第35話 無限に敵が出てくるあれ
「それでは、次は少し強さを上げていこうか」
「キミたちって歯車で出来てるの?」
「機械仕掛けの神かな? 褒めてくれるなよ」
皮肉の応酬も慣れたものだった。この辺りはカナリーとは少し違うようだ。ハルとしては少し楽しい。
ギアを上げる、とはいうものの、<精霊眼>で見た番人のステータスは先ほどと同一だ。戦闘ランクを上げるということか。
ゲームによっては、ノーミスのままプレイしていたりすると、その人はゲームが上手いのだと判断されて敵の行動パターンが強化される事がある。今言っているのは、それを手動で引き上げるということだろう。
「次はハル君から行ってみよう!」
「じゃあお言葉に甘えて」
再び剣を取り出し構える。すると明らかに敵の反応が違った。
先ほどのように大振りな上段ではなく、腰を低く落として正面から剣を動かさない。ハルの剣がどこから来ても対応出来るようにだろう。
確かに剣に合わせられると困る。相手の<魔剣>によって、耐久力がゼロに等しい亜神剣が一方的に打ち負けるかもしれない。
だが、可能性の問題でいえば、一方的に敵の剣を切り裂ける可能性もある。
「なら試してみる、かっ」
無造作に刃を振り上げるハル。
幸い、敵の対応はまだ未熟だ。何処からでもこちらの剣に合わせられる構えとはいえ、それは攻めを欠いた受身の対応。
後の先で反撃を打ち込んで来ようという意思を感じられない。
たまに居るのだ。ネット上にそういう物凄く強い人が。一手しくじれば体勢を立て直す間もなく致命の一撃が飛んでくる。
「!!」
こちらの大振りの剣に対して、敵はお手本通りに剣を重ねてくる。丁寧な対応、だが願ったりだ、角度が合わせやすい。少しでも刃筋がズレればこちらが砕ける。
刃が打ち合わされ、火花が互いの間に散る様子が幻視されたが、現実にそれは起こらない。
音もなく肉厚の剣へと入り込み、そのまま切り取っていく。こちらの勝利、かと思われたが、完全に切り分けるよりも先にこちらの剣も砕けて散った。<魔剣>のオーラに当てられたようだ。
ただ、半ば以上まで切り取り線を入れられた敵の剣も、またパキリと折れ落ちた。相打ちには持っていけたようだ。
「いい剣だ。だが切り結ぶには向いていないな。もっと激戦に耐える物を用意するといい」
「元々、剣ってそんなに打ち合うようなものじゃないでしょ」
セレステの賞賛とも忠告ともつかない言葉に、負け惜しみで返す。
現実ならハルの言の通りではあるが、ゲームになるとまた事情が違ってくる。なにせゲームのキャラクターは“斬られてもダメージを受けるだけ”だ。その中においてハルの剣は、“斬られたら死ぬ”を体現した稀有な例といえるだろう。
ハルがそうしてセレステに目を向けている間に、剣を失った哀れな剣士をユキがぼっこぼこにしてた。ぼっこぼこだ、一方的だ。
「剣が無くなったら何も出来ないなんて、たるんでるねー。ハル君、はいこれ」
「違いないな。次は徒手格闘も出来るようにしておこう」
「やっぱり次があるのか」
ベコベコに凹まされた鎧が新品になっていく。その間にユキからアイテムが渡された。
敵は倒すごとに強くなっていくようだが、どこまで続けるつもりだろうか。こちらが負けるまで無限に続く、というタイプはハルはあまり好きではないのだが。
「待ってました、次いくよっ!」
「ユキは元気だね」
「もうちょっと付き合ってよハル君!」
ユキが楽しそうだし、まあいいだろう。不完全燃焼のまま止めてしまったら、今度はハルが相手をする事になるだろうし。
今度の相手は格闘の他に、剣の腕も上がっているようだ。突進して来るユキを、居合いのような高速の片手払いで迎撃する。たまらずのけ反るユキ。いや、あれを回避するユキも相当なものだ。
体の捌き方にも全く隙が無い。体全体を使った捻りの連動は、堂に入ったものがあった。侍のデータでもインストールしたのだろうか。
