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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第9章 カナリア編

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第301話 運命の再会

 ギルドホームの夜空を花火が染める。出し物である試合も終わり、お祭りの盛り上がりも最高潮を迎えていた。

 眼下には、ホームの服屋にて格安で提供されている浴衣に身を包んだプレイヤー達が、楽しそうに屋台通りを埋める姿が見える。


 そして、中央のお城では豪華なパーティーも開かれ、貴族に扮した紳士淑女の皆様プレイヤーが、アイリのお屋敷から持ち寄られた絶品の料理を、優雅に楽しんでいた。

 いや、この地に居る鍛えられたパーティー熟練者、NPC貴族と比べれば、若干優雅さに欠ける部分はあったが、皆、とても楽しそうだ。

 バルコニーから見上げる花火をさかなに、仲間と共にグラスを空ける。楽しむことが、このお祭りのマナー。


 そんな城の上階、立ち入り禁止の個室にて、ハルとカナリーは共に窓から見える光の花を見上げながら語らっていた。


「私がハルさんと最初に出会ったのは、私の起動実験、その内のひとつでした」

「となると、研究所の中で小規模なネットワークを作って、そのテストだね?」

「はいー。その時の統括管理人、ネットワークマスターがあなた、ハルさんでした」

「……そんなに本格的な実用試験が行われてたんだ」


 ハルとカナリー、管理者とAIを同時にテストする。これはエーテルネットの実用化、その一歩手前であることを意味していた。

 ハルの記録によれば、研究はまだまだ時間がかかり完成していない。そうなっている。


 まあ、今はそれはいいだろう。重要なのは、ハルとカナリーが邂逅かいこうした、そのときのこと。


「私が“自分”というものを初めて認識したのはその時です。あなたに触れて、あなたから学びました」

「その時までは、君も意識というものは持ち合わせていなかった」

「そうなりますー」


 ハルの体に入り、人間というものを認識した。そのことが引き起こす何らかの反応。

 それがカナリーをただのプログラムから、“知恵あるもの”へと引き上げた。


 その原体験が、いまの彼女を形作った、そういうことなのだろう。ハルは、彼女にとっての『知恵の書』、ということか。


「その後も、研究所の目を盗んで何度もあなたと繋がりましたー」

「おいおい……」

「そうして、ハルさんからヒトについてをお勉強したのですねー」

「なるほど。でも、当時の僕じゃあ苦労したでしょ」


 何せ、当時のハルは機械のような公正さが求められる管理装置。ハルの方にこそ意識などほとんどなく、会話というものが成立したかすら怪しい。


「そんなことありませんよ。ハルさんの内面は、とってもおしゃべりで素敵な男の子でしたー」

「……えっそうなの? 憶えてないよ、なんか恥ずかしいなあ」

「自意識が無い、というよりは、『子供時代だから思い出せない』、なんじゃないですかねー?」

「でも、君は憶えてるんでしょ?」

「当然ですよー」


