第351話 愛神の試練
経営権の取得について、ルナはあっさりと了承してくれた。
なんでも、本当に訴えが起こった場合、すぐに動けるように手配しておくために、早めの移譲をしておいた方がいいのだとか。
今は、ユーザーもだんだんと増えて、その質も多様化している。
いたずらのように、さしてゲームを『良くしよう』、『悪くしよう』という考えもなく、粗を突いてくる者も居る
そして、同業他社の人間も、このゲームに興味を持ち始めた。
彼らはそういった法律部分に敏感だ。そこを自分で訴えておいて、そ知らぬ顔で、『うちと提携すれば上手く解決できますよ』、と提案してくるのだ。
ルナ自身も、そこまで悪どい顔をした取引はしないものの、他所の不正を盾に取引を持ちかける事がある。
よって、その逆をこのゲームがやられる可能性も十分あると判断したのだ。
「その場合、このゲームはどうするのかしら?」
「きっと、潔く畳むでしょう。もちろん続けたいけれど、何も知らぬただのゲームメーカーに、私たちの秘密を教えるなんて出来ないもの」
その話を、ハルとルナは今、マリーゴールドと再び邂逅し、詳しく共有している。
最重要事項であったルナの決定はあっさりと下りたため、マリーの賛同を得られるよう、話し合いに来ているのだった。
ちなみに、マリーよりも難航が懸念されたジェードであるが、予想外に、二つ返事にて了承を貰ってしまった。
己の『必要悪』の有効性を失わないために渋るかと思ったが、特にそんなことは無かった。
むしろ話を聞いてみると、そのマイナス部分を取り下げることを条件に、同様の話をジェードから持ちかける計画を立てていたそうな。渡りに船だったようだ。
商業の神として経営にも全面協力してくれるらしく、期待がもてる。
まあ、プラスを生み出さず、マイナスをゼロにすることを材料にした交渉は褒められたものではないが。
今後はそういう裏道は控えてもらおう。
「それで後は、私だけなのね?」
「そうだね。マリーが賛同してくれれば、すぐに実行に移せるよ」
「うふふ、責任重大なのね、プレッシャーかしら。もし、賛同しなかったら、どうするのハル様?」
「……んー、どうしようか。この場で無理やり侵食して配下に加えるってのも、違うしなあ」
「あらあら、この場で、無理やりなんて」
「大胆ねハル?」
「いや、しないって言ってるでしょ? 君ら二人して何でそこに反応するのお嬢様がた」
いつものジト目を意地悪そうに歪ませてにやにやするルナと、上品に薄オレンジ色の髪をかき上げながらころころ笑うマリー。
このお淑やかな二人は、見た目に見合わずえっちそうな言葉にはすぐに反応を示す、むっつりお嬢様たちだった。
「……流石は愛の神といったところか」
「ええ、ええ。情熱的な強引さもまた愛ね。詳しく聞かせて?」
「ハルにはその辺が、少し足りていないわね?」
「……話戻すよ。僕が耐え切れない」
「あらあら残念。愛の多い方なのに、シャイなの」
「戻さなくていいわよ? このハルもそれはそれで見ていたいわ」
勘弁してほしい。二人の肉食獣に挟まれ、針のむしろのハルだ。撤退もまた戦略のうち。
「で、はぐらかされちゃってるけど、協力はしてくれるのかな?」
あやうく流されるところだった。ルナまで相手のペースに乗っているのがいけないのだ。
マリーゴールドは、まだ協力するとも断るとも明言していない。その後どうするかはともかく、そこだけは少なくともはっきりと聞き出さなければならなかった。
猥談に時間をついやして、それだけでお茶会を終わらせはしない。ハルの精神の平穏のためにも。
「何か条件があるなら、なるべく飲もうとは思うけど?」
「あらあらあら! 聞いたルナちゃん? これはアレね」
「ええ。何でもするって言ったわ?」
「言ってない。あまりしつこいと本当に侵食するよ」
「あら、大変大変。おふざけで貴重な譲歩をフイにしてしまうところだったの」
「……正直もう白紙にしたい気分」
ペースを握らせる気の無い相手だ。強引に本筋に戻させてもらおう。
とても楽しそうなので、付き合ってあげてもいいと思うハルなのだが、これでは何時まで経っても話が進行しない。
いやもしかしたら、最後までこの話に付き合って、マリーを満足させることができれば、そこで晴れて契約完了と相成るのかも知れないが、その流れはハルの方が納得できない。それに疲れそうだ。
「こほん。では少し真面目に」
顔をきりりと引き締めるマリーだが、ほんわりしたお姉さん、といった雰囲気は消しきれていない。むしろその様子が微笑ましい。
とはいえ、そこを突っ込んでもまた話が進まない。いや、AI達は自身のキャラクターの表情は全て計算で作っている。ならこれも、突っ込ませるためにあえて作られた隙だろうか?
