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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第10章 ジェード編

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第330話 女心と秋の宮

 外の世界の探索をユキに任せる。ユキ自身も乗り気であるし、理屈の上でも効率的なのは確かだ。

 しかし、どうしても自分の目の届かない所、手の出せない場所へ行かせるのは素直に賛同できないハルである。


「ユキに行ってもらった方が良いのは分かるんだけどねえ……、うーん……」

「ハル君って束縛さんだよね、けっこう」

「うぐっ……」


 言われてしまったハルである。これを否定することは出来ないだろう。

 好きな女の子を束縛する気持ちが強くなければ、相手の精神を無意識のうちに取り込んで融合したりはしない。歓迎されていなければ、鬼畜の所業だ。


 ユキにそのことを弄られながら、二人は並んでお屋敷へ入った。


「あ、ハルさん、おかえりなさい! “そうさほんぶ”はどうでしたか!?」

「犯人はまだ見つからないってさ」

「困りましたー」


 玄関をくぐると、アイリが出迎えてくれる。反応を見るに、ユキは既に一度帰っていたようだ。スキルの調子を見るために、外で練習していたのだろう。


「アイリちゃんは束縛されちゃう気分ってどう?」

「?? 愛されてるなって、実感しますね!」

「ははは、左様さよかー」

「ユキさんも、束縛されたいのですか? いいと思います!」

「うげ、こっちに話が飛んできてしまったか……」


 馬鹿なことを言いつつ、自然に暖炉の前に移動する。今日も秋にしては冷える夜がやってきていた。

 黒猫のメタが先客で来ているかと思ったが、今日は他の場所を巡っているようだ。読めない猫である。


「まあ、仮にユキに行ってもらうとしても、現状では許可できないね」

「あー……、やっぱ準備不足?」

「うん。単純な話、活動時間が保障できないんで、何も調査出来ずに出戻る可能性がある」

「また出れば?」

「えと、ユキさん、出られないのでは、ないでしょうか? バリアが開いた時にしか」

「あ、しまった。中からでもダメかー」


 ゲームの世界と外の世界を遮断する見えない壁。そこに魔法由来の現象が触れると、物理的なエネルギーを伴ったバリアとなり、通り抜けを禁止される。

 それは、戦艦の主砲すら防ぎきる出力であり、強引に突破するのは現実的ではない。


 ではどうするかといえば、邪神の使いが襲来するイベント時、バリアに穴が開き、彼らがなだれ込んでくる瞬間に、そこを逆流して外に向かうしかない。


「だからせめて、モノリスを小型大出力化できるまで待って欲しい」

「あ、アレちっちゃくなるなら、私、キューブの方がいいかな」

「了解。キューブから作るよ」


 外の世界もきっと、魔力の無い世界だろう。あったとしても、邪神が支配する魔力、すなわち敵地だ。

 自身の魔力で体を覆う装備は、必須と考えられる。


 マゼンタから提供されたデータにより、魔力を体内に溜め込む機構の理解も深まっている。

 今ならば、魔力固定装置であるキューブやモノリスを、背負うような不恰好な大きさから、ずっと小型化にもっていけそうなハルだ。最低でもそれはユキに持たせたい。


「じゃあ、それの開発待ちくらいは妥協しましょうか! せっかく、ハル君がオーケー出してくれたし、どうせ襲来イベント待たないと出られないしね!」

「僕まだオーケーとは言ってないんだけどなあ……」

「諦めましょうハルさん! ユキさんの決意は、堅そうです!」


 アイリもユキのことを応援しているらしく、ハルは劣勢だった。このまま押し切られてしまいそうだ。

 確かにユキがここまで自己主張を強引にすることも実は珍しい。大抵は、ハルの決定を待ってそれに従っていてくれた。

