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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第10章 ジェード編

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第335話 その新たなる肉体

 その後は、<神化>や<誓約>の研究に明け暮れながら、ユキの帰りを待った。

 夕食の時間には律儀に戻ってくるユキだが、二日目からは対応がそっけなくなる。恐らくは、何か策を見つけたのだろう。


 ゲームにログインしている時と、そうでない時のユキにはハッキリとした性格の変性があり、さすがのハルでも思考を読みにくい。

 しかし、それでも伝わってしまう事はある。そうして心を読まれるのを避けるため、あまり接触しないようにしているのだろう。

 ハルも、あえて気づかぬふりを演じる。


 そうして数日が過ぎた日の昼間、ついにユキが戻ってくるとの連絡があった。


「ユキから連絡きたよ。『お昼ごはんを食べたら庭に出て待ってて』、だってさ」

「ユキさん、戻ってくるのですね! ……どうして庭なのでしょう!」

「きっと、すぐに戦えるようによアイリちゃん。何かしら、強くなったのでしょうね?」

「新しいスキルでしょうか! でも魔法である以上ハルさんには通じませんし……、むむむ」

「本当に見つけてきちゃうからユキはすごいよね」


 対抗策を見つける、などと言っても都合よく見つかることなどそうそう無い。ましてやハルの持つスキルは理不尽な力を持っている。

 あらゆるスキルを強制停止し、魔力の流れを遮断し体の動きさえ止めてしまう。


 それに対抗しようというならば、別の法則を編み出さなければならないのだ。努力でなんとかなる範囲を超えている。


「ハルさんは、予想は付いているのですかー? ユキさんがどう自分を攻略してくるかー」

「まあ、大体は。カナリーちゃんも察しは付いてるんじゃない?」

「だいたいはー」

「お二人とも、すごいですー……」


 既存のスキルでハルを攻略することは不可能。だが、対策にも限度はある。ありとあらゆる方法がこの短期間で揃えられる訳ではないのだ。

 ユキがいきなり秘めたる力に覚醒し、超生命体として進化した! などという可能性は除外する。

 すると、可能な候補は何パターンかに絞られる。


 ハルも、己を完全無敵だとは思っていない。『自分を倒す方法』、というシミュレートは何度も行っていた。そこに照らし合わせる。


「きっと、お外で邪神様の眷属をいっぱい倒して修行したのでしょうね!」

「……楽しそうな様子が目に浮かぶわ? レベルも相当上がってそうね?」

「どんな方法なのでしょうね! あ、わかりました! 戦艦の主砲、つまり神力はハルさん、無効化できないのでしたよね? つまりユキさんは、<神力砲>を会得えとくしたのです!」

