第356話 森を抜けると宇宙でした
トラブルにより二日間お休みをいただき、本日より再開します。ご迷惑をおかけしました。
「何か頼むなら、北のモンスター退治だよ!」「それよりさー、お薬作ってもらおうよ」「人間さん、得意だもんねそういうの」「作ってもらうならご飯がいい!」「きっとおいしいよ」「食べきれるかなぁ」
ハルたちが再び妖精郷へと訪れると、そこには数多の妖精たちに囲まれて要望まみれになっているカオスの姿が見えた。
いったい何をしたのかと聞いてみると、一般的なゲームと同様に、『何か困っていることは無いか』、『やって欲しい事は無いか』と聞いたのだという。
このゲームでは、NPCにそんな聞き方をしたとしても、怪訝な顔をされるか、『特に無いよ、ありがとう』、と言われるだけだろう。
よく知りもしない人間に、気安く自分の悩みを打ち明けてくれる人間も、重要な案件を任せてくれる人間もそうは居ない。
だが、ここの妖精たちは違うようだった。
「ハル、俺はいま猛烈に感動しているぞ! このゲームに足りないのは、これだったんだよ!」
「これってのは、『村人クエスト』? まあ、確かに、このゲームじゃこれは望めなかったけど」
圧倒的な人物のリアルさが好評なこのゲームだが、逆に言えばリアルすぎて“遊び”が無い。
ゲームの中でまで、リアルな人付き合いなどしたくはないと、下界の街には出ずに、神界とダンジョンを往復するだけのプレイを続けている者も多くいた。
目の前のカオスも、そうした一人だ。彼のハイテンションなロールプレイは、現実的な世界ではどうしても浮いてしまう。
そんな中で、いわゆる『ゲーム語』が通じるNPCというのは、待ち望んだ相手だったのかもしれない。
「これは、既存のNPCに馴染めない方々向けの新展開を、ハルさんに向けたイベントとして先行テストしているのでしょうか?」
カオスと共に妖精から情報を集めていてくれた、シグムントもやや興奮ぎみに状況を総括し推測している。
そういったこともやりがちな運営だが、今回は残念ながらその線は薄いだろう。マリーゴールド以外の神が、このことについて知らないためだ。
まあ、彼女の独断で先行し、こうして一般プレイヤーを巻き込み、既成事実として成立させてしまおうという目論見である可能性も、なきにしもあらずだが。
「もしそうなのだとしたら、僕らは何をすれば良いんだろうね?」
「だよねー。マリりんは何も言ってくれない」
「貴方がたは、妖精から何か聞き出せて? 大目的の、導線となるようなものを」
「いんや。ダメですねえルナお嬢。どうもこの通りで。『なにがして欲しいんだっけ?』」
「ご飯!」「違うよ、モンスターだよ」「お薬~」「お薬なんか使わないでしょ?」「それだったら、モンスターも別に困ってないよね」「じゃあご飯だ」「だよね」「ご飯で決まり?」「実はご飯も困ってない」
「なるほど……、この通りなのね」
他にも色々と要望はあるようで、妖精たちは口々にはしゃぎたてる。
しかしながら、どの要望も緊急性はあまりないようで、どれが最優先、というものを彼ら自身も決められないようだった。
緊急性が薄い、ということは大きな展開にならず、このイベントの大目的である可能性もまた低くなる。
例えば、この妖精の里を襲ってくるモンスターが居て、そいつを退治してほしい、という要望が切羽詰まっていたとする。
調査、討伐してみると、そのモンスターは実は復活した魔王の手先で、それが世界の存亡をかけた戦いの幕開けとなるとか、そういう話だ。
「新解放されたタウンのギルドに第一陣で乗り込んだら、プリセットの依頼が山積みで迷うあの感じだよなー」
「そうだね。まだどれが効率良いかも分からないあの状態」
「一つずつこなして行くしか無いのではなくって? ご飯というのが、少々分からないけれど」
「何でもいいよー。人間さんのご飯、食べてみたいなぁ」
「そう? ならばそれは私がやりましょうか」
「ルナちー、料理できたのか!」
「失礼なユキね……」
そうして手分けして、妖精たちの依頼を端からこなしてゆく事にしたハルたちだ。
依頼の達成状況や、達成することによる好感度、信頼度といった隠しパラメータが進行の条件となるようなゲームも多い。
