第303話 神の凱旋
眺めていた掲示板、プレイヤー同士のコミュニケーション機能をハルは閉じる。
当然ながら、カナリーの引退表明は多方面で話題になっていた。この噂はすぐに、プレイヤーからNPCへと広がってゆくだろう。
そうなれば、彼らの間に不安が広がる。
プレイヤーと違い、断片的な情報しか得られないのだ。ただ単に、『神が居なくなってしまう』、という意識が先行してしまうだろう。
その前に、手を打つのがハルの役目であった。
「準備できました! 万全です!」
「アイリ、まだまだ時間には早いよ」
時刻は早朝。まだ空が白み始めてそう時間が経っていない。
早起きしたアイリが、高級でありながらも華々しさを抑えた、すっきりと地味なドレスの着こなしを完了していた。
「ですが、居ても立ってもいられません!」
「……今日は、カナリーの大事な日だもんね」
「はい!」
敬愛するカナリーの、国民向けのお披露目の日。ハルはプレイヤー向けのお祭りから間髪入れずに、そちらもこなす手はずを整えていた。
とにかくこれは、スピードが大事。噂が広まるその前に、国民向けの周知を行う。噂を吹き飛ばしてしまうほどの、大きな事件を起こすのだ。
それは民へのカナリーの顔見せからスタートする。まずは姿を現すことで、彼女の健在をアピールするのだ。
そのための準備を、祭りの前からアイリを通して、王宮へと根回しをしていた。プレイヤーの口から噂が飛び交う前に、カナリーと共に首都へと向かう。
「さあハルさんも、お着替えしましょう!」
「まいったね、どうも」
こういう時、男は適当にスーツでも着ていればいいのだ、といった意見は、お屋敷の全員に却下されてしまった。
アイリがそうしているように、あくまで主役であるカナリーを引き立てるため、ハルも地味な衣装にしようと思っていたのだが……、許されないようだ。
ハルはアイリに引っ張られるように、カナリーが祭りの時にまとった豪華な衣装と対になるような、これまた豪華な和装へと着替えてゆく。
カナリーは、今日も同じく神様衣装だ。
護衛となるメイドさんも、巫女風の衣装に身を包んでいる。これも当然のようにパワードスーツ機能つき。ただ今日は仮面防具は無しの状態となる。
巫女メイドさんだ。いわゆる『属性』をよくばりすぎであった。
「……わたくしも、みこふくを着たいと言ったのですが」
「アイリはこっちの王女様、っていう役目が強いからねえ……」
「はい! お祭りの時に着られたので満足です! 今日の主役は、カナリー様とハルさんなのですから」
ハルの提案では、今日はカナリーと、それこそ『カナリーの巫女』ともいえる信徒アイリを並べる予定であった。
国民からも大人気の二人の組み合わせは、見目も麗しく、盛り上がり間違いないと考えたのだ。
だが当のアイリが、『自分ではなくハルが隣に並ぶべきだ』、と辞退してしまった。
ハルとカナリーの関係性、時を越えた感動の再会、という物語を語って聞かせたところ、ロマンス好きのアイリはいたく感動してしまい、絶対に隣に並ぶべきだと力説されてしまった。
そうなると、カナリーのためにもハルは地味な服で出る訳にもいかず、まるで自分も神様であるかのような豪華な装飾つき和服に身を包む。
そうして準備は進み、日もすっかり昇ると、玄関の方に迎えの者たちが到着する気配が感じ取られた。
ハルは、今日ばかりはおしとやかに待機しているカナリーへと声をかける。
「カナリーちゃん。お迎えの人たち来たみたいだけど、準備は大丈夫?」
「はいー。今日の私は、一味ちがうんですよー?」
「……確かに、すごい甘い匂いするね。ずっとお菓子食べてたもんね」
「ですよー」
大人しく待機はしてくれていたが、その間のおやつは絶えなかったことは、言うまでもない。
*
いつもは自分で勝手に開ける玄関を、メイドさんに開けてもらい彼女らの後へと続いて歩いてゆく。
