第32話 結局彼は何を語ったのか
服の問題が一応の解決を見たので、お披露目といく。部屋から二人目のハルが出てきた。
既に自分が居る所に自分が出て行くというのが何だか居心地が悪い。
既にパーティメンバーが一杯で、これ以上入れる余地が無いのに操作キャラクターを増やしたようなものか。いや、増やしたようなものか、ではなく実際に増やしたのだが。
「というわけで」「こんな感じ」
「すごいですー!」
元から居たほうもベルトを締めて立ち上がり、二人並んで挨拶する。
彼女達の目にはどう映っているのだろうか。双子か、偽者か。残念ながら区別は付けられるものではなく、完全な同一人物なのだが。
思考は分けているが、意識は元を辿れば一つだ。体ごとに割り当てる思考領域を入れ替えたとしても、何も変化は無い。
「凄いわね、ハル。寝る前に面白いものが見れたわ」
「興奮して眠れないかな?」
「そうね。夢に出そう」
「ルナが恐怖体験みたいに言う……」
「複数のハルに追いかけられる夢」
「やめて!」
そんな事を言いつつもルナはご機嫌だ。常に伏せられた目が微妙に見開かれている。
微妙に、というのがポイント。抑えようとしているが抑えきれない様子が、興奮の高さを表している。不意の驚きであれば、一瞬反応するが、すぐに沈静化して強引にいつもの顔に戻っていく。
そんなルナ学、いやルナ検定だろうか。ハルは一級であった。
「ハル君それ全く同じ動きできるの?」
「んー、出来ない事はないんだけど」「今は処理を完全に分けてるから難しいかな」
「難しいんだ。変なのー」
言いつつ同じ動きをしようとしてみる。微妙にずれていた。
全く同じ動きをさせるには、分けずに一つの思考で動かしてやる必要があり、それは少し気持ちが悪い。
「あっ、何人くらい増やせるのかな。十二人まで?」
「いや、増やすだけならもっといけるよ。ユキだって思考は一つでも、同時に何人もキャラ操作したり出来るでしょ?」
「確かにね。でもその分、性能は落ちるか」
「そゆこと」
これはモニター式ゲームでの話だ。フルダイブゲームでは今のところ、一人いちキャラクターが原則である。
「さて、面白いものも見れたし、私はそろそろ上がるわね」
「うん、おやすみ、ルナ」
「お休みなさいルナさん!」
「お休みなさい。ユキ、楽しんで来てね」
「ありがとルナちー。またねー」
見届けて満足したのか、ルナがやや足早にログアウトしていく。時間を押して残ってくれたのだろう。少しぐずり過ぎて悪いことをした。
同じようにユキも待たせてしまっているか。こちらもダラダラしていないで出かけた方が良いだろう。
*
カナリーに頼んで、ユキと共に彼女の神殿まで飛んでくる。もう片方の体はアイリの元に残したままだ。
「これ、普通にログアウト経由でワープしたらどうなるんだろう」
「変になるかも知れませんねー。必ず私を通してくださいねー」
「カナリーちゃんが居てよかったよ」
「でしょうー?」
さて、実のところ神殿で依頼を受けるのはこれが初めてになる。勝手が分からない。
ゲーム開始直後にアイリと出会い、そのままずっと彼女と生活を共にしているのだ。ゲームの本筋には今更触れる。何だか変な感慨がある。
「依頼ってどうするの?」
「祭壇あるじゃん? あれに触れるとメニューでるよ」
「そうなんだ。ただの飾りじゃなかったんだね」
「実は神殿内でメニューを開けば、クエストメニューが追加されていますので、ただの飾りなんですよねー」
「カナリーちゃん、自分で言っちゃうんだ……」
「カナリんらしいねぇ」
なんとただの飾りであった。
しかしまあ、仕方ない所もあるだろう。あの場所はログイン地点にもなっているはずだ。人がごった返していては、触れなくなる。
