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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
間章 セレスティア編

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第308話 不運

「ではハル、闘おうじゃあないか!」

「待って、何でそうなるの? ……まあ、セレステだからか」

「そうともっ」


 つい自己完結してしまったハルである。それだけ、このセレステという神様の行動原理は明快だ。ハルと闘いたい。それに尽きる。

 今までは、カナリーの支配下にあったためそれは封じられていたが、カナリーの人化に伴って、その縛り、誓約も解除されたようだ。


「支配が解けた途端にまったくセレステは……」

「失敬だねハル、数日待ったじゃないか。団欒だんらんが満喫できただろう?」

「数日待った、ではないが。そもそも、当日は何してたのさ? カナリーちゃんのお祭りに来てくれてもよかったのに」

「うっ……」


 多少の因縁はあったとはいえ、カナリーとセレステの仲は悪くはなかったはずだ。祝福に駆けつけてくれても良かったものである。

 そこが、少し残念なハルだった。皆で祝って送り出して欲しい、と思うのは身勝手だろうか。


「……仕方がないじゃあないか。私の神気は、カナリーに預けたままだったのだから」

「あ……」

「あの状態で私が出ても、オーラの無い一般人が大スターに混じっている構図になってしまう」

「カナリーちゃん、セレステに神気を返してなかったんだね……」


 騒動の前は、お屋敷によく遊びに来ていたセレステだ。その度にメイドさんが萎縮いしゅくしてしまわないようにと、カナリーによって神のオーラがハルへと移された経緯がある。

 今回、その移したオーラをカナリーは自分に戻したのだが、セレステには渡していなかったようだ。結果、神としての証を立てられないセレステは、出るに出られないという悲しい結果となってしまった。


「それは、申し訳ない。うちのカナリーちゃんが適当で」

「いや、いいとも。キミに敵意を向けた罰だ。それに、おかげで色々な屋台を楽しめたからね!」

「会場自体には来てたんかい!」

「本場の焼きそばを初めて味わったよ」


 どうやら、一般人のふりをして潜り込んでいたようだ。ステータスを見られるプレイヤーの目はどうしていたかと一瞬思ったが、そういえばステータス偽装はお手の物だった。ハルもやられたことがある。後は変装でもしたのだろう。


