第309話 二つの夢の交差点
セレステの持つ武器、『神槍セレスティア』は形状が自由に変えられる武器だ。
槍、と名は付いているが、初期状態では、ほぼ持ち手の部分しか存在しないナイフのような物。その青い宝石で出来た持ち手から、結晶がぱきぱきと生えるようにして成長し、望みの武器を形づくる。
打ち合って、その刀身を砕いたところで無意味。すぐに元の形を、いや、元よりも更に間合いに適した形に結晶が成長しなおすのだ。
ハルはその武器の変形に合わせ、『神刀・黒曜』の刃を叩き込み、宝石の刃を砕き続けていた。
「変形の最中は、さすがにこの切れ味を止められないみたいだね」
「ははっ、やるじゃあないかハル。カナリーのような幸運が無い分、その戦闘技術は彼女とは比較にならないね!」
だがいくら砕き続けたところで、すぐに武器は再生してしまい、セレステへ接近する隙が生まれない。
刀の間合いに侵略することは許されず、常に槍の間合いからハルは攻撃を受け続ける。
「……比較にならないと言えば、『神剣カナリア』の強さとは比較にならないね、その神槍は! やっかいでは、あるけどねっ!」
「し、仕方がないじゃあないかハル。本体じゃないと、真の力が発揮出来ないんだ……」
「へー、そうなんだ……」
「……じゃなかった! その型落ち品に苦戦してるのは、どこの誰かなッ!」
「……苦戦してない」
思わずお互いに挑発し、お互いに負け惜しみを言ってしまう。しかし、彼女の言うことは最もだ。
確か、接触用筐体、だったか。本体が降臨することによる膨大な魔力の消費を抑え、NPCと接触するためのボディ、ということだろう。
当然その力は本体より弱く、これに勝てないようでは本体の撃破など夢のまた夢であろう。
「<降臨>用の下僕でも、連れてくれば良かったねっ!」
「冗談っ! 神聖なるキミとの決闘で、誰かの意思に従いながら戦うなど、耐えられないよ!」
そして、いかに本体以下とはいえ、神の力は強大であることに変わりはない。
その出力は単純にキャラクターの上位互換。くり出される技はAIの計算力を用いた精密なもの。プレイヤーが一対一で戦ったとして、基本的に神に勝てる道理など無かった。
今まで、マゼンタ、マリンブルー、シャルト(旧セージ)等の神々を撃破してきたハルだが、彼らはギミック重視の存在が多くを占めていた。
ギミックの構成に力の大半を割いており、それを攻略できれば勝利。そういった存在だ。
プレイヤーと同様に、正統派の戦いを仕掛けてくるのはこのセレステくらいであった。ただ単純に、強い。
ハルの得意とする、視界を外し意識の外へと侵略する体捌きも、AIの視野の広さにより通じない。そもそも、目を閉じていても正確に迎撃してきそうだ。
「どうしたね、ハル? 私を倒したカナリーの本体、それを下したキミだ。当然、私よりも強いはずだろう?」
「……相性問題だって分かってて言ってんだろセレステ。カナリーちゃんは、君みたいにちょこまか動き回らない」
「そうだね。そして私は、カナリーの最強の侵食力に抗う術を持っていない。これは、私、ハル、カナリーの、三すくみかな?」
「いいや、僕が一方的に最強だ。証明してやろう」
「楽しみだよっ!」
そう言うとセレステは武器を一振りして構えを解く。こちらの準備を待ってくれるようだ。
振り払った拍子に、ぱきり、とその刀身は砕けて宙へと散った。輝く結晶の破片がきらきらと日に反射し、この砕けた城の一角を幻想的に演出している。
──黒曜、白銀、準備は良い?
《はい、ハル様。いつでもどうぞ》
《こっちも、いつでもへーきです》
ハルは己と繋がる二人のAIに、意識拡張のため声を掛ける。やはり、通常状態で勝てるほど甘い相手ではないようだ。
──今回は“両側”から行く。黒曜、どの程度行けそうだ?
