第33話 ご利用は計画的に
「しかしボス討伐なのに結構ダンジョン長いね」
「今まではボスに直接のもあったよ」
「そうなんだ。インスタンスじゃないからかな」
「かもねー。大人数で組んで攻略しなさいって事かもね」
洞窟の道は意外と長いようだった。この後にボス戦が控えている事を考えると、結構厳しい仕様と言える。
徒歩で来るのが大変なため、ワープが実装されているのと同じように、面倒な道中が無くすぐにボスに挑めるようにしてあるゲームは多い。
依頼を受けるたびにプレイヤーごとに個別に作成されるダンジョンではなく、全員が同じ場所に入れるために難易度もその分上がっているのだろうか。
「次こそ魔法を使うよ」
「そう言ってさっきはハル君から先に突っ込んでいったじゃーん」
「ユキが隣に居るとどうしてもね」
「それはちょっと嬉しい」
ユキが喜んでいるならそれで良いのかもしれないが、せっかくなのだから魔法で戦ってみたい。
「最近習ってることだしね」
「ってスキルの魔法じゃなくて、この世界の魔法で戦うんだ。大丈夫?」
「威力とか?」
「そう、威力とか」
大丈夫ではないかも知れない。まだ基本のものしか習っていないのだ。魔法学校があったら入学試験に受かるかどうかも怪しいだろう。
まあ、それも含めての試し撃ちだ。基本中の基本の魔法が、どれだけ実戦で役に立つか。それを試す事で、この世界の文化についても見えて来るというものだ。
そう言うとユキには、理由を付けて遊びたいだけだと笑われてしまったが。
「ハル君、ほら、おあつらえむきに玩具が出てきたよ」
「いいね! 実験開始だ」
再びモンスターが出現し、それに向けて魔法を準備する。
「『魔法の宣言』、『世界への呼びかけ』、『属性の定義』、『状態の決定』、『大きさの決定』、『それらをまとめてパッケージ』」
まずは可能な限り少ない式で作られた単純な構成。手のひらの上に炎を生み出す。
指向性も何も設定されていないので、ただ浮いているだけの炎だ。
「初心者向けのプログラムだねホント。ハル君が<魔力操作>でやってる方が専門的なんじゃない?」
「そうかもね。最初の二つで、どこからか専用の情報を呼び出してる。そっちが本命かも」
「呼び出すそれが神様の作ったプログラムか。その魔方陣は初心者用UIなんだね」
言い得て妙だ。その通りかも知れない。
それならば、魔法の深遠を極めたところで、定義された情報の範囲でしか奇跡を起こせない事になる。
それはそれで、十分凄いことなのであろうが。
「で、そろそろ敵が来るけど、そのちっちゃい炎でどうにかなるのかな?」
「ならないねー。大きさを馬鹿でかくしても見掛け倒しになるだけで、威力は大して上がらないだろうな、これ」
「どうする?」
「仕方ないからこうする」
ハルは炎を置いて数歩下がり、その炎に<魔力操作>で強引にHPMPを大量につぎ込んだ。
見る間に膨張し、色を変えた炎は、洞窟の道一杯に広がりそれを埋め尽くしていく。
ダメ押しに<魔力操作>で外付けの動力を作って射出してやる。ゴリゴリと洞窟の壁を焼き焦がしながら、炎の弾はゆっくりとモンスターの群れを飲み込んで進んでいった。
「ハル君、それ最初の魔法、必要あったかな? 最初から<魔力操作>でいいのでは?」
「……種火が無ければ魔力は燃やせないから、必要って事で」
「さよかー」
「左様左様」
実戦用に役立てるためには、もっと定義を複雑にした魔法でなければ全く意味がなかった。その事が分かっただけでも良しとする。
破壊された通路は、時間が経つと元の形に再生されていく。
ハルとユキは、しばらく巨大な火球が通路を焼き焦がして進んで行くのを眺めがなら、雑談してのんびりとそれに続いた。
魔法を消すための式を組み込んで居なかったのだ。魔力を燃やし尽くすまで、しばらくかかった。
「ところでそれ、<火魔法>のスキル経験は上がった?」
「上がらないね。スキル内の魔法を使わないと経験と見なされないみたい」
「ますます意味なかったねー」
理解は深まったとハルとしては思うのだが。経験値とは何を基準にしているのだろうか。
*
その後も歩いて行くと、広めの部屋が見えてくる。
ボスの居るマップに着いたかと思ったが、そうではないようだ。人の話し声が聞こえてくる。
「誰か居るねハル君。攻略班かな」
「攻略班は今準備中みたいだよ。声は女の子だし、ファンクラブじゃない?」
「さすがハル君、女子の声に敏感だ」
「やかましいわ」
部屋に入ると、隅の方に固まって女の子たちが座っていた。休憩中、というよりは会議中のようだ。この先に進むかの相談だろう。
人数は二十人に近い。よくこれだけ集めたものだ。目的を同じくするメンバーであれど、十人を越える人数を集めるのは大変になる。リーダーが骨を折っているのだろう。