とりあえず今は、せっかくなので祭壇で受ける事にする。ここは人が来ることは無い。混むのを心配する必要はなかった。
「出てきた。どれやるの?」
「一番上の。別枠で赤くなってるやつ。今更ハル君が基本の依頼やる必要なんか無いしね」
「まあ、順を追っていくのも楽しそうだけど、って最前線だねどう見ても」
クエスト名、『瑠璃色の番人』。難易度を示す星マークが沢山付いている。
通常の依頼ではなく、例の、次の神殿解放用の特別クエストなのだろう。
今話題になっている、瑠璃の王国への入国審査といったところか。ハルが魔法を習って過ごしているうちに、攻略の波はここまで到達したようだ。
内容は、道を塞ぐ番人を倒して瑠璃の国への道を開けというもの。ボス討伐クエストなのだろう。
「これ、いきなり難易度めっちゃ上がるらしくてね。攻略班もお手上げみたいよ」
「順路、違うのかな」
「そうだろうねぇ。まず先に、この国のクエスト全部埋めて、それからどこの国へ行こうか、って事になる想定なんだよきっと。直線で一つの国を目指すようにはなってない」
「なるほど、この状況が続くと萎えるだろうね」
「地道にレベル上げればいいんだけどねー。熱量がルート開拓にしか向いてないから。だから盛り下がる前に、私とハル君で攻略しちゃおう」
今は全体の目的が一致しているが、この先に進みたいのは、新規で入ってきたレベルの低いもの達が多い。
強引には進めないとなれば、元々あまり興味の無いレベルの高い既存のユーザーは、国内の別ルートの開拓に戻ってしまうだろう。
そうすると、残った新規の人間だけでは更に攻略が難しくなる。
盛り上がった熱量も一気に冷めていくだろう。
「相変わらず掲示板は見ないんだねー。頭いっぱいあるのに」
「面白いゲーム沢山あったら、ユキはつまらないゲームやる? 掲示板がつまらないって意味じゃあないけどね」
「優先順位の高いものが他にも多いってことだね。アイリちゃんといちゃいちゃするとかね!」
「まあね。当然だね。それに、ユキが教えてくれるから、それに甘えてるかな」
「おおぉ……、もっとお姉ーちゃんに甘えてくれてもいいのだよ?」
ユキは年上であっただろうか?
まあそんな事は瑣末なことだ。年下のお姉ーちゃんが居てもいい。
一応、ハルも掲示板を見ていない訳ではない。全体の状況の把握程度はしている。
武器防具の製作依頼も増えており、その事からも攻略が加速している事は察せられていた。だがあまり興味がない。なので意識にはあまり残らない。
今は魔法の理論を紐解くことに夢中だった。
「ハル君ってさ、その頭脳で、常に全体の隅々まで把握してるのかと思ってた。『世界は僕の手の内!』、みたいな感じにさ」
「全体を細かく把握する事が勝利に繋がるゲームならそうするかも知れないけどね。普段は好きな事だけやって遊んでるよ」
「あはは、私とおんなじだね」
「そうだね」
そう言いつつ、ユキは裏でしっかり全体の把握につとめているのだろう。努力家な彼女のことだ。
それを満たした上で、好きな事をやっている。
自分と同じにしては失礼かもな、などと考えながらハルはカナリーに導かれ、ダンジョンへとワープしていった。
ちなみに、今更<駆け出し使徒>の称号が入手出来たようだ。何か依頼を受ける事が条件だった。
*
「ダンジョンへは徒歩じゃないんだね」
「どんな苦行さハル君。神殿が必ずダンジョンの近くにある訳じゃないんだよ」
ダンジョン近くの神殿へワープして、そこから向かうのかとハルは思っていた。
「飛べるのは依頼を受けたとこだけかな?」
「そうだねー。依頼が消える事はないから問題はないけど」
「後で試しに飛んで行ってみようかな。実際に<飛行>で」
