第313話 引越し
今日から新章スタートです。プレイヤー、NPCたち、そして内外の神様。それぞれの思惑が交差するお話が展開していきます。
まずは、いつものように日本の話からスタート! よろしくお願いします。
外の世界からの敵が襲来。そんな、新たな展開に沸き立つゲーム世界は少しお休みして、ハル達は揃って日本へと戻ってきていた。
向こうのことも気がかりではあるが、今は配下となったセレステに対処は一任してある。問題は起きないだろう。そのセレステが、こちらに来れないのでまたお留守番させてしまうのが、問題といえば問題か。
「ハルさんハルさんー、黄色のマフラーですよー? かわいいですねー?」
「似合ってるよカナリー。ルナから貰ったの?」
「貰っちゃいましたー。厚着するのは新鮮ですねえ。おしゃれですねー」
「かわいいかわいい。……黄色は、相変わらず好きなんだね」
「前世からの引継ぎポイントになりますー」
そんな、街路樹の葉も散りかけた、肌寒い日本の道をハルはカナリーとゆく。
そう、この引越しは彼女のためだ。せっかく日本に戻ってこれるようになったカナリーの、活動拠点がハルの狭い部屋では味気ない。
ユキの快諾もあり、ユキ一人では持て余している、大きなお屋敷へと住所を移すことに決めたのだった。
「別にハルさんのお部屋でも文句はありませんよー? 未練など無いんですか?」
「うん、ないよ。帰って寝るだけの部屋だったし」
「独特なベッドですよねー」
帰って寝るだけ。これはハルが語ると少々普通とは趣が異なる。
医療用ポッドに身を浸し、ゲームにインして過ごす、という意味となっていた。それなので、部屋がどうであろうと、特に感慨を抱くことはハルには無かったのだ。
だが、これからはそういう訳にはいくまい、そうハルは思っている。
新たに人としての生を歩み始めたカナリーだ。出来るなら、そんな味気ない生活は送らせたくはない。
その“人生”を、楽しんで欲しいものだ。
「見てくださいー。帽子も被ったんですよー。これで変装はばっちりなので、ユキさんのおうちに行く前に、専門店でお菓子を食べましょー」
「……そこはカフェとかじゃないの?」
「カフェはダメですー。手抜きですー」
「そりゃ、専門店と比べたら手抜きだよね……」
これは、ハルが気を回すまでもなく楽しむ気まんまんのようだ。
こちらでは少々目立つ、金色の髪を、これまた黄色の帽子にすっぽりと隠して。カナリーは寄り道をしに街中へとハルの手を引いてゆく。
ユキの家へと着いたなら、そこでも歓迎会が開かれる予定だというのに、『それはまた別腹』らしい。
苦笑しつつも、ハルは彼女に引っ張られる勢いに逆らわない。こんな、ささやかな望みくらい構わないだろうと。
アイリの事を言えないくらいには、ハルもまたカナリーを甘やかしているのだった。
「バレませんかねー、心臓が、とくとくしちゃいますねー」
「変なスリルにはまるんじゃないの。僕の知り合いに会わなければ大丈夫でしょ。そして、それは僕が避ける」
「有名人になったみたいですねえ」
「……マツバ君とか、やっぱり変装してるのかな?」
エーテルネットによって全ての人間の価値が等価になった現代でも。いや、だからこそか。有名な人、無名な人、という個人差は生まれている。
アイドル的な人気を誇る者の知名度は中でも非常に高い。ハルが以前に出会った、マツバ少年もそんな有名人の一人だ。
「調べてみます? 今彼が何してるー、とか」
「おやめカナリーちゃん! 管理者の力を変な事に使うんじゃないの」
「はーい」
そうしてとりとめも無いことを会話しながら、ハルとカナリーは手を繋いで雑踏へと入る。
ハル達の事を注視した人間は、誰一人居ないこの世界だった。
*
予定外の寄り道を済ませ、ふたりは閑静な住宅地、その中を更に進んだ静かな丘の上のお屋敷へとたどり着く。
周囲の家々からは距離を取り、このお屋敷だけ風景に埋没するように建っている。
近所付き合いの苦手なユキが選び、彼女もまたほぼ外には出ないので、無人扱いされている屋敷だった。
その敷地内を見ると、ちょうどハルの家から荷物を運んできてくれた業者が仕事を終えた所のようだった。
「ごくろうさまです」
「こんにちは! おうちの方ですね」
「ええ。今着いたところです」
「流石はお金持ちの方、好事家なんですね!」
業者の人が言っているのは、ハルの所持していた機械類の事だ。この時代、大量の機械類を所持しているなど珍しく、金持ちの道楽と思われたらしい。