重厚な剣もまるで苦にせず振り払っている。まあ、今までが雰囲気に合わせて重いモーションにしていただけで、元々魔力で作られた剣に重さなど無いのであろうけど。
ユキの隙を埋めるためハルが飛び込むと、こちらもぴたり、と対応してくる。
剣を捨てる気だ。
完全に新しい個体というわけではなく、先ほどのハルのデータもしっかり把握しているらしい。剣の耐久力の低さも計算されていた。
どんな状態であれ、一度受ければハルの剣は砕ける。ならば最悪自分も剣を失うことになろうと、なるべく有利な体勢で受け、無手のハルへと追撃する構え。
「いい判断だと褒めておきたいが、甘いっ!」
相打ち覚悟だというなら、ハルの方にも手段はある。
右手に片手持ちで剣を振りかぶり、それに合わせようとする敵の剣を左手の<魔拳>で迎撃し押さえ込む。
不慣れな<魔拳>は敵の<魔剣>に打ち負けダメージを負うが、手が斬り飛ばされるより先に、右手の剣が敵の兜を斬り飛ばした。
「頭飛ばされると即死なんだねー。私の出る幕なかったや」
「なかなか良い動きだったね相手。こんな所で出てきていい奴じゃないけど」
「うむっ、そうだろう? あれは本来もっと軽装の、さすらいの武人タイプのものだ」
やはり侍なのだろうか。
「ステータスもこの番人よりも高いし、多彩な魔法も使う。強いぞ?」
「魔法剣士かよっ! 侍じゃないのか!」
「はは、残念だったな。キミ、侍好きなのかい?」
「まあ、それなりには」
男の子は皆侍と日本刀が好きなものだ。と思う。たぶん。
それにネット上で出会う、剣術を修めた人達からは非常に多くのものを学んだ。その尊敬もあっての事かもしれない。
◇
「ねー次はー? 次は私も活躍できるのがいいなー」
「まてまてっ。では続けて行こうか」
セレステと話していると、ご不満なユキに割り込まれる。一撃で倒してしまったのでユキが殴る前に終わってしまった。
「では次はキミに向かって積極的に攻めるようにしようか」
「よーし、かかってこい!」
ユキに敵愾心が向いたタイプを用意するようだ。確かに、今までの番人はどれも受身だった。番人なのだから当然ではあるのだが。
生み出されると、すぐにユキに向かって突進していく。剣も今までと違って突きの構えだ。
剣が勢いよく突き出される。かなりのスピードだが、対応出来ない速度ではない。
その剣がユキへ届く直前、敵は巧みな足運びでユキの側面に回りこんだ。迫る剣先に意識を集中させておいて、一気に視界を外し対応出来なくする技だ。
剣のガードをする事を考えてしまうため、体が硬直し対応出来なくなるだろう。……仕掛けた相手がユキでなければ、の話だが。
「ごめんねー、それ慣れてるんだ。無理に跳んだから、足元がお留守だよっ!」
簡単に対応される。不安定になった足を払われ、地面に転がされる。
その後は悲惨だった。その長い足でひたすらに踏みつけられる。必死に剣を動かそうとするが、あえなくその腕も地面に縫いつけられる。
ばき、ぐしゃ、っと恐ろしい音が何度も響き、抵抗むなしく番人のHPは底を尽きた。
「こわいですわね、セレステさん」
「うむ、戦場とはかくも恐ろしいものよな」
「ハル君の下位互換なんか出してくるからだよ」
寄って来たセレステと寸劇に興じていると、不届き者の始末が終わったユキが戻ってくる。
「ユキ、キミは視野をずらされる事に慣れてるんだね」
「そうだよー、これよりもっと対応出来ない酷いやつを何度やられたことか」
「ユキにそんな事するなんて、酷い人も居たものだね」
「そうだね。ハル、犯人はキミなんだよね。かなりの使い手と見たよ」
死角への侵略。対人戦においてハルの得意とする所だ。
相手が今、何に意識を向けているか。それを読み取り、自分はその外側へと入る。
生憎のところ、常に全体を見て判断しているモンスター相手では使えない技だが、人間相手なら効果は覿面だ。
「そんな事までやってくるんだね、ここのモンスター」
