第361話 責を負うべき相手
「<皇帝領域>、展開よ!」
次々と、皆のユニークスキルが巨人へと炸裂する中、ついにセリスのスキルが日の目を見る。
彼女のスキルは、ユニークスキルの中でも特に特殊な性質を持つ。一度は彼女に発現した<簒奪>のスキルが運営によって禁止され、その代替として特別に与えられたという経緯があった。
その補填の分なのか、それとも元々の<簒奪>がそれだけ強力なスキルとして認定されていたのか、その力は目を見張るものがあった。
「はっ! やるじゃないこのスキル! このデカブツのパンチも余裕で受け止めるなんて!」
「あれ、セリスちゃん、スキルの検証とかしてないの?」
「し、仕方ないじゃない……、初お目見えはハルとの再戦のとき、って思ってたもの!」
「じゃあなおさら検証と訓練が必要でしょうにセリんぬ。ハル君を相手に自分もよく分からんスキル使うとか無謀だよー」
「い、いいのよ! 私が分からなければ、ハルも読みようがないわ!」
一理あった。ハルは相手が無意識に発してしまう挙動のサインを瞬時に読みとり、相手が攻撃にかけている“自信の強さ”を見破る。
それによって、繰り出されるであろう攻撃の威力なども、また事前に見破ることが適うのだ。
だが、セリスが今言ったように、そもそも本人すらスキルの威力を知らなかったら?
それはもう読み取るどころではないだろう。読む相手すら理解していないのだから。……いささか、ギャンブル要素が強すぎてオススメはしにくいが。
「セリちゃんがご迷惑をおかけしますの」
「いや、いいけどね。前みたいに突っかかって来る訳じゃないから」
「そう言っていただけますと、助かりますわ」
「ところで、何で皇帝なの? 確かに皇帝と少しは接点はあったけどセリスは」
「ああ、それはですね。実はヴァーミリオン陛下はまったく関係ありませんの。本当は<魔王領域>と名付けたかったらしいのですが」
「ああ……、<王>がNGワードだから」
ならばハルのかつての称号のように、<魔皇>とすれば良かったのではないかと思わなくもないが、それだとハルを意識しすぎていると思ったのだろうか。
そうでなくとも、ハルの力を意識した部分の多いスキルだ。
セリスの周囲にバリア状に展開された特殊な領域は、そこに侵入せんとするものを阻み、同時にダメージを与える攻防一体の技だった。
これは、かつての戦いでハルが見せた力、セリスの武器を直前で停止させ、かつその状態で体力を吸収する、といった内容に非常に影響を受けているようだ。
「周囲の魔力を、強引にあの領域が吸い取ってるね。この世界においては非常に強い力だ」
「何で分かるんですの!?」
「それは、僕が僕だからね」
「何も説明になっていないのに、この説得力……」
ハルが今も<精霊眼>で見ていると、この瞬間も巨人を構成している魔力がどんどんセリスに流れて行っている。
これぞ、魔力の簒奪。元のスキルよりも強奪感が増し、直接的になった。
ただ、ネットワークに侵入し、相手のステータスの所有権を書き換える、といった元の<簒奪>の方が、やはり政治的であり簒奪の感は強かっただろうか。
「ハルー? 見てるかしら! 悪いわね、貴方の力を改良して上回っちゃって!」
そのセリスが、最前線で巨人の拳を受け止めがら、余裕の表情で振り向いて、この後方に向けて得意顔を向けてくる。
なかなか煽り力の高い顔だ。淑女にあるまじき表情に、姉であるミレイユお嬢様が頭を抱えている。
「えっ、何で上回った気になってるの? コピー如きが本家である僕に勝てるはずないだろ?」
「えー! 出来るの!? ハルもこれ出来るの!?」
ハルは答えず、ただ余裕の笑みを浮かべるのみだ。これまた煽り力の高い顔をして。
……実のところ、あのスキルの完全再現はハルにも難しい。
出力的に、強引に同等の結果を導くことは可能であろうけれど、同じ手順を踏むことが適わない。
あのスキル、相手の体を構成する要素となっている魔力であろうと、強引に取り込んでしまっているようである。
それは非常に難しい。相手が、『自身の肉体』、として指定している範囲は、それだけで非常に強固なセキュリティとなる。
それを、魔力の浸食なり、管理者スキルなりで、その部分の活動を停止させて初めて自由に奪うことが可能になる。
無条件でそれを成すとは、流石はユニークスキルだった。その万能性は、まだ謎が多い。少々の嫉妬を覚えるハルだ。
「でも、この相手は、このまま私が片付けちゃうんだけどね! ハルの出番はもう無いわ!」
そのセリスの宣言に負けじと、他の仲間たちも自慢の攻撃を叩き込む。
