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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第11章 マリーゴールド編

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第344話 愛の神

 そんな風にして、皆で美しい公園を堪能していると、ふいに視界の端がぶれる感覚をハルはおぼえた。この公園の構造が、さりげなく、そして急に入れ替わったようだ。

 そちらへと目を向けてみると、さも今までずっとそこにあったような顔で、不自然に曲がりくねった木がいつのまにか立っていた。


 枝を片側だけ横方向へと向けて、無理に肩を伸ばした人のように広げている。

 なんとなく、疲れそうな体勢だ、そう風情の無いことを考えてしまった。


「木の枝の屋根か。洒落てるね」

「わわ! いつの間に出てきたのでしょう!」

「休憩所、かしら? 枝葉の下には、テーブルやら色々置いてあるわね?」


 目と、興味を引かれる形ではあるが、この公園にはわざわざ休憩所を用意する必要は無い。

 そこかしこに、椅子やベンチ、ゆっくりと腰を落ち着けられる物が用意されており、休みたいときは好きな場所で景色を堪能できる。


 そこに、あからさまに現れた休憩場所。ハルたちはなんとなく展開を予想しつつも、その葉っぱの優しい屋根の下へと、入って行った。


「あ、先客さんだ」

「まあ、そりゃ居るよね」


 近づいてゆくと、ちょうど影になって見えなかった位置に、女性が既に席についてお茶を楽しんでいた。


 さらりと長すぎないロングヘアは彩度の薄いオレンジ。上品な茶髪、といっても通るかもしれない、親しみやすい色だ。

 少女というよりは、大人の女性。神様の中では、一番のお姉さんだろう。

 こちらの姿をみとめると、にっこりと柔和な笑みを送って手を振ってくる。


 ……まあ、あたかも今気づいたような振る舞いだが、状況的には彼女の方から狙ってこちらに接触してきたのは間違いない。

 そこを飲み込んで、ハルは彼女に声をかける。


「こんにちは、こちら、席にお邪魔しても?」

「はい、もちろんですよ。素敵な恋人さんたち。よかったら、あなたがたのお話を聞かせてくださいね」

「素敵な! 恋人!」

「おおお落ち着けアイリちゃん。これは動揺を誘う罠だ。敵の先制攻撃だ」

「ユキも落ち着きなさいな……」


 立ち上がって椅子を引いたりと、誘い込むような仕草は見せず、あくまで、『もしよければどうぞ』、という姿勢は崩さないようだ。

 きっと、いつもこういうスタイルなのだろう。相手がカップルなので、デートの邪魔はしないということか。


「ちょっとぶりですよー、マリーゴールド。今日はハルさんが聞きたいことがあるそうでしてー」

「あらあら? 私が聞かれちゃう立場なんですね。せっかくカナリーとの結婚生活について聞こうと思ってたのに」

「まだ結婚はしてないですよー?」

「あらら? “こちらの世界基準”でも?」

「それならしてますがー……、まったくー、お上品な顔しながらー」

「愛の神様なので」


 要するに、肉体関係があるかどうか、という話だ。おだやかなお茶の席でする話ではないだろう。 

 ルナといい、一見上品なお嬢様ほど、そういう話が好きな法則などあるのだろうか? とハルは少々失礼なことを考える。

 同時に、少し今の話で気になる部分もあった。


「じゃあ、お邪魔します。……早速ちょっと気になったんだけどさ」

「あらあら何でしょう。なんなりとどうぞ」

「君の担当する、『愛』って何? 神様が愛をどうするの?」

「えと、ハルさん。何か、変なのですか?」

「んー、特におかしな話じゃないよね? 地球の神様だって、愛の神様は定番だ」


 確かに定番だ。どんな神話にも、愛の神は普通に登場する。

 しかし、それはまず、人間が愛を特別なものとして語った末に、神として成立したものだ。順序が違う。

 神様が、『私は愛を担当します』、と宣言して、その仕事に就任したこの世界では事情が異なる。

 そして何より、この地の神様とは、元を辿ればAIだ。


「……なるほど? 確かに、忘れそうになるけれど、貴女たちはAIだったわね?」

「あー、そかそか。ゲームのフレーバーとしてじゃなくて、ちゃんと『愛の仕事』があるんだ」


