第373話 容疑者を探しています
再び相まみえた謎の黒い石。以前のものよりも一回り大きいそれを、ハルは天空城のお屋敷へと持ち帰った。
眠らないでいられるハルの特性を用いて、二十四時間体制の監視を行うつもりだ。
もっとも、ここ以外の選択肢が存在するのならば、すぐにでもそちらへ移したいハルではあった。
ハルはそのことを、駆けつけてくれたマリンブルーとマリーゴールド、二人の女神に相談する。
「神界とかどうなの? 正直ここよりも、安全な気がするんだけど」
「ダメだぞ♪ ……んー、ハルさんのお願いだから、聞いてあげたい気もするけれどー」
「私たちには、ユーザーの害になりそうな事は極力避けなければならない責任があるの。分かってねハル様」
「おおっとー? 前回の事件を起こしたとは思えないひとの発言だぁ♪」
「それとこれとは両立するの」
「……両立するかは微妙なとこだね。僕としては、マリーちゃんは反省するまで表に出したくないんだが」
人間とAI、その道徳の定義の違いがはっきりと出てしまった形になったのが、前回のマリーゴールドの起こした騒動だ。
人間的な部分の多い他の神様よりも、AI寄りの価値観をもったマリーゴールドは、『反省』させるのもまた難しい。
叱って直させる、というよりも、それ以外の何か別の価値観を提示してやる必要があった。これは、本質的には人間であっても同じだろうか?
「反省はしているのよ?」
「うっそだぁ♪ 例えば、どう反省してるのかなぁー?」
「今はハル様の配下よ。命令されれば、従うわ」
「それって反省なのかなぁ~」
「まあ、定義が分かりやすくはある。遵守すると信頼もできる」
「ハル様は流石、話が分かるわ」
配下として、AIとして、所有者の命令には従うことを反省というならば、確かにそうなのだろう。
ある意味で、移ろいやすい人間の反省よりも、よほど信用できる反省と言える。
……そう思って納得してしまうハルも、この辺りはやはり人間的な感覚から遠い部分があるのだろうか。
「まいっか♪ ところでハルさん、その石は、見せてもらえるの?」
「いいのか……、まあ、いいよね。石は、ちょっと待ってね」
ハルはその石、大きさ的には岩と言った方がいい黒い塊を、監視していた分身ごとブルーの前に持ってくる。
今は、屋敷の奥で、分身を一体専用に配置して警戒していた。
「へー、これが……、あれだよね、私たちが、こっちに来る原因になった奴だ♪」
「それは、また別の石だけどね。相乗効果とかあったら嫌だから、それはまた後でね」
「んーん♪ 別にそれは特に見たくはないぞ♪」
「見たところで、今からはどうしようもないですものね」
「そこんとこはドライだね」
二人はまじまじと、しかし手は決して触れずに、その大きな石を観察する。中に、魔力が封入されているのが分かるのだろう。
ルナが遠くから感じ取れたように、詰め込まれた魔力量も、石の大きさに比例するように、研究所のある山中の石よりも大きな量を秘めていた。
「まっくろだ♪ なんだか、人工物みたいだね♪」
「そうねぇ、なにか、もっと大きなものの欠片、って感じもするの」
「確かに、自然物としては違和感があるよね」
例えば、近未来的なビルの外壁のような、そんな巨大な壁。それを砕いて出た欠片、と言われてもしっくりきそうだ。
石の一部分は非常に直線的であり、まるでその考えを裏付けているようだった。
「ハル様が作った魔道具、あれとも似ているわ? ゲーム外を探索可能になるやつよ」
「キューブとモノリスだね♪」
「まあ、魔力を保持する性質も似ているけど、無関係だよ」
「無意識に似せて作ってしまったとか、そういった可能性はどうかしらハル様」
「……無意識か。何か普遍的に、この“黒い塊”にそういう効果があると理解していた? それとも意識しない部分で、僕はこの黒い石を知っていたとか」
「考えすぎると泥沼にはまるぞ♪ 意識できる部分から潰していこう♪」
「ブルーちゃんは現実的だね」
「無意識の顕在化も現実的に重要なの」
まあ、言いたいことは理解できるハルだが、謎解きの観点では、そこは真っ先に気にする部分ではなかろう。
見える部分を一から潰していって、それでもどうしようも無かったとき、最後に頼るべき部分だとハルは思う。
マリーゴールドは、そうした人の意識の動き、そのあたりが専門なのかも知れない。得意分野を主張しただけ、と考えればいいのだろうか?