その、まさに飽和攻撃を受けて、巨人はもはや何の反撃も出来ることなく、そのまま地に沈んで行くのであった。
◇
「おつかれさま! クエスト、クリア! ぽてとのかちー」
「結構あっけなかったね! 十二人指定だから、もっと苦戦するかと思ったけど!」
「このメンツが集まって苦戦するとか、もうほぼ勝てんだろそれ……」
「お疲れ様。みんなの力の勝利だね」
「はいはーい、その『皆の力』に、約一名なにもしてない人がいまーす」
「みんなを集めたのが僕の力だから」
結局、ハルが出る幕なく戦いは終了してしまった。ユニークスキルがものを言うこの特殊フィールド。そしてあの巨体相手に、ハルは特にやれることは無さそうだった。
これで、ハルが必死にならねば負けかねない、というならば全力でやるが、実際は過剰攻撃。無理して出張る必要はなかろう。
「お前の力は誰だって分かってる。このバカオスの言うことは気にするな」
「フォローありがとう飛燕。戦闘中のフォローもね。他が動きやすいように立ち回ってくれて」
「裏方も必要ってこった」
「いや、分かってるけどね、俺も?」
それでも、おのおの良いところを見せられて気分が良いのだろう。
ハルも別に仲間が不要だと言って回っている訳ではないのだが、どうしても大抵のことは自分ひとりで片付けられてしまう。
仲間を頼る、というこの環境は新鮮だった。
「だが、さすがにこれで終わりだろーなー。これからどーするよハル?」
だが、そんなハルにとって新鮮な楽しさを提供する時間も、そろそろ終わりが近づいてきた。
妖精の頼み事はすべて片付き、最後の全員で力を合わせてかかるボスも無事に撃破した。普通に考えれば、ゲームクリアだろう。
これ以上となると、蛇足であった。
「ぽてとは、別にまだここで遊んでてもいーよ?」
「しかし、目的なくダラダラしても仕方ないですしね。本編も進めなければなりません」
「あー、シグさん、橙色のひとだもんね? いま、攻略中だ。ごめんね、ぽてと、勝手言っちゃって」
「お気になさらず。そうだ、うちの国のボス戦のときには、お手伝いをお願いしても?」
「うん!」
そんな風にして、解散ムードが高まってくる。ここはハルの号令が必要になる場面であろう。
ハルは名残を振り切るように、少し声に力を込めて皆に向かってそれを告げる。
「それじゃあ、妖精の集落に戻ったら、そこで解散にしようか。皆、この数日は本当にありがとう。おかげで助かったよ」
「問題ありませんの。私たちも、楽しかったですわ」
「また何かあったら、この私を頼るといいわ! あ、お姉ちゃんも一緒に」
「非常に貴重な経験でした。結果も、よろしければお知らせ願えれば……」
「ええ。それはもちろん。少し時間はかかるかも知れないけど、イベントの顛末は必ず知らせますよシグムントさん」
当然だろう。ここまで協力してもらって、『結局なんだったのかは秘密』、では不義理が過ぎるというものだ。
特にシグムントは、マリーの使徒として気になるところだろう。
「本当に教えてくれるのかぁハル? 『話せる範囲で』、が抜けてないかぁ?」
「……おじいさん、意地が悪いですね」
「いえいえ、もちろん、話せる範囲で良いですよ。ハルさんほどの方は、独占情報の一つや二つあって当然」
「出来る限り、正確に伝えますよ」
とはいえ、神と世界に関することなど、やはり言えないことは多い。しかし、それ以外のことは、なるべく偽らずに伝えようとハルは思っていた。
おそらく、この先状況は大きく動く。なにせマリーゴールドが、このゲームに残る“最後の一人”だ。
このイベントが完了するとき、すなわち最後の彼女がハルの配下となる時。きっと、なにか起こるという予感がある。
ただ、今はそこは伝えない。皆、イベントの達成に沸いている。この空気を湿らせる必要はないだろう。
ハルたちは妖精の集落へと転移し戻ると、そこで『お疲れ様』の大合唱が交わされ、無事にイベント完了の運びとなった。
*
ひとり、ふたりと、プレイヤーたちが帰ってゆく。
最後まで残っていたぽてとも、先ほど元気に手を振って別れ、この場にはルナとユキ、そしてハルのお屋敷の家族だけが残っていた。
この地は、特に消えたりしない。ハルたち三人は、帰りを急ぐ必要はない。
ある意味、ここからが本番だ。お祭り騒ぎは終わり、ハルは表情を引き締め、改める。
「……さて、十二人の集まりは無事終わり、妖精のクエストも全てが完了した訳だけど」
「イベントは達成してない、って顔だねハル君」
「十中八九ね」
