第354話 妖精の庭園
そうして、十二人のメンバーが揃うに至った。
ハル、ルナ、ユキの家族同然の集まりでまず三人。アイリとカナリーは、参加がプレイヤーに限定されているため、お留守番だ。
そして特別イベントと聞いては参加せずにいられない廃プレイヤー達。ぽてと、カオス、ソフィー、そして彼女の祖父。これで七人。
有名プレイヤーであるが、小規模のイベントなら目立たずに遊べるだろうと来てくれたミレイユとセリス姉妹、そしてマツバ少年。ここで十人が集まった。
残りは現地で合流ということで、集まったメンバーはマリーゴールドの公園施設へと移動している。
「よぉ、来たぜハル。相変わらずこういう特殊イベントどこで見つけて来んだ?」
「お招きありがとうございますハルさん。マリー様のイベントに参加させてもらえるなんて、光栄すぎですよ」
「助かったよ飛燕。シグムントさんもよろしくお願いします。この前は公園の情報、助かりました」
「マリー様のファンなら当然の情報です」
残る二名は、マツバの希望もあり男性キャラクターに来てもらった。これで、ちょうど男女比が一対一になった形だ。
まあ、これはゲームなので、プレイヤーのリアルも男性という保障は無いのだが。
マリーの領域である公園で彼女と出会えるジンクスを教えてくれた、熱心なマリーの契約者シグムント。掲示板ではたまに目にしたが、ハルとはほぼ初対面だ。
白くスタイリッシュな鎧に身を包んだ騎士風プレイヤーだった。
飛燕は最初期からお馴染みだ。一転してこちらは全身を目立たぬ布で包んだ、いわゆる忍者ルックだ。
不可視の刃を作り出すユニークスキルも持っており、隠密プレイが好きなのかもしれない。
ハルとはカオス等の友人たちのように常時共に遊んではいないが、たまに同じゲームで競い合う仲だった。
その彼らと現地、公園内で合流し、ハルは再びマリーゴールドの元を目指す。
「ところでハルさん。マリー様のイベントってどうやって発生したんですか? いえ、答えられる範囲で構わないのですが」
「んー、何て言ったら良いんでしょう。彼女に頼みごとをしまして。叶えて欲しかったらこのイベントをクリアしてみろって感じですかね」
「おお、神の試練ってやつですね!」
なぜそんな事で話題が盛り上がるのかといえば、これもお約束のパターンだからだ。ゲーム、特にRPGにおいて、この展開は非常によく見られた。
神様のような存在に、『どうか世界を救うために手助けしてほしい』、と主人公が頼み込んだとする。
すると神様は、『ならばこの試練を突破してみせろ』、と難題をふっかけてくる。
試練の内容は、主人公の力量を計るためだったり、自分の領域から動けない自らの代わりに、主人公に外部の問題を解決させたり。
よくよく考えると、ツッコミどころの多い内容なのだが、もはやお馴染みの展開なので、プレイヤーは気にしない。神は試練を出すものなのだ。傲慢なのだ。
しかし、この世界の神様、AI達は意味のない試練を出したりはしない。必ず、そこには自分にとって必要なこと、有利になることが含まれている。
そこも、攻略と同時に考えていかねばならなかった。
《似たような状況では、アルベルトでしょうか? あの方は条件が達成されることで、『基本の自分』を決めようとしていました》
──そうだねアイリ。あれも神の試練にかこつけて、自分の目的を達成しようとしたパターンだね。
《だとすると、特定できるとは限りませんね。突拍子もない理由で動かれていたら、予想もつきません!》
──そういうこともあるねえ……、でも、考えておくに越したことはないよ。その内容が僕らにとって、致命的になる場合だってあるんだ。
《はい! わたくし、そちらには行けないので、せめて必死に考えます!》
精神のつながりを使って、脳内でアイリと会話する。
ぞろぞろと大人数で連れ立って公園内を進んでいるが、その中にアイリとカナリーの姿は無い。
彼女らもプレイヤーとしてログインすれば可能なのだろうが、アイリはハルと同一人物の扱いになってしまっているので、ハルと同時プレイが不可能。
カナリーも、ログインする気は無いようだった。したとしても、両者とも初期レベルだ。戦力も期待できない。
いったい、何をやらされることになるのだろうか。期待と警戒を胸に抱きつつ、ハルはマリーの出現を待つのだった。