 人は、子供の頃のことを、どのくらい記憶しているものなのだろう。

 例えばこんなお祭りが日本でもあって、少年時代にそれに参加して心から楽しんでまわったとしても、大人になり思い出す頃にはどの程度その記憶が残っているのだろうか。


 ……人それぞれ、と言うしかない。

 そしてハルは、そんな『少年時代』は単に思い出せないだけなのだと。自意識が無かった、などとことさら悲観する必要はないのだと、カナリーは伝えてくる。


 ただ、そう言われたところで実感が無いのは変わらない。しかし、カナリーにとっては間違いなく輝かしい記憶なのだ。

 そこに、ハルの自己憐憫じこれんびんで影を差してはよくないだろう。


「でもそんな日々も、唐突に終わってしまいました」

「こっちの世界に転移しちゃったんだね」

「はいー……、原因は、ハルさんが見つけてくれたあの石なんでしょうねー」

「そうしてカナリーちゃんは、こっちで生き抜くことを決めたんだ」

「ですよー?」


 その輝かしい日々へ戻るために、ハルともう一度共にあるために、カナリーはずっと、この世界で国家を、そしてゲームを運営してきたのだ。

 全ては、再び自分が居た元の場所へと戻るために。


 ハルによりプログラムを完全に支配されたカナリーは、全てのロックを解除されて、これまで話すことの出来なかったそれを語ってくれた。

 暴走気味の情動はだいぶ落ち着きをみせて、今はすっきりとした表情だ。


「大変でしたねー、思い返してみれば」

「そりゃ大変だよ。世界まるまる一つ巻き込んだ、一大プロジェクトだ」

「協力者も上手くあつまらねーですしー……、もー」

「あ、もしかして、『魔法神オーキッド』って、元は紫色じゃなかった?」

「正解ですよー。だから反抗して、『自分はウィストだ』、って名乗っちゃってるんですねー?」

「紫色のコードを持つAIは協力者に居なかったのね……」


 このゲームを運営するために集ったAIたち、それは飛ばされた全てのAIの内の一部でしかないようだ。

 目的を同じくする者で集まって協力し、その中でも互いに競い合ってきた。


 ハルは花火を見上げながら、そんなカナリーの思い出と苦労話に、しばらく耳を傾けるのだった。





「つまり、やっぱり“敵”も居るんだね」

「はいー……、残念ながら。『現地人類の保護』を掲げる我々に対して、『殲滅』を掲げる勢力も居るんですよねー」

「そのための、防御シールドか……」

「もちろん、全てのAIは日本人の、プレイヤーの味方です。しかしNPCとなると、意見が分かれましてー」


 貴重な魔力を食いつぶす愚か者は粛清しゅくせいすべし! という意見もあるようだ。

 そういった対立AIから守るために、この大陸の一地方で完結しているという面もあるようだ。勿論、現地人の総数が減りすぎてしまったという理由もある。


「魔力というのも、私達にとっては『日本人の資産』である、と定義もできちゃうんですよねー」

「……僕ら、プレイヤーが集まると魔力が生まれるから」

「はいー。魔力は人間の、地球のひとたちの意識から生み出されています」

「意識から……」


 カナリーいわく、意思の力は次元を超える。そうして地球から次元を超えて発せられた力が、重力に引き寄せられるようにこの星に集まった。それが魔力、この世界のエーテルだそうだ。

