第299話 神剣を相手取る
「《ついに始まるぞ♪ 本日のメインイベント、『ハル対カナリー』の対戦だぁ♪ 実況はマリンちゃんでお送りしまーす♪》」
「《……解説のマゼンタだよ、どーも。いや、なんでボク? セレステの方が適任なんじゃないの? 戦闘バカなんだからさ》」
「《セレステちゃんは自分も戦いたくなっちゃってダメなんだぞ♪》」
「《あいつさぁ……》」
ギルドホーム中央の城、その中庭へと特設された闘技場には、既に大勢の観客が来場していた。司会進行を務めるマリンブルーと、マゼンタの声がスピーカーから響き渡る。
今日のこのお祭り、そして勿論この試合も、公式生放送で中継中だ。特に試合は神を二柱招いて、という豪華なものだった。
二人とも、ハルの配下として応援に来てくれた。彼らは司会以外にも、この広いとは言えない戦闘エリアの外を結界で守る役目がある。
「《ハルやカナリーの戦い、見るのは初めての人はいるかな? これがまた派手なんだよねぇ。今回は、ボクらが観客席をガードしてるから安心してよ》」
「《あれ、でもマゼンタくん、対抗戦でハルさんに自慢の防御抜かれてなかったかな♪》」
「《あの時は制限されてたから仕方ないの!》」
「《ということだから、みんなー、安心して観戦しようねー♪》」
反物質をこの世に自在に<物質化>しての対消滅を操るハルと、『神剣カナリア』から光の斬撃を放出するカナリー。どちらも非常に範囲の広い被害を出す戦闘スタイルだ。普通にやれば観客席の全滅は必至。
そのためのマゼンタだ。防御力、結界の強度に関しては右に出る者はおらず、ハルも正面からその防御を破って勝利したとは言い難い。
祭りで人が集まればそのぶん魔力も増える。神としても、無事に終わらせたいようだ。
そんな会場内に、ハルとカナリーは並んで踏み入れる。
二人の姿を捉えると、会場の歓声がわっと大きくなるのが分かった。和風の、神様としての豪華な衣装に身を包んだカナリーは神秘的で美しい。
普段、あまり表に出ない彼女の晴れ姿に、観客も満足げだ。
「戦うとなると動きにくいんですよねー。ハルさんはちゃっかり着替えちゃってー」
「カナリーちゃん相手にパワードスーツ無しはちょっとね。形は和服に変更したから、違和感ないでしょ」
「うぬぬー。私は動きにくくしておいてー……」
「単純に、君におめかししてほしかっただけだよ」
ハルも別にハンデを押し付ける意図は無い。そして、カナリーも文句は言葉の上だけで、実際は気にしていないようだ。
彼女の戦い方は、あまり大きな体の動きを必要としない。動きやすさはさほど重要にはならなかった。
「《このカナリーちゃんのお洋服、じゃないや、お和服は、ハルさんのお手製なんだって♪ 素敵だね♪》」
「《じゃあさー、試合開始したら服が爆発するんじゃないのー?》」
「《もー! ハルさんがそんなコトする訳ないでしょー! 美談に水を差しちゃだめなんだぞ♪》」
「《はいはい。しかし、舞台の上でこの儀礼服の二人。これから神楽でも舞うみたいだね》」
「《お祭りだもんね♪ 華麗なダンスとなるか、嵐のような殺伐とした試合になるか、期待は十分だー!》」
二人は舞台の上で距離を取って向かい合い、ハルとカナリーの試合が始まろうとしていた。
◇
「《はじめぇ♪》」
試合が開始すると、カナリーはすぐに『神剣カナリア』を取り出して装備する。
この剣の正当な所有者はカナリーだ。普段、ハルはそれを借り受けているだけに過ぎない。今回、当然ながらそれが敵に回る。
この剣は二本以上が同時に存在できないように制限が掛かっているらしく、カナリーが握ってしまえばハルにはもう手出しはできない。
「いきますよー?」
そんなカナリーが、踊るように光の剣を振りまいてゆく。
舞のようなゆったりとした動き、しかし振ったその剣の軌跡は一瞬で延長され、斬撃の痕が空に刻み付けられる。
さながら、超長い剣を軽々と振り回しているようなものだ。