《お待ちを……、これは、素晴らしいですねハル様。接続域を70%程まで上昇させても、負荷には耐え切れそうです》
《こっちも準備かんりょーですマスター。<神化>による神界接続、オールグリーン》
今までを遥かに越えるエーテルネットとの接続率の上昇。これは<神化>における配下の神々との同調、そしてネットワークマスターとして生まれ変わったカナリーと同化している為だろう。
彼らの協力により、今までに無いエーテルネットとの親和性が発揮可能になった。
《これー、100%になったらどうなっちゃうんでしょうねー?》
──どうなるんだろう。自分と世界の境目が一切無くなるってことだから……、計算力の上昇以上に何か意味を持ちそうだけど。……まあ、今は目の前の相手だね。
《ですねー。セレステなんか敵じゃないですよー。やっちゃいましょー》
そのセレステをあまり待たせるのも良くないだろう。ハルは、分割されていた意識を一つに統合すると、初の実践となる二重意識拡張を発動するのだった。
◇
《十二領域、統合完了。意識拡張スタンバイ。スタート。エーテルネットワーク余剰領域に、意識を接続しました。入出力帯域、70%で固定します》
《こっちも神界ネットワークをお借りします。意識拡張スタート。ウェルカム、トゥー、スピリチュアルワールド》
黒曜と白銀のサポートによって、“僕の”意識が二つの世界のネットに流れ出す。
異なる二つの世界は僕を交差点にして交わり、ここに擬似的に一つになった。
別の視点を得たためなのか、それとも接続率が上昇したためか、今までは『圧倒的な光の流れ』としてしか感じられなかったエーテルネットの内部も、詳細に読み取れるようになった。
例えるならばそれは樹形図。始点から枝葉を伸ばした情報の流れが、どこまでも広がり巨大な樹木を描き出す。
そして他の始点からも次々とその大樹たちは芽吹き、成長し、そして絡み合う。その流れが、複雑の一言では表しきれない網を作り上げていた。
「待たせたね、セレステ。再開しようか」
「ああ、その目だ! その美しい輝きを、見たかった!」
意識拡張に伴う発光現象。脳と直結した器官とも言える瞳に影響しているのか、僕の瞳は青く輝きを持っているようだ。
青色の神だから、やはり青は好きなんだろうか? などと余計なことを考えてはいられない。彼女の超スピードの突進に処理を使わなくては。
《おお、凄いですねマスターこれは。流石の計算力。もう詳細なシミュレート完了しましたよ? 最長で百三十三手、どうあがいてもマスターの負けです》
──白銀ちゃん。それを踏まえて、突破口を模索しようねー?
《城どころかお屋敷まで神剣で吹っ飛ばせば、五十手ほどで勝てますね。たぶん》
──よし白銀。後でおしおきね。
まあ、いくら優秀なAIとはいえ、直接戦闘の経験は薄い。追い追い教育して行けばいいだろう。
気を取り直して、白銀から予測した戦闘パターンの詳細を確認する。
やはり彼我の身体的スペックの差は覆しがたく、そして敵はミスをすることが考えられない。どのような手順でもって攻めたとしても、きっちりと的確に詰んでくる。
その、“詰みの一覧表”から、僕は使えそうなパターンを抜き出してゆく。
「ははっ、変身しても、肉体的な能力値は覚醒していないよハルっ! やはり本体を使った方が良かったかな?」
「変身はしていないが! まあ見てるといい! 最適な身体動作によって、動きの効率は上昇している」
「さほど変わっているようには見えないね? いや、誇っていいことだよ? 普段から、キミはほぼ最適解を導き出しているということなのだから!」
そう言われると悪い気はしないが、意識拡張したところで伸びしろが無い、ということなので困ったところだ。
お互いの肉体、人間の体という制限の中で行われる近接格闘。そこを極めつくした武神が相手だ。それすなわち、スペックの差がそのまま勝敗を決する。
あらゆる戦闘距離で有効な、変形する武器もそこに一役買っている。彼女には不利な間合いというものが存在しない。
こちらが刀の間合いで戦わなければ全力を発揮できないところ、あちらは間合いによって全力を出せる武器を選べる。
そうした総合的な武力の差は歴然。次第に彼女の猛攻は僕の体勢を崩し、取れる選択肢を徐々に狭め、そして、ついに首ががら空きになった。
「詰みだよ、ハル。さあ、もう一試合やろうか」
きっちりと、“僕の首を飛ばしてから”、神槍を手元に戻して宣言する。一分の慢心も無いその容赦のなさは、惚れ惚れする美しさだ。
