第349話 終わりのはなし
「僕を王様にして、どうするつもりだったんだっけ?」
「別にどう、というのは無いですけどー。ただ、ハルさんは責任感が強いので、王様になればサービス終了後もここに居てくれるだろう、という思いはありましたー」
「始まってすぐの頃からサービス終了を考えてたのか……」
ハルとカナリーは、丘の上の隠れ家的な喫茶店で、ゆっくりと食事をしながら会話を続けている。
話題は、もしもの話。もし、ハルがカナリーに誘導されるまま覇道を志していたら。
他に客の居ない静かな店内。ふたりの会話だけがゆっくりと反響する。
案内のメタは機械の体だ。食事は摂らずに床にねころんでいる。今頃は天空城にいる魔力の体で、メタもご飯を食べていることだろう。
「ゲームが終わったらお別れ、なんて絶対に嫌でしたから。どう転ぼうと一緒に居られるように、様々な手を打っていたんですよー?」
「頑張ったんだね。ただ、その頑張りが、何か陰謀を巡らせてるように見えちゃったんだけどさ」
「女の子の気持ちが分からない、ダメなハルさんですねー。……でも、最後まで信じてくれて嬉しかったです」
「きっと真剣な気持ちが伝わったんだよ」
当時のことを省みたのか、カナリーがもじもじとはにかむ。その表情は、当時とはまるで違う、自然な人としての表情だった。
「でも、これだけ盛大に舞台を整えて、普通のゲームと同じように終わることを考えてたの?」
「運営規模がどうあれ、続くかどうかはユーザー次第です。特に、このゲームはその側面が強いですよ」
「魔力だね」
神様が、プレイヤーとして日本人ユーザーを呼び込むのは、何よりもまず魔力のためだ。日本人がこの世界で活動することで、なぜか魔力が発生する。
当然、プレイヤーが居なければそれも生まれず、“採算がとれなくなる”。普通のゲームと事情はそう変わらない。
運営の舞台裏について詳しく聞いたことがあるが、このゲームは普通に運営するだけだと、魔力的には赤字らしい。
資金的に、日本円的にはほとんど運営費用は掛からないとはいえ、人が少なくなってもダラダラとは続けにくい。
イベントが成立せず、魔力費用が回収できなくなれば、すなわちそれがサービスの限界だ。
「ハルさんは、サービス継続型ゲームの寿命というものをどう考えますかー?」
「ん、そうだね……、五年も持てばよくやった方だろうね。それ以上となると、もう『ご長寿タイトル』だ。まあ、悲しいかなこのゲームも、例外とはならないかな」
「どうしても、同じものは飽きますし、新しいゲームに目移りしますものねー。ですが、私たちの想定した寿命は、その目線ではありません」
五年、というのは長すぎる。それは、“多くのユーザーが気に入った人気タイトル”の話だ。
運営が新サービスを始めるとして、その寿命を最初から想定できるのはそれなりの大手メーカーの、しかも肝入りタイトルだけだという。
「つまり、あらゆるサービスの平均寿命の話だね」
「はいー。知ってますよねー?」
「うん。“一年持てば良い方”だね」
開始したは良いが、軌道に乗れずに終了してゆくゲームというのはプレイする側が思った以上に多い。
認識が薄いのも当然か、ユーザーに知られていないから、終わってしまうのだ。大人気のタイトルだけ見れば、案外みな続いている印象になるものだ。
「つまりは」
カナリーは、かみしめるように言葉を切ると、窓から見える冬になり葉の落ちた木々を眺めながら感慨深げにつぶやく。
「本来ならば、そろそろ終了を考える時期だったんですよ?」
◇
カナリーたち運営は、最初からこのゲームは長く続くとは考えていなかった。いや、出来れば長く続けたいと思いつつも、その可能性を覚悟していた。
となると、その与えられた短い期間の中で、自身や、その陣営を可能な限り強化することに全力をあげていたことだろう。
多少、強引な手段がみられたのも頷けるというものだ。
「でも、それだとカナリーちゃん達は、誰も望みを叶えるだけの魔力は集められなかったんじゃない?」
「はいー、それはもちろん。私が集めちゃったのは、全部ハルさんのおかげですねー」
「……もちろんなのか。『集められなくて当然』、って皆思ってたんだ?」