メイドさんの列が両脇を固めるなか、先頭はカナリー、隣にハル。そこに付き従うようにアイリが続き、一歩遅れて正装したルナとユキ続いた。
プレイヤーの二人は、今日は脇役に徹するそうだ。ハルもその位置が良かったと思うが仕方ない。
庭を通り、外の門を開けると、いつかのパーティー会場へと導いてくれた女性騎士たちが跪き整列してる。
前回よりも、輪をかけて緊張気味だ。その理由は、当然カナリーにあった。
「おー、これに乗って行くんですねー。わくわくですねー」
「……は、はっ! カナリー様を先導できる名誉、必ずや、全うしてご覧に入れます!」
「緊張しなくて良いんですよー?」
「か、寛大なお言葉、い、痛み入ります……!」
無理な相談だろう。彼女らには申し訳ないが、到着まで頑張ってもらいたい。
というのも、今日のカナリーは神気を開放している。
自らが神であるという動かぬ証拠。また、『卒業』に向けての前準備。その為に、ハルへと移していた神の気配を、カナリーは自分へと戻していた。
これから人化が終わるまで、彼女はこの状態のまま過ごすことになる。
「頼んだ物の準備は出来ていますか?」
「はい、王女殿下! 民にカナリー様のお姿が確認できる物、とのご指定から、ご用意させていただきました!」
「急なお願いに、よく対応してくれました」
「勿体なきお言葉です!」
彼女ら、騎士たちの馬車が引いているのは豪華な客車の箱。以前と同じ王族用であるようで、格は十分だが、内部は外から見えないようになっている。
だが、それでは今回の目的を達することが出来ない。なので首都の手前で箱を乗り換え、カナリーの姿が国民の皆から確認できるようにする予定だ。
さながら、パレードのような状態になるだろう。急な要請に答えてくれた彼らには頭が下がる。
そうして車内へとオーラを押し込め、騎士団の皆さんのひと時の精神安定と共に、馬車は進む。
カナリーの物が抜けても、ハルには新しく白銀の神気が付属してしまっているので、彼女らは二つの神気に襲われていた状態だ。少々、かわいそうなことだ。
首都へと続く道、その大通りの入り口には、更に多くの騎士や兵士たちが待機していた。ハルもカナリーと共にそこで馬車を降りると、専用に用意された次の台へと乗り換える。
用意されていたのは、非常に細緻な装飾を凝らした神輿の車。屋根が開けていながら、通常の台車と同じような高さがある。
よくぞこの短期間で用意できたものだ。そうハルが感心するほど、その仕上がりは圧倒的。カナリーへの信仰の高さが窺える。
もし用意が適わなかったら、プレイヤーのお祭りで使った浮遊するお神輿を使えばいいか、と考えていた自分が恥ずかしくなるような気持ちでもあった。
「おー、豪華ですねー、頭が高いですねー」
「おふざけしないの。おしとやかにね、カナリーちゃん」
「あ、ありのままの姿を見せていただけるだけで、民も喜びます! どうかそのままで!」
ぴょこぴょこと、威厳もなにもなく神輿に飛び乗るカナリーを見ても、騎士たちの信仰は一分もゆるがない。
圧倒的な感謝の心が、そこにはあった。
日本で暮らしてきたハルには、あまり馴染みのない感情だ。個人に向け、そこまで敬意を払う状況そのものが稀。
しかもその反応は騎士だけではない。道の脇を固める兵士達も。交通整理され、一瞬前まで不満げにしていた旅人も。今日の話を聞きつけ、既に街の入り口に集まっている国民たちも。誰もが、同じ気持ちをカナリーへと向けていた。
その信仰心に感動すると同時に、これから行うことを考えハルは気合を入れ直す。気を抜けば、心を押されてしまいそうだった。
ハルはこれから、その彼女を国民達から奪うのだ。
*
馬に引かれて神輿は進む。首都の大通りへと入ると、そこには既に埋め尽くさんばかりの大群衆が詰め掛けてきていた。
さながら、地球の知識における王族のパレードを想起するハルだが、この場には決定的な違いがあった。