「しかしハル? これで達成ではないとなると、逆になんのためにあったのかしら、妖精クエストは」
「言い訳だろうね」
これはゲームです、ゲームの中のイベントなんです。そうした必死の言い訳を、世界全体で行っている。規模の大きなことだ。
当然、マリーゴールドとしては、そんなイベントをクリアしてもらう事などに益は無いだろう。
新要素のテスト、という線は完全には捨てきれないが、それこそ全体に告知して事前参加者を募ればいいだけの話だ。
わざわざハルの関係者だけを集める意味はない。テスト結果が偏るだけである。
「そしてこのイベントを勝負として仕掛けたマリーゴールドには、明確な勝利条件があるはずだ。……明確にしないのはフェアじゃないけどね」
「よく考えると、その、条件を明かさないというのは、許されるのかしら?」
「あー、そだよねルナちー。今までの神様は、みんな試合前にきちんと説明してた」
「アルベルトなどは、その好例ね?」
自分の本当の姿を見つける、それがアルベルトがハルと戦う際に出した勝利条件。
それ自体が謎かけじみているが、一から十まで黙して語らぬマリーと比べれば雲泥の差だ。
勝負を隠そうとしたマゼンタも、宣言はきちんと行っている。
「じゃあ、その部分のルール違反を突けばいいのかな?」
「そうだねえ……、ジェード弁護士に手伝ってもらえば、より効率よく追い詰められるだろうけど」
「ここはあえて、正面から食い破りたいのねハルは?」
「うん。勝ち方には拘った方がいい。味方につけたい人だからね」
いわばズルして勝っても、後々に禍根を残してしまうだろう。いや、そもそもズルをしているのは相手側であるのだが。
ただ、そのズルをしている、ルール違反が出来ている、ということそれ自体が、大きなヒントとなっていた。
それにより、なんとなくこのイベントの目的が、マリーの思惑が見えてきたハルだ。
神はズルをしようと思っても、そう易々とできる存在ではない。その行動は、がんじがらめのようにルールによって縛られている。
つまり変な話であるが、ルール違反が出来ているということは、それは何らかのルールに則っているのだ。
「それで少し考えてみた。決闘の際に説明責任がある、というのは、誰に対しての責任なのか」
「それは、お客様、プレイヤーでしょう? 運営として」
「だよね。何か変なところあるのハル君?」
「いや、確かにそうなんだけど、神様は、運営である以前に神様、つまり元AIなんだ。そんな彼女らが責任を負う相手は」
「エーテルネットのAIさんだから、ネット利用者?」
「もっと広義ね? 国民ね。日本の」
「そうだね。そして僕は、残念ながら日本国民とは見れないとも言える」
もちろん、今は正当な戸籍を持っている。しかし、出自が出自だ。
その出自を、マリーたち神様はよく知っている。それこそ、身に染みて知っている。『責任を果たさなくても良い相手だ』、と強引に定義することが、可能かも知れない。
「でもさでもさ、今までみんなハル君も同じに扱ってきたじゃない」
「今まで……、カナリー以前だね。それまでは、互いの間でその事実が共有されてなかった。その状態で、神様の正体をこちらに知らせる行為はできなかったんだろう」
だが、今は神の出自も、ハルの出自も互いに明らかだ。もはや、遠慮する必要がなくなった。
それを前提に、今まで取れなかった、倫理的に“人間相手には”出来なかった手段もマリーがとってきていると仮定して、元神であるカナリーとも裏で相談して考えてみた。
すると、微妙だが気になる部分が出てくる。
「このイベントの最中、僕の心の動きに普段なら無い変化が見られた。仲間に対する、過剰な信頼感、絆の感じ方だ」
「えっ、ハル君、普段は信頼感じてないん?」
「鬼畜ね? ハルは」
「……茶化さないで? 程度の問題だよ」
当然、ハルはそこまで冷酷ではない。普段よりも過剰である、というだけだ。
「まあ、僕が鬼畜でもいいさ。要は、ルナやユキに対する気持ちを他の人に向けることは無いってこと」
「わわ! 反撃してきたよルナちー! はずい!」
「やっぱり鬼畜ね?」
「あ、ルナちーも恥ずがってる」
彼女らに抱く気持ち、言ってしまえば、自分の物にしてしまいたいという過度な好意。それに似た心の動きを、感じる瞬間が何度かあった。
普段ならこれは絶対に無いと断言できる。外部からの、精神干渉であると、ハルとカナリーは断定した。
「……つまり、このイベント会場は、僕の心を浸食する。そのための檻だ」
※誤字修正を行いまいた。
追加の修正を行いました。報告、ありがとうございました。(2022/9/4)