「ハルの無効化スキルって、射程自体は短かったわよね? なら、ここは遠距離からの狙撃ではないかしら?」

「わくわくしますねー。それでも、私のハルさんは勝っちゃうんですけどねー」

「アイリとルナの案を合わせて、遠距離から<神力砲>を撃ち込む手も面白そうだね」


 実際に、可能な範囲では良い手段ではないだろうか。問題は、それでは決定力に欠けるという点か。


「……その顔は不正解ね?」

「なんと! だめでしたかー……」

「おっと、表情読まれちゃったね」

「伊達にハル検定は取っていないわ、一級よ? でも、どこがダメなのかしら?」

「神力砲は光速じゃない、目で追える速度だ。当たる事はないよ」

「普通は当たるんですけどねー」

「普通じゃないもの。この人は。……そうね、銃は効かないのよね、あなた」

「ルシファーみたいに、粒子ビームが良いでしょうか!」

「冴えてるね、アイリ」


 そちらの方がやっかいだろう。手元で荷電粒子のように全て物理現象に変換して射出された場合、それはもう魔法ではないので停止できない。粒子の速度は光速付近だ。

 同様に、大規模な余波を生み出す魔法なども完全解除は難しい。


 だが、きっとそれもユキの取る手段ではないとハルは半ば確信している。ユキは、絶対に肉弾戦を選ぶはずだ。

 そうして、いったいどんな手を引っさげてユキは帰還するのだろうと、皆でそれを楽しみに語り合いながら昼食を済ませ、彼女の帰りを待つのだった。





 お屋敷を出て、銀の城の方へ。その入り口の開けた庭へとハル達が到着すると、そこには既にセレステと、猫のメタが待機していた。

 気候操作によって連日の寒さは和らぎ、ぽかぽか陽気に丸くなってメタはごきげんだ。


「やあ、来たねハル。今日は楽しませてもらうよ」

「手出しは厳禁だよセレステ」

「ははっ、分かっているとも。だが決着が付いた後なら、構わないよねえ?」


 その蒼穹そうきゅうを写し取った空色の髪を背景の空へとなびかせて、彼女は舌なめずりをするように語る。

 今までも、ユキと模擬戦で稽古をつけてくれていたセレステだ。そのユキが神に比肩するまでに強化されたとあっては、仕上がりを自分でも見てみたい、とその瞳が語っていた。


「ふみゃうん……」

「ねこさん、ここは危ないですよ? わたくしと、はしっこに行きませんか?」

「平気よアイリちゃん。メタちゃんだって神だもの。自衛くらいできるわ」

「にゃんにゃん」


 これから此処は戦場になるというのに、絶好のお昼寝スポットをメタは手放す気はないようだ。

 巻き込む気は無いが、一応注意しておこう。意識の片隅へとハルは入れる。


 そうこうしていると、庭に転送の光がともる。今までもずっとパーティに入ったままだったユキが、その機能でパーティリーダーのハルの下へと転送ジャンプしてきたのだ。


「……っと。……ハル君、ただいま!」

「おかえりユキ。どうだった?」

「うん。強くなった! と思う、たぶん!」

「あらら、試運転してないんだ」

「ふっふっふ。ハル君が慣らし相手さ」

「へえ、言ってくれるじゃん」


 どうやら、技術の習熟よりも、完成したそれをいち早く試したいようだ。うきうきと弾む表情が非常に楽しそうだ。


 彼女はパワードスーツでもある赤のドレスを既に着用しており、そのスカートを翻らせながら、今も動きの感触をチェックしている。本当に、“出来立て”なのだろう。


「ユキさん、おかえりなさい!」

「お帰りなさいユキ。……少し、印象が変わったかしら?」

「ただいま! えへへ、分かる、ルナちー? このボディ、対ハル君用に換装したのだ!」

「ど、どういうことなのでしょう!」

「触ってみ? 触ってみアイリちゃん?」


 ユキはアイリ達の方へと歩いて行くと、かがみ込んで自分の頬をぺたぺたと触らせる。

 しばらく首をかしげていたアイリだが、やがてその感触の違和感に気づいたようだ。ルナの方はは流石であり、『触る』と言った時点で察しがついたらしい。


「これは……! 実体がありますね、物質です! 使徒の体の、魔力ではなくなっています!」

「せーかーい。……といっても、最近は当たり前のようになってるけどね。カナちゃんまで肉体になっちゃったし」

「ですよー? アイリちゃん。私も触りましょうー」

「はい! カナリー様は、お体を得られても変わらずぷにぷにです!」


 純粋な褒め言葉であるのだが、お菓子の食べすぎで太ることを先日ハルに指摘されたカナリーは、『ぷにぷに』に以前のように喜べなくなったようだ。

 褒めてくれたアイリを無下にすることも出来ず、複雑な笑みを浮かべている。


「……と、言う訳でハル君。私、ver2だ。物質になったこの体に、もう魔法解除は効かないぜ?」

「のようだね。その様子だと、コアも<物質化>してるんだろうね」

「もちよ!」


 ハルが<物質化>と語ったところで、ルナが、そして一瞬遅れてアイリも気づいたようだ。

 ハルと違い、ユキには<物質化>で複雑な体を作り出す技術は無い。もちろん、ユニークスキルという便利な物がこのゲームにはあるが、どうやら才能依存のそれは、苦手なものは発現しない。


 さすれば、“誰か協力者が居る”、と考えるのが自然な考えになり、<物質化>が得意ということで、彼女らの視線はお昼寝中のメタへと向いた。


「……メタちゃん? あなた、そういえば“外”にも居るのよね?」

「……ねこさん。ハルさんを倒そうとしているのです? 契約違反は、いけないんですよ?」

「うみゃみゃ! うにゃうにゃう!!」


 極寒の大気よりも冷たい二人の視線にさらされ、メタが震え上がる。ぶんぶんと必死に首を横に振る様子には、もう猫らしさは消え失せていた。

 もちろん冗談、のはずだ。アイリとルナも、これが『ハルを喜ばせるためのサプライズイベント』、だと理解しているだろう、はずだ。


 そんな女の子の恐ろしい一面に、『嘘がつけないAIは、果たして主のために内緒でサプライズイベントを企画できるのか?』、というのは面白い命題だったな、とハルは少々、現実逃避にふけるのだった。