「思ってましたー。別に、このゲームにオールイン一点賭けしてた訳じゃなくて、失敗したら次の手段を取ればいいだけでしたから」
ただし、カナリーだけはハルを何としてもこの世界に繋ぎ止める必要があった訳だが。
それぞれの目標は達成できなくとも、なんやかやで魔力は増えるだろう。
そして、百年以上の断絶があった祖国日本との交流、それが果たせたという事実だけでも意味はありそうだ。
もし早期に終了したとしても、次への糧となる。
そして、使徒を呼び込むことで、現地の住民を統治する上での、カンフル剤的な活性化効果があった。
「そこはカナリーちゃん有利すぎない?」
「その代わり、梔子は小さいんですよー」
「ヴァーミリオンとか、まだ開通してないし……」
「マゼンタは怠け者だから、あえてそういう設定したんですねー」
「サ終まで誰も来ない事まで織り込み済みだったのか……」
愛の神のマリーゴールドも、同様に自分は後回しでもいいと後半向きの設定にしたらしい。彼女は怠け者というより、のんびりした気質あってのことのようだ。
もともと、マリーゴールドは今のように大々的に、国土すべてを使ってゲームを開催するのには消極的だったらしかった。
今彼女が神界でやっているような、公園のような小規模な環境ソフトを公開して、細々と人を呼び込めば良いのではないかと。
長期的な目線で見れば、それも良いのだろう。維持費の魔力も安く済むだろうし、何より、ゲーム的な“飽き”とは無縁のサービスだ。長い目の集客が見込める。
その代わり、ゲームのイベントのような爆発力は見込めない。
故に他の神々の賛同は得られず、今の形に押し切られる結果となったのだとか。
そんな裏話を、カナリーはのんびりした口調で語ってくれた。
冬の午後の日が射す、ちょっぴり薄暗い店内。黒猫がのんびりと寝そべって、時間の流れまでゆっくりしているようなこの雰囲気に合った、彼女たちの背景語りであった。
「なるほど。どうりで、カナリーに一人勝ちされたのに他の神様にさほど危機感が無いと思った」
「というとー?」
「いや、椅子取りゲームのように、どんどん達成が厳しくなっていくイメージがあってさ。その割に、他の神様は焦らないよな、と」
「あー、そうですねー。元々が、ゲームのサービス期間では終わらないだろうって、そう考えてましたからねー」
そんな話をしているあたりで、店主らしき新しい黄色の信徒が、食器を下げにふたりのテーブルへとやってくる。
彼に礼を言い、なんとなく会話が止まる。
内容が内容なので、声は彼に届かないようにしてあるが、この距離で気にせず語るものでもないだろう。
食後のお茶を用意してくれると、彼は再び奥へと戻って行った。
「シャルトは信徒のチョイスが謎ですねー。最初に王子様を勧誘したと聞いたときは、有力者を影響下に置くのかと思いましたがー」
「いいんじゃない。これから有力者も勧誘するのかも。人数制限無いんでしょ?」
神様たちは己の手足となる信徒を、何人も抱えているものらしい。むしろ、アイリ一人しか採らなかったカナリーが特殊なのである。
「そういえばシャルトだけは焦ってたよね。まあ、彼の場合は理由が理由だけに仕方ないけど」
「仕事押し付けちゃいましたからねー」
ふたりの話は、なんとなくそのシャルトのことに。
カナリーを継いで新しい黄色の神になったシャルト。言うなれば貧乏くじを引かせた形になるだろうか。
もともと、ゲームのサービス期間中に目的を達するものが出るとはほぼ思っていなかった彼らだ。『補欠』が役目として回ってくる可能性も、かなり低かったことだろう。
それが実際、現実のものとなってしまったのだ。焦りもするだろう。そう話していると、誰も居なかったはずの店内に、それを肯定する声が上がった。
「笑い事じゃないですよ、焦りもします。それは、しょうがないことじゃないかなぁ」
この店を用意し、ハルとカナリーをここへ招いた張本人であろう、シャルトの登場だった。
◇
「こんにちはシャルト。お招きありがとう。楽しませてもらってるよ」
「どもー」
「こんにちはハルさん。……招いたんじゃなくて隔離したんだけどね」
「そりゃ失礼」
「現地の混乱とか考えてくださいって」
相変わらず、今日も苦労人だ。
変わらずに篤い信仰の対象であるカナリーと、実際に神気を発しているハル。それが突然街に降りて来たのだ。良い感情だろうと、混乱は必至。
