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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第2章 セレステ編

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第35話 無限に敵が出てくるあれ

「それでは、次は少し強さ(ギア)を上げていこうか」

「キミたちって歯車ギアで出来てるの?」

機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)かな? 褒めてくれるなよ」


 皮肉の応酬も慣れたものだった。この辺りはカナリーとは少し違うようだ。ハルとしては少し楽しい。

 ギアを上げる、とはいうものの、<精霊眼>で見た番人のステータスは先ほどと同一だ。戦闘ランクを上げるということか。

 ゲームによっては、ノーミスのままプレイしていたりすると、その人はゲームが上手いのだと判断されて敵の行動パターンが強化される事がある。今言っているのは、それを手動で引き上げるということだろう。


「次はハル君から行ってみよう!」

「じゃあお言葉に甘えて」


 再び剣を取り出し構える。すると明らかに敵の反応が違った。

 先ほどのように大振りな上段ではなく、腰を低く落として正面から剣を動かさない。ハルの剣がどこから来ても対応出来るようにだろう。

 確かに剣に合わせられると困る。相手の<魔剣>によって、耐久力がゼロに等しい亜神剣が一方的に打ち負けるかもしれない。

 だが、可能性の問題でいえば、一方的に敵の剣を切り裂ける可能性もある。


「なら試してみる、かっ」


 無造作に刃を振り上げるハル。

 幸い、敵の対応はまだ未熟だ。何処からでもこちらの剣に合わせられる構えとはいえ、それは攻めを欠いた受身の対応。

 後の先(ごのせん)反撃(カウンター)を打ち込んで来ようという意思を感じられない。

 たまに居るのだ。ネット上にそういう物凄く強い人が。一手しくじれば体勢を立て直す間もなく致命の一撃が飛んでくる。


「!!」


 こちらの大振りの剣に対して、敵はお手本通りに剣を重ねてくる。丁寧な対応、だが願ったりだ、角度が合わせやすい。少しでも刃筋がズレればこちらが砕ける。

 刃が打ち合わされ、火花が互いの間に散る様子が幻視されたが、現実にそれは起こらない。

 音もなく肉厚の剣へと入り込み、そのまま切り取っていく。こちらの勝利、かと思われたが、完全に切り分けるよりも先にこちらの剣も砕けて散った。<魔剣>のオーラに当てられたようだ。

 ただ、半ば以上まで切り取り線を入れられた敵の剣も、またパキリと折れ落ちた。相打ちには持っていけたようだ。


「いい剣だ。だが切り結ぶには向いていないな。もっと激戦に耐える物を用意するといい」

「元々、剣ってそんなに打ち合うようなものじゃないでしょ」


 セレステの賞賛とも忠告ともつかない言葉に、負け惜しみで返す。

 現実ならハルの言の通りではあるが、ゲームになるとまた事情が違ってくる。なにせゲームのキャラクターは“斬られてもダメージを受けるだけ”だ。その中においてハルの剣は、“斬られたら死ぬ”を体現した稀有けうな例といえるだろう。


 ハルがそうしてセレステに目を向けている間に、剣を失った哀れな剣士をユキがぼっこぼこにしてた。ぼっこぼこだ、一方的だ。


「剣が無くなったら何も出来ないなんて、たるんでるねー。ハル君、はいこれ」

「違いないな。次は徒手としゅ格闘も出来るようにしておこう」

「やっぱり次があるのか」


 ベコベコに凹まされた鎧が新品になっていく。その間にユキからアイテムが渡された。

 敵は倒すごとに強くなっていくようだが、どこまで続けるつもりだろうか。こちらが負けるまで無限に続く、というタイプはハルはあまり好きではないのだが。


「待ってました、次いくよっ!」

「ユキは元気だね」

「もうちょっと付き合ってよハル君!」


 ユキが楽しそうだし、まあいいだろう。不完全燃焼のまま止めてしまったら、今度はハルが相手をする事になるだろうし。

 今度の相手は格闘の他に、剣の腕も上がっているようだ。突進して来るユキを、居合いのような高速の片手払いで迎撃する。たまらずのけ反るユキ。いや、あれを回避するユキも相当なものだ。

