第357話 根源の地
そのドラゴンは、言うなればファンタジーでよく見るタイプのドラゴンだろうか。
少なくとも、竜とは名ばかりの怪生物ではないのは確かだ。異様に首が長くもなければ、そこから無数の手が生えていたりもしない。
赤い体をどっしりと、太い二本の足で地に根ざし、直立して翼を大きく広げている。
「スタンダードなドラゴンだね。いや、これからまた首が伸びるかもしれないけど」
「不吉やめて! ……オーソドックスな妖精にオーソドックスなドラゴン。『こういうのでいいんだよ』、って感じだなあ」
「スタンダードと言いますと、どのような攻撃を?」
「ああ、ミレお嬢はゲームあまりやらない人だっけか? 当然、口からブレスだろうなー。あとは爪でひっかき攻撃」
自慢の巨体から繰り出される重い一撃に、その体力。そしてドラゴンといえばその代名詞であるドラゴンブレス。
目の前の赤竜も、その系譜を踏襲した存在だと思われた。
となると、重戦車がごとき巨体からの攻撃を受け止める役目が必要になるのだが。
「ミレイユは魔法使いだよね。カオス、タンク頼める?」
「いんや、俺も魔法使い系。か弱いの。守って?」
「まじかよ……」
か弱いかどうかはともかく、この面子ではハルが前衛を張るしかないようだった。
出来なくはないが、武器が無い。そして、<銃撃魔法>を生かすにはどちらかといえば後衛の方が都合が良かったのだが、仕方がない。
「一応聞くけど、カオス、ミレイユ、武器を何か出せる?」
「ノー!」
「出せませんの」
「……オーケイ。格闘戦だね」
初期装備ですらない、徒手空拳だ。ドラゴン相手に素手で挑むなど、正気の沙汰とは思えないが、本当に仕方ない。
「神剣の類が使えれば楽だったんだけど」
「楽させない気なんだろ? その為の特別キャラだ」
「まあ、たまには緊張感を楽しむか。最近は楽してばかりだったし」
「ハルさんは強くなったらそのぶん強敵に挑んでいるので、楽しているようには思えませんの」
確かに、レイドボスを少人数撃破したり、カナリーと一対一で戦ったりというのが最近のハルの戦績になるだろうか。
それ以外でも何人かの神様と剣を交え、激戦を繰り広げてきた。
そう思うと、たまにはこうして普通に仲間たちと遊ぶのも良いだろう。ユキやルナ以外の普通のプレイヤーと、仲間として共に冒険するなど、思い返してみれば初めてのことではないだろうか。
そういう意味では、この場を用意してくれたマリーに感謝してもいいだろう。
そう意を決すると、ハルは今も律儀に待っていてくれるドラゴンに向かって走り出す。
戦闘範囲に入ると、途端に動きに機敏さが増し、近寄ってくる獲物に狙いを定めてきた。
「そのままヘイト取っててくれよな! あ、そのまま倒しちゃっても構わんです!」
「流石のハルさんでも、それは無理ではありませんこと?」
「いや、奴はやる男ですお嬢。試しにこのまま見てやしょうぜ」
「下らんこと言ってないで援護しろバカオス!」
カオスとミレイユの二人に、流れ弾が飛ばないよう、ハルは微妙に軸をずらしつつ距離を詰める。
予想通りにドラゴンの口からは火球状をしたブレスが飛んできて、一瞬前にハルの居た位置へと着弾していた。
この身の強度がいかほどか、今は詳細に分からないハルだ。検証するには相手が強すぎて、試してみたら一発退場となりかねない。
よって、ハルに求められるのは一撃も食らわずにドラゴンの猛攻を回避し続けることだった。
「ハル! 戦闘距離は!?」
「至近まで行く! 半端だとタゲがそっちに移りかねない!」
「ラジャ! 巻き込まれんなよ!」
「巻き込むなよ!」
連続で撃ち込まれてくる火球を回避し続けながら、ハルは着実にドラゴンとの距離を詰めてゆく。
その間に後ろでも準備が整ったようで、ミレイユとカオスからの魔法攻撃が飛んできた。今は位置の関係でハルが巻き込まれることは無いが、更に近づいた後はそうも言っていられない。
ドラゴンの攻撃を回避しつつ、味方の魔法をもまた避けねばならなかった。
そのためには、よく見える目が必要だ。ハルは数少ないこの場でも使える自身のユニークスキル、<精霊眼>を起動して戦場の詳細を把握する。
