第374話 容疑者を探しに外に出よう
他に候補が居ないとはいえ、まだエーテルという神が犯人だと決まった訳ではない。
ただ、その者のことは調べていく必要があるだろう。ちょうど、関連した要調査項目も重なっていることだ。
まず一つは、セフィからの依頼。消息を断ったエーテルの捜索をしてほしい、というもの。
第二には、神界についての謎。マリーゴールドとの戦いで明らかとなった、神界の存在する魔力空間。いわば、サーバー的な魔力が置かれている場所。そこについても調べる必要がある。
「……と、いうよりも、あれを検知されたことが、きっかけになってる可能性がある」
「ハルさんと私が侵入禁止エリアに踏み込んで、あまつさえ突破しちゃったことですかー?」
「だね。禁止をうたっているならば、当然、その禁を破る存在が居ないかセンサーを張り巡らせているはずだ。どこかの学園とは違ってね」
「母校に厳しいハルさんですねー。まあ、あのがっこーは邪悪なので、擁護はしませんがー」
「カナリー。マスターの学校は、悪いところなんです?」
「ですよー白銀ちゃんー。なんと、エーテルネットが通ってないんですよー」
「そりゃー、邪悪です」
元はネットの補助用に生み出されたAIだ。エーテルネットが無い場所など許容できないらしい。
しかし、エーテルが原因だと仮定すると、タイミングも、場所も、説明がついてしまう。ハルが、エーテルの作った神界の禁を破ったから、ハルの学園に、石の転移現象がおこった。
「状況証拠的に見ればそうなんだけど、目的だけが不明だ。あそこに石を送り込むことに、何の意味が?」
「まー、一応、あのがっこーは世にも珍しいオフラインですからねー。ネット経由で調査できない場所に、“目”を飛ばしたと考えればー」
「しっくりくるか」
自分の色付きの魔力には、遠方からも<神眼>の視線を飛ばすことが出来る。あの石の中にも色付きが入っていた。
よって、カナリーの言うとおりに、監視衛星として送り込んだという見かたはもっともだ。
「すると今度は場所が謎だけどね。せっかく視線が通っても、あんな地下の密室じゃあね」
「サーバーの記録でも見たかったんですかねー? そういった、データへのアクセスも可能な魔法があるのかもー?」
「かもね。ただ、アクセスの痕跡は見られなかったんだけどさ。なんの痕跡もなしで出来るとなれば、お手上げだ」
ハルが出来るあらゆる調査方法を用いて、あの場であの石が、何かをしていなかったか科学捜査じみた調査を行ったが、特に異常は見受けられなかった。
あの石は、突如あそこへ来ただけだ。それ以外は、(少なくとも物理的には)何もしていない。
「マスターマスター。そもそもです」
「どうしたの白銀。何か分からないことあった?」
「はい。そもそも、向こうに魔力があっても、視線を送れないんじゃないですか? 少なくとも、わたしは無理です」
「ああ確かに、それがあったね」
「ハルさんは自分が出来るからって、すぐに忘れてー」
「逆に、神様はなんで出来ないのさ? 神様なのに」
「別にー、神様なんて自称ですからねー」
「できねーものは、できねーのです」
魔力について、万能ともいうべき力を誇るAI達だが、世界を一つ挟むと途端にだめらしい。白銀の言う通り、ダメなものはダメとしか言えないそうだ。
ならば、あの石の中の魔力についても心配はないかというと、それは断言できない。
物質を転移させるだけの力を持ったものならば、カナリーに出来なかったことでも、可能であるかも知れないからだ。
「でも、エーテルネットには接続は出来るわけでしょ? それなら、意識を飛ばすのも、物質を送り込むのも、同様に出来る気がするけどね」
「そう上手くいけば苦労はしませーん」
「マスターは、あっちでネットを使って遠くと通信できるから、そこにテレポート出来て当然! と考えますか?」
「考えないね。なるほど」
一理ある。データが送れるからといって、自分もテレポート出来るとはならない。