彼女らのレベルは心もとない。最初から比べればもちろん上がっているが、ここに挑戦するには不足だろう。よくここまで辿りつけたものだ。
「でも経験値いいですよね。レベル上がりましたよ」
「ゴールドもかなりとれるよね。……全部お薬に消えるけど」
「お薬もう無いです~」
「わたしもないですー」
「リーダー、この辺が限界なんじゃね」
「えー行けるとこまで行きましょうよー」
「ボスには勝てないですよー。消費増えるだけです」
「あれ、誰か来た? あれユキちゃんじゃん?」
「ホントだ! ユキちゃんだ。隣の人ってもしかしてハルさん?」
「生ハルだ。すごい」
「生ハル! 私ハルさん初めて見た!」
「私もだ」
生春巻きのように言わないで欲しい。盛り上がっている。非常に姦しい。
ちなみにハルの方も、ルナとユキ以外のプレイヤーを初めて見た。
彼女たちの輪の中から、すぐに一人の女子がこちらに歩いてくる。リーダーなのだろう、非常に判断が早い。リーダー慣れしている様子だ。
「こんにちは、はじめまして。シルフィードと申します」
「こんにちは。ハルです、よろしく」
「シルフィーちゃんこんちゃー。こんなトコまで来たんだね」
ユキは顔見知りのようだ。様々なダンジョンを渡り歩いているユキだ、顔も広そうだ。
「皆で協力して。ここまでは何とかという所です。ハルさん、お噂はかねがね」
「良い噂だといいんだけどね」
「シルフィーちゃん緊張してる」
「し、仕方ないでしょう!」
確かに掲示板だともっと活発な様子だった。お嬢様系のキャラだったはずだ。
お嬢様といってもルナのようなお嬢様ではない。もっとこう、オホホと高笑いでもしそうな元気の良いタイプだ。その勢いで皆をまとめ上げているのだろう。
「ギルドを作られたんですよね。結成おめでとうございます」
「ありがとう。君達がファンクラブ作るのが先だと思ったけど、やっぱりキツイかな?」
「ええ、ここの攻略で回復薬が底を尽きてしまいましたし。集めなおしですね」
「大変だよねー。いや、うちはハル君がやってくれたから私は大変じゃなかったんだけど」
「お金はユキが出したじゃん」
かなり人数が集まっているようだが、それでも大変らしい。まあ仕方がないだろう。
彼女達は初心者だ。それも目的がある。自分を鍛えるために使っていると、なかなか余剰のHPMPが出ないようだ。聞くところによれば、ログアウト前に目一杯補充して上がり、自然回復を無駄にしないように調整しているらしい。
ログアウト中も自然回復はするようだ。ハルはログアウトしないので初めて知った。
「ハル君、貸してあげれば?」
「貸すって、回復薬を?」
「ゴールドでもいいんじゃない」
ユキが何か言い出した。あまり一般のユーザーと深く関わらないとハルが言うので、強引に接点を作ってくれようとしているのだろうか。
貸したら、返してもらうためにまた会う事になるだろう。それを狙ったものだ。
とは言え、そう簡単に気持ちが変わるものでもない。貸しても、そのまま返さず終わりで構わないとしてしまい、その後会わないのがハルである。
《じゃあギルドに借金機能を付けましょうか。それなら会わなくても貸し出しが出来ますねー》
──この神様なに言ってんの!? え、そんなにゴールド貸させたいの?
《はい。貸させたいです。利息も付けられるようにしましたよー?》
徹底している。ゴールドはショップで買い物をするだけではなく、何か攻略上の重要なリソースなのだろうか。
しかし、これなら返済も自動で行われるだろう。ユキには悪いが、わざわざ再び会わなくても済む。
向こうのメンバーの女の子たちの視線も何やら期待している様子だ。断ってもかわいそうだろう。ハルは提案を受ける事にした。
「じゃあギルドの機能を使ってゴールドを貸し出そうか。利子が付いちゃうけどいいかな? 最低値にしておくから」
「あ、はいっ! お願いします、助かります! では2000万ゴールドお願い出来ますか?」
「キミ一人でいいの? 負担が大きくなるけど」
「リーダーですので。それに無事ギルドが出来たら、共有資金にカンパしてもらいます」
やはり判断が早い。大金であるというのに迷いなく決める。こういうのがリーダーの資質なのだろう。
女の子達もきゃいきゃい喜んでいる。今回の攻略が失敗してしまった穴埋めに、と考えての事なのかもしれない。
ハルは作られたばかりの機能を使って彼女にゴールドを貸し出した。
どうやら借りっぱなしでゴールドを稼がずにいると、HPMPの自動回復を停止して、回復薬として搾り取るらしい。こわい。
真面目そうな彼女は問題ないだろうが、借り逃げは許さないようだ。
──悪用する方法あるけど平気?
