第347話 法と良識
「ハル様は、他のゲームの倫理設定には詳しいですか?」
「まあ、割とね、役割の関係上さ。ルナの方が、更に詳しいだろうけどね」
「では、私が教えてもらう立場になってしまうかも知れないね。では、このゲームと他のゲーム、違うところは何かわかるかな?」
違うところ、いくらでもあるだろう。何せ、このゲームは異世界そのものをゲーム仕立てに調整した現実そのものだ。
ユーザーには、『リアルなゲームだなー』、と思わせる仕掛けが大量に施され、皆それを意識せずに遊んでいる。
だが、ここで言う違いは倫理設定の部分。そこに意識を向けると、違う部分はどこだろう?
それは当然、<誓約>による行動ロックだ。
「他のゲームでは、相手にロックがかかる。このゲームでは、自分にロックがかけられる」
「正解です」
「どういうこと、なのですか?」
「例えばさー、ハル君がアイリちゃんのおっぱい触ろうとするじゃん?」
「ど、どうぞ! えへへ、人前では、恥ずかしいですが」
「ユキ、分かっててやってるだろ……、おっぱい触るぞ?」
「ご、ごめんて……」
だが、分かりやすい例なのも確かだ。仕方ないのでこのまま、ハルもユキの例えに乗ることにする。
「……まあ、つまりね。アイリが拒否したとする」
「しませんが」
「はっはっは、仲が良くって大変結構です」
「笑うなよジェード。……拒否したとしてね。普通のゲームだとアイリの胸にバリアが張られるんだ。世界最強のね」
「だよねー。『倫理さんは裏ボス』、みたいによく言われる」
「倫理さん! そんなに、すごいのですか?」
「すごいよー? 世界を脅かす魔王の張るバリアも余裕で突破できるプレイヤーでも、倫理バリアには傷ひとつ付けられない」
「すごいですー!」
だが、このゲームでは違う。犯罪行為、違反行為をしようとすると、自分の体の方にロックがかかるのだ。
一見、結果は同じに見える。見えない壁にぶつかるのと、動かなくなった結果、パントマイムのように見えない壁が演出されること。
成人指定の部分が塗りつぶされて見えないのと、自分の視界が塗りつぶされて黒くなること。
だが注意深く観察してみれば、そこには確かな違いがあった。
「しかし、どうしてこの世界では違うのですか?」
「まあ、簡単に言えば、『世界最強のバリア』が張れないからさ」
「そだねー。セクハラのたびに最強バリア張ってたら、魔力がいくらあっても足りない」
「セクハラでバリア破ろうとする人はごく一部だろうけど、例えばその……、NPCを殺そうとして、極大魔法を使おうとするユーザーがいれば、それに耐えるバリアを張らなきゃいけない」
「普通のゲームなら、それも簡単なんだけどね。データの数字増やすだけだから」
「まったくもって、その通り。正解ですよ」
だから、行動をキャンセルし、魔法は発動をキャンセルすることで、対応する必要があった。
そこで活用されるのが、<誓約>だ。ずらずらと、無駄に長いゲームの利用規約を読んでいけば、ユーザーはその行動制限に同意することがしっかりと記述されている。
NPCが繁栄のために<誓約>を受け入れたように、プレイヤーも遊ぶために受け入れることを同意しているのだ。
「これってさー、結構すごいことだよね」
「はい! まさに神の御業です! それを行使してしまえるハルさんも、流石です!」
「んーん、違うんだよアイリちゃん」
「ふえ? 凄くない、のですか?」
「いや、凄いよ。でも凄さの基準が違う。僕らの世界では、『神ですら不可能なこと』になるんだ」
犯罪というのは、基本的に対処療法としてしか解決できない。
監視し、厳罰化し、抑止することは出来る。しかし、犯罪を起こしそうな人をピンポイントで思い留まらせることは不可能だ。
それこそ、かつて計画されていた研究所のエーテルネットでも、監視体制の強化と早期発見が限度だった。
「……だからこそ、そこが問題となる、ということです」
その、<誓約>の力の強さにハルたちが思い至ったところで、ジェードが口調を一段重く変化させる。
これが、彼の語りたかった内容の核心ということなのだろう。その前の問答は、いわば導入。
ハルたちは談笑をいったん切り、その言葉に耳を傾ける。
「この部分をもし突かれてしまうと、最悪、このゲームが継続できなくなってしまうんだ」