“普通のゲーム”のような彼らが中心となるこの状況。そうした普通の進行によって、何かしらが見えてくるだろう。
ハルは数ある依頼の中から、カオスがやりたくてウズウズしているモンスター討伐を、共に受諾するのだった。
*
集落の北側にある迷いの森を、依頼のメンバー三人で固まって進む。ハルとカオスの他、ミレイユが参加してくれた。
この妖精の集落は、四方を全て迷いの森で囲まれており、そこを経由しなければ出入りは適わないようだった。
ならば空はどうかというと、<飛行>し確かめた飛燕が語るところによれば、ある高度まで到達すると、『確かに自分は進んでいる感覚があるのに、その場から一切動かなくなる』、のだそうだ。
「なんだっけか? 『環境固定装置に囚われてるみたいだ』、だったか。よーわからんちん」
「飛燕って結構SFも詳しいよね。僕も同じこと思った」
「なんですの、それは?」
環境固定装置、ハルたちがバリアのように普段から使っているものだ。
自分の体の周囲数センチを、一定の環境で固定する。まるで宇宙服を身にまとっているがごとく、どんな劣悪環境においても快適な活動を約束してくれる便利な装置だ。
だが、その時間当たりの消費エネルギーがまさに法外。現実的にはまるで役立たずであり、理論だけで放置されて誰も開発には着手していなかった。
そのバリアが境界面を分けている仕組みが、まさに、『どれだけ進んでも到達できない空間』、なのだった。飛燕はそのことを言っている。
境界の空間はほぼ無限に分割されており、進んでも進んでも無限に追いつけない。
「まあ、つまりは通常の方法じゃここから出られないってことだね」
「セリちゃんも、迷いの森を突破できなかったそうですの。また挑戦するらしいですが」
「あー、最初はセリスちゃんに来てもらおうと思ったんだったな。ミレイユお嬢が代わるって言うからなにかと思ったら、それをやるのか」
「いえその……、ハルさんとセリちゃんを少人数で一緒に行動させても良いものかと……」
ハルとセリスには、多少の因縁がある。因縁といっても、ハルとしてはユキが自分に勝負を挑むのと似たようなものだと思っているが。
そこで、何か問題が生じたら困ると、姉であるミレイユが代わりを買って出たらしい。
「でも大丈夫か、お嬢。うちらモンスター係だぞ?」
「いきもの係みたいな言い方ですのね……、平気ですの、私も、そこそこ戦えましてよ?」
「セリスとどっちが強い?」
「熟練度だけなら、私ですの。こちらではケガも関係ありませんしね」
「大変そうだなお嬢」
ミレイユとセリスは、お嬢様向けの武道を教える道場を継いでいる。ミレイユが怪我で隠居し、代表はセリスのようだが、能力はミレイユの方が上であるようだ。
普段のキャラクターのレベルが反映されない特殊な体だ。その技量は、きっと役に立ってくれるだろう。
「しかし、そうするとセリスの<簒奪>ってやっぱり」
「ええ、そうなのでしょうね。セリちゃんは、私から師範の座を簒奪した、そう思ってるんですの」
「なるほど、このゲーム、変なとこまで汲み取るね」
「あー! 急に踏み込んだ重い話するなってハル! あ、ほらハル、森の終わりが見えてきたぜ」
確かに、第三者の居る前では無神経だっただろうか。カオスが重い空気を振り払うかのように話題を変えてくれる。
そのセリスが進めども進めども突破できなかったこの迷いの森が、妖精の依頼を持った状態であるとあっさりと道を開いた。
「って予想と少し違うんですけどー!?」
森を抜けて、今度は平地が広がっているかと思い描いたその道の先は、ハルたちの想像を裏切るような景色が広がっていた。
まず地面が無い。いや、あるにはあるのだが、どっしりとした台地は存在せず、先へ続く道だけが浮き島のごとく続いている。
その下を覗き込んでみれば、そこには何もない空が広がっているだけだった。
「これは、落ちたらどうなるんですの?」
「おっ、それについては詳しいぞ! これはきっと“一定以上落ちられない”とみた」
「“ある程度落ちたら逆に上から出てくる”、のかもね」
「うまく道に着地できないと延々ループしちゃうやーつ」