《悪用されたら対策しますよー》
悪用される前に対策していただきたい。
例えばゲームを真面目にプレイする気の無いユーザーに、最大設定で貸し出しておけば利息分まる儲けが出来る。
まあ、全てのデータの流れが把握できる彼女だ。おかしな金の流れもすぐに分かるのだろう。
◇
「ギルド作れるんだ! やったね!」
「リーダーありがとう!」
「お礼はハルさんにですよ! 皆さん、後で言っておいてくださいね!」
「はーい」
「服のお礼も直接いえばよかった」
「もう行っちゃった」
「リーダー、一緒に行かないの?」
「無理無理。着いていけねーよ」
「迷惑じゃん?」
「足手まといにしかならぬ」
「配信してくれるってさ」
「見よう見よう」
「戻ってからになさい!」
「リーダー、ハルさんの前ではおとなしかったね。もしかして」
「違いますよ」
「もしかして、ケイト姐さんみたいに……」
「ものっ凄い違います!」
後ろから、そんなにぎやかな声が聞こえてくる。
彼女らのレベルでは、ここまで長丁場だったろうに元気が良いことだ。
「結局どうなんハル君。彼女とフラグ立ってるん?」
「フラグゆうな。多分だけど、向こうは僕のこと知ってるんじゃないかなあ」
「他のゲーム? あ、いや学校かな? お嬢様学院だったよねハル君のとこ。お嬢様慣れしてるからあのキャラなんだね」
「お嬢様学院ではないが。まあ、だから深くは考えないでおく」
「リアルは面倒だもんね」
ハルのキャラクターはリアルと変わらない。故に一方的に向こうがハルの事を知っているという展開もありえた。
それもやり辛かろう。ハルとしては気にしなくて構わないのだが。少し申し訳ないことをした。
「だからユキは、もしかしたらルナだと思われてるかもねえ」
「うわー、やーめーてー! ルナちゃんみたいに出来ないよ私。絶対出来ない」
ハルは学園のあの男子である。その男子は常に美月と一緒に居る。ハルとユキは一緒に攻略していた。よってユキは美月である。証明終了。
リアルとゲームでは性格が違うなど良くある事だ。そういう事だって考えられる。
「ハル君から後で否定しておいてねー?」
「こっちからわざわざ言ったりしないから、どうかね。そろそろ配信するよー」
「ちょいまち。……はい、いいよー」
ユキはすぐに気持ちを切り替え、戦闘モードに精神を移行する。流石の早さ。
シルフィード達とは行動を共にせず、ボス討伐の様子は生放送をしてそれで見せる約束をした。
彼女たちを守りきるのはこちらの戦力が落ちるし、見せられない物だってある。
「道が狭くなってるねハル君。せっかくだからアレやらない?」
「アレか。モンスター相手だと意味無いと思うんだけど」
「楽しいじゃん。それに配信なら見栄え重視だ。ハル君は<飛行>禁止ねー」
「はいはい。あんまり飛ばさないでね」
「約束は出来ないなー」
生放送を開始して道なりに進んで行くと、道は急に狭くなっていった。ここからは更に別の技能が要求されるということだろう。
そこでユキから提案が入る。別の技能を使う事には変わりないが、確実にここで想定されている技能ではないだろう。
生身のままでは厳しそうだ。
「<加速魔法>と<魔拳>どっちがいいの?」
「加速じゃない? <魔拳>は反動が抑えられてるから多分向かない」
「なるほど。ありがとう」
ハルは<加速魔法>にMPを限界までつぎ込み、つま先で地面を叩いて様子を見る。
軽く叩いただけで、とーん、と足が跳ね上がった。制御が大変そうだ。ハルはこの体に使う思考領域を多く回す。
「やる気だねハル君。飛ばすなと言いつつ、ハル君のが速くなるんじゃないそれじゃ」
「慣れてないんだよこの魔法」
「配信の設定はしっかりね。それじゃあお先!」
言うが早いか、ユキが地面を蹴って飛んで行く。駆けていく、ではない。飛んで行っている。
<加速魔法>で強化された脚力によって向かう先は次の地面ではない、洞窟の壁だ。そのまま壁を蹴ると次は天井に、逆の壁に、そしてまた地面に。
跳ね回るという言葉が相応しい、ユキは洞窟の壁を跳ね回り飛んでいった。
すぐにユキの姿は見えなくなり、カカカカカカッ、という小気味良いリズムだけが響く。
ニンスパでは基本の軌道だ。この状態で駆け回っているのに、尚もその後ろから首を取られる。
配信を見ている彼女たちも、このゲームでこれを見る事になるとは思わなかっただろう。
「設定が終わってから行ってくれ……」
視聴者が酔わないように、カメラの追従設定を高速で終えたハルもユキに続く。
まるで弾丸が跳弾するような速度で、四方に跳ね返りながらユキに追いついた。彼女の言うように加速にMPを使いすぎたようだ。
「わお、ハル君はっやーい!」
「舌噛むよー!」
「そんなヘマしないよー。あ、モンスター追い越しちゃった!」
地面から湧き出るように出現するモンスターも、縦横無尽に跳ね回る二人のスピードに対応出来ずに置き去りにされる。
いや、対応してきたとしても頭上を飛び越えられて終わりだろう。
これは想定しているのかいないのか。大幅なショートカットで、ふたりはボスまで一気に飛んでいった。
※誤字修正を行いました。会うが皆合うになっていました。
加えて、ハルがきちんと挨拶していなかったので、それを書き加えました。大筋に変更はありません。




