第363話 制限時間は二十四時間
「ルールはどうする? この場所で、この体限定とかなると、少し厳しいから遠慮したいんだけど」
「厳しいだけ? 無理とは言わないのね」
「まあ、なんとか頑張ってみるよ」
ここ妖精郷はマリーゴールドのフィールドだ。戦いをここに限定されてしまうと、彼女に有利すぎて少々大変だ。
ただでさえ、今の体だとハルにはスキルがほとんど使えないのだ。
シャルトが、まだセージだった時には似たような条件で勝負を了承したが、あの場所はハルに有利な条件、自陣の魔力もまた存在した。
「さすがにそれはしないの。騙し討ちがすぎるわ。その条件だと、始まった直後に貴方のその体を消して勝利できてしまう」
「……いや、さすがにと言うなら、さすがに撃破判定が出ないでしょ、その方法じゃ」
イベント主催者としての権限で、ハルの体を強制消去する、ということだろう。
それは、さすがに“ハルを倒した”、という判定はされないと思うのだが、実際試すわけにもいかない。本当にいけてしまったら面倒だ。猛抗議まったなし。
「でもさでもさ、逆に、マリりんがそのルール以外では納得するん?」
「そうね? この場所以外で戦ったら、今度はハルが有利すぎよね? それこそ開始直後に、支配して終わってしまうわ。ままならないものね?」
「今回、こんな面倒なイベントにしたのも、ハル様の力が強すぎるからだものね。仕方ないわ」
遡れば、神々が直接自分たちで戦わず、使徒を、プレイヤーを駒にした代理戦争で相争っていたのもそうした理由だろう。
直接勝負を決めにいけば、どうしてもどちらかに有利が過ぎる条件となる。当然、不利な方は勝負を受けない。
ついでに周囲への被害も甚大だ。
「だから、私から提案があるのよ。いいかしら、ハル様?」
「ひとまず聞いてから」
「ありがとう。やっぱりね、互いの力量差が大きすぎるときは、謎解きが良いと思うの」
「あー、分かる気がするよマリりん。ギミック系だ!」
「順当に強さのインフレが進むと、強いボスというのは出しにくくなるものね」
ゲームをプレイするにあたって、“進めれば強くなる”という要素はほぼ必須だ。多くの者は、やればやっただけ強くなった実感が欲しい。
しかし、そうして強くなったプレイヤーには、今度は相手となる敵が居なくなる。
パンチ一発で一億ダメージ出してあらゆる敵をなぎ倒すのも、それはそれで面白いが、それだけでは飽きが加速するというもの。
そこでよくある対策として、例え一億ダメージ出そうとも、その戦い固有のギミックを攻略しなければ倒すのは難しいという謎かけだ。
それを、自分に当てはめようということだろう。
「設定する条件は、“制限時間”。戦闘開始から二十四時間、それ以内に私に負けを認めさせられなければ、私の勝利、ハル様の敗北よ」
「思ったより普通だ。特殊ギミックじゃなくて、デフォルトで付いてるゲームも多いよね」
ガチガチの防御を固めて、一瞬の隙にチクチクと攻撃を繰り返す。それでなんでも攻略されてしまわないように、時間制限があるゲームは多い。
このゲームはあまりその制限のある戦闘は存在しないが、とはいえ特殊ギミックという印象は薄かった。
「まあ、制限時間は前提条件ってことか。君を探し出して、負けを認めさせる。その方法を考えるのが、ギミックの本質」
「その通りなの。そして、時間はハル様の味方よ。それを封じさせてもらうための、制限」
故に謎解き。二十四時間以内に解法を見つけられなければ、ハルの敗北だ。
一日では解けないという自信があるのか。それとも、解かせないために邪魔をしてくるということなのか。
いずれにせよ、ハルの勝利するための方法は一つだろう。
マリーゴールドと直接接触する方法を見つけ出し、彼女を浸食する。
それ以外に、負けを認めさせる方法は思いつかない。交渉で認めさせるには手札が足りない。しかも時間制限付きだ。
「妖精でも人質に取るか」
「ええ、余裕で見捨てるの。なんの交渉にもならないわ?」
「うわー! マリーさまひっどーい!」「ハルさんもひっどーい!」「まあぼくら、普通にリポップするからね」