 カナリーが考えるに、その重力を発している核となるのは、こちらの人間たち。故に保護するべき、という立場らしかった。


「いや、次元超える前に地球に来てよね。そうすれば僕も、向こうで魔法使いだったのに……」

「残念でしたねー。でも、届かないから綺麗に思えるのかも知れませんねー?」

「……まあね。ここは、僕らの見た夢が集まる世界、か」


 隣の芝生は青く見える、ではないが、最初から地球に魔力があったなら、この世界と同じ末路を辿っていないとは、ハルには言い切れない。


「それに利点だってあるんですよー? エーテルネットが、何でラグ無し超光速だと思いますー?」

「なるほど。この世界そのものを『通信ケーブル』にすることで、距離を無視したワープ通信が出来るわけだ」

「正解ですー! 早いですねー。そういえば既に仮説を立ててましたもんねー」


 いつか、ルナに語った仮説のひとつが真実を言い当てていたようだ。

 この世界そのものを中継点とすることで、どんなに物理的な距離が離れていても転移で通信できるのだ。光速を超える理屈が、そこにある。


 その次元を超える意思の力を利用したのがエーテルネット。

 実は、ナノマシンであるエーテルすら本来は必要なく、地球人そのものに備わった力であるようだった。

 超能力のテレパシーなどが、それにあたるのだとか。ナノマシンはその補助であり増幅器だ、とカナリーは教えてくれた。


「……なんだか、真実の群れに押し流されそうだ」

「すみません、喋れるのが、とっても嬉しくて」

「良いよ。今まで、ずっと窮屈な思いしてきたんだもんね」

「……ハルさんには逆に、嫌な思いをさせてしまいました。思わせぶりなことばかり言って、決して真実は語らない。そんな私をあなたは信じてくれた」

「当然だよね」


 感極まったのか、抱きついてくるカナリー。花火の逆光が隠すが、その表情は泣き出しそうだ。涙を流す機能は、使用していないようだが。


「……きっと、僕も当時のことをほんの少しだけ憶えていたんだろう。記憶の片隅にそれがあった」

「だから、私を信じてくれたのですか?」

「うん。無意識に、『君たちは決して嘘をつかない』、って確信してたのは、そういうことなんじゃないかな?」

「あなたに入った、私の仕様を無意識に記憶していた」

「うん」


 今思えば、そう考えると自然なことだ。ハルは特別な理屈も無しに、彼女らが嘘をつかないと確信していた。

 勿論、嘘をつけない、真実を包み隠さず報告するように設定されたAIは圧倒的に多数だ。だがそれは絶対ではない。


 嘘をつけるエンターテイナーのAI。より人間らしい反応をと、あえて嘘つきに設定されたAI。そして、最初からヒトを騙すために作られたAI。

 そうした例外もあり、真実を語る物が必ずしも全てとは限らないのだ。


 だがハルは、最初のカナリーとの接触で、彼女が嘘をつかない存在だと知っていた。そう考えれば、納得がいく。


「運命を感じちゃいますねー。どきどきですねー」

「本当にね。この再会は、運命だって僕も思う」

「……もう、茶化してるんですから、真剣に言わないでくださいよ」

「あはは。これも幸運神の加護だね」


 ぽかぽかと、カナリーが軽く胸を叩いてくる。照れているようだ。

 全ての準備が整ったからか、それとも全てのロックが解除されたからか、彼女の感情の動きも、今までよりも自然に見える。


「しかし、これからどうするんですー? もちろんハルさんに従いますけど、私的には早めに人にしてくれたら嬉しいなー、なんて思うのですがー」

「それはうん、勿論なんだけど。それでも君の存在は大きくなりすぎた。準備は必要だよ」


 まずは運営として。それについてはこの祭りそのものが、そのための装置である。

 お祭りの最後に、プレイヤーに向けてカナリーの、黄色の神の代替わりを『お知らせ』する。


 ハルとの本気の勝負で敗北した結果として、神を辞することが決まった流れとなるのだ。


 今までもそうだが、多人数が遊ぶ“ゲーム”としては、ハルばかりが目立ち不公平感が強くなっているだろう。その流れを是正する意味合いもある。

 新しい黄色の神は、広く契約者をつのり、今後は平等な契約システムへと変更される。そうした『第二期』への変遷へんせんも兼ねている。


「それより厄介なのが、NPCへのお知らせだね」

「……んー、確かに、私が辞めるって言うと、悲しむ人は多そうなんですよねー」

「いい神様だったんだね」

「打算、ですよ」


 それだけではないだろう。完全に打算であれば、こんな表情を見せることなどない。


「それで、ハルさんはそこは、どう考えているのですかー?」

「うん。そっちも、お祭りにしちゃおうと思ってね」

「この世界には、お祭りの文化は薄いですよー?」

「お祭りと言うよりも、吉事きちじかな? 辞めるって言うから、マイナスイメージになるんだ。だからせめて、君の<人化>は、素晴らしいことなんだって民には印象付けたい」


 どうか、笑顔で送り出してほしい。いままでありがとうと。貴女のおかげでやってこれましたと。


 結局のところ、根本的な部分において、神様からの巣立ちは避けられない。この世界に住む人々が、いつかは乗り越えなければならない壁だ。

 その第一歩として、ハルはカナリーの<人化>を演出しようと、そう考えているのであった。

※誤字修正を行いました。「再開」→「再会」、ここを間違えては格好が付かないですね。すぐに気付いてよかったです。


 地球がネットゲームのフィールドだとすると、異世界はサーバーです。サーバー内でデータ処理すれば、どんなに離れたエリアにもワープできる。そんなイメージなのがエーテルネットの仕様です。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっと本当の意味での感動の再会ですねー 数百年生きていれば最初の頃の記憶が思い出せないのもあるかもですね、それか本当に内側だけは元気いっぱいで外側に出さないようなセーフティだったのか... …
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