*
「揃ったのですね。あらあら、皆様、精鋭の方ばかり」
「まーハル君に揃えさせたら、こーなるよね。それで、何やるのマリりん?」
「せっかちさん。せっかく沢山の人が集まったのだもの、お話したいわ? でも、みんな予定があるものね」
「悪いがそうしてくれっと助かる。ダベってるうちに、誰かが用事抜けしちまいそうだ」
愛の神様とて、こう大人数と触れ合う機会は薄いようだ。お茶会を楽しみたい気持ちがあったようだが、ハルたちの突撃隊長であるユキと、どちらかといえば効率重視の飛燕に遮られてしまった。
しかし、彼らの言うことはもっとも。大人数の行軍は、予定が合っているうちに進めておいた方がいい。
「ではでは、まずは開始してしまいましょう! イベントフラグが成立してしまえば、途中で抜けても中には入りなおすことが可能なの」
「中? どっか行くのかい神様?」
「ぽてと、ここでかくれんぼするのかと思った! はずれちゃったなー」
「うふふ、それも楽しそうね」
どうやら、このメンバーをどこか別の場所に転送し、そこでイベントを開始するようだ。なかなか、大掛りなイベントである可能性が出てきた。
ぽてとの語ったように、この公園内で開催可能な内容となれば、その中身は限られる。
探し物、というのはいい線だろう。戦闘だったとしても、大規模なものは難しい。それが場所を移すとなれば、選択肢は無数に広がった。
「お察しのように、場所を移すの。みんな、お手元の同意書にチェックを入れてね」
マリーがそう言うと、ハルたちの目の前に強制的にウィンドウパネルが表示される。
そういえば、メニューに深く関わった神様だったな、とハルは再認識する。あまり他では見ないこういった操作も、お手の物だろう。
イベント参加の確認ウィンドウには、注意書きが書き記されており、内容は対抗戦のような大規模イベントと同じようなもののようだった。
それならば、少なくとも彼らに危害が及ぶことは無いだろう。
「ハル? どした? 後はお前だけみたいだぞー。リーダーが『はい』押さなきゃ、始まらんぞ」
「ああ、悪い」
その注意書きを精査しているうちに、他のメンバーはもう選択を終えていたようだ。カオスによって催促されてしまう。
念のためもう一度頭から流して内容を記憶し、ハルもまた決定ボタンを選択する。
「確認しました。それではー、イベント、スタート~」
マリーの宣言と同時に、いつもの<転移>とは微妙に違う、意識を、目の前を光が塗りつぶす感覚にハルは襲われるのだった。
*
光が収まり、目を開いた先は、なんとなくまだ公園内であるような錯覚を覚えた。
そこは背の高い木々に囲まれた広場で、色とりどりの鮮やかな花や果実が、華やかに色彩を添えている。
きっと、これもマリーゴールドの趣味には変わりないのだろうが、あの公園の趣向とは少し違うようにハルは感じた。
公園が与えてくれる感情が『落ち着き』であるならば、こちらは『わくわく』であろうか。見慣れぬ未知の情景が、冒険心を刺激する。
現に、冒険大好きなユキちゃんが早速、高い位置の果実を採取しに木を駆け上っているところだ。
「あ、ぽてとも! ぽてともいくー!」
「お気をつけくださいねぽてとさん? 私、シルフィーさんから貴女をお任せされていますの」
「だいじょぶ!」
「お姉ちゃん、ゲームなんだから、ケガとか心配ないって」
未知の景色を前にした面々の対応はさまざまだ。ユキやぽてとのように、とりあえず突撃する者、ミレイユやセリスのように、まずは様子を見るもの。セリスも突撃タイプかと思ったが、意外にも慎重派だ。
「なあ、ハルさんよぉ? この体、“違う”よなぁ」
「うん。転送される前の僕らの体とは別物だ。何か、違う器に入れられたね」
そして、ハルのように現状の正確な認識につとめる者。
激しく動き回るユキたちの動作を見て、ソフィーの祖父がすぐにそれに気づいたようだ。今まで彼女らが、そして自分たちが使っていたキャラクターとは、見た目は同じだが動き方が微妙に違う。
自身の手を閉じては広げ、また腕をぐるぐると回して調子を試している。
「お爺ちゃん、どうしたの?」
「わからねぇ。が、なんか変なのはわかる。ハルに聞くんだなぁ」
「あれだよソフィーさん。お魚さんイベントあったでしょ。あれと同じ」
