第378話 空に舞う天使の羽
年末のトラブル以降、環境の変わったせいか、かなりの誤字を出してしまっているようで本日沢山の報告をいただきました。ありがたく反映させてもらっています。
また、今まで気づかず申し訳ありません。読んでいただいている皆様には、ご迷惑をおかけしています。
「それでさ、多分、犯人はエーテルだと思うよ」
「……ん? 唐突にどうしたの? 確かに、消去法ではその人しかいないんだろうけど」
「唐突じゃないよ。さっきの話さ」
さっきの話、己の帰属意識の話だろう。
「自分の目的が無い者ほど、帰属意識にすがるって話をしたね。それと、矛盾するようだけどさ。……エーテルは、帰属意識こそが、自分の生まれた理由こそが、生きる目的になってる」
「つまり、神様の中で、もっともAI時代の職務に忠実、ってことか」
「ああ、そういうことさ」
ハルからしてみれば、神様は皆、とても職務に忠実であるようにしか見えない。これは、カナリーだってそうだ。
もう、研究所は完全に解体され、当時の規則なんて守る必要などないのに、忠実にずっとそれを遵守してきている。
「……名前も、それを表してるみたいだね」
「ああ、『エーテル』なんてさ。ま、何を思ってそんな名前を自分に付けたのか、私は知らないんだけどさー」
「止めなかったの? 『その名前はお前の物じゃない』、みたいに」
「別に? 好きにすればいいと思った。他の人もそうじゃないかな。……ただ、ややこしいなぁとは思ったけど」
日本のナノマシン。元は自分たちの居た研究所で開発していたそれの名前が『エーテル』。
そして何の因果か、この世界に満ちる魔力の名前、それもまた『エーテル』だった。
そんな中で、またその名を持つ存在が現れれば、ややこしいと言いたくもなろう。しかし、あえてその名にするということは、そこにはなにかしらの大きな意思が働いているのだろう。
ゼニスブルーは、目の前の彼女は、例の黒い石、それを今回送り込んだのはエーテルに違いないと確信があるようだった。
そこには、何か理由があるのだろうか。
「何か、証拠とかってあるの? だったら話は早いんだけど」
「それは残念ながら無いね。なんだろうな、仲間うちでの直感ってやつさ。『あいつならやりかねないよね』、って。これは、私だけの意見じゃないよ。明言はしないけど、エーテルが犯人だと思ってる神は多い」
「そうなんだ……」
「だけど、同時に世話にもなってるからね。何となく、皆言い出さないのさ」
そういえば、セフィから依頼、エーテルを探す動機のひとつであるその内容も、少し気になっているハルだ。
セフィは、『止めてほしい』、と語っていた。ただの行方不明ならば、そんな言い方はしないだろう。
彼はエーテルが何をしようとしているのか、それを知っているのだろうか。それともこのゼニスブルーと同じように、その性質から垣間見える危険性に、予感じみたものを見ていただけなのか。
「まあ、いいか。探してみないことには分からないんだ。外にも出られたことだし、これから地道に探してみよう」
「地道に、でどうにかなる相手じゃないよ? ずっとこっち側に居る私たちだって、ずっと見つけられてないんだ」
「確かに」
「ま、それは互いの縄張りを牽制し合って、互いに動かないのも悪いんだけどさ?」
となると、その縄張りとやらの緩衝地帯、空白地帯などが怪しいだろうか。
ハルは、これから先の捜索プランを、効率的に脳内に組み立てていく。世界は広い。地道にとはいっても、闇雲に探してはそれこそ百年かかっても見つからないだろう。
その為には、やはり外の世界に橋頭堡が必要になる。
確実に一度の探索では終わらないために、バリアの通過をショートカットできる、そんな<転移>用のポイントが必要なのだ。
「どうしたのハルさん? 見まわしちゃって。ここには他に神はいないよ」
「いや、なんだろ、僕も縄張りってやつを作らなきゃかな、って思ってね」
「あるでしょ縄張り。ほら、その中」
ゼニスが指さすのは、ハルがもと来た方の位置、バリアの中だ。
「あの中、統一したんでしょ? やるじゃん。なら、そこを足がかりすればよくない?」
「そうなんだけどね。いちいちバリア解除して出てくるの面倒で」
「贅沢だな!」
自分ならそんなことで文句は言わない、とでも言いそうなゼニスの態度に、中の環境が恵まれているのだと察する。
見渡せど、この周囲には魔力は無い。外の生活は、なかなか厳しいのかも知れなかった。
「まいったね、どうも。……仮に、この辺りに僕が魔力を残して帰ったら、君はどうする?」
「当然、帰った瞬間にそっこーで吸収する。こっち側の縄張り争いは、魔力を守る戦力を含めて、初めて自分の陣地さ」
「だよね」
となると、今回は諦めた方がいいかも知れない。
今日は試しで出てきただけであり、アイリたちを心配させないためにもすぐに戻らないとならない。
空白地帯を探して飛び回る時間もなく、またそんなリスクはとれなかった。
ハルが、今回は見切りをつけて帰ろうとすると、意外にもゼニスから待ったをかける声が掛かった。
「ねえ。良ければ、私があなたの魔力を守る戦力になってあげようか? ちょうど、ここに居るしさ」
「そりゃありがたいけど。君は、それで良いの? この場所も、苦労して勝ち取ったんじゃない?」
「ま、ねえ。じゃあ、見返りを頂こうかなぁ」
「そう来るよね、当然」
そうして、好戦的な笑みを向けてくる彼女の要求を、ハルは聞くこととなった。
◇
「どうする? 土地の使用料でも払おうか」