なんにせよ、あまりいい結果にはならなさそうだ。幸い、ここに居るメンバーは全員が<飛行>を習得しているため、足を滑らせたら最後、ということにはならないのが救いか。
その足場からは、まばらに木が生えていたり、岩が転がっていたりと、小規模ながら自然の営みを感じさせる情景が広がっている。
森を抜け、平坦な台地へと続く道、その“道部分だけを切り取った”のがこの情景、といったところか。
目を凝らしてみれば、道の先には大きな島、目的地であろう場所が接続されている。
「んー、まー、ゲームを極端に表現すればこうなるのかね? 目的地と、そこに至るための道以外は不要であると」
「不要な場所までしっかり描写したゲームも受けが良いけどね」
「それこそ、このゲームの本編みたいにだなぁ」
「この景色はこれで、味わいがありますの」
多少、恐る恐るといった感じながらも、ミレイユがその足場、道へと一歩踏み出す。
妖精郷と同様に、確かにファンタジックな景観だろうか。絵本にでも出てきそうな、空の道だ。きっと道中で様々な出会いがあるのだろう。
「しかし、これで完成なんだとすれば、ここはどんな世界なんだろうね」
「イベント空間だぞハル。気にしてもしゃーないんじゃねーの?」
「空に浮かぶ、という割には基準の地面がありませんわね。宇宙、でしょうか?」
「ああ、しっくりくるね、宇宙」
「いや、こねーが?」
島ではなく、星。道はそこへと続く航路だ。
もと来た森の周囲を見渡しても、ここ以外の道は見当たらない。きっと、目的地が定まって、初めて道が現れるのだ。
とすればこの道は、ハルたちの目的意識そのものか。そんな、何となく思考までもメルヘンチックになっている自分をハルは自覚する。
宇宙、という言葉がしっくり来たのは、他にも理由があるだろう。この空間にも、当然ながら魔力が満ちている。
真空ではなく、エーテルの満ちる星空。かつて、人類が思い描いた宇宙そのものだ。エーテルの語源となったその存在に、ハルは思いを巡らせる。
そうして、少々この景色に浮かれている自分を省みながらも、ハルたちは目的地である次の星、浮き島へと歩みを進めて行った。
*
「って、初っ端からドラゴンかよ! 流石は“ハル用”のイベントだな!」
「いや、僕に言われても」
モンスターが居るので討伐してほしい。妖精にはそれだけを伝えられた。
……確かに、モンスターだ。モンスターの代表格、ドラゴン種。幻想的なこの世界には、似合いのモンスターなのかもしれない。
「本編では、ほとんど出てきませんわよね。……まさか、本編と同じ力ということは、無いですわよね?」
カオスも、ミレイユも戦慄している。そこには、ドラゴンがほぼ出てこず、満を持してその全てがレイドモンスターとして登場を果たした、というこのゲームの事情が関わっている。
数十人やそれ以上で戦うのが当然とされる巨大モンスター。それと同等の強さだとすれば、分が悪いとしか言いようがない。
「ま、まあ、こちらにおわすはハル先生だ……」
「ですわね。以前、レイドのドラゴンをルナさん達とのパーティだけで討伐されてますし……」
「ああ、今の僕、ほぼ全てのスキルを取り上げられてるよ。期待しないでね」
「落ち着いとる場合かハルゥ!」
この体に意識を封入されるにあたり、<魔力操作>を初めとするハルのユニークスキルは殆どが切り離されているようだった。
ミレイユに確認すると、彼女のユニークスキルは使用可能であるようで、これはどうやらハルの方の問題であるようだ。
ハルはその特殊な出自が関係し、通常の方法でスキルが獲得されない。
「あ、<銃撃魔法>だけは使えるみたいだ。つまりこれだけは僕の正当な才能って訳か。……微妙に嫌だな」
「言っとる場合かハルゥ!」
ちなみに、口には出さないが<精霊眼>も使用可能だ。
そんな、初期状態に毛が生えた程度の能力状況で、こちらへ迫りくる巨体、ドラゴンとの戦闘が開始されてしまったのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございます。「ハルトセリスに」→「ハルとセリスに」
誤字によりハルトという見知らぬキャラが、唐突に登場してしまっていました! (2022/1/13)