 なのでやりたいようにユキにはさせてあげたい気持ちもあるハルだが、ことが、ことだ。


「ですが、なぜ今なのでしょう? ハルさんの束縛が、お嫌でしたか?」

「うお、いきなり味方だったアイリちゃんが敵に! ……その、えと、束縛はお嫌じゃない、です」

「では……、ハルさんが<誓約>を解除してから、一緒に行った方が安全では?」

「そう、なんだけどさ」


 ユキはそこで一度区切ると、ぱちりぱちり、と爆ぜる暖炉の炎に目を向ける。瞳の中に、その炎を映りこませたまま、続く言葉を彼女はとつとつと語りだした。


「一緒に行ったらきっと楽しいよ? でも、それだと今までの生活の延長なんだ。ずっと、曖昧な気持ちのまま関係を続けちゃう」

「多分、そうなるだろうね」

「うん……」


 気持ちというのは、ハルへの好意のことだろう。ゲーム友達として気楽な関係を、だらだらと続けている。

 鈍感を演じることの多いハルだが、ここは誤魔化すことをせず受け止める。


 積極的に間合いを詰め、いち早く結ばれたアイリ。想いを内に秘めつつも、出来ること全てで前へと進み、ついには長年の願いを成就させたカナリー。

 そうした彼女らを見て、ユキも『今のままではいけない』、という焦りにも似た感情を最近は抱いているのが表面化していた。


「ですが、それなら、何も危ないことをせずとも良いのでは?」

「んーん、違うんだよアイリちゃん。私が気持ちをハル君にぶつけるには、もうひとつやらなきゃならないの」

「僕への挑戦だね」

「そう。ここで、一緒に外に行って同じものを見たら、ハル君も同時に強くなっちゃう!」

「なるほど! ありそうです!」


 そこで、一人での武者修行のようだ。

 きっと、外で邪神を見つけるだけでなく、ゲーム内に無い何かを会得えとくし、ハルへの対抗策としたいのだろう。

 何せ、今のハルはゲームのルールに則って戦う以上、ほぼ勝ち目が無い。


「……わかった。そういう事なら、僕も協力するよ」

「ん、ありがとハル君。あはは、なんか変だね。ハル君たおす為に、ハル君に協力してもらうって」

「勝たせない為に足を引っ張った、なんて言わせない為にもねえ」

「言わないよぉー」

「じゃあ、さしあたってはスキルの強化だね。<禅譲ぜんじょう>で、僕のスキルを全部移そう。頑張って覚えるんだよ?」

「うげ! あ、あれかぁ……」


 ユキが難色を示したのは、『頑張って覚える』、の部分ではない。そこは望むところだろう。

 しかし、<禅譲>でスキルを譲渡する場合は、互いの体を接触させる必要がある。ユキは、それを恥ずかしがっているのだった。


「がんば! ですユキさん! ハルさんのことが好きなら、大丈夫なはずです!」

「い、いや、そのね? 好きだから、大丈夫じゃないわけでして……」

「覚悟決めなよユキ。一歩踏み出すんでしょ?」

「ううぅ……、自分だけ平気そうになっちゃってぇ、裏切り者ぉ、この妻帯者ぁ……」

「どんな罵倒だ……」


 そうして恥ずかしがるユキの手を半ば強引に取ると、<神化>等の現状必要なスキル以外を全て、ユキへと移して行くのだった。





 翌日、恥ずかしい告白をしてしまったのと、長時間の触れ合いで茹で上がってしまったユキが顔を合わせてくれないので、ハルは別行動をとることになった。

 スキルの特訓は彼女に任せきりでも問題ないだろう。ハルの方も現状の打開に向けて内部から動いて行く必要もある。


「ルナは行かなくって平気?」

「ええ。少々、日本の方に用事もあることですし」

「了解。“向こうの僕”はしばらく消えてるから、居ない間に何かあったらメッセージ入れて」

「ええ。分かったわ」


 ルナはログアウトしての用事、ユキは一人で修行。なので今回の同行者は、アイリとカナリーの二人だけとなった。

 地上へ、行き先は首都ではなく、少し久々となるかつてのカナリーの神域。今は代替わりしてシャルトが管理する神殿へと<飛行>してゆき、そこから神殿の転送で目的地へ向かう。