声が、まったくしないのだ。
大歓声での出迎え、それを真っ先にイメージしてしまう状況であるというのに、道は静まり返り、騎士や兵士、メイドさん達の行進の音がはっきりと響くようだった。
もの心付く前の少年が、異様に気圧されて声を上げてしまう。その母親が慌てて彼の口をふさぐが、逆にカナリーは母親の行動を<誓約>によりキャンセルしてしまったようだ。
そしてにっこりと手を振られた少年は彼女の徳を理解し、周囲と同様に祈りを捧げる。
そんな風に、更に敬意を上昇させながらも、行列は静かに進んでいった。
道中、ハルたちとお喋りして過ごそうと思っていたカナリーには、微妙に窮屈な時間であったようだ。
その行進が王宮の中へと入り、門が完全に閉じられると、今度はこの王都全体を埋め尽くすのではないかと思わんばかりの大歓声が響き渡るのだった。
「うーーん。私、大人気ですねー、予想以上ですねー」
「予想してなかったの? 国民のパラメータは完璧に把握してるのかと」
「ハルさんじゃないんですからー。そう器用にはいきませんー。普段、表舞台には出ませんからねー」
「だからじゃないかなあ……」
久々の降臨だ。それは感情も爆発するだろう。
そんなハル達にとっては少しは気の休まる王宮内へと入り、馬車の神輿は更に進む。
以前のようにパーティーホールの方向へと迂回することなく、真っ直ぐに正面へ正面へと進んで行く。そうして、宮殿の入り口へと辿り着くのだった。
「んー、久しぶりですねー。変わってませんねー。もっと変わっても良いんですけどー」
「ああ、そりゃあ来たことあるか。変わらないように、維持してくれてたんでしょ?」
「嬉しいですけどー、もっと変わってもいいと思いますよー」
「複雑な神心だ」
緊張感も無く、カナリーが馬車から降りる。いや、緊張感に関してはハルも人のことは言えないのだが。
その後ろから、しずしずとアイリと、そしてルナとユキが降車する。こちらは緊張している訳ではないが、“主役ではない”として極力、自己主張を控えていた。
そんなアイリが、カナリーやハルと並ぶようにして一歩だけ前に出る。
宮殿の門前に、跪く影が原因だろうと、ハルはその彼の華美な衣服と、何より頭上のAR表示の<称号>を確認し事情を察する。
「この国の<王子>ですねー? お出迎え、ご苦労様ですー」
「はい。よくぞ、おいでくださいました、あなたの国の中央へ。あなた様の代理であるこの第一<王子>、心より歓迎申し上げます」
アイリと同じ銀の髪を短めにすっきりとセットした男が膝をついている。どうやら、この国の王子様、アイリのお兄さんであるようだった。
アイリにとっても久々の再会か、と思われたが、アイリの表情は微妙に晴れない。どうやら、彼に物申したくて前に出てきたようだ。
「顔とか上げていいですよー? 案内してくださいねー」
「もちろんです。ごゆるりと、お寛ぎください」
そうして王子が顔を上げた所で、アイリの声が掛かる。
「ご無沙汰しております、お兄様。……して、<王>はいかがしたのです?」
「……アイリ、陛下のことをそのように言うものではないよ」
「いいえ、言わせていただきます! カナリー様を出迎えるというのに、<王>はどうされました」
どうやら、神の下に付くべき<王>が出迎えず<王子>を代理に向かわせた事が、形式として問題があると考えているようだった。
そうして少々の波乱から、ハル達の王宮でのやりとりは始まるのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございます。「必ずしや」→「必ずや」。
きっと書いている時は「必ずしも」と混同していたのでしょう。必死なセリフの内の誤字なので、そのままでも良かったかも?
追加の修正を行いました。「箱部」→「客車の箱」。ご指摘、ありがとうございました。(2023/5/7)




