第358話 広がる妖精郷
「うわ、倒してきたんだ!」「まさかの?」「倒せると思ってなかった」「負けて帰ってくるかと」「負けないよ、戦略的撤退だよ」「転身ってやつだ」「変身?」「僕らも変身できるよね」「人間さんは不死身だから」「何度も挑戦すればいつかは倒せる」
「負けイベだったとか……」
「……どういうことですの? 倒すことが依頼だったのですわよね?」
「なんだろうね、『今は勝てない、準備が必要だ』、って理解させるためのイベント。かな?」
「手厳しい先生ですのね」
ドラゴンの居た星、浮き島から帰還したハルたち三人を出迎えたのは、予想外に失礼な妖精たちの歓迎だった。
どうやら、初回は負けて帰ってくることが前提であったようだ。
「まあ、仕方ないよね。僕ら武器も防具も無い状態なんだし」
「よく勝てたわね、そう聞くと。おかえりなさいハル」
「ルナ、ただいま。そっちはどうだった?」
「手分けして、いくつか達成したわ。条件がどれだったかは定かでないけれど、使える施設が増えたようね」
「お店が開店」「セールだセール」「初売り」「ニュー店舗祝い」「武器と防具も売ってるよ!」「ここで装備を揃えて、いざドラゴン討伐」「の、はずだった!」
「限定称号とかもらえる?」
「もらえなーい!」「よくばりさーん!」
どうやら、無数に提出された依頼たちの中からいくつかこなすと、妖精の里で使える設備が増えて行ったりするようだ。
この辺も特に解説は無く、誰かがふと『買い物はどこでするの?』、と聞いたら使えるようになっていたそうだ。
「やっぱりこのゲーム、コマンド選択だけで全て進ませてくれる気は無いんだね」
「コミュ力なしには辛いですなあ」
「何が『ですなあ』だカオス。そんな口調の奴がコミュ取りに苦労するかっての」
「心外ですなあ」
普通のゲームのように進行するように見えて、いや、実際に普通と同じく進行してはいるのだが、その経過のアナウンスが非常に不親切なのがこの妖精郷だ。
例えばあのドラゴンであれば、難易度を示す表示が数字の高低なりで示されていたり。例えばお店であれば、開店に必要な依頼が強調表示されていたり、開店したら知らせてくれたり。普通のゲームはそうした配慮がある。
ゲーム慣れをしている者が多く集まっているので何とかなっているが、通常の基準に照らし合わせれば不親切の誹りは確実だろう。
「これは、結局のところ、こうして妖精の里を発展させていけばイベントクリアなのかしら?」
「そうですわねルナさん。そう考えて、よろしいのでなくって?」
「お嬢が二人並ぶとオーラ見えるなー」
確かに、ルナたちの言うようにこうして依頼を進めていけば、そのうちクリアになるような気もしてくる。
しかし、そのあたりの条件が相変わらず一切不明な事には変わらない。
一度、元居た公園に戻ったマリーの使徒シグムントも、マリーから達成条件の詳細を教えてはもらえなかったようだ。
「……ハルは、どう思っていて? この妙な空間を見て、何か分かったことは無いのかしら」
「無くはないけど、それがどう条件と結びつくかは不明だね」
この世界、このハル達の身体そのものや、台地であったりモンスターであったり、それらを構成している力は、ゲームの舞台である下界だったり神界であったりとは、またルールが違う。
そこに、きっと何か意味があるのだとはハルも思うが、それが何なのかまでは、現状では明言はできなかった。
「んじゃやっぱり、妖精さんの依頼を受けて進んでみるしかねーんじゃねーの? まさかこれが不正解ルートでもあるまいし」
「まあ、そうだね。とりあえず、何か気になったことがあったら知らせてよ。カオスも、ミレイユもさ」
「何かと言われましても、私、正直ぜんぶが気になりますの……」
「例えばどんなコトよハル?」
「普段このゲームやってる時と、何か違う感覚がしたら、とか」
妖精の依頼に沿って進むしかないのは確かだが、恐らく、それだけでイベントはクリアになるまい。
これは神がハルのために用意したイベント、ハルへと向けた挑戦状だ。それが、通常の方法のみで達成可能な有情な設定だとは思いにくい。