◇
「……んー? それってサ終するってこと? よくわからん、ジェーどん、続きプリーズ」
「ん、そうだね。君たちは、このゲームが終わる時っていうのは、どういう時だと思う?」
「その話はオーキッドともしたかな。コンテンツの供給が追いつかなくなった時、とか色々ね。だから、悪いけどキミの結論を先に聞かせてくれる?」
「そうか、うん、わかったよ。とはいえ、話の流れの、そのままになるんだけど」
「流れってーとー、『行動制限についてプレイヤーに指摘されたら終わる』、ってことなん?」
そういうことになるだろう。この『指摘』というのは、運営への問い合わせではない。日本の法律に、照らし合わされるということだ。
何故それで終わってしまうのか? 当然、法に反しているからである。
「フルダイブゲームを運営するにあたって、個人の意識を保護する為の決まりは、非常に厳格。例えば、『いついかなる時であっても、即時にログアウトが可能でなければならない』、であったりだ」
「これは、競技性を重視するにあたってたまに枷になるよね。キミたちも、対抗戦で苦労してたね」
「うん、そうなんですよねぇ……」
俗に、『トイレエスケープ』などと呼ばれる戦術だ。
少しお手洗いに行きますと(嘘でもいいので)言ってしまえば、現実の肉体の様子が分からない相手には確認のしようがない。ログアウトするなとは言えないのだ。
苦手な相手から逃げる言い訳であるこれが、発展して戦闘の技術となっていたりする。
回避不能の致命的な必殺。その攻撃を前にした時、誰にも等しく取れる手段としてログアウトがある。
ゲームバランスが崩れるからといって、運営はこれを禁止できない。より上位の、法律で決まっているからだ。
このゲームでは対抗戦の時に、即時ログアウトは死亡扱いして対策していた。
残機。その回数までは復活できる残りライフを消費することで、即時ログアウトを行える。それを惜しむ場合は、予約ログアウトをすることで、ノーコストで帰還できる。
「こうした、法律で縛られている部分は、プレイヤーが思う以上に多く存在します! 中でも特に問題になってくるのが、<誓約>、になるんですね」
ジェードの口調に熱が入ってきた。いつの間にか、彼の横にはパネルが表示され、資料が映し出されている。
見た目どおりに、先生としての振る舞いが好きなのかも知れない。
「せんせー、何が問題になるんですかー?」
「それはですねユキさん。思想の自由なのです。ヴァーチャル世界においては、行動の自由、とも言い換えられますね」
「ゲームなんだから、犯罪に走っても咎められる謂れはない、ってことだね」
「その通りですハル様。ただし、と注釈はつきますが」
ただし、他人の権利を侵害しない場合に限る。ユキの例を参考にすれば、ゲームだからとおっぱいを触り放題にはならない。
NPCへの攻撃も同様だ。倒せるか否かはゲームによって違うが、攻撃そのものを禁止されることはあまりない。
無敵のバリアにはじかれたり、攻撃により衛兵を呼ばれたり罰則を受けることはあれど、攻撃そのものは自由なのだ。
「だからこそ、そこに目を付けられれば危ういのです。特にこのシステムは、個人の自由意志を捻じ曲げている危険なシステムと取られかねません」
「かねませんも何も、実際ねじまげてるよね」
自由な文化の流布、自由な歴史の伝達を禁止することで、今の平穏を作り出したのだ。NPCの自由意志を捻じ曲げることで、今の世界を築くことに成功した。
だが、日本ではそうはいかない。行動の自由は何よりも尊重されるもの。それを押さえつける行為は、極論を言えばヴァーチャルな洗脳として取り沙汰される可能性すらある。
その危険性を、ジェードはわかりやすく教授してくれた。
「……話は分かった。その指摘を避けるため、キミはあえてダーティーなプレイを容認、いや加速させているわけだ」
「正解です。自由を主張するのは、いつだってそうした者たちですからね」
「そして善良なプレイヤーの矛先は彼らに向かうことで、運営は指摘を免れると」
「それも正解です」
姑息である。と言いたくなってしまうハルだ。ユーザー同士で対立させ、運営の不手際の追及から目を逸らさせる、というのは稀に見る話だが、こう堂々と言わないでいただきたい。