そう、この妖精郷をどうこうしようとしても、ここは彼女にとって替えがきく。
そもそも、この地に関してはまだハルが自由に振る舞うための情報が足りなかった。そうした手段は使えない。
他のことにしても、マリーはあまり下界に干渉しない神だ。公園でユーザーと遊んでいるイメージしかない。
彼女が何を望み、何を行っているのか、そこからまず知らねばならない。
そうした意味でも、時間制限というのは有効な手だ。
「……仕方ない。今から一か月後に勝負を受けるか」
「一時間以内に決めてほしいわ?」
「まあ、そうだよね。……いいよ。その条件で、勝負を受けよう」
「ありがとう、ハル様」
にっこりと、いつも通りの柔和な笑みでマリーは笑う。
余裕を感じさせる表情だ。よほど、時間内ではどうにもならないという自信があるのだろうか。
いや、AIである神様たちは、その表情から内面は読み取れない。内心いっぱいいっぱいだったとしても、完璧に余裕の笑みを演じ切ってみせるだろう。
「では、もう時計を進めて大丈夫かしら」
「ああ、うん。あまり待たせても悪いしね」
「じゃあ、始めるの。……はい、今このときから二十四時間。頑張って私を見つけてね、ハル様」
そう言って、すぐにマリーゴールドは消えてしまう。
ハルたちにとってもここは敵地。皆で一旦、この妖精郷を後にするのだった。
*
天空城へとその身を戻したハルたちだが、すでに勝負の時計は進み始めている。もはや一刻の猶予もない。
が、だからといって焦ったところでどうしようもない。先ほどまでのイベントの疲れもある。
ハルはイベント体験からは蚊帳の外だったアイリとカナリーも交えて、作戦会議がわりのお茶会にて、一時体を休めていた。
「しかしまー、思い切った手をとってきやがりましたねー。断ればよかったですのにー。あいつの言っていた通り、時間はハルさんの味方ですよー?」
「そうなんだけど、マリーちゃんの危うさが浮き彫りになったからね。あまり、追い詰めたくなかったのが正直なとこ」
「ハルさんのご友人の“ぷれいやー”の方々も、巻き込んでしまっていますものね」
「うん。一応、危害は加えないと思うけど、絶対とは言い切れないし」
日本人に害を成せない設定になっていることは信頼しているが、その詳細な条件はいまいち不明だ。抜け道が無いとは言い切れない。
そもそも、『害』の基準が不明だ。人間的な基準では無いのは確実だろう。
人間的、倫理的な意味で害せないならば、ハルに精神を同化させようとけしかける事すら不可能なはずだからだ。
「それでー、どうしますかー? 時間的に取れる手段は限られてそうですけどー」
「まあ、ここはやはり、<神化>を使っての探知からの、強制接続かな。もう少しだって気がするんだよね、ものにするの」
「それを知って、焦って勝負を急がれたのかも知れませんね! マリー様は!」
「かもね。知らせた覚えはないけど、予感はあったのかも」
「あちらからも、神界ネット内でのハルさんの活動も察知してるでしょうからねー」
ハルが、神界における活動を習熟させていっていることがマリーにも伝わったのかも知れない。
このまま、膠着状態を維持していては、いつか遠くないうちに、裏側から突破されてしまうと察した可能性はある。
「あの妖精郷に留まって、そこから探りを入れようかとも思ったのだけど」
「リスクが高いです! あの地は、ハルさんの精神に干渉して、思考誘導をかけられます!」
「こうやって、アイリに止められちゃった」
今も目の前にある妖精郷に繋がるメニューのリンク。きっと、この接続を間に挟むことで、その相手の精神に働きかけることが可能になるのだ。
ならばそれを逆手にとって、その回線を辿って逆探知し、こちらからマリーへと干渉も可能になるだろう、とハルは思ったのだが、アイリの言うように、確かにリスクも高い。
そしてそれとは別に、あの場所そのものへの興味も大きい。
勝負の役に立つかは不明だが、あの場所の存在している位置、そして動作環境の詳細、そういったものを探ることは有益だ。
「まあ、この勝負が始まった以上、その興味は後回しだ。マリーちゃんを下してから、直接聞けばいい」
「そうですね!」