マリーの目的が見えてこない気味の悪さを少し感じつつも、ハルは再び妖精達の出す要求へと耳を傾けてゆくのだった。
*
その後はアイテム生産などの、内職的な細々とした作業を手分けして埋めていったハルたちだ。
これまたいつの間にか、再びモンスターの討伐依頼もまた復活していたが、次は前回の反省を踏まえて、装備など準備を整えてから挑もう、という流れに決定した。
「ハル、俺らの方の採取依頼は完了した。……それで気になったんだがよ、この集落の往復にかかる時間、増えてないか?」
「飛燕、お疲れ。うん、そうなんだよね。この村? の面積そのものが、少しずつ大きくなってる」
「やっぱりか」
依頼をこなし、充実するのは店舗だけではないようだった。
どうも、気づかないうちに集落の広さそれ自体が、ひと回り広がっているようなのだった。
「町発展系のゲームだったのか。しかしこれよ? この調子で広がっていったら困らないか? アクセス的によ」
「ああ、そうだね。ログアウトは、迷いの森に入ることで行える仕組みだから」
「ああ。単純に距離が遠くなる。ログアウトじゃなくて、今みたいな採取依頼でもよ、町の横断がどんどん時間かかるようになれば辟易するぜ?」
そんな風に飛燕と会話しながら、ハルは町発展系のゲーム、というところに懐かしさを感じていた。
最近はほとんど触れていないが、昔はルナとふたりでよくプレイしたゲームだ。
ルナはそういった何かを作ったり、経営したりするシミュレーションゲームを好んでおり、ハルと二人でよくプレイしていた。
そのルナが、なぜ自身の好きなそうしたゲームではなく、むしろユキや目の前の飛燕が好むようなアクションゲームである、通称『ニンスパ』を運営するに至ったか。その部分とも少し絡む話だ。
「後半になると、無駄に時間かかるんだよね、町の移動とか、各種稼働してる施設の把握にさ」
「ん? ああ、町発展の話か。それが楽しいって奴もいるのは知ってるが、俺は嫌だぞ。このまま往復時間がかさむのは」
「そうだね。少し問題だ。特にログアウト」
ゲームの進行もそうだが、それ以前にログアウトの問題がある。
最初は、隣の家にでも行く気楽さで足を延ばせばすぐに迷いの森だったが、このペースで広がってゆくと、したいときにすぐにログアウト出来なくなる可能性がある。
法律の話以前に、健康や急用の時など、参加者に迷惑がかかってしまうだろう。
「あ? そっちなのか。そっちは平気だろ、集まったの廃人ばっかだ。いや、ミレイユセリスは違ったか?」
「感覚がマヒしてる……、ログアウトしないことが常識になってるでしょ飛燕」
「その筆頭が言っても説得力がな……」
確かにそうなのだが、今は大規模パーティのリーダーとして彼らの健康を預かる責任がハルにはある。
あるので、今はこのゲーム開始以来、未だハルがただの一度もログアウトしていない、という事実は全力で棚上げさせていただきたい。
「ということで、妖精さん妖精さん」
「どうしたの人間さん?」
ハルはちょうど通りかかった妖精をつかまえる様に質問を投げかける。その可愛らしい彼女は、楽しそうに顔を輝かせながらハルの質問を待っていた。人間と話すのが、本当に楽しくて仕方ないといった感じである。
同じような姿の彼女ら(彼ら?)であるが、個体ごとに微妙な差異がある。そして目の前のこの個体は、最初は居なかったはずの姿をしていた。
集落の拡張に際して、彼女も新たに登場したのだろう。
しかし、問題なく全ての事情を把握している風である。
「……そう考えると、君らは僕と同じで、全員でひとつの総体なのかもしれないね」
「どしたのー?」
「なんでもないよ? そうそう、このままここが広がると、森に入るのが遠くなりそうなんだ」
「あー、大変だよねー。着くころには、何をしようとしてたか忘れちゃうもの」
「……忘れはせんが。まあ、そうなんだ、大変なんだよ。何か、いい方法を知らない?」
「知ってるー!」