そうハルが観察していると、その後は脱線することも無く、実際まじめに話は進んだ。
当然、彼女の表情は完璧で一切の崩れは見られない。
「正直なところ、提案自体は賛成です。あなた方は、私に損のある経営はしないでしょう」
「するつもりはないね」
「というより、何も無ければ手出しするつもりも無いわ? 名義貸しだけね」
そう、会社ごと買い取るとは言っても、ハルやルナが運営に口出しはするつもりがない。
結局のところ、このゲームは神様のゲーム。NPCの世界だ。そこは、今まで通り全て彼らに任せる方が良いだろう。
「貴女たちは有事の際の保障が得られる。私は“上がり”を吸い取れる。二者両得よ」
「お金集めても、使い道とくに無いもの。こちらも上納はノーリスクなの」
「の割にはスキルの課金要素えぐいよね」
「超能力系のスキルは、私たちも『使用料』が掛かるの。無条件で使徒さんたちに渡すのは、コストがね」
「それも気になる話だね」
<透視>、<念動>などの超能力スキルも謎が多い。詳しく聞きたいところだ。
しかし今は、ハルから脱線を促す訳にはいかない。無言で、マリーに続きを促す。
「でも、ハル様の傘下に入るというのは、無条件に飲むことは出来ないのよ?」
順調そうだった話の流れが、ここで澱みを見せ始めた。
そうなるだろう。もし無条件で賛同となれば、マリーもジェードと同じく、二つ返事で受け入れていたのであろうから。
「まあ、そうだよね。……ちなみに、理由はどうして?」
「理由は簡単。失う物が多いからなの。漁夫の利的に手に入れたこの自由な立場。ハル様の陣営に入れば、皆と同条件になって、それもなくしてしまうから」
「普通なら絶体絶命の状況だっていうのに……」
「ハルの責任なのではなくって? 通常、陣営をここまで強化したなら、残りも放置することなく制覇するものでしょう?」
「僕がそれをしないから、ライバルの頭を抑えてやっただけの状況になっちゃってる訳か」
「ええ、ええ。そのとおりなの」
確かにそうなるとハルの責任だ。しかし、良いのだろうかマリーはそんなことを言って。
するとなれば、『じゃあ君にも宣戦布告しますね』、という会話の流れを助長しているだけだ。
「だからといって、ここで戦闘をしかけられても、私には万に一つも勝ち目は無いわ」
「だろうね。でも、だとすると何でその話を?」
「そこで、さっきの話なのよ? 条件、飲んでくれるのでしょう?」
なるほど、つまりはこういうことか。『傘下に入るのが避けられないならば、せめてその前にチャンスを貰おう』、ということ。
何でもはしないが、出来る限りのことは飲もうとハルは言った。二言は無い。
その宣言通り、彼女の語るその条件をハルは受け入れてゆくのだった。
*
「それでー、マリーは何だって言ったんですかー?」
「イベントを開催するから、それに参加すること、って。それに勝ったら僕の支配下に入るってさ」
「なるほどー、変則的な決闘ですねー」
「ブルーちゃんの時と、同じですね!」
「だね」
自分の代わりにモンスターをけしかけて、それに勝ったら支配下に入る。それがマリンブルーとの決闘だった。
今回も、大枠の形式としてはそれと同じだ。
だが、今回は参加者について指定があった。“それに含まれない”アイリとカナリーに、そのことを説明していくハルだ。
「内容は、どんなものなのでしょう!」
「それがね。『参加者はプレイヤーのみ、人数は十二人を集めること』、が開始条件なんだって」
「なんと! わたくしとカナリー様が、参加できません!」
「他の神連中もですねー。私は戦力にならないにしても、そこを封じてくるとは、何か考えてますよー?」
「そうだね。警戒していこう」
このゲームにおける戦闘。魔法を使った戦いではハルには勝てないのは、マリーも重々承知の上だ。
故に、イベントとやらの内容は、きっと戦闘力だけでは解決できないものとなるだろう。
そして注意しなければならないのは、そのイベントがマリーゴールドの利点となること。利益が出るから、開催するのだ。
「……正直、何が目的なのか読めない。マリーちゃんは何の得があってそんな形式にしたんだろう」
「魔力を集めるのでは、ないのですか? “ぷれいやー”の皆さまが集まれば、魔力が出ます!」
「それにしては、少なすぎるってことですよねー?」
「そうだね。魔力目的なら、十二人と言わずに、百人でも二百人でも集めて来いって言うはずだ」
無茶な要求だが、ハルなら可能だ。ハルが呼びかければ、『またアイツなんかやったのか』、と多くの者が集まるだろう。むしろ参加制限が必要かもしれない。
「参加者を足手まといにしてー、ハルさんを追い込むのが目的とかー」
「……失礼な言い方になるけど、ありえる話だね。僕と通常プレイヤーでは、能力に開きが大きくなりすぎた」
「薄める目的で、多人数としたということですね」
例えばチーム戦だとすれば、ハルが一勝しても、他で十一敗すれば勝ちようが無い。まあ、そんな露骨な勝ち筋なしのゲームを仕掛けてくる神様達ではないが。その辺りは公平だ。
「ともかく、メンバーを揃えないと始まらないね」
「なるべく強いに越したことはないですねー。低レベルじゃないと突破できない、といった詰み要素は入れて来ないでしょうからー」
「対応力が多いほうが、良いのですね! ……本当にありませんか、カナリー様?」
「たぶんー」
「もしあったらミレイユに<降臨>させてレベル0になってもらう」
「鬼畜ですねー?」
そのミレイユ、そして妹のセリスには是非とも協力してもらいたい。非常に強いプレイヤーであるし、ハルとも親密であり連携もとりやすい。
そう、強さも重要だが、より重要になりそうなのはそこだろう。
戦闘力だけで突破できないだろうことが予想されるイベント。ハルとの仲のよさ、連携のしやすさが求められる。
「ミレイユ、セリス、たぶんソフィーさんも来てくれるし、シルフィーとぽてとちゃんも」
「女の子ばっかりですねー」
「そうだね。カオスやらの馴染みの奴らも呼んで、バランスとろうか」
「わたくし、精一杯応援します!」
「なんとか僕らの精神の繋がりを使って裏口で入れないか、試してみるよ」
このゲームで知り合った者、このゲームを始める前から付き合いがあった者。そうした仲間を数えていくと、十二人はすぐに集まりそうだ。
ハルはマリーゴールドの思惑について考えを巡らせつつも、彼らに参加申請の連絡を取って行くのだった。