「入れなかったりしてね」
「歩いて行ったら絶望だねそれ」
プレイヤーの体は疲れないとはいえ、徒歩のスピードは現実とさほど変わらない。
利便性を考えれば、直接ダンジョンへ行けるのは当然の事だ。
しかし、ずっとこの機能で神殿とダンジョンを往復していれば、全くNPCと関わる機会が無いだろう。神様は現地の人間と合わせたいのか合わせたくないのか、たまに分からなくなる。
「誰も居ない。ラッキーだねハル君!」
「居たら目立っちゃうだろうからね」
クエスト用のダンジョンは洞窟のようだ。篝火が一定感覚で壁際に焚かれており、暗くはない。
道を塞ぐボスなのに洞窟の中に居てきちんと役割を果たせるのか、などと気にしてはいけない。
そういうものなのだ。お約束なのだ。突っ込んだら負けなのだ。
「ハル君、人気者だからねー」
「むしろユキが目立つんじゃない? 普段から人前で戦ってるんだし、けっこう人気なんじゃない、ユキも」
「興味ないよー。PT入り誘われる事はあるけど、ずっとソロでやってるし。あ、ギルド作ってからはちょっと減ったよ」
「それはよかったよ」
「そんなレアエネミーが二匹揃って登場したら、やっぱり目立つかもねー」
希少モンスターとして狩られてしまうのだろうか。
「このゲームがPKありだったらレアエネミー扱いもされたかもね」
「出来ない訳じゃないよ、メリットが無いだけで。やる人はやる」
「返り討ちだけどね」
「そうそれ。私とハル君に勝てるわけない」
相手の経験値やアイテムを奪う事が出来なくても、プレイヤーを襲う事が好きな者も一定数居るだろう。
ただ、既に『お問い合わせ』が通報だと広まってしまったこのゲームでは、居場所は無いかも知れない。
迷惑行為だと判定された場合、神様は厳しいようだった。既にそういった事例があるようだ。
「まあここの雑魚より弱いだろうからっ! まるで楽しめないだろうけどねっ!」
「そうなんだ。結構強いんだねこいつら」
雑談の途中、急にユキの姿がかき消える。
実際に消えた訳ではない。道中を邪魔する雑魚モンスターが現れ、それに一瞬で詰め寄ったのだ。ハルですら見失いそうになるスピードはかなりの物。
洞窟に似合わぬ、華美な鎧と剣で武装した人型のモンスター達を徒手空拳で殴り倒していく。
名前は『悠久の武人』。ゾンビとかミイラだろうか、武装したタイプの。全身が鎧に覆われ確認は出来ない。
ハルもそれを追い、ユキが全て片付けてしまう前に敵に肉薄する。
亜神剣を抜き放ち、その勢いのまま横薙ぎに切り払う。堅牢そうな鎧も、その鋭さの前には溶けたバターと何も変わらない。三体まとめて真っ二つになった。
多少広めの通路とはいえ洞窟だ。敵も密集して現れざるを得ない。一度に複数を巻き込んで攻撃するのは容易だった。
下手をすればユキにも当たってしまいそうな距離だが、お互いそんな事はまるで気にしない。ハルは当たらないように斬るし、ユキは当たるように動かない。その信頼感が二人にあった。
十五体ほど出現したモンスターも、流れ作業のように数秒のうちに片が付いた。
「つい釣られて接近戦を仕掛けてしまった。魔法で戦おうと思ってたのに」
「ハル君そっちのが慣れてるもん、しゃーなし、しゃーなし」
「ユキ速いね。いつも<加速魔法>使ってるの?」
「便利だよ。それに涼しい顔で付いてくるハル君もオカシイけどね」
ユキと肩を並べているという状況のせいだろうか。体が勝手に接近戦を選んでしまった。
ユキとは対戦相手として戦う事の方が多いが、組んで遊ぶ事もそれなりにある。その時は非常に頼りになる相棒だ。
特にニンスパでハルとユキが同じチームになると手が付けられない。相手チームは、一切姿を捉えることも出来ず、何をされたかまるで分からないまま終了まで過ごす事になる。クソゲーだ。