実際は、エーテル以外の観点から周囲を警戒するための実用品が多いのだが、今の時代、機械はどれも同じに見えるのだろう。個人的に興味を持たれないのは好都合なので、ハルも特に訂正しない。
魔法が使えるようになった今となっては、重要度は二段階ほど下がる品々だ。
そんな、珍しい仕事に関われたことに浮かれる彼をねぎらって別れ、ハルとカナリーもお屋敷の扉をくぐるのだった。
「あ、ハル君にカナちゃん。えと、“おかえりなさい”。えへへ」
「ユキさんー、ただいまですよー!」
「ただいま、ユキ。荷物ありがとうね」
「んーん、いいの。家主の、お仕事」
扉を開けると、大人しい方のユキが出迎えてくれる。どうやら、『おかえり』を言うために待機してくれていたらしい。頭の下がる思いのハルだった。
そのままユキに連れられて食堂へと入ると、そこではルナとアイリの手によって食事の準備と、飾りつけが既に済まされていた。
「カナリー様、おかえりなさいませ!」
「おかえり、カナリー。今日からここが日本でのあなたの家よ?」
「ただいまですー。おー、美味しそうですねー。全部食べたら、動けなくなっちゃいますねー」
「ゆっくりお食べなさい?」
早速席に着こうとする彼女に苦笑しつつ、皆で食卓を囲む。『いただきます』の合唱が響き、新しく家族となった皆でのパーティーが開催されるのだった。
「ハル君、そいえば、あの変な機械はどこに置いとくの?」
「ああ、あれか。<魔力化>かけて消去しちゃってもいいかな」
「うぇ!? せっかく運んできたのに?」
「それはねユキ? 運ぶことそのものが重要だったのよ。『私は引越しをしました』、ってね?」
「あ、ルナちゃん、そうだったね。ハルくんたち歩いて来たのも、そのためだ」
この時代、いたる所に目はあるものだ。その事情が無ければ、<転移>で直接ここに移してやっても構わなかった。
公的な記録を作ること、それこそが目的だったと言えよう。
ハルやカナリーの力で、また“公文書偽造”しても良いのだが、やらずに済めばそれに越したことはない。
「きかい、不思議な見た目でした! わたくし、見慣れぬものばかりでわくわくしちゃいました!」
「なるほど。じゃあ、しばらくアイリのおもちゃにしようか」
「うんうん。お部屋、いっぱい余ってるし」
ユキ一人と比べれば人は増えたとはいえ、まだまだお屋敷の容量は過剰だった。いずれ、メイドさんも呼び寄せても問題ないだろう。
「機械と言えばハル? あのセレステが倒したモンスターの大群、機械だったそうね?」
「そんな話でてたねー。ログアウトしてたことが、悔やまれます」
世界の果てから攻めてくる、外の神様。あの戦いから程なくして、その存在は一般プレイヤーにも知るところになった。
そこには何と、神自身による自己紹介、宣戦布告動画もあったようで、完全に新たなイベントとして盛り込まれているようだった。
彼が語るには、自身は『機械の神』であるとか。
神様は立場上、日本人にはフレンドリーだ。今後は“敵として”、ゲームに参加するようだった。早くもその特別感のある雰囲気に、魅せられたプレイヤーも多い。
悪役とか、悪党と呼ばれる役回りとして認識しているのだろう。
あの、空を埋め尽くすような金属光沢のモンスターは、その機械神が作成した尖兵。まだまだ大量に用意してあるから期待するように、とのこと。
不安しかないハルだった。
「しかし、もの凄い数でしたね! いきなり空間を割いて現れたように見えました!」
「それはですねーアイリちゃん。もともと、国の外はあんなのがうろつく世界だったのですよー」
「バリアに映像を投射して、何も居ないように偽装していた?」
「ハルさん正解ですよー」
「平和を演出された、箱庭だったのね……」
ルナが考え込むような表情をする。
荒廃した世界に降臨した神様によって、安寧を約束された、人類最後の楽園。
それが、薄布を一枚はがしてみれば、その外は敵だらけといった状況だ。感じ方によっては絶望的だろう。
「でもさでもさ。カナちゃんさん?」
「ユキさん、質問を許可しちゃいますー!」
「そんないっぱいの敵さんに囲まれてて、よく今まで生き残れたね?」
「ユキはたまに容赦が無いわね……」
だが、最もな疑問だ。今回、バリアを管理していたシャルトが抜けたことで、境界面が弱くなり、敵が侵入してくるようになったという。
それは、裏を返せばそれまでは、バリアだけで敵の侵攻を防げていたという意味だ。
魔力にあまり余裕が無いあの世界、そんな高出力のバリアを維持し続けられるものなのか? そう考えてしまうのは自然なことだ。