知っているそうだ。ハルと飛燕はその方法がマトモであることを心の片隅で祈りつつ、妖精からその方法を聞き出してゆくのであった。
*
「んで、その方法ってのが、あー、なんだったぁ?」
「ワープ出来る泉を作れるそうですよ? 理屈に関しては、まあ気にしない方向で」
「それ作んのに新たなモンスター討伐が必要なんだったか」
「そこも気にしない方向で」
「頑張ろうねハルさん! ほら、おじいちゃんもダルそうにしない!」
「だってよぉ……」
移動用の施設を作る条件として、妖精から提示されたのは何故かモンスターの撃破。非常に露骨な『ゲーム的都合』だ。ここを気にしても仕方ない。
その討伐隊としてハルが選定したのが、ソフィーとその祖父であった。
「コイツが誘ってくるから、思う存分戦えるイベントだと思ったんだがなぁ。ま、ようやく誘ってくれて嬉しいぜぇ」
「人を戦闘狂みたいに言わないでくださいよ」
「おじいちゃんがすみません。なんだか、開始前も迷惑かけちゃったみたいで」
「気にしないで。って、その話はもう聞いたの?」
「うん! ハルさんが強くしてくれる、って!」
「…………間違ってはいないけど」
どうやら、要点以外は話していないようだ。ソフィー本人はもう乗り気でいるようだが、それで良いのだろうか。
ハルに話したように順を追って話せばいいのに、と思ってしまうが、それも肉親ゆえ、であろうか。
「あー、すまんな、俺らいつもこんな感じでよぉ。色々と、伝えそこなっちまう。隠してる訳じゃねぇんだぜ?」
「……いえ、僕が貴方がたの事情に思うところが出てしまうのも、同族嫌悪が大きいと思うので」
「ほぉ? どんな」
「秘密です」
家業、とも呼べる特殊な事情に、半ば強引にソフィーを巻き込んだ彼。
アイリたちを半ば強引に、己自身と同化してしまったハル。そこに、いかほどの違いがあろうか。
その事実を鏡に映すように見せつけられているようで、どうにも彼への苦手意識が抜けないハルだ。
作業の傍ら、ルナにこの事を話したら、『子供ね』、と可笑しそうに笑われてしまった。この歳ではあるが、ハルは心の機微にはまだまだ未熟だった。
「ソフィーさんは、了承してるの? なんか僕とおじいさんで勝手に話を進めてたけど」
「え? いいよいいよ! 別に私、機械の手足に思い入れとか無いし! 強くなれるならそれで!」
「……アンタも、苦労してそうですね」
「だろぉ……?」
少しばかり見えてきた彼女らの家庭環境に後ろ髪を引かれつつも、今すべきことにハルたちは意識を切り替える。
このメンバーで挑むことにしたのも、武器の調達が適ったからだ。
全員が剣士。よって、まず剣が無いことには始まらない。特にソフィー達は刀を強く所望したので、店のラインナップが充実するまで時間を要した。
その三人で挑むものは、水の大精霊であるとか。
正直なところ、人選ミスを指摘されても仕方がないだろう。ゲーム的に言えば、水などの不定形に対して刃物は、非常に相性の悪い装備とされている。
形がないものだから、切れない。そのイメージが相性として表れているのだ。
その悪条件で、あえて挑む。
最初のドラゴンが、『あのメンバーで勝てる設定』になっていたとすれば、今回もそうした調整が行われる可能性はある。
悪条件をぶつけることで、そこが露骨になるのではないか、というハルの目論見だった。
迷いの森から伸びる、星間の通路。そこを駆け抜け、ハルたちはモンスターの下へ向かう。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございます。「どdんどん」→「どんどん」。
……非常に恥ずかしいミスです。申し訳ありません。このあたりは、リアルのトラブルがあり見直しが出来ておらず、ご迷惑をおかけしています。(2022/1/13)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございます。(2023/5/10)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/7/3)