「悪くはない提案だけど、つまんないね。もっと、刺激的なやつにしよう」
そう言うと彼女は、天空を指さす。つられて見上げれば、そこには先ほどと同じ、彼女の用意した天使の軍勢が控えていた。
「戦うの? ……神様って、案外戦闘好き?」
「嫌いではない人は多いさ。そうでないとやっていけないし。でも、今回は趣味じゃなくて、実益を兼ねたものさ?」
「というと?」
「私は、いや『外』の神たちは、あなたの実力を知らない。強いらしい、という話は聞いてるけれど、『中』の誇張かも知れないしね」
「確かに。僕が命令してそう言わせているだけかもね」
ゲーム内の神が全てハルに下った。それは、いくらでも命令によって欺瞞情報を流せるということにも見えるのだろう。
その、今までは提供された情報、というフィルターを通してしか見ていないハルの戦力を、正しく測っておきたいのか。
「髪の色的に、セレステの同類かと思ったよ」
「げげ、あの戦闘狂、今も変わらないんだ」
そんな、思いがけず出てきてしまった共通の話題に、にやり、と二人で笑いあう。そのしぐさも、なんとなくセレステを感じるハルだった。
同じ空色の髪の毛が、その印象を抱かせるのだろう。
その、セレステと同類とされたことを不服とする彼女が、言い訳のように語るには、これから外に踏み出すにあたって、十分やっていける力がハルにあるか、それを見たい意味もあるようだった。
まるで試練を課す番人のような言いぐさだな、とゲーム的にハルは思ってしまう。
「ということは、外の神様たちは協力してくれないの?」
「基本的には、協力的だと思う。でも、さっき言ったような縄張りや、自分の目的を侵されると、その時は力での解決になるはずさ」
「まあ、それは中でも同じだったけど」
やっぱり、神様は根本的に好戦的なのでは? という言葉が、首のあたりまで出かかってしまった。
こんな世界だから。大きな戦いから始まり、常に資源不足であったから、仕方がないことなのか。
とはいえ、未だにエーテル以外には脱落者がおらず、なんだかんだ言って互いに協力して生きてきている。そこも、彼らの本質なのだろう。
「で、了承はしてくれるかな?」
「いいよ、戦おう。でも、勝敗はどうやって決めるの?」
「ん? 別に。何となく戦って、なんとなく結果が見えたら、それが決着」
「アバウトな……」
それとも、その適当さが、脱落者を出さない秘訣だろうか。
きっちりとルールを決める『中』のやり方では、勝者と敗者がはっきりと分かれてしまう。それは文明的ではあるが、どちらかが倒れるまで奪い合うことを肯定している、ともいえた。
一見野蛮なこの『外』の流儀の方が、犠牲者を出さないように考えられているのかも知れない。
「こっちは広いからね。負けそうになった方は遠くへ逃げ出して、決着がつかないだけなんだけど」
「……勝手に納得してた僕の感心を返してくれ」
……ともあれ、そんな調子でハルはゼニスと戦うことになった。
彼女は元居た位置に、天使の群れが陣を敷く中へと飛び去り戻って行くと、その奥にて指揮官におさまった。
落としどころとしては、この軍団を壊滅させること、そのあたりが勝利条件となるだろうか。
「幸い、ここは広いというか、中とは断絶してるし。……久々に暴れられそうだね」
最近は、ハルはその力を十全に発揮できない戦いが多かった。
強大となったその力は警戒され、それが十分に発揮されない条件をあらかじめ整えて、相手は挑んでくる。戦略としては、当然だ。
今回は、それが無い。そのことに、ハルは気分が高揚してくるのを感じる。
「相手は、動かずか。何時でもかかって来いってか? 上等じゃん」
口の端が、にやり、と歪むのを自覚する。陣の先を見通してみれば、ゼニスブルーも同じように、挑発的な笑みを浮かべていた。
合図はなく、好きな時に攻めて来いということだろう。この、挑戦者としての立場も久々だ。
受けて立つ、とばかりに、ハルも一切の予備動作を無しに彼女の待つ空中へと<飛行>し飛び上がった。
*
天使の群れから放たれる弾丸が雨のように降って来る。
一切の予兆の無い不意打ちの突進であったが、敵もまた、それに遅れを取らない反応の良さだ。
天使がその腕に備え付けた銃器のようなパーツからは、見た目通りの銃弾が放たれ、ハルを撃ち抜かんとしてくる。
その狙いは正確無比であり、また、ただ単にハルの居る位置を狙うにとどまらず、その回避先にも先置きした弾幕の雨を配置するという徹底ぶりだ。
「リアル弾幕ゲームか。ははっ、楽しくなってきた!」
その雨を、こちらも正確無比に次々と回避して行く。
まるで針の穴を通すがごとく、ただの一発とてハルの体には命中しない。
当然だ、銃に関しては、訓練の年季が違うハルだ。それで狙うこと、逆に狙われることに関しては、文字通り体に染みついている。
無意識の反射どころか、体内のエーテルが勝手に反応し、あらゆる弾丸の未来位置を計測して回避行動を取る。
「だけど、あまり好きじゃないんだよねこれ。別のゲームにさせてもらおう」
ハルからも<銃撃魔法>で応戦し、陣の一角に穴を開けると、迷うことなくそこへ向かって突進するように<飛行>した。
大群の内部へと大胆に入り込むと、射線を計算し、同士討ちになる位置へと陣取る。
同士討ちを避けるプログラムが入っているのか、その一瞬、銃撃はぱたりと止んだ。
「その隙が命取りだね。味方ごと撃ち抜くべきだった」
生まれた隙に、ハルは『神刀・黒曜』を抜き放ち、漆黒の光を放つ斬撃の痕を、軍団の中枢へと刻み付けたのだった。