 体の捌き方にも全く隙が無い。体全体を使った捻りの連動は、堂にったものがあった。侍のデータでもインストールしたのだろうか。

 重厚な剣もまるで苦にせず振り払っている。まあ、今までが雰囲気に合わせて重いモーションにしていただけで、元々魔力で作られた剣に重さなど無いのであろうけど。


 ユキの隙を埋めるためハルが飛び込むと、こちらもぴたり、と対応してくる。

 剣を捨てる気だ。

 完全に新しい個体というわけではなく、先ほどのハルのデータもしっかり把握しているらしい。剣の耐久力の低さも計算されていた。

 どんな状態であれ、一度受ければハルの剣は砕ける。ならば最悪自分も剣を失うことになろうと、なるべく有利な体勢で受け、無手のハルへと追撃する構え。


「いい判断だと褒めておきたいが、甘いっ!」


 相打ち覚悟だというなら、ハルの方にも手段はある。

 右手に片手持ちで剣を振りかぶり、それに合わせようとする敵の剣を左手の<魔拳>で迎撃し押さえ込む。

 不慣れな<魔拳>は敵の<魔剣>に打ち負けダメージを負うが、手が斬り飛ばされるより先に、右手の剣が敵の兜を斬り飛ばした。


「頭飛ばされると即死なんだねー。私の出る幕なかったや」

「なかなか良い動きだったね相手。こんな所で出てきていい奴じゃないけど」

「うむっ、そうだろう? あれは本来もっと軽装の、さすらいの武人タイプのものだ」


 やはり侍なのだろうか。


「ステータスもこの番人よりも高いし、多彩な魔法も使う。強いぞ?」

「魔法剣士かよっ! 侍じゃないのか!」

「はは、残念だったな。キミ、侍好きなのかい?」

「まあ、それなりには」


 男の子は皆侍と日本刀が好きなものだ。と思う。たぶん。

 それにネット上で出会う、剣術を修めた人達からは非常に多くのものを学んだ。その尊敬もあっての事かもしれない。





「ねー次はー? 次は私も活躍できるのがいいなー」

「まてまてっ。では続けて行こうか」


 セレステと話していると、ご不満なユキに割り込まれる。一撃で倒してしまったのでユキが殴る前に終わってしまった。


「では次はキミに向かって積極的に攻めるようにしようか」

「よーし、かかってこい!」


 ユキに敵愾心ヘイトが向いたタイプを用意するようだ。確かに、今までの番人はどれも受身だった。番人なのだから当然ではあるのだが。


 生み出されると、すぐにユキに向かって突進していく。剣も今までと違って突きの構えだ。

 剣が勢いよく突き出される。かなりのスピードだが、対応出来ない速度ではない。

 その剣がユキへ届く直前、敵は巧みな足運びでユキの側面に回りこんだ。迫る剣先に意識を集中させておいて、一気に視界を外し対応出来なくする技だ。

 剣のガードをする事を考えてしまうため、体が硬直し対応出来なくなるだろう。……仕掛けた相手がユキでなければ、の話だが。


「ごめんねー、それ慣れてるんだ。無理に跳んだから、足元がお留守だよっ!」


 簡単に対応される。不安定になった足を払われ、地面に転がされる。

 その後は悲惨だった。その長い足でひたすらに踏みつけられる。必死に剣を動かそうとするが、あえなくその腕も地面に縫いつけられる。

 ばき、ぐしゃ、っと恐ろしい音が何度も響き、抵抗むなしく番人のHPは底を尽きた。


「こわいですわね、セレステさん」

「うむ、戦場とはかくも恐ろしいものよな」

「ハル君の下位互換なんか出してくるからだよ」


 寄って来たセレステと寸劇に興じていると、不届き者の始末が終わったユキが戻ってくる。


「ユキ、キミは視野をずらされる事に慣れてるんだね」

「そうだよー、これよりもっと対応出来ない酷いやつを何度やられたことか」

「ユキにそんな事するなんて、酷い人も居たものだね」

「そうだね。ハル、犯人はキミなんだよね。かなりの使い手と見たよ」


 死角への侵略。対人戦においてハルの得意とする所だ。

 相手が今、何に意識を向けているか。それを読み取り、自分はその外側へと入る。

 生憎のところ、常に全体を見て判断しているモンスター相手では使えない技だが、人間相手なら効果は覿面てきめんだ。


「そんな事までやってくるんだね、ここのモンスター」

「その通り。画面の前の諸君、この先に進むなら心するがいいぞ」


 ハルの近くまで寄っていたセレステが、カメラ目線でアピールする。セレステも美少女だ。いい絵になっていることだろう。

 寄って来たのはこれが目的だったのか。ちゃっかりしている。


「さて、からめ手も効かないとすれば、どうするかな」

「そもそもセレステちゃん。これって何の目的で何時まで続くの?」

「いや? 目的など無いが。キミ達が倒れるまでと思ったが、それも難しそうだな。しいて言うならユキが満足するまでか」


 何と目的は無かった。戦いの神ゆえ、相手が居るから戦う、それで理由は十分なのか。

 それともユキの望みを読み取って、サービスしているのか。あわよくばここでユキから契約の申し出を引き出す、とか。


「ねーねーセレちん。私たちを倒したいならさ、セレちん本人がやる、ってのはどうかなぁ?」

「ははっ、心躍る誘いだな。だがすまない、無理なんだ。また今度、別の場所で頼むよ?」


 言い出すのではないかと思った。だがセレステはユキの挑発には応じないようだ。

 理由はなんとなく分かる。セレステの体からはAR表示を見る事が出来ない。戦うためのステータスが無いのだ。

 恐らくカナリーと同じように、ウィンドウを介した立体映像なのだろう。


「でもさ、その鎧のステータスじゃ、どんなにCPUレベル上げても私たちは倒せないよ?」

「確かにね。元々が動きの鈍重どんじゅうなものだ。どんなに反応速度を上げても、キミたち相手では詰まれてしまうかもね」

「ステ上げないの?」

「それも美しくなかろう。ここでHP一億などとして、それで勝っても興醒きょうざめもいいところ」


 戦いの女神様は、独特の美学を持っているようだ。

 だがそろそろ何かテコ入れが必要だ。生放送の件もある。アイリと共に居る体の方で確認してみれば、今はまだレベルの高い戦いに盛り上がりを見せているようだが、これがずっと続けばダレるだろう。


