第311話 支配者の力
セレステの本体の使用承認。会議の結果一覧。
【承認】
・セレステ『青』、マリー『橙』、ジェード『緑』
セレステによる根回し
・マリンブルー『藍』
楽しそうだから
・マゼンタ『赤』
ハルの能力強化
【否認】
・オーキッド『紫』
大人しく負けとけ
・シャルト『黄』
首都の上で暴れないでくれます?
さて、『覚醒する』、などと一口に言っても、いったいどうすれば良いのか。正直、検討もつかない。それはそうだろう。覚醒しようと思って出来れば世の中苦労しない。
分かっているのは、何らかのユニークスキルの開眼を意味しているという事くらいだ。
ユニークスキル、通常のスキルリスト一覧に無い固有のスキル。未だ謎が多く、巷でもこれの覚醒方法をやっきになって調べているが、成果は上がらない。
個人ごとに取れる内容がまるで違い、稀に同じスキル持ちが現れても、習得した際の状況や、各人のレベルやプレイ時間などの前提条件も全く別のものだった。
《そして、マスターに関して言うならば、分割された精神を一つに統合中しか習得できない、ですね》
──そうだね白銀。このことから見るに、これは一般的な人類さま専用のシステムだと考えられる。
僕のような、人類の範疇から一歩踏み出した存在では正しく機能しないようだ。
なのにセレステは、ことさら僕にそれを求めてくる。それは、何を意味しているのだろう? 彼女は僕に、何を求めているのだろうか。
《それはやっぱり、マスターがマスターだからじゃないです? 役割どおり、従事すること望んでるんです》
──言ってたね、そんな風に。なら、やっぱり支配関係のスキルなのかな。
《きっと<AI従わせ光線>とかですよ。びびびーって》
──白銀、お前だんだん容姿に引きずられて言動も幼くなってるよね……。
今この瞬間もセレステの猛攻をなんとか凌いでいる最中だ。あまり脱力することを言うのは止めていただきたい。
まあ、<AI従わせ光線>はともかく、そういった僕だからこそ出来るスキル、という線は悪くない考え方だろう。
少なくとも、僕より更に速く強力になったセレステを、また更に力で上回る、といった芸の無い解決法ではないはずだ。というか、それが出来れば苦労しない。
無から有は生まれない。魔法の世界で何をいっているのだ、という話になりそうだが、この世界だってその大原則は変わらない。
起こることは、何か原因があって起こるということだ。魔法と言っても系統立った学問。念じれば何でも出てくるタイプの魔法ではない。
スキルも同じだ。個人の才能、などという曖昧な物が基準に使われているが、それも係数が未知なだけ。きっとそこには法則性があるはずだ。
《じゃあ、その法則を探ります? 今のマスターの計算力はすごいですし》
《さすがに、それは手に余るでしょう。その計算力も、殆どがセレステの猛攻を捌くのに使われています》
《もういっそ、マスター巨大化しません? おおきくなれば、それだけ内包する式も大容量にできますよ》
《それも厳しいようです。“式を維持するための式”のバランスが保てません》
頭の中で、黒曜と白銀がああでもないこうでもないと議論する。ちなみに巨大化は美学に反するので却下だ。その場合は変身になるだろう。
……少し興味が出てしまったが、今は考える時ではない。設計するにしても後にしよう。
──まあ、何かというと、けっきょく僕には、僕に出来ることしか出来ないってこと。
《なら問題ありませんね。ネットワークマスターは王様です。なんでも出来ます》
──だから王様は嫌いなんだよね、僕は。……とりあえず、信頼してくれて嬉しいよ。
何でもは出来ない。買いかぶりすぎだ。だが、それだけ白銀は僕のことを買ってくれているのだろう。そして、セレステも。
そんな彼女らの期待に答えるのは、まったく骨の折れることだ。
しかし、おかげで光明が、方向性が見えてきた。僕は、僕に出来ることをやってみよう。
*
光の剣を周囲に振りぬき、『神槍セレスティア』の包囲を突破する。もう銀の城の事は諦めた。お屋敷が無事なら良しとしよう。
そうして黒の光に切り砕かれ、崩れ落ちる城の瓦礫の中を、強化された能力値を全開にして縦横無尽に飛び回る。
宝石の花を咲かせながら僕を追う神槍の穂先も、この瓦礫の雨の中ではその速度を一時落とした。
「それじゃあ、一時しのぎにしかならないよっ、ハルっ!」
「分かってるっての! 考える時間が欲しいんだよ!」
「考える必要などないさ! 無心で、決死の覚悟で、心を燃やして向かってきたまえよ!」
「アドバイスどーも! でも僕って深刻になるのに向いてないんだよね……」