ならば、それが出来てしまうあの石は、いったいどんな存在なのだろう。
「実は石は関係なくて、世界を渡れる力を持った存在が、あの石を好んで使ってる、いや、無いな」
「わたしもそれはねーと思います。自由に渡れるなら、石に頼るひつよーは無いですし、石を残すようなポカもしないです」
「ですねー。今は、石しか渡れない、と状況的に見た方が良いでしょうねー」
あの黒い石が、二つの世界にとってどんな存在なのかは分からない。
しかし、過去からの様々な状況を見る限り、あの石は日本とこの世界を繋ぐ、そういった特別な役割を持っているようだった。
エーテルの捜索もそうだが、この石についても調べなければならない。
さて、どちらを優先するべきだろうか。ハルは、再び慌ただしくなりそうな今後の方針について、頭を巡らせるのだった。
*
「結論として、まず外に自由に出られるようになろうと思う」
「お正月休みももう終わりかー。ハル君は働き者だねぇ」
「むしろ、休んでる状況じゃなかったからね最初から。調べを進めたいことは山積みだった」
「そのための準備が、必要だったのですね!」
「そうね、場所が場所だもの」
別に、正月じゃなければ行方不明になっても良いという訳ではないが、正月早々にそれは避けたかったハルだ。
そのため、せめてお正月はとゆっくりしていたが、いつまでも休んでは居られないだろう。
本格的に、ゲーム外の探索を進めていかなければならなかった。
「唯一バリアの外に出たユキに、その辺は教えてもらおうかな」
「ううーん、そうは言ってもね、特に変わったもの無かったよ? なんてーの? 郊外、って言ってる魔力なしの土地と、ほぼ同じ」
「自然が、ずっと続くということでしょうか?」
「そだねアイリちゃん。家も町も、ダンジョンもない。つまらぬ世界だ」
「ダンジョンは普通ないけどね?」
田舎道を歩いていたら、急に地下迷宮への入口が開いている日本にでも住んでいるのだろうかユキは。こわい。
そんな、ユキのつまらなさはともかく、やはり外の世界には人類の文明は残ってはいないようだ。
ハルのためになるだろうと、興味が無いにもかかわらず、その辺も気にして見てきてくれたようだが、何の痕跡も見当たらなかったという。
魔法文明とでも言うべきか、魔力によってあらゆる物を作成する文明。それゆえに、作られた物資を魔力に還元してしまったら、後には何も残らない。
そんな、泡沫の夢に消えたような世界。今は人類を生態系から除いた、弱肉強食の自然が広がっているのだろう。
「あ、変なとこあったといえばあったね。今は無いけど」
「今は無いのですか? でも聞きたいです!」
「あれだよ、雪女さんが冷やしてた。氷のダンジョンになってたね」
「露草か……」
「人間が居なくなったと思ったら、今度は神様が頂点捕食者なのね?」
無常であった。彼女ら神様は、人間以外の生物に配慮はすまい。むしろ、被害範囲は人間よりも上かも知れない。
「私に聞くのもいいけどさ、その雪女さんに聞けばよくない?」
「だめですよユキさん! ハルさんは、ユキさんから聞きたいのです!」
「ふえ!?」
「……とはいえ、ユキの言うことも、もっともだわ? 今はより正確な情報が必要よ。ユキといちゃいちゃするのは後にして、露草を召致した方がいいのでは?」
「いちゃいちゃしているわけではない……」
その理屈は正論だろう。ユキとの交流ならば、もっと落ち着いた時に、のんびりと語れば良いのだ。
それこそ、お正月のカレーパーティーの時にでも、冒険活劇として語ってもらえば良い。
ただ、あの時は完全に気分をお休みムードにするため、みな意識的にこちらの話は避けていた。
「あの方を、避けているのですか?」
「別に嫌いな訳じゃないよ。ただ、今回は相性が悪いかもなって思って、呼ばないようにしてる」
「つまり、誰か他のひと呼ぶ訳だ!」
「ユキ、正解」
「良かったわねユキ。嫁ポイントが10加算よ?」
「それ貯まるとどうなるの!?」
「わたくしも欲しいです! 嫁ポイント!」
