことで、同士討ちの危険もまた減った。そこもきっちりと計算してくるはずだ。

 再び銃弾の雨が来るか、とハルが身構えるも、予想に反し、それは襲ってこなかった。


「やるね! まさか、破空連鎖を人間が使いこなすなんて」

「え、なにそのカッコいい名前。この現象、正式な名前があったの?」

「いや、私が勝手にそう呼んでいるのさ」


 敵は混沌と散った陣形を保ったまま、一時攻撃の手を止めてこちらへ語りかけてきていた。

 彼我ひがの距離は非常に離れているはずだが、その声は労せず聞き取れる。ハルの声も、普通に喋っているだけだが、きちんと向こうへ届いているようだ。


「正直ナメていたと謝罪する。さすがに、対人間用の装備では心もとないか」

「いや人間だけど僕も」


 ハルの主張は聞こえないふりをして無視スルーされてしまった。距離というものは便利なものである。


 ゼニスブルーの宣言と共に、敵の天使達は腕に着けていた機械武装を解除、魔力へと還元していく。

 そうして、ある種アンバランスだったその身の構成は、中から出てきた腕が新たに錫杖しゃくじょうを握ることで、統一感のある姿に新生した。いや、これは戻ったのだ。


「人間を相手にするのだから、あまり強すぎる力で攻めては駄目だと言われてさ。そこで、メタちゃんに頼んで、弱い装備を作ってもらったんだよ」

「まあ、強すぎて蹂躙されるだけの敵ボスなんて、次回から出禁になるだけだしね」


 ゼニスたち外の神だって、出禁は困るだろう。彼らはある意味、出稼ぎでここへ来ている。勝ったり負けたりして、バランスよくプレイヤーを楽しませて、見返りとして魔力を得る。

 そのためには、神の力を全力で振るう訳にはいかない。圧倒してしまわぬよう、調整が必要だった。

 それが、解除された。


「本来私には、こんな雑魚武器なんか必要ない!」

「機械を雑魚って言うとメタちゃん怒るよ?」

「今のナシで! 伝えないでおいて!」


 残念ながら伝わってしまっている。この戦闘は、今もお屋敷で分身を介して観戦中だ。

 せっかく配備してやった装備をけなされたメタはお怒りである。『にゃうにゃう』、とおおせだ。……どんな感情かはいまいち不明。


 それはさておき、敵はその杖から光を発すると、互いの持つ杖と接続していく。

 それによってハルを中心に、空に立体的な魔法陣を描き出すと、その中心点となるハルの居る位置、そこに魔力が集まってくる。


《危険感知。離脱を》


「言われずともっ!」


 当然、すぐにその場を離れるハルだ。ハルの離脱を待たず、一瞬前まで居た場所に一気に高エネルギー反応が検出される。

 爆発、ではない。生み出された光の塊は、ぐにゃり、とその身を歪ませると、その場を離れたハルを追い、その身を伸長させながら追跡してきた。


「ホーミングか! シューティング好きなの? 次はレーザー?」


 ゆったりとした動き方に見えるが、ハルを追う速度は速い。

 爆発し広範囲に力を巻き散らかさないだけマシとも言えるが、その身の内に高いエネルギーを保ったまま追ってくるのは脅威だろう。

 飲み込まれれば、その力に焼き尽くされる。マグマが追ってくるようなものだ。


 ハルの方も神剣の光を抜き放ち、描かれた魔法陣を彼方まで切り飛ばす。

 しかし、図形にはさほどの正確性は必要とされていないようで、一辺が歪んでも、光は消えず、またすぐに周囲の天使が欠けた部分を補完してしまった。


「打つ手なし? 強い技ではあるけど、それ一本に頼っているようじゃ、“こっち”じゃやっていけないってね」

「……ほう」


 言外に、『中』の神様たちを、今はハルの仲間たちを下に見られた発言に、少々苛立ちを感じるハルだ。


 確かに、どの神様も一点特化で偏りが大きい部分はあるが、それはゲームゆえ、キャラクター性の演出のためだ。

 そして、特化した力の長所は短所を覆い隠し、どの神様も非常に強敵だった。


「いや、ジェードは知らないけど……」


 そんな挑発をされていては黙ってはいられない。

 それならばこの戦闘。この神剣一本で勝利してみせるとしよう。





「宣言してやろう、お前はこの神剣の極光、それひとつで地に沈めてやる」

「大きく出た! やってみせてくれよ、期待してるからさ」

「ああ、すぐにその小馬鹿にした口を効けなくしてやろう!」


 会話はそこで終わりとばかりに、ハルは刀を一振りする。

 空の彼方まで光の剣は飛んで行き、魔法陣を展開するために、多少散開を解いて集まった天使の一団を一掃した。


《しかし、具体的にはどうしますか? いえ、勿論、この場でカナリー様のように剣を振り回すだけでも勝てるとは思われますが》

《ぶっちゃけ、マスターにあんな光の玉なんて効かないですしねー。玉に飲み込まれながら、剣をぶんぶんすりゃ、それでいーです》


──うわ美しくない。魔力消費が激しいって、各方面から苦情が来そうだし。


 ハルの纏っているバリアは強力だ。それに加え、先ほど解析したばかりの、『世界の壁』も既に黒曜と白銀の二人によって実用化されつつある。

 そのため、多少の攻撃では、仮に直撃したところで、ハルの身には傷一つ付けられないだろう。


 しかし、先ほどの銃弾の雨を律儀にかわしたように、あまりそうした防御力にまかせたゴリ押し行為はしたくないハルだった。


《それじゃー、なにかプランが、マスター?》


──ああ、思いついたことがあってね。さっきゼニスちゃんは神剣のことを『破空連鎖』って言った。連鎖だ。なら、連鎖させなければどうなるのかな?