現役の神としては、それは止めたくなる。
「……それで、どうでしたカナリー。久々の自分の国は」
「安定して統治できてますねー。安心ですねー? シャルトはいい仕事してますよー。暖房の魔道具も、行き渡ってましたねー」
「統治に関しては、ほぼ貴女のおかげですよ。自分は、これといってまだ何もしてないんだもの」
「数ヶ月ぶりの視察かな?」
「じっくり街を見て歩いたのは、数十年ぶりでしょうかー?」
「……カナリーちゃんは、もっと現地に興味もとうか?」
とはいえ、神の体であった担当当時は、おいそれと下界に姿を現す訳にはいかなかっただろう。仕方の無いことだ。
人間の体となった今だからこそ、目線を合わせての視察が可能になったのだ。
そうハルが納得していると、『甘やかしすぎです』、とシャルトに窘められてしまった。
どうやらこの店は、彼がそうして現地の民と接点をもつために作った場所らしい。色々と考えているものだ。
シャルト本人が出るのか、信徒である店主が代わりに言葉を伝えるのかは分からないが、こっそりとこの店に招いてもてなし、神としての指令を伝えて動かすようだった。
「秘密組織みたいでわくわくしますねー?」
「しますねーじゃないですよカナリー。貴女はアイリ王女と王宮に頼りきりすぎ」
国家の運営方針も、こうして神様ごとに考え方が違うようで、代替わりによる影響もこれから徐々に出てくるのだろう。
王宮に何でも負担を押し付けた反面、細かい采配は王宮が主導でできたカナリー時代。これにより、王族の権力意識が増し、また基盤は強固になったとも言える。
それに対しシャルトは、ある程度、王宮とは指揮系統を分離することを考えているようだ。
動きはその分鈍るだろうが、権力の一極集中に待ったをかけられる。
「そこはまー、もう私が口出しすることじゃないですのでー。でもー、たまに遊びに来るのは許してくださいねー」
「そうですね……、顔を見せてくれれば、民も安心するのは事実ですから」
未だ、民の心はシャルトよりカナリーにあるのは実感しているようだ。彼としては、先代であるカナリーとの関係が良好であるとアピール出来るに越したことはない。
お小言はそこまでにして、シャルトも話に入ってくるようだ。
勝手知ったる自分の店。椅子を引いてきて同じテーブルへと席につく。
「サービス終了について、話されていたんですか?」
「ああ、うん。悪いね、君の店で不穏な話を」
「いえ、そこは別に。自分らは誰もが、『終了までにどれだけ稼げるか』、といった想定で動いてたんで」
大プロジェクトには違いないが、彼らの過ごす時の中では、ほんの一時の事だろう。失敗しても、次がある。
その“次”がいったいどんな形になるのか、そんなもしもの話は、ハルも少々興味があった。
しかし、今語るのはもしもの話ではなく、現実的な話のようだ。
「しかし、こうして軌道に乗った以上、長期にわたり継続していけるのが理想です」
「やっていけそう?」
「……正直に言いますと、やりくりが厳しいと言わざるを得ないですね。誰かさんのせいで」
「誰でしょうねー? たいへんですねー?」
真っ先にゲームクリアしてしまった彼女がそうして煽るのを、恨みがましい顔を作ってシャルトが抗議する。
運営が順調であればあったで、こうした弊害も出るのだ。例えば、次にセレステが卒業してしまったら、運営状況は更に厳しくなるだろう。
「それに関してなのですが、ハルさんにお願いがあります」
「ん? 運営に関してかな」
「はい。出来れば、自分たちはこのゲームを、ゲームとして長期で安定して運営したいと思ってます」
「そうだね。君たちからカナリーちゃんを奪っちゃった僕だ。出来ることなら、協力したいとは思ってるよ」
一応、ハルの立場は一ユーザーでしかないとはいえ、もはやそう言っていられないほど、この世界そのものに深く関わってしまっている。
自分が関わったそれらと、関わりぬくと決めたハルだ。ゲーム運営としての彼らも、手助けすることはやぶさかではない。
そう考えていたハルだが、シャルトの口から出たのは、想定以上に重要な要請なのであった。
「可能なら、この架空の運営会社自体を買い取って、貴方が経営権を握りませんか?」