「その通り。画面の前の諸君、この先に進むなら心するがいいぞ」
ハルの近くまで寄っていたセレステが、カメラ目線でアピールする。セレステも美少女だ。いい絵になっていることだろう。
寄って来たのはこれが目的だったのか。ちゃっかりしている。
「さて、搦め手も効かないとすれば、どうするかな」
「そもそもセレステちゃん。これって何の目的で何時まで続くの?」
「いや? 目的など無いが。キミ達が倒れるまでと思ったが、それも難しそうだな。しいて言うならユキが満足するまでか」
何と目的は無かった。戦いの神ゆえ、相手が居るから戦う、それで理由は十分なのか。
それともユキの望みを読み取って、サービスしているのか。あわよくばここでユキから契約の申し出を引き出す、とか。
「ねーねーセレちん。私たちを倒したいならさ、セレちん本人がやる、ってのはどうかなぁ?」
「ははっ、心躍る誘いだな。だがすまない、無理なんだ。また今度、別の場所で頼むよ?」
言い出すのではないかと思った。だがセレステはユキの挑発には応じないようだ。
理由はなんとなく分かる。セレステの体からはAR表示を見る事が出来ない。戦うためのステータスが無いのだ。
恐らくカナリーと同じように、ウィンドウを介した立体映像なのだろう。
「でもさ、その鎧のステータスじゃ、どんなにCPUレベル上げても私たちは倒せないよ?」
「確かにね。元々が動きの鈍重なものだ。どんなに反応速度を上げても、キミたち相手では詰まれてしまうかもね」
「ステ上げないの?」
「それも美しくなかろう。ここでHP一億などとして、それで勝っても興醒めもいいところ」
戦いの女神様は、独特の美学を持っているようだ。
だがそろそろ何かテコ入れが必要だ。生放送の件もある。アイリと共に居る体の方で確認してみれば、今はまだレベルの高い戦いに盛り上がりを見せているようだが、これがずっと続けばダレるだろう。
「ならさ、セレステちゃん。最後にキミがその鎧を操作して一戦、どうだい? それならユキの要望も満たせる」
「ふむ、面白いかもしれないな。だがいいのかい、負けず嫌いのハルくん。いかに制限された体とて、私が勝ってしまうかも知れないよ?」
負けず嫌いである事が察されていた。無限戦闘を嫌がった(いつかは負けるのが確定しているため)事から推測されたか。
「それはどうかな。もはやその体の限界を、僕は読み切ったのかも知れない。君が入ったところで勝利は確定、ってね」
「なるほど、私を組み伏せる好機と見ているんだね」
「ハル君いやらしい」
「いやらしいのは君たちだけれど?」
その反撃は勘弁してほしい。一気に勢いをそがれてしまう。
実際のところ、ハルにそこまでの自信がある訳ではない。確かに今まで見た番人の仕様では、ユキとハルふたりの敵にはならない。
人数による差は大きい。一人が抑えている間に、もう一方が対応出来ない位置から攻撃する事で、完封できる。
魔法が使えないここのルールも、この場合追い風となっていた。順応さえしてしまえば、敵側に逆転の目が生まれない。
だが相手は神、魔法の第一人者だ。
通常は行わない詳細な制御によって、仕様以上、いや仕様外の効果を生み出してくる可能性は高い。
「いやいや、すまない。だが楽しそうだ、受けよう。それをもって、このエキシビジョンマッチ最後の試合としようじゃないか」
◇
ふわりとセレステが鎧の後ろへ下がると、両の手のひらを左右に広げる。
神様らしいポーズだ、などとハルが思っていると、そこから水色のオーラが鎧へと流れ込んでいく。
「安心したまえ、ステータスは変わらない。だが動きは先ほどと別物と思ってくれよ? 武神の名が示すもの、とくご覧じろ」
そう宣言するや、剣を覆うオーラの質が変わった。ただぼんやりと周りを漂っていただけのそれは、ぴんと張り詰めた鋭いものに変わる。
恐らく神の持つ制御力によって、魔力に直接干渉したのだろう。流石にハルの亜神剣ほどではないが、切れ味が増したのは確実だった。