光の剣は一瞬でこの狭いバトルエリアの間合いを侵略し、ハルを両断せんと襲い掛かった。
「敵に回すと! これほどやっかいだとは!」
単純ながら非常に効果的なカナリーの剣。今までも、彼女が戦場に出ればそれは勝利の確定と同義であった。
そんな彼女と、試合と言えど事を構える流れとなったのは、もちろん狙いがある。
カナリーを<降臨>後、なかなか上がらなかったハルのレベル。それはカナリーの目的の進捗率を表していた。レベルひとつにつき1%。
そんなハルのレベルが、そろそろ上限の100になりつつある。それはカナリーの目的の達成、すなわちタイムリミットを意味していた。
ならば、戦闘などして経験を重ねてはマズいのではないか、となるが、じっとしていても到達はもう目前。次の瞬間には100になるのかも知れない。ならば動いたほうがいい。
自分の守護神との儀式的な戦いにより、なんらかの条件を満たした、と観客に印象付けられる利点がひとつ。
このお祭りの、影の目的はそれだ。プレイヤー向けの、事前周知。
「陽電子砲」
「わととー。羽衣が飛んじゃいますー。えーい」
ハルが眼前に生み出した反物質、その反応による爆発を、難なく“いなす”カナリー。剣を適当に振っただけで、爆風は霧散して彼女にダメージを与えられない。
そしてついでとばかりに、その振った剣の軌跡がハルの方へと飛んでくるのだ。
「っ! 攻防一体どころじゃないな……、陽電子砲! ……っておいおい」
今度は、爆発自体が起こらなかった、非常に、嫌な予感がする。
「《おやー? ハルさんの様子がおかしいぞ♪ 今はどうしたんだろうね♪》」
「《恐らく、魔法の発動をキャンセルされたんだ》」
「《すっごーい、カナリーちゃんにはそんな能力があったんだね♪》」
「《いや、カナリーが魔法に詳しいって訳じゃない。アイツは幸運の神だよ。“運よく”ハルの魔法が発動しなかったんだ》」
「《はえ~~♪》」
きっとそういうことだろう。そして、その発動させるはずだった地点をカナリーが雑に切り払えば。
「《ハルさんの近くで急に爆発したー!》」
「《何らかの理由で不発だった魔法を、剣圧で術者に吹っ飛ばしたんだろう》」
「《うーん、意味がわからないぞ♪》」
「《……理屈じゃないよねぇ。理詰めで攻略するハルにはキツいタイプだ。今までは、味方だったから良かったけどね》」
“幸運にも”、対となる物質との反応を免れていた反物質の粒子が、吹き飛ばされてハルの至近で暴発する。
これを計算でやろうとすると、天文学的な確率をはじき出し、それを正確に再現しないとならない。普通なら、『ありえない』、と断言しても良いだろう。
そんな、まさに神業をしれっとした顔でやってのけたカナリーは、またハルを追い詰めるべく剣の舞を再開する。
マゼンタの張った結界に阻まれ消えるそれは、皮肉にも豪華な演出となって観客の目を楽しませていた。
《マスター、突破口あるんですか? 必殺技とか》
──無い。僕の持つ攻撃手段では、どんなに威力上げたところでカナリーちゃんには通らないだろう。
《運軸の回避盾ですね。『Miss!』の文字が見えるようですよ》
──恐ろしいのは、回避率がほぼ100%だってことだね。
同僚の圧倒的な性能を目にした白銀が、ハルとのリンクに乗せて驚愕の感情をにじませる。
カナリーは、これほど強かったのかと。まだお屋敷でお菓子を食べている姿しか知らない白銀にとって、この性能は信じがたいだろう。
幸いなのは、カナリーは攻撃が苦手であることだろう。
……この光剣の威力を出しておきながら、何が苦手か! と言われそうだが、彼女はその性能を持て余している。
確かに威力自体は極大だが、技量は素人。やみくもに剣を振り回しているだけだ。ハルには、まだ一度も直撃は無い。かつてのセレステにもだ。
カナリーは幸運により、ハルはその技量の高さにより、相手の攻撃が直撃するのを回避する。
そうして、互いが互いに攻撃を紙一重で回避する。さながらハイレベルの演舞のように、二人の試合は進行してゆくのだった。