「体に聞くんですねー?」
「……この場合、心に聞くのかな。どうしたのカナリーちゃん。ルナみたいなこと言い出して」
「いえ、本来ならルナさんが言い出すだろう場面で、発言が無いので、代わりに私がー」
「代わらんでよろしい。はしたない」
その自分がはしたないと言われたに等しいルナさんだが、多少の抗議のジト目をハルに向けるだけで、特に反撃はなかった。
最近は、えっちな発言が少しおとなしくなっているルナだ。
そもそも、彼女がそうした発言を頻繁に行っていたのはハルに発破をかけるため。自身もハルと結婚するために動き出した今、それは必要ないということだろう。
……いや、やはりあれは彼女の趣味によるところが大きい気がする。
それはひとまず置いておき、今はマリーゴールドとの勝負に集中しなければならない。ハルは尚も発言を続けようとするカナリーを引き寄せて、物理的に口をふさぐ。
「むー……、私の口を閉じたければ、お菓子を詰め込むんですよー?」
「き、キスで塞ぐというのも、良いと思います!」
「……それだと僕も喋れないからね。本題に移ろう」
「はい!」
勝利条件は、二十四時間以内にマリーゴールドを見つけること。これは、今までどおりにやっていては決して達成は不可能だ。
「まあ、もうみんな分かってると思うけど、意識拡張を行って、それで強引に処理速度を上げて探す」
「そうよね。……だと思ったわ。あまりさせたくないのだけれど」
「ルナちーもハル君と一つになって、お手伝いしよう!」
「簡単に言うわね……、まあ、出来るならばしたいけど」
「ありがとルナ。でも、無理はしないでね」
「……あなたは無理をするのでしょうに」
「そうだね」
「大丈夫ですよー。私もついてますからー」
今回は、特に無茶をしようと思っているハルだ。
ハルの行う意識拡張は、ネットワーク上に自己の支配する領域を確保し、そこに意識を直結させる。流出させると言ってもいい。
つまり、ネット上のデータを肌で感じられるようになるようなものだった。
今回は、それをより深化し、直接神界ネットを探索しようと考えている。
そのことを、皆にハルは説明していった。
「当然ながら、僕の体は今までより一層、無防備になる」
「それを、私たちが守るのね?」
「責任重大です!」
イメージとしては、幽体離脱して精神体となり、幽霊のようにネットの海へと泳ぎ出るといったところだろうか。
当たり前だが、危険も負担も大きい。彼女たちには、帰るべき場所、ハル自身の体の位置の、指標にもなってもらいたかった。
「とはいえ、初の試みだからね。まずは試しでやってみようか。黒曜」
《はいハル様、準備は整っています。意識統合の後、拡張接続を行います》
《こっちも万端ー。神界ネット内に、疑似ボデーを作成。なんだろ? 動く領土? として定義かんりょー》
「白銀もありがとう。じゃ、少しテストしてみようか」
《御意に》
《おー》
分割された並列処理の思考が、一つに統合されてゆく。それを拡大解釈し、ネット上を満たした部分まで含め、“一人の自分”として定義するのが意識拡張だ。
乱暴に言ってしまえば、脳を外付けで増設して大きくしているようなものか。
その、複数のハルが集まり、統一された自我になって行くいつもの感覚に、今回は違和感があった。
ハルがそれについて検証をしていると、自身のサポートAIである黒曜から、急に慌てた声がかかる。
《ハル様! 統合処理にエラーがあります! 統合中に、再び領域が十二に分割されて行っております! 原因不明!》
──原因は僕が探る。黒曜は肉体の維持。緊急時の対処は一任。
《御、》
そこで黒曜とのリンクが途絶え、代わりに、彼女のものよりも人間的な、やわらかな声音が脳内へと響いてくるのだった。
《ハル様、つーかまえた♪》
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございます。(2022/1/13)
追加の修正を行いました。(2023/5/9)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/7/3)