「<魔剣>の魔力に介入したな……、ユキ、あれと打ち合ったら今度は僕が一方的に打ち負けると思ってくれ」
「ハル君も<魔剣>で同じ事出来ないの?」
「出来なくはないが、どうしても切れ味が落ちる。解除に時間がかかるし」
ハルの持つ最大の優位性は、『亜神剣・神鳥之尾羽』による絶対的な切断力だ。そこを捨ててまで、ただ打ち合う事に意味はない。
隙を見て解除、など武神が許してくれるはずもない。
「なら私がトドメ役、だねっ!」
ユキが駆け出す。ハルも今度は様子見しない、逆側から同時攻撃に入る。
打ち合えば砕けるとは言え、ハルの剣は必ず止めなければならない。通せば致命は必至。
その瞬間に、ユキが攻撃を通す隙が生じる。そう思い剣を構えたハルだが、相手の構えを見て、一歩も動けなくなった。
「ハル君、なに玄人好みの展開してるのさ。にらみ合いは画面映えしないぞー」
「いや、動いたら斬られる。マジで」
合わせようと準備していたユキからヤジが飛ばされるが、ハルは動きが取れなかった。ハルがどんな方向から斬り込もうが、二手目で斬られる。それが分かってしまい動けない。
セレステが魔力のオーラで威嚇している訳ではない。敵の構え、それ自体が威圧感を発しているようだ。まさに達人の物。それに気押される。
「やるね。それが分かる時点でキミも大したものだ」
「余裕見せてるからだよハル君! ちゃんと全パターン網羅しときなさい!」
返す言葉も無い。ユキが活路を開いてくれるようだ。
ユキの攻撃に合わせ、今度はハルがダメージを狙う事になる。理想は即死、可能なら腕の一本も飛ばしたい。
「っぁ!」
ハルと睨み合い動けない敵の逆側から、振りの速い拳が放たれる。速度重視、次の攻撃は考えていない、敵の反応を誘ったものだ。
釣られ、敵は反応するが、その反応が生み出したものはあまりにも速すぎた。
足の先から体全体が、まるでネジのように渦を巻き、余す事無く剣先に速度を乗せる。戻す間も無くユキの手が飛ばされる。
ユキの<魔拳>によるガードなど意にも介さなかった。
当然ハルも見ているだけではない。敵は背を見せているのだ。こちらも神速の突きをお見舞いする。
するりと刃が胴に入り込む。
そのまま振りぬけば勝利、だが武神はそれを許さない。また強引に体を捩じると、体内に刃を残したまま、繊細な剣は折れ飛んだ。
「体張りすぎだろ!」
「内臓がある訳でもないんだ。どうせキミも慣れてるだろ、こういうの?」
「そうだけどね!」
HPがゼロになるまではどんな無茶をしてもいい。相手を倒せればそれは勝利だ、体の修復はいくらでも利く。
そのままの勢いで、ユキを斬った剣がこちらに戻ってきた。
だが最初と違い、体勢は万全とはいかない。ハルの剣を折るため無理もした。速度は比べものにならない。
ハルは壊れかけの亜神剣の腹を叩きつけるように防御すると、その勢いで<飛行>し、頭上に飛び上がる。
死角、ではあるが今は視界はセレステのもの。少し対応しにくい程度でしかない。可能な限りの速度で“もう一本の剣”を取り出す。
先ほどユキから渡されていた刀だ。切れ味は折り紙つき、以前高すぎて売れなかったものだ。
それを頭上に打ち込む。
「直上に反応するなよ!」
「はは、武神の空手は頭上対応だ」
「それもう何か別のモノだろ!」
が、防がれる。
しかし無傷とはいかない。腕に刃が通り、勢いのまま強引に斬り飛ばした。衝撃に耐えられず、刀の方も砕け散る。
「ふむ、ここまでか。なかなか善戦出来たのだが」
「そうだね、僕らの勝ち。けっこう焦らされたよ」
ハルへの対応に時間をかけすぎた。
無防備となったその体を、後ろから十分にMPを乗せたユキの<魔拳>が貫く。
ハルによって削られていた番人のHPは、その一撃でゼロになった。
※誤字修正を行いました。「粉とになろうと」→「ことになろうと」。なかなか酷い! 誤字報告、ありがとうございました。(2023/3/10)




