第333話 寒いお屋敷の、あつい夜
ウィスト、魔法神オーキッドの外見について質問をいただきました。そういえば、作者が勝手に納得してあまり描写していなかったかも知れません。不自由をおかけしました。
外見年齢は若く、二十代くらいでしょうか。顔は非常に整っているのですが、目つきと口の悪さがそれを台無しにしています。
放っておけば一人でずっと研究室に閉じこもっている感じ、ですかね。メガネはかけません。
悪の組織の首領とか張ってるの似合いそうです。「ウィスト」と「オーキッド」の使い分けを強要してきたり面倒な彼ですが、今後の活躍を応援してやってください。
「へー、それでコレらが優秀作品なんですねー」
「うん。家に入りきらないのもあるけどね。……あれは別に、動作を見なくてもいいでしょ」
「いいえー? みんなで囲んで踊ったら、楽しいですよきっとー」
「……うん。いいかもね。あとでやってみようか」
「はいー」
物作りイベントも無事に終わり、時間は深夜。眠れぬもの同士であるハルとカナリー、そして猫のメタが今日も暖炉の前に集まっていた。
こちらは夜でも日本は昼間の場合もあり、その時はルナが居たりもするのだが、今日はお休み。昼夜関係ないユキもスキルの修行中だった。
そんな彼女の前に、イベントで優秀な評価を得た作品をずらりと並べてゆく。
どれも皆、魔道具。後ろに控える夜番のメイドさんの視線も、何となく興味深そうだった。
ちなみに、お屋敷に入りきらないもの、というのはカオス作の超大火力のものだ。キャンプファイヤーを模しているらしい。使いどころは、果たしてあるのだろうか。
「最優秀賞はどれなんですかー?」
「総合優勝ってのは無いね。各部門でトップってのはあるけど」
「火力トップはキャンプファイヤーでしょうねー」
「……だね。巨大な魔石を強引に直列接続した意欲作だ。あれが必要な世界にならないことを祈るよ」
「よくあれだけ素材集めましたねー」
効果の高いコードをドロップするモンスターは、それだけ強く設定していた。それを何度も何度も狩って作品を組み上げるのは、流石は戦闘職のトッププレイヤーと言わざるを得ない。
「それは置いといて……、各評価項目の合計ポイントが一番高いのはこれかな」
「おー、見た目がもう近代的ですねー。中身もやっぱり複雑なんですかー?」
「うん。電子回路もかくや、って感じだ。なんでもエーテル任せの今の時代、こんな設計するとか、何の学校行ってるんだろうね」
ハルが手元に呼び出したのは、暖炉を覆い隠すような大型で、それでいて多数のスイッチやレバーがその表面に付属した複雑な魔道具。
ウィストの契約者である、まいまいの作品だ。神域の雰囲気に合わせたのか、和風のカラクリ仕掛け、といったデザインも評価が高い。
そのレバーを倒すと、すぐに装置が起動され、部屋の空気が暖かくなってゆく。
「おー、数字が出てますねー。二十二度。設定温度ですか」
「うん。凄いよこれは。センサーで部屋の形を読み取って、その内部に熱を均等に行き渡らせるんだ。当然、技術部門のトップだね」
「やりますねー。中身は、魔法式でぎっしりなんでしょうねー」
今のカナリーは、もう<神眼>が使えない。神ではなく、人間になったためだ。
このゲームにログインする気も無いようで、魔法も使えない普通の人間としてハルと共に穏やかな生活を送っている。
なので、この魔道具を見ても、内部構造は分からず、直感的な操作をするのみだ。
あちこちスイッチをいじったり、レバーを引いたりして反応を確かめるように遊んでいた。
「んー、これは、操作方法が複雑ですねー、えい、えい。あ、ここで温度設定だ」
「そうんなんだよね。そうした分かり易さの面では大きくポイントを落とした」
「分かり易さの優秀作品はどんな感じですかー?」
「これかな。魔法の囲炉裏って感じ?」
「ストーブにもコンロにも使える感じですかー」
こちらは、大きさをぐっと減らして一抱えのボールほど。
安定した設置部から球状の魔法の発動体が生えており、その上に円盤状に物を乗せられる台がある。