それに、やはりこのジェード、やり口が何だか黒幕風だ。
ユキも同じように感じたようで、アイリとふたり、『あらそえ~あらそえ~』、などと言って遊んでいる。民衆に不和の種を撒く、悪い支配者ごっこだ。
……アイリは実際に王女様なので、シャレになっていないのだが。
「あ、そうです! では、“ぷれいやー”の方々を使って、我が国の物資を買い占めたのも、ジェード様の作戦の一環なのですか?」
「エクセレント、まさしくそのとおり。正解ですよ」
「現地で悪さをしたい欲求を満たしてあげました、ってかい? あまり、こっちに迷惑かけないで欲しいんだけどね」
「ご容赦を。……実際、あの作戦は失敗だったね。悪徳プレイヤーよりも、単に稼ぎたい善良なプレイヤーの参加が多くて」
「だから、いっそう流れが活発化したんねー。それもあるある」
実際、悪事を働いている意識のない時の方が被害は加速しやすい。
良心の呵責や、捕まることへの抵抗、そういった無意識のブレーキが働かないため、全力をもって行動にあたる。
そのためか、通常ならばほどほどで止まるところを、根こそぎ市場から消し去るまでに発展していた。
「私を、支配して止めますかハル様?」
「……様子見。言ってること自体は、筋が通ってるしね、一応」
「ご理解くださり感謝します」
「でも、必要悪だなんだって言っても、悪には変わりないんだ。何かあったら真っ先に疑われるの覚悟してよね」
「恐ろしいですね。そうなったら、また姿を隠させてもらいましょう」
そう言って良い笑顔で笑うこの教師気どりの悪い大人を、ハルはルナ直伝のジト目で冷ややかに見据える。
食えない奴、というのはこういうタイプだろうか。
理路整然と、こちらが納得せざるを得ない情報を提示し、自らの非を煙に巻く。
そしてその内容は、従うことでこちらにもメリットがあると思わせてくるのでタチが悪い。
そして、都合が悪くなったら姿を消す。
だが、その部分だけは、そうはさせない。
「……隠れさせはしないよ。キミの匂いはもう覚えた。地の果てまでも、追跡させてもらうから」
「神界ネットの個体識別ですか。この短時間で、特定されてしまったのですね」
「そうそれ。次は、強引に呼び出させてもらうよ」
「……なんだか、日を追うごとにやることが神様じみてきますねぇ、ハル様は」
神様本人にそう言われてしまうと、どうにも反応に困るハルであった。
*
そんな、ある意味で言い訳を聞いただけのジェードとの初邂逅は、ひとまず終わりとなった。
一度会ってしまえば満足するだろうと思われないように、何かあれば<神化>を通じて連絡をつけると、ハルは釘を刺しておいた。
マリーゴールドから連絡方法を教わった時に、AIごとに個別の波形さえ判れば、同様に連絡が取れることが理解できたので、それを応用した形だ。
その識別信号を割り出せただけでも、今回の邂逅については益があったと言えよう。
ハルたちは神界を後にして、三人でお屋敷へと戻って来た。今は、そのままひとまず腰を落ち着け、慣れ親しんだ家のお茶を楽しんでいる。
「うさんくさい奴だったねー。ハル君、信じるん? あいつの言ってること」
「まあ、信じはするよ。内容自体は嘘じゃないしね。それに、うさんくささも、あえてキャラとして演出してる部分があるだろうし」
「根は真面目だったり?」
「真面目というより論理的、かな。AIだからね」
「ですが、神々は皆様、何かそれぞれ望みがあるのですよね?」
「そうだね。そこを、見誤らないようにしないと」
彼らはAIでありながらも、また同時に人間的な部分もある。目的に向けてあくまで論理的に進みながらも、その目的そのものは感情的であったりと、読みにくかった。
ジェードの目的は、はっきりとは見えてこないが、彼もまた、このゲームを長く運営して行こうと真剣に取り組んでいるのは伝わってきた。
そんな、彼が危惧していた日本の法律。マリーゴールドも話題に挙げていたり、これまでもたびたび、法的な部分が話に上がることはあったが、今回の話は根が深そうである。
何せ、修正することが不可能だ。解除すれば、NPCに危害が及ぶ。
指摘されたら、本当に終わりなのか。それを避けるために、悪意を煽る必要は本当にあるのか。
そこをよく、考えてみたほうが良いだろうと、ハルはそう思うのだった。