「それに、マリンブルーたちと共に司会などやっていたら、カナリーの支配が解けた瞬間、襲い掛かっていないとも限らない」

「……まあ、キミはなんだかんだ、それはしないと思ってるよ」

「ありがとう、ハル。しかし我ながら普段の行いがね?」


 カナリーも、それを危惧して彼女に神気を返さなかったのかも知れない。

 人間となり、つまり神でなくなっては、セレステに掛けた支配もリンク切れとなってしまう。その時点でハルへの攻撃禁止は解除されてしまうのだ。


「では、そういうことだ。準備はいいかい?」

「どういうことなのさ……、以前はあんなに周到に理由を用意してたじゃない。短絡的すぎない?」

「ああ、それはだね?」


 そういうとセレステはいったん言葉を切って、ふふん、と得意げに鼻を鳴らして続きを語った。


「中立であるはずの我が神域を、キミ達の魔力が侵食しているではないか! これは……、侵略行為と取って構わないね?」

「あ、僕らもう黄色じゃないんで。新しい黄色の神様を当たってください」

「待ちたまえよ! 新人に負債まで引き継がせるつもりかい?」

「ちぇー」


 確かに、カナリーの支配が解けた今、セレステとの関係は中立。彼女の神域に残った黄色の魔力は、領土侵犯をしているのと同じことだ。

 カナリーが次元の壁に穴を開けるのに必要だった魔力は、この国の神域に溜め込まれたもので賄いきってしまい、他国に配置している魔力まで必要としなかった。


「それを理由に宣戦布告に来たって訳ね。カナリーの下に甘んじてたのは、この為か」

「うむっ。ハルならば、カナリーの望みを叶える。すなわち再び機会が巡ってくるだろうとね」


 相変わらず、セレステは先読みが優秀だ。黙っていれば、いずれこの時が来ると予測し、雌伏しふくの時を過ごしていたのか。

 それはカナリー同様に、ハルの能力を高く評価してくれたという事に他ならないので、ハルとしては少し複雑な気分だった。

 必ず、ハルならば必要な魔力を集めきるだろうと。人化する為のデータを提供しきるだろうと。


 この力を国家的な戦略にでも使えば、彼女はもっと脅威だっただろうに、幸か不幸か、ハルと戦う事にしか興味が無い。

 カナリーの待った年月と比べる訳ではないが、彼女もこの目的成就の日を、首を長くして待ち続けたのだろう。


「また、心無い脅しをさせても悪いから乗るけれど、ルールはどうするの? 君が勝ったら、何を望むのかな」

「要らない。私が負けたときは、ハルの軍門に下ろう。それだけだ」

「潔いことで……」


 本当に、ただ戦いたいだけのようだ。その態度に一切の迷いは見られない。

 だが、そうすると問題が一つある。ハル側の不利ではない。逆に、ハルの戦力が整いすぎていることだ。


 今のハルは、<降臨>を果たしたカナリーさえも侵食し勝利してしまえる力を持っている。

 以前、同じ方法でカナリーに敗北したセレステでは、その焼き直しで終わってしまいかねない。それでは、ただ負けに来たようなものだ。


 それが分かっていないセレステであるはずがない。彼女は、その部分をどう考えているのだろうか?