……そう、僕はまだ彼女の美しさを感じている。感じる意識が、消えていない。
「《君の勝者の望みって、次の試合だったの? もしかして負けるまでやるとか、そういうこと?》」
「なにっ!?」
彼女の側面から、スピーカーによる僕の声が響く。僕が浮遊させていたウィンドウからだ。
不意打ち気味になるのは許容して欲しい。何せ今は首が飛んでいて口が無いのだ。
「《首を飛ばしたら勝ちってのは、少々、常識に囚われすぎだと思うよ》」
「キミはっ! コアの位置を変えて!?」
ご明察だ。流石は神、理解が早い。
しかし、一瞬の驚愕に体のほうがついて行ってない。首なしのまま動き出した僕の振るう神刀を、セレステは避け切れなかった。
このゲームでは、核となる小さな球体に接続された魔力の体、その量がHPとして計算される。
故に体の一部を吹き飛ばされれば大幅にHPが減ってしまうし、コアが頭部にある関係上、首を切られれば殆どの魔力を失ってしまい、HPは一気にゼロになる。
だがコアが頭に無ければ、首を切られたとしても多少の体力が削られるだけにすぎない。
「……参ったね。頭の器官に繋がるエネルギーラインは複雑で多い。それをどうにかしてしまうとは」
「《体の設計者に協力させたからね》……、っと、そっちこそ今ので死んではくれないか」
「見事な動きだったが、見えていない者にやられてしまうほど未熟では無いさ」
「流石は武神さまだ。冷静だね」
二度は使えない手だ。出来ればここで決めてしまいたいところだったが、曲芸で何とかなる相手ではなかったようだ。
コアの移動を一瞬で理解し、立て直す判断力、流石である。胴を両断するつもりだったが、片足の膝から下に留められた。僕の首と同様に、もう再生が終わる。
「いやー、セレステめっちゃビビってましたよー? 幽霊でも見たように、バック宙で逃げてましたー」
「…………」
「…………」
……なるほど、後ろ向きに回転しながら飛びのいたから、足が切れたのか。そんなお茶目な武神さまなら、この目で見ておきたかったところだ。
そうして僕らは、再び仕切りなおす。
「……さて、楽しませてもらったけれど、曲芸は二度は通じないよ? さあハル、ここからどうするね!」
「楽しそうだなあ。さっきの言い方からすると、僕が勝つまで続ける気?」
「そうともっ。キミが戦いの中で成長し、限界を超え、そしてついには神を打ち倒す! その瞬間を私は特等席で味わいたい」
「ねえカナリーちゃん。病んでね? この子?」
「かわいそうな子なんですよ。優しくしてあげてくださいー」
「ひどいねキミたち!」
何だか妙なこだわりを持った神様のようだ。人間の可能性に期待している、とかだろうか?
このゲームのスキルシステム、個人の才能やら経験やらによって突如ひらめく事がある。その仕様を作ったのも、彼女のような思想が関係しているのかも知れない。
だが、僕の戦い方とは少々ズレている。期待には答えられないかもしれない。
十全に準備し、当然に勝つ。それを普段から心がけている。
「優しくしてあげたいとこだけど、侵食の準備が整っちゃった。前回と同じ決着で悪いけど、決めさせて……」
「甘いねハル。私が分かり切った弱点を放置したまま来ると思うのかい?」
「……思うように侵食が進まない。これは、誰かバックアップしてる」
「うむっ。その準備に数日かかってね」
どうやら、侵食で負けないように他の神にサポートを受けて来たらしい。彼女にしては来るのに間があったと思ったら、そういう理由だったのか。
かといって、無理やり突破できない程ではないのだが、セレステはカナリーと異なり、直接戦闘力が極めて高い。
そこに処理を傾けてしまえば、体の動きは鈍り、そのまま撃破されてしまうだろう。よく考えている。
「じゃあ、お望み通り限界を超えるとしようか。……君の期待してるのとは、少し違うだろうけど」
侵食が通らなくても、まだ手はある。彼女とのステータス差が問題ならば、その差を逆転してしまえばいい。
僕は<神化>スキルにより接続された神界を経由し、配下となっているマゼンタに連絡をつける。
──マゼンタ、幽体研究所のキャラクター改造の仕様書、全部送って?
《突然だなーハルさんは。良いけど、全部となると膨大だよ?》
──大丈夫、処理してみせるから。
このキャラクターの性能は、まだ打ち止めではない。神に届かないならば、届くまで強化してしまえばいい。
再び槍を振るってくるセレステを受け止めながら、僕は己の体へと手を入れ始めた。