《その場でエネルギー開放して、おわりでは? あっ》


 そう、剣閃として彼方まで続かず、その場で効果は終了する。

 ハルとカナリーの神剣は、切った際に生じた力で、更に先の空間も同じように切ることで果てまで続く斬撃となる。ゼニスが言ったように、連鎖だ。

 では、あえてその連鎖を起こさず、生じたエネルギーをその場で使い切れば。


「<飛行>スキルの速度は、それほど出ない。この魔法はそれよりずっと高速に飛ぶのさ、どうす……、る…………?」


 ゼニスブルーの語りは、途中で途絶えた。ハルの姿が、その場からかき消えたためだ。

 ハルをロックした追跡光球(ホーミング弾)は律儀にその位置を追いかけようとするが、あまりに速すぎるその動きに、その場で右往左往するのみだった。


「ははははは! これはいい! 素晴らしい速度だ!」


 凄まじいまでの速度で飛翔するハルだが、その姿を捉えるのは常人であろうと容易だろう。

 ハルは、天にまるで流星の尾を引くように、移動の軌跡を残して天使の群れの中を駆け抜けている。

 それは、今まで背後から噴射魔法バーニアを炊いていた時の状況と似てはいるが、根本的に違うものがあった。


 まず速度。比較にならない。

 今までも速くはあったが、<飛行>の浮遊感を感じさせる部分があった。方向転換も弧を描くようにゆるやかな軌跡で、ある意味無理のない安全な軌道だ。

 しかし今は、非常に高速、非常に鋭角。直角を通り越し、300°以上の折り返し軌道なども当たり前に見られる。


 それは、空に黒い光の帯を描写し、その帯が通り過ぎた跡の天使たちは、次々と破裂して消えていっているのだ。


 そう、違いの二つ目。噴射光は黒く、帯状だった。語るまでもない。これは神剣の光。

 今までは前方に向けて切り付け、放射して使っていた神剣を、己の後方へと向け連続で爆裂させる。

 それが圧倒的な噴射力となって、ハルの身を空に吹き飛ばしているのだ。


 言うなればビーム砲を後ろ向きに撃ちジェット噴射の代わりにするようなもの。

 ひとたび剣の向きを変えれば、今までの進行方向など完全に無視して同じ速度でそちらへとぶ。

 バリア無しの生身でやれば、一瞬で体中が粉々に、いや蒸発するだろう。


「馬、鹿、な、の!?」

「最高に気分が良いので! 馬鹿でも結構!」

「雑すぎるよ! それって結局、ただの体当たりじゃん!」

「いや、体当たりですらないよ。すれ違った際の剣光の余波。……そう、ただの余波だけで死ね!」

「テンション高いな!」


 楽しくなってくると、少々好戦的で口が悪くなるハルだ。自覚はあるが、直せない。

 ユキなどは同類だし、アイリもなぜか喜んでいる。そしてなんだかんだ、ルナも『仕方ないわね?』程度で許容してくれるので、それに甘えてしまっているハルだった。


 移動のための神剣だが、その攻撃力は健在だ。

 正確に前方を薄く薄く切り裂くためだった力は、周囲を雑に破裂させる力へと変貌へんぼうしている。

 それにより、丁寧に狙いを定める必要などなく、目についた天使の近くを通り過ぎるだけで、容易にそれは砕けて散った。


 一列に並んだ直線上を切って捨て、散開し一人取りこぼした天使を急角度で舞い戻り爆散し、仲間の杖と魔法陣を繋ぎ描く天使を魔法陣ごとなぞって消した。

 そのハルの移動の軌跡は、天空に新たに殺戮の魔法陣を上書きし、ゼニスの軍勢は成す術なく、ハルの宣言通りに地へ堕ちて行った。


「むちゃくちゃだぁ……」

「それで? まだ続ける? 有象無象うぞうむぞうが処理されて、ここからがボス戦かな、ははっ!」


 周囲の天使はあらかた殲滅され、既に指揮官たる彼女が射程に入っている。いや、最初から射程内だったが、あえて周囲を先に掃除したのだ。

 それによりハルとゼニス、一対一となった状況が生まれていた。

 刀を突き付けたこの相手は神。取り巻きを圧倒しはしたが、それだけで安心できる相手ではない。この剣光の余波程度では、通らない可能性だってある。


 そう、戦場に沸き立つハルも多少は警戒する彼女だが、徹底抗戦はせず、ここで白旗を挙げるようだった。


「降参だね。私の負け。いや、参った参った、予想以上だったね」

「……僕としては、もう少し続けてもいいんだけど」

「予想以上だったのは、好戦的な性格もかなぁ……」


 そんな呆れた表情をされ、さすがにハルも己を省みる。

 確かに、最初の目的はハルの実力を知ることだった。必要以上の戦闘は必要ないだろう。全滅もやりすぎたかも知れない。


 少々の気まずさを覚えながらハルが刀を収めると、ゼニスは気にするなとばかりに明るくにっかりと笑って、健闘を称えるようにまた手を差し伸べてくるのだった。

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