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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第10章 ジェード編

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第325話 進退窮まり丸くなる

「お、にゃんこだ」

「うみゃー……」


 対抗戦の開催も終わり、ハルの分身と共に観戦していたユキも戻ってくる。


 今は、このお屋敷も暖炉に火が入っており、新しく家族に加わった黒猫のメタと一緒に、皆で暖炉の前で丸くなっていた。


「そうなんですよーユキさん。ハルちゃんったら、飼っちゃダメって言うのに飼っちゃうんだからー、もー」

「悪かったよカナリーお母さん。緊急事態だったんだ」

「いえー、良い対応だったと思いますよー」

「どっちやねーん」


 突っ込みつつ、ユキも暖炉の輪に入る。

 ここ天空城は、上空であるため少し寒い。下界の気温と同期するように周囲の結界を調整しているが、まだ完全ではないようで、今宵は冬の寒さだった。


 ぬく、ぬく、と幸せそうな黒猫の背を撫でる、アイリの表情も穏やかだ。


「ユキさんも撫でますか? ねこさん、心地良いです」

「え、どうしよ。私が撫ぜたら起こしちゃいそう……」

「ユキ、そのこ寝てないよ元々。AIだからね」

「みゃうん」

「おお、ハル君と同じ」

「眠れる体になるのが最終目標なんだって」


 カナリーのように、人化には興味がないようだった。神様もそれぞれだ。


 ハルも、多少は興味がある。眠るということ。

 二十四時間、絶えずネットワークを監視する管理ユニットとして調整されたハルは、睡眠を必要としない。いや、とることが出来ない。

 夢というものを見ることもなく、アイリたちが寝ている間もずっと起きて過ごすことに、何も思わないといえば嘘になる。


 しかし、それを補って余りある恩恵がある。ハルはそれを重視していた。メタのように、眠れるようになろうとは思わない。


「……今は、カナリーちゃんも居るしね」

「はい。そうですよ。眠れぬ夜も、二人ならあっという間です」


 ハルのデータを読み取り続け、ハルと同じ身体に生まれ変わったカナリー。彼女もまた、睡眠をとることが無い。

 孤独な夜はふたりの夜となり、今は毎夜を共に過ごす相方だった。


「うりー、うりうりー撫ぜ撫ぜー」

「みゃふふふ、みゃみゃーん」


 そして、眠らぬ夜の相方となるのがここにももう一人。医療用のポッドでログインすることにより、睡眠時間を極端に削ったユキである。


「でも暖炉かー。今日は冷えるんだねー。街の方は大丈夫? 暖房関係がみんな品切れなんでしょ?」

「まだ平気だね。ここ上空が極端に寒いだけで」

「しかし、それはじきに地上にも影響してくるでしょうからー。今年は寒さが早めに到来かもですねー」

「そーなん?」

「はいー。私が抜けて、気候制御もパワーも単純に一人分減っちゃいましたからー」

「天気まで弄ってたのかカナちゃん達は……」


 戦艦イベントに合わせて、雨季の到来の時期を制御していた神様たちだ。かなり大規模な制御を行えることが、それからも分かる。


「もともと、この星の気流って荒れてますからねー。神が介入しないと、人間に合った自然な四季なんて訪れないんですよー」

「うげ……、予想より終末だった、この世界……」

「このゲームの外は、結構荒れてるって話だね」


 過去の大戦により相当な被害を出した土地もあると、ハルも情報の制限が無くなったカナリーから聞いている。


 そんな外の世界と、この箱庭のゲーム世界は地続きだ。バリアが張ってあるが、それは魔力の乗らない気流を素通しし、時に天候は荒れる。

 なので、神の力による気候制御は、文明の安定した今の時代になっても必要であるようだった。


「まあそれは良いか! 私が考えても仕方ない!」

「相変わらずユキは思い切りが良い」

「そういえば、ユキさん。対抗戦はどうでしたか? わたくし、そういえば出ないのは初めてでした!」

「そうだねー。退屈だったかなー」

「そうでしたか! ユキさんも、参加すればよかったですね」


 今回の対抗戦、初のアイリの参加しない、すなわちハルの参加しない試合となった。

 そのため内容としては非常に平和。飛びぬけた力を持った存在の関わらない、バランスの取れた試合運びとなっていた。