台の端には八つの窪みが空いており、そこに付属の石をはめ込むと火魔法が発動する単純な仕組みだ。
「お湯を沸かしたいだけなら石一個、部屋を暖めたいなら五個六個と、石の数で火力を調整するタイプだね」
「家庭ではこれが流行りそうですねー」
「うん。誰でも直感的に使える。ついでに料理もできる」
「石の魔力は、手で込めるんですかー」
「子供のお手伝いにも最適だ」
「むむむー、上手くいかないですねー、魔力出ないですねー」
魔法の一切を捨て去ったカナリーは、子供でも出来る単純な魔力の放射にすら苦戦していた。
これが、かつてはあらゆる魔法的存在の頂点にあった神であるとは、誰も信じられないだろう。
「ぬぬぬー……、おお、出来ましたー。ふっふっふー、私はハルさんと繋がってるから、HPMPだけは超人クラスなんですよねー」
「実際に人を超越してた君が、ちょっと超人的なだけで満足しちゃうのかい?」
「いいんですよー、魔法なんて使えなくってもー。私は日本人の金糸雀ちゃんなんですからー」
本当に、一切の未練を感じさせないすっきりとした表情だった。
普通なら、かつての栄光に、己の力に未練を抱き、懐かしむものだろう。だがカナリーは、それら全てを単なる『手段』と割り切り、捨てることに一切の迷いを抱かなかった。
「いくら魔法なんて持っててもー、ハルさんと一緒にはなれないじゃないですかー」
「でも僕は、そんな魔法に憧れてるよ?」
「ハルさんは良いんですー。好きにやっていいんですー」
「……それもなんだかねえ」
これだけ一途に自分のことを想ってくれているカナリーに、何か返せるものはないのだろうかとハルは思う。
しかしそんなハルの心を見透かし、カナリーは続くハルの言葉を唇ごとふさいで止めてしまうのだった。
「……んしょ。私は、世界でたった独りのあなたの、番いとなるべく生まれなおした“二人め”です。それこそが私の誇り、私の生きる道。それ以外のことは、全て些事ですよー?」
「かなわないなあ……」
本当に、敵わない。彼女の圧倒的にまっすぐなこの気持ちは、目的に達した今も、まだまだ継続中だ。
「うーん。でも、ハルさんが魔道を進むというならー。私も特訓しちゃいましょうかねー?」
「あはは、二周目だっていうのにやる気十分だ」
「セーブデータが消えてもめげませんよー?」
胸を反らして誇る彼女を、ハルも心から誇りに思う。
そんな自慢のカナリーを抱き寄せると、ぽかぽかと暖かい。そうして、どんな暖房よりも効果が高そうな彼女と、くっついて過ごすのだった。
◇
「んー、いいですねー。あったかいですねー。……こうして、ぎゅ~~、ってして暖を取るタイプって出なかったんですかー?」
「……ん、あるよ。あるんだけどね。問題があってね」
「やけどしちゃう、とかでしょうかねー?」
「温度も問題ない。問題ないんだけど、形がね……」
「??」
きょとん、と首をかしげるカナリーがかわいらしい。何でもお見通しだった神様の頃には、これも見られなかった反応だ。
そんなカナリーに驚いてもらいたいという気持ちと、やっぱり見せたくない気持ちが反発しあうが、結局カナリーの好奇心に負けてハルは“それ”を取り出した。
「ゾッくんですねー、うふっ……、ゾッくん型ですねー」
「二度も言った……、そう、これ商品名までついててね。『ゾたんぽ』って言うんだって」
「うふっ」
「笑わないでー、まったくー」
ハルの分身、使い魔的な『ゾッくん』は一部でひそかに人気となっていた。『ゾッくんぬいぐるみ』などもアイテムとして販売され、結構売れていることが権利者収入で分かる。
そんなゾッくんの次の展開は、抱きついて暖を取る、湯たんぽ方式のアイテムであった。
「これ、単純ながら優秀なんだよね。形はともかくさ、形は」
「いいじゃないですかー。全国の女の子が、ぎゅーって抱きついてあったまるんですよー?」
「……それだけならともかく、これ湯たんぽだからね。寝る時は、足蹴に……」
「特殊な趣味ですねー」
まあ、それはともかく、この『ゾたんぽ』の構成は単純そのものだ。魔力を吸って熱に変換する機構を詰め込んである。それだけだ。