「……ギルドホームの試合は見たでしょ? 僕の侵食力は、カナリーも凌ぐ」

「構わないとも」

「ここにはギャラリーも居ない。出し惜しみはしないよ?」

「構わないとも」

「負けに来た、って訳じゃないよね」

「ははっ。以前に言ったはずだよハル。私はカナリーではなく、ハルに敗北したかったと」


 言葉の上では、降伏しに来たと言っているに等しい彼女の、その目はまるで敗戦に臨む者のそれではなかった。

 戦えば、自分が勝つと自負に満ち、揺らぐことは無い。下手な気遣いなどせず勝負を受けろと、その瞳は燃えている。


 ならばそのを、いやそのを汲もう。

 ここまで威勢を張る以上、ただの無謀や無策であるはずがない。下手に制限などしたら、ハルの方が追い込まれる結果になるだろう。


 以前は、カナリーに任せる以外に打つ手がなかった彼女に、再び挑む。いや、今は彼女の方が挑戦者だ。

 その成長の証を、今こそ見せつけよう。


「いいよ、受けよう。場所はどうする?」

「どこでもいいさ。私は近接戦しかする気は無いからね。周囲を気にするべきは、ハル、キミの方ではないのかな?」


 確かに、ここでハルが光の剣や反物質砲など使えば、かつてのセレステの神域のように天空城がボロボロの廃墟になってしまうだろう。

 しかしだからと言って、ハルは地上へと降りる気はさらさら無かった。


 既にカナリーの神域は、引継ぎが終わり使えなくなっている、ということもある。

 しかし何より、あからさまに近接戦での決着を誘う彼女の瞳から逃げる気が起こらなかった。このかみは、必ず剣で打ち倒す。そう、ハルのプライドが刺激されている。


「私はこの体以外を使わない。この身が一つ消し飛ばされれば、そこでハルの勝ちだとも。ただし、『まいった』は期待しないことだよ?」

「じゃあ、僕も“この”体一つで勝負しよう。“こっち”の体は使わない。『まいった』も、使わない」


 そう宣言すると、ハルは分身を生み出し、セレステと鏡合わせで不敵に笑う。


「アイリ、カナリー、僕の体お願い」

「はい! きちんと避難させておきますね!」

「デスマッチする気まんまんなのは心配ですけどー、本体で切り合いするより安心ですかねー」


 勝負は、互いの魔力体がどちらか消滅するまで。二体目の分身による退避は無し、この一体のみで、決着を付ける。

 ハルが本体以外で戦うのは久々だ。思い返せば、初めてセレステと戦った時はまだこの世界に肉体が無かった。


 カナリーと白銀を引き連れて来たアイリに、その自らの肉体をハルは預ける。


「カナリー、挨拶が遅れたね。“誕生日”、おめでとう」

「ありがとう、セレステ。……うーん、やっぱり来ちゃいますよねー」

「そう言わないでおくれよ。この戦いが終わったら、君の新たな誕生に、お祝いを渡そう!」

「地に伏しながら、差し出すことになりそうですねー?」


 カナリーを見るセレステの表情は柔らかだ。そこには純粋に彼女の門出を祝福する気持ちが見て取れた。

 やはりずいぶんと、人間らしい表情をするものだとハルは思う。

 そこに、支配されたことに対する恨みつらみなどは、まるで存在しないように見える。そんなことよりも、今はハルと戦えることの歓喜しか無いのか。


 その、カナリーへの挨拶も終わり、簡易に過ぎる試合内容も設定された。

 ……見守る彼女らの前で、負ける訳にはいかない。そんな男の意地を固め、ハルは魔力の体に力を込めた。





 戦闘が始まると、ハルはすぐさま『神刀・黒曜』を装備する。久々の、正式な“装備”だ。カナリーが判定を使っていた装備枠、それにアイテムを武器防具としてセットする。


 そうして初手から、神速の剣をセレステの首に向けて走らせた。


「想定より少し遅いね。ハル、エンチャントは苦手かな?」

「あいにく、今までほとんど使う機会が無くってね」


 そのハルの刀は、セレステの首に届く前にがっちりと彼女の武器によって阻まれていた。

 彼女は武神だ。この程度で決着するとはハルも思ってはいない。しかし、気になる事はある。神の領域まで達したこの刀、いかにして止めることが適ったか。

 あらゆる物を切断する刃が、微動だにせず止められていた。


「キミは運が悪いね、ハル。止められてしまったようだよ?」

「運でどうこうなる問題か! ……いや、なる人が居たんだよねえ」

「これがカナリーなら、私の剣は切り飛ばされ、砕け散っていただろう。もっとも、」

「カナリーなら、この精度で首は狙えない、か」


 セレステの宝石のような伸縮自在の剣。それがハルの刀を捕らえて離さない。

 神域の技量において、一瞬だけ止めた、などという生易しい話ではない。いくら押し込もうと、彼女の武器はぴくりとも動かなかった。

 神の武器として、これもまた凄まじい防御力を誇っているのだろうか? いや、同じ武器が、カナリーとの戦いでは彼女にあっさりと砕かれていたはずだ。


 ハルは一時剣を引き、間合いを取り構え直す。

 セレステの武器は、その間に形態を変化させ、青い宝石の槍を形作った。


「『神槍しんそうセレスティア』。カナリーの振るう神剣のように凶悪な力はないが、キミの刃を止めるだけなら十分さ」

「……十分凶悪だっての。それ、変形は自己増殖の繰り返しだね」

「その通りっ! ハルはやっぱり優秀だね!」

「切られる瞬間に、超高速で再生し続けることで、擬似的にどんな鋭い剣でも止められる」

「カナリー相手では、“運悪く”その機能が上手く働かないが困ったものさ」


 言い終ると同時に、今度は逆にセレステが、予兆を見せぬ神速の突きをもってハルに突進してきた。

 だが、反応できない速度ではない。<加速魔法>を初めとした各種の補助魔法エンチャント、それを全て<降魔の鍵>によって消費コストを踏み倒し、常時使用している。

 装備判定と同様に、このキャラクターの体の時にのみ使える強みである。


 だが、セレステはその一歩先を行った。ハルの回避行動の先、その経路をふさぐように、『神槍セレスティア』の形状を変形させる。

 槍から、まるで大鎌のように刃を広げたそれは、ハルの片手をやすやすと切り裂いた。


「キミは、“運が悪いね”、ハル」

「あいにく、皮一枚で“運よく”止めるなんて芸当が出来るのはこの世に一人でね……」


 侵食力でカナリーを上回ったハルだが、全てにおいて彼女より上となった訳ではない。

 カナリーが侵食できたのは、セレステの攻撃も防御も無意味とする幸運あってこその結果。


 そう言わんばかりに、セレステは続けざまにその輝く多機能武器マルチウェポンを構えるのだった。

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