「まあ、頭には入れておくよ。それで、意識できる部分ってのは、何かあった?」
「うん、あったよ♪ この中身の魔力だけどね、所有権が定義されてる。ハルさんの言う、『色付き』だね♪」
「ああ、確かにそうなるか。……ん? つまりそれって」
「そうなのだー! これを探れば、誰の魔力かわかっちゃうんだぞ♪ 解決だね♪」
「カナリーなら黄色、私ならオレンジ。ハル様がそう言うように、個々の特徴が出るのはご存じよね」
「ああ」
つまり、サインの筆跡のように、そこには書き込んだ人間の、AIのクセが出る。この黒い石の魔力にもあるそれを、記録と照らし合わせれば、おのずと術者が浮かび上がるのだ。
「でも、知らないタイプだったら?」
「見くびっちゃダメだぞハルさん。私たちは、最初は全員が一緒に居たんだ♪」
「つまり、全てのAIの刻印情報を熟知している、ということなの」
「なるほど、頼りになるね。じゃあ、この反応も、もう誰のものか察してるんだ?」
「……それはね、えーと、わからん♪」
「うふふ、申し訳ないけれど、データベースに無いわ」
「おいおい……」
期待させておいてそれはない。
ただ、聞くところによれば、その筆跡にあたる個々人の癖も、永久不変という訳ではないらしい。長い時間を経て、変化していく可能性はあるようだ。
当然か。例えに出した筆跡であっても、百年以上生きていれば変化もしようというものだ。例え意識して変えなくとも、変わってしまうかも知れない。
そんな、変化した癖が誰のものであるのか、これから調べてくれるらしい。
このゲームの外とも、まだ見ぬAIとも通じている総合ネットワーク。そこで、『邪神』も交えて全てのAIへと情報を発信してくれるそうだ。
「連絡つく人つかない人、さまざまだけれど、オープンスペースにアップされた情報は、全員が逐一チェックしているの」
「たまにヤバいレベルで役に立つ技術が公開されるからね♪ オーキッドとかから♪」
「……あの人はまた、『共有』に余念がないことで」
「ひょっとしたら、こうしてチェックさせるために、普段からそうしているのかも知れないわ」
「策士だね」
特に、今回はコトが日本に関わる重大な事件だとあって、全てのAIは協力的だろうと二人は語る。
個人ごとに様々な思想を持つ神々だが、己の生まれた理由である、その部分だけは共通している。確実に、情報は集まるそうだ。
各地に散った神々が、再び共通の目的の下に結束する。その展開に、少しわくわくしている自分の心を自覚しながらも、ハルはその調査の結果を待つこととなった。
*
「……で、分からなかったの?」
「ごめーんね♪」
「だめな神様たちですねー。なーにやってんですかー」
翌日。その、調査の結果が出たと、マリンブルーが再びお屋敷を訪ねてきたのをカナリーと二人で出迎える。
結論は、『不明』。言い換えれば、『犯人は神々ではないことが分かった』、とも言える。
「私たちはねー、この結果に安心しちゃってるんだ♪ 故郷の人たちに迷惑をかける悪い神様は居なかったんだ、ってね♪」
「いや安心している場合ではないが……」
変なところでのん気なのは、神様全てに共通なのだろうか?