◇
《しかしマスター。これ、続けてたらきっとレベル100になっちゃいますよ?》
──それが狙いだよ。この試合中に達成する。それが計画のうちだ。
《なんと》
ハルがこの試合を組んだ理由のもうひとつ。この試合の中で経験値、情報の蓄積を重ねさせて、カナリーの目的を達成させる。
一見、ハルの自爆行動だが、それにはもちろん理由がいくつかあった。
まずは、戦闘中であれば彼女の語る<人化>のプロセスが、処理を食われて達成できないだろう、という予想から。
レベル100になったとしても、戦闘終了までは猶予がある。そしてそのまま倒してしまうことで、盲目的に突っ走っている彼女に言うことを聞かせるのだ。
《そう上手く行きますかねえ。下手したら、全プレイヤーに生放送で<人化>のお披露目しちゃうのでは》
──最悪、それでもいい。ゲームの話題をそれ一色にすることで、事後処理に全員を巻き込む。
《そこまで考えて》
強引に次のイベントへと繋げてしまうのだ。国家への説明がまだだが、使徒全員が騒げば、『あいつらまた何かやったんだな……』、と有耶無耶にできる。
だが、対応が後手に回ってしまうことに違いはない。できれば、次善策ではなく完全勝利といきたいハルだ。
《しかし、カナリーを倒す攻撃を持っていないんですよね。そこはどうする気なんですマスター?》
──そこもレベル100になってから考える。この運営のことだ、必ず、上限になったら何かあるはず。
《なんとまあ。マスターも適当ですこと》
わざわざ、『レベル』という枠を使って進捗率を表示している、そこには必ず意味がある。そう、ハルはある種の信頼を感じている。
この運営はそのあたりは非常に律儀だ。何かありそうな部分には、必ず仕込みをいれている。そこを確認してからでも、方針を立てるのは遅くない。
ちょうど、今も実況をしているマリンブルーが、戦艦を撃破可能な方策をきっちりと用意していたように。
「ハルさんー、どうしましたー? 攻撃の手が止まってますよー?」
「少し、作戦を練っていてね。カナリーちゃんこそ、頑張って剣ぶんぶんしてるけど、当たらないみたいだねー?」
「……むー、意地悪なんですからー。すばっしこいハルさんですねー」
「当たったら死ぬからねー……」
さすがに一撃死は免れる程度の防壁は誇っているハルだが、直撃をもらえば決着は必至だろう。カナリーの光剣はそれほどの威力。
一発を避けること自体は容易いが、場所によっては次の斬撃を避けられない詰みに陥る可能性もある。攻撃範囲が広すぎるのだ、回避方向には気を使う。
そうして、神経を削られるような命がけの舞踏を、もうずいぶんと長時間にわたり続けている気がするが、時刻を確認すればまだ戦闘開始から数分しか経っていない。
疲れ知らずの神が相手、このまま続けば、ハルが先に根を上げてしまうのは間違いなかった。
「でも楽しいですねー。こうして、ハルさんと遊べるとは思ってませんでしたー」
「そうだね。カナリーちゃんはリーサルウェポンとして、あまり一緒に戦えなかったし」
「はいー。お仕事的な制約もきつかったですしねー」
ハルの切り札、最終兵器として温存されることが多かったカナリー。だがその本心では、常にハルと共に戦いたかったようだ。
今はハル自身が相手となってしまっているが、『一緒に遊んで』いることには変わらないようで、カナリーはとても楽しそうだった。
その笑顔に、勝敗などどうでもいいか、という気分が去来してしまうのも一瞬のこと。ハルは彼女を倒す方法を真剣に模索する。
神剣カナリアの攻撃力よりも、真にやっかいなのは彼女の幸運回避。その謎の防御を抜かなければ、ハルに勝ちはありえない。
その幸運の理屈に考えを巡らせていると、脳内に黒曜のアナウンスが響き渡る。
《ハル様。ただいまをもって、レベルが100に到達したことをお知らせします》
楽しいカナリーとのじゃれあいは終わり、これより戦いは第二の段階。その、時を告げるための知らせであった。