「……なんか、よく見えるな。非常に。なんでだろ、妖精の世界だから?」
つい、ひとりごちたように、<精霊眼>に映し出される視界は、普段よりも情報が詳細であるような気がした。
この世界、魔法で構成されていることには変わりないようだが、普段とはルールが異なっている。
具体的にどうなのか、と問われればまだハルには答えられないが、確実に違うのは魔法の式を介さないことだ。
魔法の式、視覚的には、文字であったり紋章のように把握できる概念。
それは、魔法を構成する要素を人間に分かりやすく包括したもので、ハル達の理解しやすいもので言えばプログラムが近い。というのが、アイリからかつて受けた説明だ。
また、最近知り合った神、露草の説明によれば、非物質である魔力を物質に干渉させる橋渡し的要素も式は兼ねるらしい。
その式を使った魔法行使の際に、ほぼ必ず行われる工程が『世界への呼びかけ』。
これは、魔法でよく使用される内容を纏めて定義したものだ。
「その、呼びかけてる『世界』がきっとここだ」
人間に分かりやすく系統だつ前の、より根源的な魔法の世界。より要素の小さな世界、と言い換えることも出来る。
だからだろうか、<精霊眼>の視界が詳細に感じるのは。
視野角は人間の目玉のそれと同じはずなのに、今は後ろのカオスたちの行動まで見える気がする。
後ろで何を考え、どう戦術を組み立て、これからどんな魔法がこちらへ飛んでくるのか、手に取るように分かった。……なぜか分かった気が、したハルだ。
「ハル、今は危ねーぞ!」
「問題ない! 気にせずどんどん撃て!」
ドラゴンとハル、彼我の距離はすでに目と鼻の先。同時に援護の魔法もハルへと当たってしまう距離だ。
後ろから飛んでくるそれを、ハルは一瞥もくれることなく身を躱し、自身もドラゴンへ格闘をしかける。
……格闘のダメージは、残念ながら通っているようには見られない。
「まーた曲芸じみてるなハルゥ!」
「凄いですわね。後ろに目が付いているんですの?」
「ハルなら付いてそう。……ってかミレイユちゃん容赦ないね」
「あら、ごめんあそばせ。セオリーなど、分かっておりませんので」
「いや、ハルが良いなら良いけどね」
ゲーム初心者であるミレイユの魔法攻撃は、かなり容赦が無い。ハルでなければ何度か死んでいただろう。
彼女のユニークスキル、<宝物庫>による無尽蔵のMPが、途切れることのない魔法の流しっぱなしを可能にしていた。
火の竜っぽいから水だろう、という安易な考えは実際有効のようで、ミレイユが流し続ける水流の魔法はドラゴンに着実にダメージを与え続けているようだった。
「ってダメだミレイユちゃん! ハルが良くても一旦ストップ!」
「?? どうしてですの? 攻めるときには一気に攻め続ける。ハルさんもそう語っておりましたわ?」
「初心者にややこしいこと教えるなハルゥ! 本質的だから否定しにくいぞぉ!?」
この状況だと、その行為の何が悪いのかといえば、ミレイユが脅威としてドラゴンに認定されてしまうことだ。
つまり、ターゲットがハルからミレイユに移ってしまう。
目の前に居る小動物は鬱陶しいが、それよりも今は命を脅かす魔法を使う、遠くの敵を倒すのが優先。そう思われてしまうのだ。
「げぇ! こっちブレス飛んできた! なんとかし、」
「それはそっちで何とかしろカオスゥ!」
「真似するなハルゥ! 何とかするけどぉ!」
魔法に自信ありのその宣言は確かだったようで、カオスは的確に行動を防御に回す。
ミレイユの前へと割って入り、防壁を張る魔法を即座に展開して彼女を守った。この判断の速さは、熟練のゲーマーであるカオスならではだ。
ミレイユでは迫る火球が目に見えていても、水流の魔法を止めて身を守る行動が間に合わない。
「どうするー、いったん距離取って立て直すかー!?」
「それには及ばない! ミレイユにはそのまま撃たせ続けちゃって!」
「てか彼女のこれ、いつまで続くんだ!?」
「ほぼ無限」
「ですの」
「まじかよ!」
スキル、<宝物庫>は、その名の通り神々の備蓄した宝物、魔力をかすめ取る能力だ。
それはつまりゲームの運営リソースそのもの。現実的に、ゲーム内で使う範囲であればゲームが終わるまで尽きることはあり得ない。