「その答えは、常にバリアを張っていた訳ではないから、ですよー」
「それは、どこぞの王子様のように燃費の良いバリアってこと?」
「それもありますがー。真のバリアは不可侵協定だったのです。そもそもバリアの役目は偽装がメインです」
「なるほど」
「要は、『お前らがNPCと遊んでても口出しはしない』、しかし、『そこから外には出てくるな』、ってことかな」
そうでなければ、あの世界は、常にNPCの排斥を主張する神々の攻撃を受け続けていた事になる。
それではさすがに持たないだろう。もしくは、排斥側が打ち倒されてしまう。
そんな、仲間のAI同士で滅ぼしあう事態を避けるために、妥協できるラインを定めた。それがあの境界面なのだろう。
「じゃあさ、今回の侵略も、茶番なのかな?」
「ユキさんはっきり言いますねー。まあ、そういう側面は確かにありますねー」
「外の神様も、ゲームに参加しちゃってますものね! 実は味方になったのでしょうか?」
「それは無いですよーアイリちゃん」
「……最初から、中立だったのでしょう。そして、真の敵対勢力はまだ登場すらしていない」
実は出来レースの争いなのでは? といった空気が流れそうになったところで、ルナだけが現状の深刻さを正確に把握していた。
中立派をゲームイベントに取り込んだとはいえ、味方になった訳ではないのは動かない。彼らはNPCの事は気にかけず、侵攻の邪魔になれば容赦しないだろう。
そして、排斥派は敵であるが故に、現状、ゲームには関わってくる気すらない。
「しかし、結界が曖昧になってしまった以上、いつ状況が変化するかは分かりません。まあ、私のせいなんですけどねー?」
「カナリーちゃん、人間になったからといって自虐ネタは使う必要は無い」
「そうそう。そこはきっと、ハル君なんとかしてくれる」
「ユキは楽観的ねぇ……」
だがパーティーの席で、あまり深刻な顔をしているものではないとルナも思ったのだろう。そんなユキの笑顔につられて、今は不安を忘れることにしたようだ。
「だってほら、ハル君ってもう無敵になったんでしょ? 神様だろうとなんだろうと、やっつけちゃえる」
「そうなのです! 勝ちなのです!」
「……ゲーム外には魔力無いから、<魔力封鎖>は役に立たないよ」
「機械相手では、<魔法消去>も意味なさそうですねー」
「しまった!」
「しまりました!」
「……楽しそうね?」
だが、次も何とかなる、そう楽観的に考えるのは重要かもしれない。悲観しすぎては、大切なことを見落としてしまうだろう。
ハル達は揃って顔を上げると、そこからはパーティーを楽しむのだった。
◇
「そういえば、『僕が居れば勝ち』ってのは懐かしいね」
「ハルさん。わたくしが、どうかなさいましたか?」
「いいや? 会ったばかりの頃、そんな風に言われたっけな、って」
「えへへへ……、意識せずに言ってたと思います。何に勝つのでしょうか」
「なんだろね?」
まあ、別に何でもいいとはハルは思っている。『ハルが居れば何でも勝てる』、そうアイリに思ってもらえているならば、細かい事はどうでもいいと。
しかし、そこで終わりになるはずだった会話を、引き継ぐ声があった。カナリーだ。
既に大量の食事をするのにも慣れたようで、次々とお菓子を口にしている。ハルが介入するまでもなく、自分で自分の体内のナノマシンを操り、消化を高速化していた。……凄い順応力だ。
「それはきっと、私のイメージが伝播したのだと思いますよ。私のハルさんへの信頼度は最初からMAXでしたから」
「わたくしは、カナリー様の信徒だったから……」
「伝わっちゃったんでしょうねー。今、この状況への不安も当時からありました。そして、ハルさんが居れば彼らに『勝てる』という思いも」
「そういうものかね?」
「真実はわかりませんー。でも、そうだったら素敵だなーって」
「はい! 素敵ですー……」
そういえば、ハル達と出会う前は、夢見が悪かった、そういう話も聞いた気がする。
カナリーを通じて、未来の絶望的な光景を夢に見ていたのだろうか?
一瞬、何とかしてバリアを修復することで、この事態を収められないかと考えるハルだったが、それでは、そのヴィジョンに対する根本的な解決にならないと思い直す。
いずれ、NPCが文明を立て直すとき、箱庭の中だけではそれは達成できない。
ハルはこの幸せな食卓の中で、無邪気に笑う彼女らの信頼どおりに勝利してみせようと、胸に想いを宿らせるのだった。