「あはは、二人とも、メタすけを許してあげてよ。確かに手伝ってもらったけどさ。戦うのはあくまで、この『レイドボス・ユキちゃん』だ!」

「なうん……、なうなう……」

「別に、許さないとは言っていないわ? そんな風に鳴かないの」

「でも、ねこさんはこっちに来ましょうねー」

「ふみゃーご……」


 余計な手出しをしないように、メタは抱きかかえられて連行されてしまった。悲しいかな、お昼寝は、中断である。


「さて、ハル君、準備はいいかな? せっかちで悪いけど、手の内がバレる前に始めたくってさ」

「ああ、いつでも」


 あまり悠長にハルの前にその身を晒していると、戦う前に情報を丸裸にされてしまう。そうユキは危惧している。

 実際、正しい。彼女のその身を観察するだけでも、読み取れる情報は多々存在する。


 まず、アイリの触れた彼女の肌、その材質はドレスと同じような高分子結晶の制御によって形作られているということ。

 それは恐らく、ハルの作ったドレスの構造を解析して肉体の構造へと応用させただろうこと。

 内部構造はメタの放つ猫の群れのようなロボット構造ではなく、筋肉をなぞらえた収縮運動によって駆動していること。


 そして、それは“メタの趣味ではない”こと。

 メタが協力しているのはどうやら事実のようだが、その全てではない。確実にもう一人、いやもう一柱、協力者が存在する。


「怖い怖い。その視線、久々にぞくぞくしちゃう」

「確かに久しぶりだ。こうしてユキと向き合うのは」


 以前も、こうして戦う前から牽制けんせいしあったり、共闘しながらも探りを入れたり、互いの手を読み合うのは日常だった。

 最近は完全に仲間として、全ての手札を共有してきたハルとユキだ。久々の感覚に、心が沸き立つ。


「ハル君、分身出して。セレちんの時と同じで、互いの“この体が”倒れたら負けにしよう」

「オーケー。合図は?」

「いらぬ」


 ハルは分身を作り上げると、本体はカナリー達の所へと退避させる。本体を絡ませると殺し合いになってしまう。それは互いに望まない。

 そして、ユキも<分裂>によって分身を作り出せる。“今の体”の敗北を条件にしたのも、そのためだろう。


 そうして、互いにリラックスした様子で広い庭先を歩き回りながら距離をはかっているなかで、おもむろにユキの体が残像と化した。

 合図なし、攻めたいタイミングで。仕掛けたのはユキだった。


 その速度、まさに神速。物質の体に変更したとは思えない。

 スピード、特に加速力に関しては、魔法の体である方が断然有利だ。物理的な制限を、ある程度無視した無茶が出来る。

 故に、体が物質と化しているユキは、最大強化されたキャラクターの時よりも速度で劣るのが道理。その道理を、ユキは平気な顔で覆した。


「ファーストアタックもらいッ!」

「あげない」


 だが神域の速度はハルも同じ。こちらは完全に物理限界を気にすることなく、また魔法も使い放題だ。

 <飛行>で浮き上がると、蹴りこんで来た彼女のすらりと長い足にぶつけるように、魔法を噴射させて後退する。


 大振りのキックの不発で体勢を崩すかと思いきや、その蹴りをそのまま“空中に衝突させて”、するりとユキは姿勢制御をしてしまった。


「便利そうだね、<空歩>は……」

「おうさ! 周り全部が足場だよー、怖いかハル君!」

「いや全然」


 ユキがこれみよがしに空中を蹴って突進して来ようとするところを、<魔法消去>で足場になっている魔法を解除する。

 足を空振ったユキは今度こそ体勢を大きく崩し、そこへハルの蹴り上げが炸裂した。


「ファーストアタックもーらい」

「うわ腹立つこのハル君!」


 だが、レイドボスの竜達にすら大打撃を与えるだろうハルの強烈な蹴りも、新生したユキの肉体には『ちょっと腹立つ』程度のダメージしか与えられないようだ。

 ハルの予想を大きく超えて、優秀な構造である。


「ほんとーに魔法が一切効かないんだ……、チートでは?」

「神様レベルのキックをクリティカルで受けて何とも無い体の方がチートだよ」


 頑丈さだけがその機能ではあるまい。果たして、その肉体の真価はいかほどか。そして、それを構築したのは果たして誰か。


 それを慎重に探りつつ、ボスモンスターと化したユキとの戦いに、ハルの顔は知らず深く笑みを形作ってゆくのだった。

※誤字修正を行いました。「交替」→「後退」。

 戦闘中の描写だったので、位置の交替と錯覚し読み飛ばしていたようです。


 追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/3/23)

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