そんな壊れた蛇口から放たれ続ける激流を受け続け、敵のターゲットは完全にミレイユへと移ってしまっていた。
だが彼女の強みを生かすためにも、ここでの攻撃停止はしたくない。
こういった時は挑発なり何なりで、再び前衛に注意を引き付けるものだが、このゲームにはそうしたスキルは無い。注意を引きたければ、それなりの脅威とされる行動を取らねばならなかった。
「なら古今東西、羽虫のやることは一つだよね。おあつらえ向きのスキルがあることだし」
ハルは<銃撃魔法>を起動すると、自分から目を離したドラゴンの、その目に向かって魔法の弾丸を次々と放つ。
それら全ての銃弾は、過つことなく目玉に吸い込まれ、逃れようと身じろぎしても既にその動きはハルに予測され、次の弾丸は身じろぎしたその先に襲ってくる。
「えっぐ! 相変わらずお前の射撃の腕どうなってんの?」
「ハルさんは射撃が得意でいらっしゃいますのね」
「そうなんだよ。やばいよ? まあ、あんま披露してくれないんだけどなー」
あまり銃が好きではないハルだ。得意だけど、好きではない、というのがハルの複雑なところである。得意だからこそ、好きではない、のだろうか。
そんな銃弾の雨を目玉に正確に受け続けたドラゴンは、周囲に無秩序に火球を乱れ撃ちする。
慣れない人間なら、法則性の無いこの乱射こそきついだろうが、そこは慣れたゲーマーが二人。当たる弾だけを的確に見て防御を行えば済むことだ。
そうして、最後は自分が何をされているか、文字通り何も見えぬまま、ドラゴンは水流に飲まれてその炎の輝きを鎮火されてしまうのだった。
◇
「……終わってみれば、僕は居なくても問題なかった気がした」
「んなことねーよ。凄かったじゃん」
「ですの。ハルさんが前衛を務めてくれたからこその勝利、ではなくって?」
「いや、カオスが前、ミレイユが後ろ、の二枚構成で完封できたでしょ? ねえカオス」
「……なーんのことやら」
どうやらハルが観察してみるに、花を持たせてもらったようだ。前衛で派手に立ち回って、良いところを見せられるようにとの配慮だろう。
ロールプレイで言動はおちゃらけているカオスだが、その実こうした気配りは人一倍気にかけている。
「さりげなく支援もかけてくれてたしね。あれってカオスのユニーク?」
「ってそれこそ見せたつもりはねーぞ! 一切アクション無かったはずなのに、何で気づいた!」
「いや何となく。勘かな? 魔法使い系を自称してる割には通常スキルしか使ってなかったしね」
「だからってなぁ……」
何となく、良く見えるようになった目と共に状況判断も的確になったのをハルは実感している。
アイリたちのように心が読めるという程ではないが、うっすらと、仲間の行動が分かる気がする。
これは、少し危ない事ではなかろうか。
念のため己の心に深く潜り確認してみるが、特にカオスとミレイユの精神までも同化してしまった、という事ではないようだ。そのことに安堵する。
露草に言われたからではないが、だれ彼構わず同化するようになっては目も当てられない。
「どんなスキルなんですの?」
「それは秘密。ハルも、他の連中にバラさんといてな。誰にも知られてないんだから一応」
「だったらユニーク持ってますなんて宣言しなきゃいいのに……」
「……そこは、ほら、プライドってやつが」
「大変ですのね? ですが、相性の良いモンスターで助かりましたの」
確かに、そこはハルも感じていたところだ。カオスのスキルが何なのか、正確なことは不明なままだが、遠距離中心の戦いに向いた相手だったと感じられた。
これは、もしかしたらメンバーによって相手を選んでいるのだろうか。
詰み防止とでもいうか、その時その場で最善を尽くせば、必ず勝てる相手が出てくるとか。
ハルの良く見えるようになった目の事とあわせて、この地がどういった仕組みになっているのか、少し慎重に探って行った方がいいのかも知れないようであった。
※ルビの振りミスを修正しました。
追加で誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございます。(2023/5/9)