「アイリちゃんはこれ以上貯められないわ?」
始まる前から上限到達してしまっていた。流石はアイリである。
そんな、謎のポイントは置いておいて、今日ここにハルが呼ぼうと思っている神は、マリーゴールドだった。
実際の、二人の仲の良さは知らないが、ハルはその二人が思想の深い部分で相容れないことを知っている。
ハルが他人の精神を融合していくのを良しとしない露草。対してそれを大々的に推奨しているマリーゴールド。その彼女らが顔を合わせて、話が脱線されても困る。
その事を軽く説明すると、ハルは<神化>の機能を使って、マリーをこの場に呼び寄せる。
最後に残ったマリーも配下となり、ハルはこの地の神々なら何時でも自由に呼び出せるようになっていた。
控えめなエフェクトと共に、彼女のために用意した席の前にマリーゴールドが転移してきた。
「お招きありがとうハル様。今日はお話、楽しみよ」
「いらっしゃい。まあ、楽しんでもらえるか、分からないけどね。尋問になる可能性だってある」
「ええ、ええ、構わないの。それだって、皆さんとお話することには変わりないでしょう?」
「変わった価値観だねぇ」
「そうね……、見た目は、一番親しみやすそうですのにね?」
「流石は神なのです!」
ふわりと髪をなびかせて、上品に笑う優しそうなお姉さん。しかし、その内面はこんな感じで極端だった。
そんな、深く付き合ってみると明らかに人と違う価値観を持つ神様。ある意味でAIらしいとも言えるマリーゴールドを呼び寄せたのには、もちろん理由がある。
ハルが神界の禁を破ったときに居合わせた、というのも理由のうちだが、本題は別だ。
この席での最初の話、『外に自由に出られるようになる』、そのための彼女だった。
「マリー、君は、<誓約>についても詳しいでしょ?」
「ええ、詳しいわ。というよりも、このゲームで使われているそれの制御、大半は私が行っているの」
「そなんだ。マリりん、実はすごいんだね」
「大半って、確かNPCは全て<誓約>によって縛られているのよね? プレイヤーもそうだわ?」
「そうなの! もっと褒めていいわよ?」
褒めると調子に乗りそうなので褒めないが、そこはハルも凄いと思う。人の意識について、一家言あるだけあった。
この地のNPCは、神の広める文化の維持と方向調整のため。プレイヤーは、そんなNPCにいたずらに危害を加えられないように。それぞれ、システムによって行動を縛られている。
その制御を一手に引き受けているというのだから、素直に凄いと言っていいだろう。
「ハル様も行ったあの妖精郷ね? あそこは、本来イベントダンジョンではないのよ?」
「ん、まあ、特殊な空間であることは分かってたよ」
「あそこは、この地へ来るヒトの意識の集う場所。いわば『メニュー界』なの!」
「メニュー界! ……それは、凄いのでしょうか!?」
「いや、分からない……、何が『いわば』なのかも分からない……」
まあ、つまりはあの世界を一旦経由して、ゲームにログインした意識たちはキャラクターの体にアクセスするのだろう。
そこを逆に、こちらからアクセスし直したのが、あのイベントという訳だ。
より意識にアクセスし易い環境であることを利用して、ハルに思考誘導を仕掛けることも可能となった、ということだろう。
「とりあえず、そこについてはいいや。今マリーに頼みたいのは、その得意分野を利用して、僕にかかった<誓約>を外せないか、ということ」
折を見て、以前のようにモノから教えを受け、色々と試してはいるのだが、セフィから課せられた<誓約>、これをまだ外すには至っていない。
そこで、専門家であろうマリーから、それを詳しく教わろうというのが、今回の目的だ。
「構わないわ! たくさんお話できそうね、腕が鳴るの」
「話を長引かせるために、脇道にそれ過ぎないようにね」
「努力するの!」
配下となったことで、こうした命令も通るようになった。
今回で枷を外し、そろそろハルも外へと漕ぎ出したいところである。




