第37話 深夜の昼間
セレステとの戦いも終わり、ユキと共にアイリの待つ屋敷へ帰還する。
生放送はその少し前には終わっており、メイドさん達は解散し仕事へ戻っていった。どうやら満足してもらうことが出来たようだ。
メイドさん達はああ見えて、皆戦う人なのだ。いい刺激になったらしい。
「ただいま、アイリ」「おかえり、ユキ」
「ユキさん、おかえりなさい! ハルさんは、えーっと……」
「うぉぉ、分かってても混乱する。この状況」
帰ってきた体で挨拶し、元居た体で出迎える。ハルは自分のことなので混乱はしないが、流石に違和感は消しきれない状況だ。
アイリとユキにとっては余計のことだろう。
「ユキはもう帰ってきちゃってよかったの?」
「うん、満足したよ。ありがとうハル君。それにあそこには、配信に触発された人がすぐ来るだろうし」
「そんなにすぐは来れないと思うけどね」
戦いの後、セレステとはあっさりと別れた。彼女も満足したのだろうか。
二人の健闘を称えると、出てきた時のように光と共に消えていった。
去り際、彼女が支配する神域の神殿へのロックが解除された事を伝えられた。これは全ユーザー対象ではなく、ハル限定のものだ。
これを知れば、セレステに魅了された者達はこぞってあの洞窟を攻略するだろうが、残念ながら配信終了後の出来事だった。放送を切った直後に声だけ送ってくるあたり、彼女らしい茶目っ気を感じる。
ただ、知らずとも、彼女に会える可能性は今あそこが一番高い事には違いない。間を置かず、多くのプレイヤーが訪れるはずだ。しかし、まだ深部までは到達出来ないであろう。
「掲示板も結構盛り上がってるねー。ハル君の戦いも熱く語られてる」
「実際のところあれは、『初手ミスった』ってだけだから恥ずかしいんだけど」
「ミスる方が悪い。受け入れよ」
「そうねー」
最初は安定の定石で、と無難に行ったら、きっちりと対策を張られてしまったような感じか。
ユキの言うとおり、これは武神を甘く見ていたハルが悪い。
他には、いつの間にか掲示板の評価ポイントが一時停止されていたり、ハルの偽者が出ていたりという事があったが、全体としてはおおむね好評のようだ。
神との契約に勘付いた人もいるようで、王子に興味の無いプレイヤーも、瑠璃の王国への目的を持つことになった。今後、更に北西へ向けた進行は加速していくことだろう。
なお、掲示板で名前を同じにしても、詳細情報を見ればID、つまり固有の認識番号が分かるのでバレバレである。
「私はとりあえず満足したけど、それよりハル君は? そのままセレちゃんのトコ行かなくてよかったん?」
「ルナも寝てるしね。ルナとも相談してからにするよ」
「相変わらず慎重だねー。普通なら新要素には最速で飛び込むよ」
「コトが神様相手だ、慎重にもなる。カナリーちゃんが何も喋らなかったのも気になるし」
「私ですかー?」
カナリーが出てくる。洞窟の中では配信していたので、姿や声を現せないのは分かるが、脳内に声をかけてくる事も無かった。
因縁のあるセレステに対して、助言や忠告などあるのではと思ったが、カナリーは全くの沈黙を貫いていた。
「別に直接話すことがある訳でもないですからねー。セレステとはいつでも話せますし。逆に、せっかくセレステがハルさんと話す機会を邪魔しちゃ悪いですからねー」
「その辺の感覚はよく分からない……。敵対してるんだと思ってたよ」
「わたくしも、びっくりしちゃいました! セレステ神が出てきてからは、どうなってしまうのかすっごくドキドキして……、でも友好的な方でよかったです!」
「セレステは私達の中でも特に人に近いですからねー。そのせいでミスも多いですけどー」
仮にも自分の領地を狙ってきた相手に対して、アイリの方も特に因縁を感じてはいないようだ。相変わらず天使であった。
だが、もし隣にもう一人のハルが居なかったら取り乱していた、らしい。そう聞くと、ハルとしても増えた甲斐があったというところか。
「でもハル君、早く行かないと他のプレイヤーに先越されちゃうかもよ? 初回特典は逃さないようにね!」
「初回特典って……、無いと思うけど。ユキが行きたいなら行くよ?」
「私はいいかなー。行ったらまたケンカ売っちゃうかもだしねぇ」
ありありと想像することができる。今度は本体も居るかもしれない。
セレステが挑戦を受けたら、先ほどの戦いのように甘いものではなくなるだろう。
「今度は魔法もフルで使ってくるだろうしなー。流石に勝てる気がしない」