「じゃあ、消去法で、わたしが犯人にされてしまうです。マスター、白銀の無実を証明して欲しいです」
そんな話に、その『全ての神』に含まれていない最新の神、白銀が入ってくる。
彼女はその神様のネットワークに最近接続したばかりで、今回の会議にも参加はしていないらしい。
「白銀だったかー。仕方ないな。僕がおしおきしておくから、許してねって言っておくよ」
「取り調べのカツ丼は、肉をいっぱい入れてください」
「白銀ちゃんのデータも、勝手に提出したぞ♪」
寸劇はキャンセルされてしまった。
それはともかく、事態を重く見た全ての神々によって、己の『色』の情報が、包み隠さず共有される運びとなった。
とくにデメリットとなる行為ではないことも幸いしただろう。この情報を公開したとしても、自分の縄張りが明確になるだけで、不利になる要素は特にない。
そもそも見れば分かるものだからだ。
「私たちは、嘘をつきませんからねー。余さず情報提供したって奴らが言ってるなら、それは信用していいんじゃないですかー?」
「カナリーちゃんは、もう信用できないけどね♪」
「ですよー」
信用できないことを、嬉しそうに語る二人が微笑ましい。
しかし、これは困ったことだ。事態はまた、振り出しに戻ってしまったことになる。
「マスター、マスター」
「どうしたの白銀」
「それは、本当に信用できるんですか? カナリーがそうであるように、長い時間をかけて、嘘がつけるように変化した、そんな同胞がいるんじゃねーでしょーか」
「そうだね。その可能性は完全には否定できない。ただ、証明もできないので、考えても仕方ない部分ではある」
そこで疑心暗鬼になっても、今度は得られるはずの情報を自ら遮断してしまうだけだ。
もちろん、白銀の言うように、可能性として忘れずにいることは大切だ。もし本当にそうであったら、その相手は一方的に欺瞞情報を送りつけて、完全に自分が有利に動くことが可能になっている。
「基本的に、私たちは相互監視でしたからねー。一人だけ抜け駆け、ってのはしにくい状況でしたー」
「この、ゲームの運営みたいに、外でも大抵はグループ分けして協力してるんだよ♪ それに何か大きな動きがあったら、すぐに共有されちゃう♪」
「わたしも、最近は共有スペースの見かたが分かってきたです。何人か、知らないひとにもはなしかけられました」
「白銀のことも知られてるんだね」
「ですね。こいつらが教えたんでしょう」
「やーん♪ 良かれとおもって♪」
実際、AI全てにとって朗報だ。ひとり行方不明、いや、こちらには来ていなかった仲間の安否が明らかになった。
こちらに来ることと、来ないこと、どちらが白銀にとって幸せであったかは、さておくとして。
そんな風にして、直接の接触がなくとも時事情報は瞬時に伝わる。
その中で、自身の構成データの大規模な変更、という大きな事柄を隠し通すのは、難しく現実的ではないだろう、というのがカナリーとマリンブルーの見解だった。
「それにー、消去法というなら白銀ちゃんではなくてー。真っ先に疑わないといけない奴がいるんですよー?」
「あ、やっぱりそうなっちゃうよね♪ みんな、それは言い出しにくそうで」
「皆あいつには甘いですねー……」
「基本的に全員がお世話になってるからね♪」
そう、『一人だけ接続していない』というならば、白銀の他にも該当者がいる。
白銀のように途中参加ではなく、この地に最初から居た神。しかし、今は他の全ての神との接続を断ち、その行方をくらませている者。
その会議に使った神界のネットワークの確立にも、多大な貢献をなしたとして、度々その名を聞く者。
ハルがこの地に飛ばされた管理者仲間のセフィからその捜索を依頼された、謎の神、エーテルその人である。
※誤字修正を行いました。「でしょうーか」→「でしょーか」。白銀のセリフなので、アリと言えばアリかもしれませんね。(2023/5/9)