 だがそれ故、派手な展開を好むユキには少々退屈だったようだ。

 今回はハルの分身と共に、ずっと観客席で全体の観察、プレイヤーの情報収集を行ってくれていた。


「参加なんかしたら、ハルさんのお隣で観戦デート出来ませんものねー?」

「ふぇっ!? えと、はい、そうです……」

「楽しかったですか!?」

「いえ、その、いつも通り楽しいです……、はい。……じゃなくて! やっぱりハル君いないと盛り上がりに欠けるよ。今までみたいなお祭り騒ぎ感は無かったね」

「でも、『試合』がしたい人には高評価だったんじゃない?」

「んー、やっぱ対戦ゲームってさー、バランスが悪いほど盛り上がるんだよねー」


 弱キャラ使いにはたまったものではない発言だが、観客全体の傾向としてはどうしてもそうなってしまう。

 一瞬のスキからの一発逆転。そのスキすら与えぬ十割かんぜん勝利。強キャラによる蹂躙。それをプレイヤースキルで覆すロマン。

 そういった盛り上がりはバランスの悪さあってこそだ。無論、悪すぎれば誰にとっても詰まらないクソゲーと成り果てる危険性もはらんでいる。


 フルダイブゲームの黎明期れいめいき、発達してきたAI技術のお披露目も含めて、『完全なるバランス調整』をお題目に掲げた対戦ゲームがあった。

 秩序意味するコスモスの名を冠し、大々的にサービス開始したゲームは大きな期待と共に出迎えられたが、運営の想定した盛り上がりを見せることは無かった。


 AIの高度な計算により、どのキャラクターを使っても五分五分の勝敗バランス。

 高度なUI、操作方法の簡易化により、初心者と熟練者の間を埋めるアシスト。それらの仕様により、大ヒットを期待されたゲームのユーザー評は『イマイチ盛り上がらない』。


 余談であった。ハルとしても、バランスうんぬんよりも操作をUIに管理されすぎて好きにはなれなかった作品である。

 やはりフルダイブなら自由に暴れまわりたい。


「……でも、もう僕が出たらバランスの問題じゃ済まないよ。完璧に無理ゲーだ」

「ダメージ与えられないもんねー……」


 だがそのバランスにも限度がある。今のハルが参加すれば、他の参加者には全く勝ち筋が無い。

 ハルの方も以前のように、いかに対多数と渡り合うかなど考える必要もなく、脳死で、つまり何も考えず作業のように倒して終わりだ。


 時代が変わった、それを肌で感じる。もうカナリーのために必死で魔力を集める必要もない。

 普通のゲームならば距離を置くことを考えるだろうが、ハルにとってもはやこれは生活そのもの。別の部分に、目を向けるべき時なのだろう。





「でもさー、今回のルールは少し面白そうだったね。ハル君が追加させたんだっけ」

「ああ、『他人を強化した時は二倍』、ね。目的は水面下グループのあぶり出しだけどね」


 今回の対抗戦は基本的オーソドックスなスタイル、『侵食力』、『建築力』、『神の強化』、そして『自分の強化』にポイントが使える仕組みだ。

 しかし、その自分の強化、つまりキャラクター強化を他人に使った時のみ、強化ポイントは二倍になる。


 これは単純にペアで行動して、お互いに掛け合えば効率は二倍。上手い人を皆で集まって強化し続ければ、一気に有利になる可能性もある。

 変なところでは、他人に使わせておいて自分だけは裏切る、なんてトラブルも発生していた。


 そういった駆け引きを誘発する意図の他に、“誰と誰が組んでいるか”を観察しやすいようにハルが設定した仕様であった。

 水面下で組み、コミュニケーション機能にはほとんど出てこないプレイヤー。それを炙り出すトラップ。

 普段は隠れていても、イベントでは気が緩む。または利益を優先する。それによって明らかになった連合は多かった。


「やっぱり、商品を買い集めてるのは緑のプレイヤーで間違いなさそうだよ。ストレージ拡張のユニークスキルを持ってるプレイヤーもほぼ特定した」

「やりましたね! ハルさんの目からは、逃れられないのです!」

「特定したから、どうこうするって訳じゃないけどね」

「では、今回の優勝は緑チームが?」

「そうはいかないんだよねーアイリちゃん。優勝は青チームだ」

「統率力の高さは、やっぱり頭一つ抜けてましたねー。ハルさんが居なければ、活躍すると思ってましたよー」


 いつもはハルが制圧してしまうために、いまいち活躍しきれなかった青の契約者シルフィード。今回は彼女の采配が青チームを初の優勝へと導いた。

 他人へのポイントの使い方も上手く指揮し、全体を纏める能力がここに報われる結果になったと言えよう。