「ハル君ならなんとかなるって。あ、そういえばさっきの戦闘でも<魔力操作>なら使えたんじゃない?」
「使えたね。それを使ってスキル外の魔法なら出せたんじゃない?」
「やれば良かったのに」
「使えるのはあっちも同じだし。何でもアリになったら、不利になるのはこっちだったかもよ」
「配信してましたしねー。使ったらバレちゃいますよー」
「あ、そっかそっか」
カナリーの言うとおりだ。今のところ、この世界の魔法が使えるのは伏せておきたい。
<魔力操作>は公言しているので、今更かも知れないが。
「でも勝ったんだし、ご褒美用意して待ってるかもよ」
「カギ開けてくれたのがご褒美じゃないかなあ」
「ハルさんはもう、ゲームクリアしちゃってますからー。進行に興味ないんですよねー? ねーアイリちゃんー」
「なるほど! じゃあしょうがないねハル君」
「わたくしですか?」
アイリを絡めてからかわれるが、その通りだった。
先に進む、強くなるということよりも、アイリのためになるか否か。そちらの方が重要になっているハルである。
よく分かっていないアイリを、無意味に体二つを使って頭を撫でる。
きょろきょろと両側のハルを見渡すと、なにやら感慨にふけっている。ご満悦のようだ。
……目的が済んだこの体はどうするべきか。
*
「セレステちゃんは人に近いって言ってたけど。君たちは完全に人間のフリをする事って出来るの?」
「んー、少なくとも私は出来ませんねー。もう少し近づける事なら出来るかもですが、お仕事に支障が出ちゃいますしー」
ルナを待つ間、カナリーと雑談する。
アイリは昼の執務にとりかかってしまい不在。せっかくなので、二人の時しか出来ない類の会話に興じる。
「人間は二十四時間稼動して運営はしないしねえ」
「あー、ハルさんのフリならやりやすそうですねー。ハルさんもAIのフリできそうですねー」
「違いないねー。僕の場合はそうとう頑張らないとボロが出るけど。でもプレイデータでサンプル取れば、いいとこまで行けるんじゃない?」
「でも膨大なサンプリングデータを用意して、それで多くの人を騙せたとしても、それに何か意味があるわけじゃありませんからねー」
結局、両者は別の存在だ。演じることは出来ても、そのものに成る事は出来ない。お互いに。
それにハルは今のカナリーが好きだ。より人間らしくなる事が悪いとは言わないが、AIらしさというものも大事にして良いのではないかと思う。
「そこまでやってもきっと、ハルさんには見破られちゃいますよ」
「全人類をサンプルにすれば見破れないんじゃないかな」
「そんなコトしたら、逆に不自然になりますよー」
「完全に人間らしい人間なんて居ないから?」
「はいー」
エーテルでほぼ全ての人間が繋がった現代。人間の行動パターンのサンプルはより詳細に採取できるようになった(プライバシーの問題等、課題は多いが)。
カナリー達なら、法律や労力を無視すればという前提はあれど、あらゆる人間のあらゆるデータを収集するのも可能なのではないか。そんな潜在能力をハルは感じている。
「セレステは上手く契約者を見つける事が出来ますかねー」
「まあ、人気は出たと思うよ。彼女が気に入るかどうかは分からないけどね」
「えり好み激しいですからねー」
「カナリーちゃんも人のこと言えなそう」
何せ信徒ひとり、使徒ひとりだ。増やす気は無いと宣言もしている。えり好みが激しいどころではなかった。
セレステのえり好みが激しいということは、やはり以前に出た推測の通り、瑠璃の国の信徒は皆女性ばかりなのであろうか。特にセレステが男嫌い、といった風には見えなかったが。
「ユキじゃないけど、彼らが到達する前に一度会いに行ってみるか。人が居たら話し難いし」
「あー、浮気ですかー? だめですよー、契約乗り換えちゃー」
「しないよ。僕がカナリーを裏切る事はない」
「私が先にハルさんを裏切ったら?」
「悲しい」
「あらら。悲しませるのは止めておきましょうかねー」
そうしてくれると助かる。
一応ハルの行動原理として、友好には友好を、裏切りには裏切りをというパターンがあるが、一度信を置いたものにはそう簡単に割り切れない。
彼女には恩がある。裏切られたとしても、それが彼女の目的ならば、害の無い範囲で手伝ってしまうかもしれない。
「そもそも契約って乗り換えられないんじゃない?」
「普通は無理ですねー」
ならば意味深な事は言わないでいただきたい。