単純だが快適な温度に調整されており、熱の発生が必要ない時は、付属の『ゾ布団』でくるむと普通のクッションになる。
くるむと目を閉じて、『おやすみゾッくん』になる、と説明がある。重要なことらしい。
使われたコードの少なさに対しての効果の高さ、そこを高く評価されていた。
ハルも素晴らしいと思う。デザイン以外は。
「まあ、私はハルさん本人をぎゅーってすればいいから、不要なんですけどねー」
「そう言いつつ抱き寄せないの。さすがに暑いってば」
「だったらおやすみゾッくんモードですー」
「……楽しそうで何よりだよ。……でもさ、カナリーちゃん」
「はいー」
「これは停止装置のゾ布団が付いてるから良いけど、周囲の魔力を勝手に吸収する魔道具って、流通させて平気なの?」
もしも、それを製造する技術がNPCの彼らに備われば、この世界の魔力を無尽蔵に吸い取る危険なものになる。
一つ一つは大したことがなくとも、量が集まれば大変だ。
「良いんじゃないですかねー? ぶっちゃけこのくらい誤差ですしー。それに、問題が起こるほど開発力が付くならば、それはそれで良い事です」
「あとは、法律も続けて作ってもらえば良い、か」
「そうですねー。それに、これを問題とするなら魔法の使用も制限しなければなりませんしー。なによりー……」
「なにより?」
「“人が生まれること”、そのものを規制しなければならなくなりますー」
「……そっか。人間、生きてるだけで魔力を吸うものだから」
魔力は大切だが、そこまでの管理社会にはしたくない。そうカナリーは語る。
この魔力問題、神が関わらずとも、いずれ彼らが直面する道だ。
国が繁栄し、国土を広げれば、すぐに魔力の外に出る。生活が安定し、人口が増えればそれだけ必要な魔力も多くなる。
その時に、彼らはどうするのか。
限られた箱庭の中で、つつましく暮らすのか。それとも魔法に頼らぬ文化を切り開くのか。魔力の供給を増やす方法を、見つけるのか。
いずれにせよ、険しい道だろう。出来ればそのみちゆきを、見守ってやりたいハルだった。
「それよりですねー、ハルさん」
「どうしたの、カナリーちゃん?」
「あっつくなって、きませんかー?」
「そりゃあ、暖炉の前で暖房の魔道具いくつも使って、二人でくっついてればね」
暑い暑いと言いつつも、カナリーが離れる様子は無い。それどころか、目をとろん、とさせて妖艶に笑み、更に体を密着させてきた。
これも、彼女が神様だった時には見られなかった反応だな、とハルは少々現実逃避しつつそう思う。
“子供が出来るような話”をしたせいだろうか。そういう気分になってきてしまったようだ。
「暑いんですからー、脱がないとですねー?」
そう言って自分の服をゆるめつつ、ハルの服に手をかけ始める。別にハルは暑くないのだが、そんなことはお構いなしのようだ。
空気を読んだ暖炉の前の猫が、立ち上がると部屋を後にする。
……ここで空気を読むあたり、まだまだメタは猫になりきれていないな、とハルは頭の隅でダメ出しをしつつその後姿を見送った。
猫であるなら、人間のいちゃつきなど気にせず寝ているべきなのだ。持ち場を離れないメイドさんを少し見習った方が良い。
いや、メイドさんはメイドさんで、目を爛々と輝かせて次の展開に期待を込めないで、もう少し空気を読んで下がるとかした方がいいのかも知れない。
猫を見習うべきだ。
「ほらー、ハルさんー、まごついてると、夜が明けちゃいますよー?」
「……眠らない僕らの夜は長いんだから、カナリーがもうちょっと落ち着いた方が良いと思うよ?」
そうして、ハルはカナリーと二人、眠れぬ夜を過ごす。部屋が普段より暑かったのは、きっと暖房を付けっぱなしだったからだろう。
※誤字修正を行いました。報告ありがとうございました。「寝る特」→「寝る時」。
きっと、ハルが寝ないから間違えてしまったのです。字が似ているから、見逃したのではないのです。
追加の修正を行いました。報告ありがとうございました。(2023/5/8)