「ならさ、セレステちゃん。最後にキミがその鎧を操作して一戦、どうだい? それならユキの要望も満たせる」

「ふむ、面白いかもしれないな。だがいいのかい、負けず嫌いのハルくん。いかに制限された体とて、私が勝ってしまうかも知れないよ?」


 負けず嫌いである事が察されていた。無限戦闘を嫌がった(いつかは負けるのが確定しているため)事から推測されたか。


「それはどうかな。もはやその体の限界を、僕は読み切ったのかも知れない。君が入ったところで勝利は確定、ってね」

「なるほど、私を組み伏せる好機と見ているんだね」

「ハル君いやらしい」

「いやらしいのは君たちだけれど?」


 その反撃は勘弁してほしい。一気に勢いをそがれてしまう。

 実際のところ、ハルにそこまでの自信がある訳ではない。確かに今まで見た番人の仕様スペックでは、ユキとハルふたりの敵にはならない。

 人数による差は大きい。一人が抑えている間に、もう一方が対応出来ない位置から攻撃する事で、完封できる。

 魔法が使えないここのルールも、この場合追い風となっていた。順応さえしてしまえば、敵側に逆転の目が生まれない。


 だが相手は神、魔法の第一人者エキスパートだ。

 通常は行わない詳細な制御によって、仕様以上、いや仕様外の効果を生み出してくる可能性は高い。


「いやいや、すまない。だが楽しそうだ、受けよう。それをもって、このエキシビジョンマッチ最後の試合としようじゃないか」





 ふわりとセレステが鎧の後ろへ下がると、両の手のひらを左右に広げる。

 神様らしいポーズだ、などとハルが思っていると、そこから水色のオーラが鎧へと流れ込んでいく。


「安心したまえ、ステータスは変わらない。だが動きは先ほどと別物と思ってくれよ? 武神の名が示すもの、とくごろうじろ」


 そう宣言するや、剣を覆うオーラの質が変わった。ただぼんやりと周りを漂っていただけのそれは、ぴんと張り詰めた鋭いものに変わる。

 恐らく神の持つ制御力によって、魔力に直接干渉したのだろう。流石にハルの亜神剣ほどではないが、切れ味が増したのは確実だった。


「<魔剣>の魔力に介入したな……、ユキ、あれと打ち合ったら今度は僕が一方的に打ち負けると思ってくれ」

「ハル君も<魔剣>で同じ事出来ないの?」

「出来なくはないが、どうしても切れ味が落ちる。解除に時間がかかるし」


 ハルの持つ最大の優位性は、『亜神剣・神鳥之尾羽』による絶対的な切断力だ。そこを捨ててまで、ただ打ち合う事に意味はない。

 隙を見て解除、など武神が許してくれるはずもない。


「なら私がトドメ役、だねっ!」


 ユキが駆け出す。ハルも今度は様子見しない、逆側から同時攻撃に入る。

 打ち合えば砕けるとは言え、ハルの剣は必ず止めなければならない。通せば致命は必至。

 その瞬間に、ユキが攻撃を通す隙が生じる。そう思い剣を構えたハルだが、相手の構えを見て、一歩も動けなくなった。


「ハル君、なに玄人くろうと好みの展開してるのさ。にらみ合いは画面映えしないぞー」

「いや、動いたら斬られる。マジで」


 合わせようと準備していたユキからヤジが飛ばされるが、ハルは動きが取れなかった。ハルがどんな方向から斬り込もうが、二手目で斬られる。それが分かってしまい動けない。