 そういうことになる。そして。


「我々に『愛』が理解できるのか、ハル様はそう疑問に思ってるんですね」

「まあ、直球で言ってしまうならね」

「あらあら。つまりまだ、私たちは人間の心を理解するに満たない、そう仰られるのですね。悲しいです。よよよ」

「よよよじゃねーですよー。実際、理解できてないじゃないですかー。私が人間になるのに、どんだけ苦労したと思ってるんですかー」

「あ、そう言われちゃうと、返す言葉がないですね」

「……確かに、カナリーが言うと説得力が違うわね?」


 やっとの思いで人を理解し、苦労して人間となったカナリーだ。確かに説得力がある。

 ただ、今ハルが語っているのは、そういった意味とも少し異なった。


「別にさ、君らを人間以下って言ってる訳じゃないんだ。ただ、愛なんて概念、実のところ人間ですら定義しきれてないからね」

「そうなのですかハルさん? わたくしが、ハルさんを大好きな気持ちでは、いけないでしょうか?」

「いいよ。勿論だ。でもねアイリ、それをきっちり系統立てて説明しようとすると、ややこしいんだ」


 生命の定義、意識の定義と似たようなものだ。人類が未だ詳細に定義づけられておらず、また定義してしまうのを無意識に避けている、そういう分野だ。

 それを、論理の塊である彼女らAIが、どのように定義しどう扱っているのか。ハルはそれが気になったのだった。


「なんだ、そんなことだったんですね!」

「簡単な話なの?」

「はい。とっても。結婚して、子供が生まれたら、それが愛です」

「…………」

「冗談です♪」

「タチ悪いAIだな! 信じかけたぞ今!」

「でも、わかり易くはあるわ? あれやこれやする事が、愛だというのは」

「おぉう、ルナちーが調子でてきちゃった……」


 まあ、確かに分かりやすくはある。肉欲に付随するただの錯覚。そう言い切ってお終いにしまうことが、楽であり簡潔だ。


「でもそう口に出すってことは、あながち全てがブラックジョークって訳でもないんでしょ?」

「ええ、そうよハル様。実際に、生まれた子供にステータス欄を付与するのは、私の管轄だし。肉体関係が結婚の条件となっているのも、私の影響が強いの」

「なるほどねえ」


 メニューが彼女の担当というのは、そういった側面があってのことだったようだ。


 乱暴な言い方をするならば、この世界の人間は、生まれたその時点から神による精神の侵食を受けている。

 これは、何も神の横暴ではない。それを受け入れることを条件に、今の繁栄が約束されている。


 <称号>欄によって、個人の所属や地位が明確になる仕組みは、今のこの世界には無くてはならないもの。

 そして、ステータス欄で繋がっていることで、彼らは<誓約>を受け入れている。

 プレイヤーが彼らを攻撃できないのも、それあっての事こそだった。


 後は、少し話がずれるが、神のオーラに威圧感を感じるのも、このステータス欄あってのことだろう。ステータスから、威圧感を受け取っている。変な話ではあるが。


「そことは別に私が愛を担当するのは、皆を繋ぐ力として、私がそれを望んだからなの」

「あとはこの子の趣味ですねー。アイリちゃんをおっきくすると、こいつになりますよー」

「なんと!」

「あはは、ロマンスが好きなんだ?」


 繋ぐ力、と言われるとなるほどと思う。これは、彼女たちの出自から考えれば納得がいく。むしろ最も適した役目だとも言えるだろう。

 エーテルネットの管理に使われる、補助AI。彼女らは元々ネットの、『繋ぐ力』を体現した存在だ。


 日本のエーテルネットとは違い、神からの一方通行だが、この地の人々をネットワークに接続する役目、それをこのマリーゴールドは担っているようだった。


「今日は、そこを聞きにきた、ということで合っています? 私も他の皆のように、強引にハル様の物にされちゃうのかと思って、気が気じゃなかったのですけど」

「それでも出てきたということは、望んでいるということよね? ハル、ヤりなさい」

「やらないって……」

「あら、そうなのですね? 望んでいた、というよりも覚悟していた、というのが正しいでしょうか」


 いずれ、この世界に来てしまった全てのAIを統一しようと思っているハルだが、何も出会いがしらに強引にやろうとは思わない。

 敵対してしまった時は仕方がないが、まずは彼らの考えを聞いて、互いに納得して協力関係になりたいところだった。