 今回の目的地は、こちらからでないと行き難い。

 初めてとなるふじの国、紫の神域への訪問であった。


「到着です! ふわぁ……、あたり一面、紅葉に染まっていますね……!」

梔子くちなしは、あまり紅葉が色づかないよね。四季の変化を演出したにしては」

「私も万能ではないですからねー。植生も考えないと大変なことになりますからー。その代わり、桜に関してはウチが上ですよー」

「春が楽しみだね」

「はい!」


 秋も深まった今、藤の国の神域に入ると、葉を美しくあかに染めた木々がハル達を出迎えてくれた。

 この神域は、神殿本体のデザインこそ他と同じなれど、何となく日本の神社のようなおもむきを感じる作りだ。

 有名な神社の映像では、秋になると同じように赤や黄色の葉で彩られているからだろうか。


 神殿の周囲もある程度整備されており、不ぞろいな石畳の道に、玉砂利たまじゃりが敷かれて続いている。

 鳥居こそないが、神社イメージなのは間違いなさそうだ。

 その石の道の上に、散った落ち葉が赤の絨毯じゅうたんを演出していた。


「ウィストって伝統を重んじるタイプだったのか」

「まあ、ここの作りはあいつの趣味でしょうねー。作りといえば、私の神域もシャルトの趣味で作り替わってましたねー」

「すこし、寂しいですねカナリー様」

「大丈夫ですよー。今のおうちが、新しい居場所ですからねー」

「はい! 天空城も、すごく神域っぽいですしね!」


 どちらかと言えば、『神様のたまり場』と化している気がするが、良い雰囲気の中で口にはしないハルだった。


 自然が広がるのみで、特に神殿の周囲は何も整備されていなかった黄色の神域も、シャルトが新しく管理するようになって彼の趣味で改装がなされていた。

 今は、契約者を広く募るようになった黄色の神だ、多少の寂しさはあれど、きっとその方が良いのだろう。


 そんな、担当の神々の好みが色濃く出る神域のデザイン。

 ウィストの趣味であろう神社風の道、魔道具の灯篭が立ち並ぶそれに沿って進んで行くと、やはり木造風の建物に行き当たる。本格的だ。

 その中に、目当ての人物の姿をハルたちは見つけるのだった。





「やあ、おじゃまします。来るのが遅くなってすまない、ウィスト」

「フン。本当だな。季節がひとつ過ぎるところだったぞ? だからとは言わないが、オレの方も歓迎の準備などしていない。気楽に座れ」

「あ、ありがとうございます、ウィスト様!」


 目当ての人物は、当然この神域の主であるウィスト。

 いつもの気難しい顔も、今日は比較的、穏やかであるように感じる。それは本拠地ホームで出迎えているからか。それとも歓迎してくれていると、自惚れてもいいものか。


 陰気さはずいぶん薄れ、『落ち着いた神社のお兄さん』、といった印象だ。

 服装はいつもの魔法使い風のローブなので、多少の場違い感は出てしまっているのだが。


「おざぶとん苦手ですねー」

「椅子でも何でも出せ。作法に文句は付けん」

「それはちょっと、ですねー」


 そう言いつつ、新発売(実際にアイテムとして出してしまった)のゾッくんクッションを何個も取り出して、カナリーは座布団の周囲に自分のスペースを作ってしまう。

 このくつろぎっぷりは、流石は神、と感じさせる堂々たる態度であった。……真似したいとは、思わないが。


「紅葉が綺麗だ。良い趣味してる」

「元々、この地にあった種も多い。この国は森林地帯が多いからな。暇があれば<飛行>して空から見てみるといい、見ごろだ」

「そうするよ。でも少し意外だったな。この国って、資源が少ないって聞いてたから、もっと荒地が広がってるのかと」

「森林資源だけが、資源ではないからな」

「耕作に向いた平坦な土地も、また国の資源ということですね」

「ああ」


 西の国、群青ぐんじょうに面した海からの湿った空気は、この藤の国を通って各国へと吹いて行く。

 国境にもなっている山岳にぶつかり、この地は雨が多く木々も育つ。

 元々山なりの土地が多いこともあって、深い森林地帯が多く形成されていた。そのため、人間の活動に適した土地は少なく苦労しているらしかった。


「土地事情も日本的なのかな。となると冬は?」

「ここらは結構降る。雪に染まった静謐せいひつな神域もまた“それらしく”見える。来てみるといい」

「うん。その時は是非」

「楽しみです!」


 しんしんと雪の降る、静かな神社。そうした風景が味わえるようだ。お世辞ではなく、ハルもその時が楽しみだった。

 ウィストも薄紫に輝く白い髪の下で、遠く景色に目線を走らせてその様子を幻視している様子が見える。

 きっと、彼は元々は『白』に関係する神だったのだろう。その“彼の色”にこの神社が染まるのも、きっと美しい。


 ただ、純粋にそれを楽しむには現状、懸念される問題が浮上していた。


「……冬の話か、ここに来たのは」

「ああ、ウィストの意見も聞いておきたくて」

「つまらん。ようやく訪ねて来たかと思えば、そんなことを」

「……仕方ないだろ。カナリーが神様やってた時に来て、万一また戦闘になっても困ったんだ」

「あー、無かったとは言い切れませんねー。こいつの首が欲しいってハルさんにおねだりすることー」

「やめろ」


 魔法研究に熱心なウィスト。ハルと、そしてアイリの話を聞きたいと、この神域への通行許可をかつて得ていた。

 それはまだ夏まっさかりの暑い時期。ずいぶんと待たせてしまった上に仕事の話か、と残念がらせてしまったようだ。


「ふん、確かに、方針を立てておかねば落ち着いて話も出来ないのは事実か。さっさと終わらせるぞ」

「助かるよ」

「お世話になります!」


 楽しい魔法談義のために、用件はさっさと済ませてしまいたいようだ。その、クールな顔に似合わぬ子供っぽいところに苦笑が漏れるハルだ。神様も本当に色々な一面がある。


 お望みどおり手短に済むように、寒気の対応の確認と、持ってきたもう一つの“ある提案”について、ハルは彼と協議を始めるのだった。

※文章を追加しました。ウィストの見た目についての情報を挿入しました。


 追加で誤字の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

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