 セレステが魔力のオーラで威嚇している訳ではない。敵の構え、それ自体が威圧感を発しているようだ。まさに達人の物。それに気押される。


「やるね。それが分かる時点でキミも大したものだ」

「余裕見せてるからだよハル君! ちゃんと全パターン網羅もうらしときなさい!」


 返す言葉も無い。ユキが活路を開いてくれるようだ。

 ユキの攻撃に合わせ、今度はハルがダメージを狙う事になる。理想は即死、可能なら腕の一本も飛ばしたい。


「っぁ!」


 ハルと睨み合い動けない敵の逆側から、振りの速い拳が放たれる。速度重視、次の攻撃は考えていない、敵の反応を誘ったものだ。

 釣られ、敵は反応するが、その反応が生み出したものはあまりにも速すぎた。

 足の先から体全体が、まるでネジのように渦を巻き、余す事無く剣先に速度を乗せる。戻す間も無くユキの手が飛ばされる。

 ユキの<魔拳>によるガードなど意にも介さなかった。


 当然ハルも見ているだけではない。敵は背を見せているのだ。こちらも神速の突きをお見舞いする。

 するりと刃が胴に入り込む。

 そのまま振りぬけば勝利、だが武神はそれを許さない。また強引に体を捩じると、体内に刃を残したまま、繊細な剣は折れ飛んだ。


「体張りすぎだろ!」

「内臓がある訳でもないんだ。どうせキミも慣れてるだろ、こういうの?」

「そうだけどね!」


 HPがゼロになるまではどんな無茶をしてもいい。相手を倒せればそれは勝利だ、体の修復はいくらでも利く。

 そのままの勢いで、ユキを斬った剣がこちらに戻ってきた。

 だが最初と違い、体勢は万全とはいかない。ハルの剣を折るため無理もした。速度は比べものにならない。

 ハルは壊れかけの亜神剣の腹を叩きつけるように防御すると、その勢いで<飛行>し、頭上に飛び上がる。

 死角、ではあるが今は視界はセレステのもの。少し対応しにくい程度でしかない。可能な限りの速度で“もう一本の剣”を取り出す。

 先ほどユキから渡されていた刀だ。切れ味は折り紙つき、以前高すぎて売れなかったものだ。

 それを頭上に打ち込む。


「直上に反応するなよ!」

「はは、武神の空手は頭上対応だ」

「それもう何か別のモノだろ!」


 が、防がれる。

 しかし無傷とはいかない。腕に刃が通り、勢いのまま強引に斬り飛ばした。衝撃に耐えられず、刀の方も砕け散る。


「ふむ、ここまでか。なかなか善戦出来たのだが」

「そうだね、僕らの勝ち。けっこう焦らされたよ」


 ハルへの対応に時間をかけすぎた。

 無防備となったその体を、後ろから十分にMPを乗せたユキの<魔拳>が貫く。

 ハルによって削られていた番人のHPは、その一撃でゼロになった。

※誤字修正を行いました。「粉とになろうと」→「ことになろうと」。なかなか酷い! 誤字報告、ありがとうございました。(2023/3/10)

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― 新着の感想 ―
ギアを1つ上げていくぞッ(ヒュンヒュン)…ってどこまで上げる気だユキさんや… まったくこのバトルジャンキーはwまぁお陰で武神の武神らしい強さが見れたけど。 刀は憧れますね~…時代劇のようなチャンバラし…
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