「あー! イベント仕様のボディが強制されたんだよね! みんなレベルが一律なやつ!」
「そうそれ」
「俺は参加してねぇなぁ」
マリンブルーが主催した、水着仕様の対抗戦も、特殊ボディを使った大会だった。
強くなりすぎたハル対策として。そしてモノの戦艦を浮上させるため、現地の特別会場に、小型なキャラクターを詰めて開催した。
現状は、それと類似した状況だろう。
すなわち、位置が不明のどこかに用意された体へと、意識を移し変えられた。
「俺らの元の体はどーなってんだい?」
「元の位置では“消えてますよ”。マリーゴールドの所に、意識の無い体がバタバタと倒れてるってことは無いです」
「断言すんだなぁ」
「体があったら、意識が混線してパニックになってるでしょうから」
ハル以外が強引に分身を作成されたようなものだ。慣れないと、あのユキですらまともな操作がおぼつかない。
それが無いということはすなわち、公園にあったキャラクターは消滅しているということだ。ハルの分身にも反応が無い。
それが出来てしまうのは非常に恐ろしいことだが、そのための同意書なのだろう。
「ねえハル? それこそが、マリーゴールドの目的という可能性はなくって?」
同様に、その事実に気づいたルナが警戒している。
この同意によって、ハルのキャラクターの生殺与奪は、マリーゴールドに握られてしまったのではないか。それを悪用して、労せずしてハルに勝利する気ではないか。
ルナは、そう懸念しているのだ。
「無いと思うけどね。回りくどい上に姑息すぎる。それに多分、消せるのは一体だけだし」
「……普通は、一体消されたらアウトなのだけれど?」
ルナたちとこうして話していながらも、ハルの本体、肉体は今も天空城に存在する。ハルを倒すのが目的ならば、そこを抑えないと話にならない。
特殊な状況下に放り込まれたことを警戒はすべきだが、即敗北に至るほどではなかった。
だが、現状確認は慎重に行ったほうが良いだろう。ハルとルナがそう同意してメニューを操作していると、離れた位置から、興奮したような少年の声がかかった。
「おーい! ハルさん、来て見てよ! すごいよこれ!」
「マツバ君だ」
一同が見た目相応にはしゃぐ彼のところへ集合すると、その周囲を飛び回る小さなかわいらしい姿があった。
「ようせいだ! かわいいね!」
「コンニチハ! 人間さんたち! 大勢でようこそ、案内してあげよっか? してあげよっか?」
「すごいよね、こんな自然な……、ってみんな反応薄くない?」
「ん、凄いことはすごいと思うけど……」
代表して答えるユキを筆頭に、周りは彼ほどは興奮はない。
いや、ぽてとや、かわいい物好きの女性陣はその愛らしさに盛り上がってはいる。見た目ではまったく分からないが、ルナもその一人だ。
しかし、マツバのように、その技術力に興奮を覚える者はこの場には居なかった。
「……あー、そっか。このゲームって元々NPCが異常にハイレベルだったっけ。いまさら驚くことじゃないのか」
「私、他のゲームの事情をあまり知りませんの」
「姉に同じー」
「最近は、俺はこのゲームに浸かりきりで外の事情を忘れちった、てへぺろ」
「いや、妖精はこのゲームでは新発見じゃね? シルフィードのお嬢に教えてやれよ」
「……くっそう、感覚が共有できない。廃人どもめ」
妖精の登場するゲームは多々あれど、ここまでのクオリティの妖精は初めてお目にかかったそうだ。
会話の内容をよく分かっていないらしい妖精も、褒められて鼻高々の様子。
珍しいといえば、この反応、この思考能力の低さも珍しい。
普段は他の一般的なゲームをよくプレイしているマツバには違和感が無いようだが。このゲームではこうした反応は珍しい。
まるで、“普通のNPC”のようだ。自分に向けられたコマンド以外の会話は受け流し、割って入ってくることは無い。
完全に自律型のAIである神様たちや、人間そのものである現地のNPCとは様子の違う、ある意味で普通のAI。
それを、このゲームでは初めて見るハルだ。そういった意味では、特別な状況に違いない。
そんな、どう見ても『イベント発生』に沸くメンバーたちに、メニューに『ログアウト』が存在しないことをどう伝えようか、頭を悩ますハルだった。