 話が出たところでちょうどいい。そのメニューについて、彼女に聞いてゆくとしよう。





「あー、その前に、君の方の話はいいの? リスクを押して出てきたってことは、そっちこそ用事があったりした?」

「それに関しては、嘘偽りなく既に。『あなたたちの素敵なお話を聞きたい』のです」

「なるほど? それこそが君の目的と」

「ええ、ええ。いつか、たくさん素敵なお話を聞いて、私も人間の愛を理解するの!」

「そっか。……情報源が偏りすぎだと思うけど、まあ、頑張って」

「がんばるわ!」


 理解した結果、彼女がどうなるのか、楽しみでもあり怖くもある。いや、だいぶ怖い。

 だがひとまずそれは横に置いて、こちらの目的を果たさせてもらおうと決めるハルだ。少し現実逃避をしているとも言える。


「じゃあそのメニューの。『繋げる力』について聞きたいんだけど」

「うーん、言っちゃって良いのかしら? でも、言わなければ支配されちゃうのだし、いいのよね?」

「柔軟な判断どうも」


 最近は過半数の神々を従え、運営に関することも自由に聞き出せているためか、ハルの支配下に無いウィストや、目の前のマリーも、ゲーム内に関することならばほぼロックが外れているようだ。

 ここは、素直に助かっている。『聞きたいからやっぱり支配するね?』、というのでは格好がつかなかったところだ。


「これはハル様も察しているとは思うけれど、ステータス欄は、エーテルネットの仕組みを利用して作り出したものよ?」

「君たちの本領発揮だね」

「ええ、ええ。その通りなの。このゲームは、魔力を利用した、擬似エーテルネットで人々が接続されていると言えるわ。名前もちょうど、同じエーテルだしね?」

「つまり、魔力圏内でしか機能しない?」

「そうよ。ただし、コアを持っている者だけは別」


 コアさえあれば周囲に魔力エーテルが無くとも、通信が可能だそうだ。

 とはいえ、コアを十分に機能させるには、そのコアの持ち主が別の場所から十分な魔力を注ぎこめる必要があるので、完全に孤立した存在はやはり厳しいらしいが。


「この子は?」


 そこで、少し気になったのはアイリの事だ。ハルは彼女の頭にぽんぽんと手を乗せて存在を主張させる。

 馴染みの薄い神様に緊張して、小さな体をさらに小さくしていたアイリが、おずおずとマリーを見上げる。


「アイリさんは、うーん、ハル様をコアとした状態、なのかしら。私が逆に聞きたいくらいなのよ?」

「なるほど。アイリと繋がれたのは、その擬似的なネットのおかげだけど」

「ええ。繋がった直接の原因は、ハル様の機能ね。……素敵な機能」

「仕様外の機能だけどね」

「あらあらチート」


 当然だ。管理者ユニットが勝手に、気に入った人間を取り込んでしまったら問題だ。故にこの精神の融合は、ハルに搭載された正式な機能ではない。

 後天的な、突然変異とも言える変化であった。


「だから最初は、アイリと繋がってしまったのは君たちの仕業なのかと思ったんだよね」

「やりませんよー。というかやれませんー」

「そうね。カナリーのいうとおり。それに、もし出来る力があっても、私たちはそんなことしないわよ? 日本の法律とか、それなりに怖いもの」

「ですねー。サービス停止されちゃったら、人を呼び込む計画もおじゃんですからー」

「そういえば、君らって法律には敏感だよね。お金関係とかさ」


 スキルには一部、課金要素が絡んでいる。頑張れば無料でも取れるとはいえ、レアスキルは全てを揃えようとすれば、金銭の支払いなしでは現実的ではない。

 そんなスキルを強引に奪う、セリスの<簒奪さんだつ>は、さすがに運営の彼女らも見過ごせずに、仕様変更を余儀なくされた。

 課金者が『被害を受けた』と法の保護を求めれば、このゲームに法の介入メスが入る危険があったためだ。


 そこからはなんとなく、法律の相談をマリーに受ける流れになった。

 日本では別のゲームを運営しているルナを中心に、現代のゲームと法律について意見を交換する。


 この地では神様として君臨している彼女らであっても、別世界の法律には従わなければならない。

 その事実を再確認して、なんだか少しおかしな気分になり、苦笑がこぼれるハルであった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/4/25)

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