なおリプレイ鑑賞に移ると非常に盛りあがる。『これなら殺されても仕方ないよな』、といった賞賛に変わるのだ。クソゲーではなかったのだ。好評配信中。
◇
「攻略の難航は、洞窟の狭さのせい?」
「それもあるかな。同士討ち警戒して魔法を避けるもんね」
敵が湧き出てくるたびに切り払い、また殴り飛ばしながらふたり語らう。
逆に狭さを利用して、道を埋め尽くす程の魔法を撃つという手もあるが、前衛ゼロのパーティというのもなかかな無いだろう。どうしても思い切りがとれない。
「魔法を育ててる人が大半だからね」
「そうそう。それにアイツらの思考ルーチン、急に優秀になっててさー。剣士として強いよ、結構。あの人数で来られると、私やハル君でなきゃ対応出来ないレベル」
「シューティングやってたと思ったら、急に格闘ゲームに放り込まれたのか」
「お可哀想なこと……」
「お可哀想、ではない。バランス大丈夫かね」
瞬殺しておいて言うのもなんだが、敵のHPも結構高かった。
その量1500。プレイヤーに換算すれば50レベルだ。到達しているのは今はハルのみ。ユキも、もうじきといった所か。
あきらかに今挑むレベル帯ではなかった。
「それにここ、魔力が薄いね」
「へえー! そうなんだ。魔法の威力が下がるのかな?」
「自分のMPは変わらないから、目に見えて下がりはしないと思うけど。でも、何となく普段どおりには行かないんじゃないかな?」
「セレステは武神だから、接近戦が強くないと突破させないって事なのかなぁ」
「そうかもね。剣で戦ってる掲示板の彼らも、ここにはてこずってるみたいだね」
話しながら、目の端のウィンドウで掲示板を確認する。
剣を得意とするプレイヤーが何人か居たはずだ。対応は出来るようだが、まだレベル不足なのか、途中で物資が尽きて撤退を余技なくされているようだ。
ちなみにゲームウィンドウだが、どちらの体からでもウィンドウは出す事が出来た。こちらのハルも、新しくブラックカードを出して浮かべている。
別に黒くも、カード状である必要も無いのだが、未だ称号は変更不能だ。いっそトレードマークとして出しておくのも悪くない。
「じゃあハル君お得意の無限魔力もカタ無しだねー」
「いやー、それがねー……」
「まさか……」
それがそうでもなかったのだ。ハルの体のもう片方は、今もアイリと一緒に神域に居る。
この体と深い部分で繋がっているのか、向こうの体を通じて、神域の魔力が受け取れてしまうのだった。
「超人すぎる。こりゃ勝てんわ」
「システム的に相性が良かっただけだから。ユキだって十分超人でしょ、むしろそう呼ばれた数は僕より多いんじゃない?」
ユキの格闘技の腕は、いや格闘に限らず剣であれ何であれ、近接戦の動きはまさに超人的だ。
きっちり最適な動きをしたはずなのに、何故かそれを上回ってくる。
反則じみたセンスであった。
「私なんか超人じゃないよー。ハル君みたいのが超人なのー」
ふてくされてしまった。頬をぷくーっとしている。
結構かわいい。つつきたい。
「まだ気にしてるのか……、でも負けてあげる訳にはいかないからなー」
「駄目だよー手を抜いちゃ。でも何時になるのかなー、私が超人に成れるのは」
「まあ、元気だしなよ。自らが超人になる必要は無いってツァラトゥストラも言ってたし」
「だれさ! どんななぐさめさ! ……あ、なんか知ってる。音楽の人だ!」
「そうだね」
現状最先端のダンジョンであっても、この二人の敵ではない。何度モンスターが道を塞ごうと、二人の口を塞ぐまでには至らなかった。
そんな風にいつも通りの雑談をしながら、ふたりの蹂躙は続いていく。