乗り換える気は無いが、どうやら言葉を読み取るに、絶対に不可能なものではないようだ。普通の範囲がどの程度のものなのか、今は知れないが。
◇
この家はおやつの時間、というのが決まっている訳ではないが、十五時くらいのタイミングで、メイドさんが寝室に居る二人の所までお菓子を運んできた。
カナリーとそれを頂く。といってもカナリーは食べられないが。
だがカナリーはたまに自分の分も要求する。お供え物のようなものだろうか。香りだけ楽しんでいる感じだ。
ベッドの上から降りようとしないお行儀の悪い神様のために、メイドさんがとても大きなプレートを用意してくれた。頭が下がる。
「カナリーちゃんは体出せないの?」
「出せないことはないですよー」
「出さないんだ」
「出す理由も無いですからねー」
お菓子を食べたいから、で理由は良いと思うが。
いや、冷静に考えたらそんな理由で降臨する神は居ないか。
「ハルさんは私のカラダに興味がおありですかー?」
「また君たちはそうやって、いやらしいニュアンスでモノを言うー。まあ、そりゃ興味はあるけどね」
「おおー、嬉しいですねー! でもそれ学術的興味ですよねー、残念ですー」
「勝手に盛り上がって勝手に落ち込んでいる……」
カナリーも誰に影響されたのか、こうやって、たまにからかって来るので油断できない。
ハルのAI、黒曜にまで変な影響を及ぼさなければ良いのだが。
「では誰の体にいちばん興味がありますかー?」
「え、この話続けるの? 深夜のノリじゃん」
「向こうの世界は深夜なので問題ないですねー」
「凄い理論」
カナリーに攻められると、逃げ場が無いので困ったものである。
最悪の場合、<神託>を切って逃げるという手も使えなくはないが。せっかく彼女から振ってきた話題ということで、ハルは付き合ってしまう。
「やっぱりアイリちゃんでしょうかー。それとも胸の大きいお二人の方?」
「決められないなー。みんな大切だ」
「おやおやー、優先順位の設定がバグってしまったのですねー。ハルさんは頭がおかしい割には普通だと思っていたのですがー」
「頭脳の構造が、おかしい、ね。なんか皆ルナに影響されてない?」
そんなふうに遊んでいると、再び扉にノックが入った。
どうやらルナが戻ってきたようだ。カナリーの意地悪な発言は、ルナのログインを察知してのものだったのだろう。
出来れば普通に伝えて欲しかったものである。
◇
「おはようルナ。どうしたの? 忘れ物かな」
「ハル、おはよう。何を忘れるというのかしら……」
「恋心など、どうでしょうかー」
「詩人なのね、カナリー」
ルナがログアウトしてから、まだ数時間しか経っていない。仮眠をとった程度だろう。
何か、こちらが昼のうちにやってしまいたい事があるのだろうか。
「明日から学園でしょう? 朝になってしまっては時間がとれないわ。その時はこちらは夜だし」
「そうだね。もうしばらくすれば時差が一周するんだけど」
「だからハル、今日のうちに服を買いに行きましょう。街まで」
どうやら、分身して服のサイズが合わなくなってしまったハルの為に、買い物に付き合ってくれるようだ。
わざわざ向こうが深夜の時にまで来てくれるルナには頭が下がる。
「ありがとうねルナ。でもそれなら一人で行って来てもいいのに。ちょうど、体が一つ空いてることだし」
「ダメよ。ハルに選ばせたらきっと適当なものを買ってしまうわ」
「買い物デートですねー。青春ですねー」
「カナリーちゃん、さっきから頭ピンク色になってない?」
「黄色ですよー?」
謎の反論が来た。譲れないポイントらしい。
ルナの言うことは、間違っていないだろう。ハルは自分の着る服にあまりこだわらない。
その上、この世界はある種の異世界文化が広がっている。当然服だってそうだろう。何が良い物か、悪い物か。ハルには判別するのが難しいだろう。
もちろんその頭脳で、状態をよく観察したり、店員の顔色を読んで品質に探りを入れたりは出来るだろう。しかし、ルナのように基準を見抜く事が出来ない。
それに資金はアイリから渡されるものだ。なるべく安いものを、という選択にしてしまうだろう。
悪い事ではないだろうが、それではアイリの望みを満たす事は出来ないだろう。ともすれば失礼になってしまうことも考えられる。
「そうだね。ルナが手伝ってくれると心強い」
「任せなさい?」
眠気を押して来てくれているだろう。待たせても悪い。
ハルはもう一つの体を再び起動すると、彼女と共に、このゲーム初となる街まで出かけることにした。