思考が複数ある影響で、どうしても深刻にはなりづらい。その性質は、全ての思考を一つに統合した今も引き継がれている。
どうしても、理詰めで考えようとしてしまうのだ。
「はは! だが楽しくはなってきた。こんな窮地は久々だね!」
「その意気だねハルっ!」
最近は僕が強くなったのもあって、安全に勝てる相手ばかりだったように思う。
当然、良い事ではあるのだが、この奮い立つ高揚感は得られるものではない。つい、生身の時の癖で、唇を舐めて湿らす。その端が笑みの形につり上がっているのがはっきり分かった。
とはいえ、今はセレステにとって僕の方が“安全に勝てる相手”だ。その差は少しでも埋めて行かなければならない。
神槍相手には一時しのぎにしかならないが、瓦礫の上から更に超硬度の合金を<物質化>して降らせ、その軌道を阻む。
「たかが鉄板で、阻める神槍ではないよ……、って硬いねこれっ!」
「ははは! 科学の進歩を思い知るがいい旧世代!」
「やるじゃあないか人類! ハルの力ではないけど! ハルの力ではないけどっ!」
「<物質化>出来るのは僕だけだから、実質僕の力さ!」
そうして攻撃の勢いが落ちている間に、僕に出来ることについて考えてゆこう。
ネットワークマスターは、エーテルネットの中ではまさに王様だ。実際は、国の決定に従わなくてはならない等の制限が課せられていたとはいえ、ネットの海において僕らに敵う存在は居ない。
その機能は、以前アイリに語った『あらゆるセキュリティを無視しての端末への進入』の他にも備え付けられている。
進入とは逆に、経路を遮断する権限。そして、実行中のプログラムを強制停止する権限だ。
僕の才能というならば、これらの特殊機能がまず思い浮かぶ。
《そいえば、<銃撃魔法>は何だったんです? 最初に出たユニークと聞いてますが》
──単純な話だよ。銃は訓練した。物理的な自衛のためにね。殺人を禁止してるってのに、変な話だよね?
その時の経験が、才能として判定されたのだろう。複雑な気分だ。
ついでに、神槍の迎撃に<銃撃魔法>をばら撒いてみたら、結構その勢いを殺ぐのに役立って、更に複雑な気分になった。
しかしながら、やはりそういった向こうの世界で得た技術も、判定に影響するという事実をそれは表している。
《であるならばハル様。やはりセキュリティ無視の特性を反映し、セレステ様を侵食するのがよろしいのでは》
《これもAI特攻ですね。<支配>とかどーです?》
──良いとは思うけど。セレステに接近出来ないんじゃ話にならない。接近したらしたで直接殴られるだろうし。
それを聞いて、なおも白銀が<AI従わせ光線>を主張したそうな気配を感じたので、思念に威圧を乗せて黙らせておく。
……使えれば苦労しない。びびびー、って。
それに、何となくだが、そちらの才能については<誓約>に使われている気がしている。
NPCの意識に強制的に介入し、誓約を負わせるスキル。この神でもなければ許されない特権を利用可能になった背景には、マスターとしての下地が関わっていたのではないか。
《では、遮断と停止でしょうか? 相手の行動を、強制的にキャンセルするスキル、になりますか》
《強すぎでは? それこそ、相手のことを支配してなきゃ、そんなの出来なそーです》
──いや、考えてみる価値はありそうだね。これは介入とは違って、対象は個人ではなくネットだ。
セットで運用される事を前提に搭載された機能ではあるが、その効果対象はそれぞれ異なる。
端末となる個人の脳を対象とした『介入』。そこに至るネットワークを対象とした『遮断』。その内部に走るプログラムを対象とした『停止』。
それらを相互に利用し、犯罪者を無力化するのだ。
そのうちの、遮断と停止を僕は深くイメージする。深層意識へ、己の内部へと視点を落として。
正式な機能としては今はもう剥離され、エーテルネットの仕様変更もあって今は利用不可能な力だが、この身に深く根ざした能力だ、完全に分離することは出来ず、今も僕の中で生きている。
その機能を、意識拡張のため掌握したエーテルネット内部で利用してみた。
──懐かしいね。結局、この機能が日の目を見ることはついぞ無かったな。
そうして長い月日を経て初めての実用を見た機能を、感慨にふけりつつ観察していると、神界のネットワークの方にも変化が現れた。
どうやら、僕という交点を通り、鏡写しになってこちらの世界でも反応しているようだ。
こうしてヒトの意識を写し取り、魔法で再現するのがスキルだとでもいうのだろうか? 二つの世界で意識を跨いでいる僕は、その反応が如実に現れている?