 そんな、様々な面で第二段階(フェイズ)へ入ったと言えるこのゲーム。

 その中でハルは、己の今後の身の振り方に迷っていた。


「どうこうしないということは、特定したプレイヤーと接触しないのですかー?」


 その迷いを、カナリーにも指摘される。そう、最初はこの対抗戦で買占めを行っているプレイヤーを洗い出して、対策を取ろうとハルは考えていた。

 しかし試合が終了した今、その気分は薄れてきていた。


「……ん、そうだねー。別に、彼らも悪事をやろうとしている訳じゃないし」

「普通にゲーム攻略してるのを見て感化されちゃった?」

「それもある」


 ユキの指摘も正しい。ハルが今の力を使って、“ちょっと変わった遊び方”をしているだけのプレイヤーを邪魔するのは、どうもはばかられたのだ。

 そして理由はそれ以外にもある。


「この、メタちゃんと会ったからね、そこが大きいかも」

「にゃうにゃう♪」


 ハルは、暖炉の前で丸まる黒猫のやわらかな毛並みに手櫛を通す。人間ではないが、なんとなく笑顔に見えるその顔がほほえましい。


「最初、ジェードは僕と直接やりあう力が無いから、経済側から仕掛けてきてる、そういう前提で動いてた」

「でも、現地には既にねこさんが居た……」

「そうだねアイリ。もしかしたら、外の神の力を借りれば、僕に対抗する戦力を揃えられるのかも知れない」

「前提が狂っちゃったわけだ」


 その通りである。だとするならば、経済戦争ははったり(ブラフ)であるか、何か別の行動の準備である可能性も出てくる。

 そこを見極めないまま、動く気にはなれなかった。


「でもさハル君? 冬が近いのは事実だぜ? 今日だってほら、こんなに寒い」

「暖炉のそばから離れる気にはなりませんねー。ぬくぬくですねー?」

「にゃうん」

「そうなんだよねー……」


 そう、だからといって、冬までに暖房問題をどうにかしないとならないのも、また事実だ。そして、そこを安易に神のごとき力で解決しようとすると、そこを突かれる可能性が依然として残っている。

 進退(きわ)まる、ではないが、身動きをとれなくされたような錯覚があった。


「メタちゃーん。外の神様の状況を教えて?」

「にゃーにゃ。なう」

「あはは、ダメーだってさハル君。部下になってないんだね、にゃんこ」


 ハルの不利にならぬよう約束した猫も、完全に味方になった訳ではない。マイナスをゼロに戻しただけである。

 ただ、それはつまりメタがハルと敵対する事は無いということも意味しており、そういう意味では少し安心だった。


「私が外まで斥候せっこうに行ってこようか。ハル君じゃないから、出られるでしょ!」

「うーん。心配だな。外の状況が目隠しなのは不利すぎるから、頼みたくはあるけど……」

「だいじょーぶだって! もし死んでも、ここにリスポーンできるから」

「死ぬ前提はなー……」


 だったら代案はあるのか? とハルは自分でも思う。

 しかし、見えた範囲だけでも、機械神の眷属がひしめく未開の地域だ。出来るならば万全で臨みたいと思ってしまう。


 戦略ゲームでも、斥候は基本、使い捨てだ。


「それならマスター。マスターも外の神と、連絡を取ればいいのでは? あわよくば、こっちも協力者をつのりましょう」

「白銀。出来そうなの?」

「はい。さっきから<神化>を探ってますが。未知の神力パターンが神界ネットには散見されます。これは外の連中なんでしょーね」

「白銀は働き者だね。ずっとメタちゃんと丸まってたから、寒いのかと思った」

「それもあるです。あったかいのが、きもちーです」


 神界ネットには、ゲーム運営用に利用している部分の他にも、この地の神々が全体に向けて公開している情報もあるようだ。

 そして、逆に外の神が発信した情報を受け取っているパターンも。


 そうして、AI全体で技術を共有しあい、目的の達成に向かって皆で進んでいる。

 当然、それは全てではなく個人で、またはグループ内で秘匿ひとくされた情報も多く存在する。


 その神の共有スペースともいえる空間へのアクセスを、ハルと白銀は今試しているところだ。カナリーや他の神様にも話を聞いているが、感覚的な部分でありイマイチ進みが悪い。

 そこに、上手く接続できれば、文字通り世界が広がりそうだ。


 今夜は暖炉の前で、猫のように丸くなりつつ、その作業に没頭しようかと考えるハルだった。

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