《ハル様》
そんな考察に没頭しそうになる所に、黒曜から声が掛かり現実に引き戻される。
《新たなスキル、<魔力封鎖>、および<魔法消去>が習得されました》
《流石はマスターです。イージーモードです》
確かに習得が高速すぎるが、この状況ではありがたい。これも、二重意識拡張の恩恵だろう。
これが、僕の『覚醒』になるのだろうか。答えは、このスキルでセレステに問うとしよう。
◇
半ば自動的にセレステを迎撃していた、表層意識に戻ってくる。周囲には、相変わらず青い宝石の花が咲き乱れていた。
次々と数十に至る刃を咲かせると、その全てが息つく間もなく僕に襲いくる。
「<魔力封鎖>」
その軌道上の魔力を、新たなスキルで遮断する。
「神槍がっ! ハル、それは何をしたんだい!? もしや新しいスキルかなっ!」
「何で君が嬉しそうなのさ! 攻撃止められてるんだよ!?」
楽しそうなセレステの言うとおり、<魔力封鎖>の効果で『神槍セレスティア』の攻撃は僕の周囲でぴたりと停止していた。
周辺の空間に切れ込みを入れるイメージで、体の周りの魔力を、外部と遮断。根元から成長するように刃を伸ばす神槍セレスティアは、そこを境に、それ以上成長が出来ずにいた。
「<魔法消去>」
そして、攻撃の手が止まったなら、当然次はこちらから打って出る。
装備した刀に乗せるように放たれた<魔法消去>のスキルは、枝を伸ばし刺し貫かんとうねり輝く結晶を切り飛ばす。
その切り口からは魔法を停止する毒が染み込むように、根元に向かって花は次々と枯れて行く。
「これは、魔法の無効化かっ!」
「そう、神様にとっての天敵スキルだね」
スキルに侵された枝葉を神速の判断で切り捨て、セレステは新しい枝を生成する。
しかし、次々と切断されるスピードはそれを上回り、今度は彼女が僕の攻撃の勢いに押される番となる。
「神槍による遠隔攻撃が無効化されようとも!」
「まだその身体能力がある?」
「そうともっ!」
だが、その爆発的な移動速度を生み出すのは、やはり魔法によるものだ。その発動すらも、キャンセル出来てしまう。
僕に接近された時点で、魔力体であるセレステには手の打ち様が存在しなかった。
神槍の発動は根元からキャンセルされ短剣へと戻り、格闘で向かってくるもその腕と足は神刀で切り割かれ、セレステは地面に崩れ落ちた。
僕はそのまま彼女を組み伏せると、接触し、直接の<魔力封鎖>と<魔法消去>にて無力化する。
「……参ったね。確かに天敵だ。指一本、動かせやしないようだね」
「指に魔力送る経路を遮断させてもらったからね」
「ははっ、まさに手も足も出ない、という奴だ。これからどうされてしまうのかな?」
「当然、トドメを刺すけど」
「つれないねぇ」
そう言いつつ逆の立場であっても、セレステだってそうするはずだ。いや、彼女の場合はこのお喋りの間すら無く、もう僕の首は飛んでいるだろう。
いや、今度は首などと言わず、確実にコアを砕くだろうか。
「……聞いておきたくて。これが、僕の覚醒でいいの? セレステは満足した?」
「していない、と言ったら、更に更にハルは強くなってくれるのかい? だとすれば、楽しみなのだけれど」
「……いや、もう想像つかないかなあ」
「冗談だとも。……うん、満足だよ。君は私を、神を打ち倒す力を得てくれた」
彼女の望みは、本当はどこにあったのだろう?
自分が負けることだろうか。自分が仕えるべき主を見つけることだろうか。それとも、神を倒してしまえるほどの力を育成すること、だったのだろうか?
どれも正しいようで、どれも違う気がする。本当に、面倒な精神に育ってしまったものだ。
「ねえハル? お願いがあるんだ」
「聞くよ」
「トドメは、首を刎ねるんじゃあなくて、侵食して支配してくれないかい? カナリーのように、私をさ」
「いいけど、それなら他の神様のサポート解いてよ」
「ははっ! 無理なんだなそれは!」
「セレステさあ……」
まあ、多少時間は掛かるが構わないだろう。今の彼女は完全に無抵抗だ、侵食には大半の領域を割り当てられる。
そうして話は終わりとばかりに、セレステは受け入れるように目を閉じた。
結局、彼女は何を考えていたのやら。その本心は、これから少しずつその心に聞くとしよう。
※誤字修正を行いました。
追加の修正を行いました。報告、ありがとうございます。(2022/6/22)




