第298話 秋祭り
カナリーは、必要な情報の解析が完了し次第すぐにでも計画を実行するつもりだ。そこに迷いは見られない。
現地の混乱であるとか、運営への影響であるとか、そういった一切を瑣末な事情として切捨て、人化に向けて邁進する。その強い意志が感じられた。
……それを、責めることはすまい。自分勝手だ、無責任だと、ハルには言えはしない。
カナリーにとっては、まさに百年越しの望みが叶う瞬間なのだ。待ち望んだその時がついにやってきた。それをどうして咎められようか。しかもそれはハルを想ってのこと。
全ては、その時のために準備してきた。国も、ゲームも、自身の体も。
「でも、その後の新生活を円満に過ごすには、しっかりした準備が必要だよね。立つ鳥跡を濁さず」
「別にその後に何もしないとは言ってませんよー? それよりも先手必勝ですー。また邪魔されてはかないませんー」
セージのように待ったをかけてくる存在が、また出ないとも限らない。そういった存在を警戒し、手出しされる前に逃げ切りたい、そういった思いもあるようだ。
「だーめ。別に止めたりはしないから、準備が終わるまで聞き分けるの。ずっと一緒に居てあげるからさ」
「にゃーん……、ハルお父さんのしつけが厳しいですねー」
「お父さん、ではない。てかお母さん誰だし……」
ハルはその“準備”に向けた作業を、神界のギルドホームの一角で行っている。
ここは、アイリの趣味で建てられた中央のお城の一室。その中でカナリーと二人、ハルは彼女の着付けを行っていた。
「動機はともかく、嬉しいですねー。ハルさん自ら着替えさせてくれるなんてー」
「晴れの舞台だ。メイドさんにも譲れないよ」
「神様っぽい衣装です。動きにくいですねー。……狙いました?」
「狙ってないよ。でも、カナリーちゃんは自由すぎるから、大人しくなって丁度いいかな?」
「にゃーご……」
猫の鳴きまねがお気に入りの彼女だが、その背中には立派な天使の翼が生えている。
ゲームの装備ではないハルお手製の儀礼服なので、羽を貫通させるような都合の良い作りは出来なかった。
和服を基調とした神道の儀式に使うような豪華な衣服。しかし羽のため、背中が大きく開いているのが特徴となる。それを隠すようなゆったりとした羽衣をかぶせると、カナリーは羽をぴこぴこさせてむずがるのだった。
「羽が大きく動かせませんー。はかったなー、ですよー?」
「謀ってないよ。君の背中をあんまり他人に見せたくない」
「じゃー仕方ないですねー? 独占欲の強いハルさんですねー」
そう言うと、嬉しそうにまた羽を、ぴこぴこっ、と動かす。犬の尻尾のようで、ハルにも思わず笑みがこぼれた。
そう、今日はお披露目。普段プレイヤー達の前にあまり姿を見せないカナリーの、降臨祭だった。
*
祭囃子がこだまする。ハル達のギルドホームはお祭り仕様に飾り付けられ、普段とは異なる様相にわいていた。
ホームの入り口に入ると、服屋や魔道具屋が立ち並ぶ中央広場へ通じるメインストリートには、大きな鳥居が構えを見せている。
日本でよくある神社のお祭り。それを模した夏祭り、改め、秋祭りがついに開催だ。
道や広場には、プレイヤー達が持ち寄ってくれた色とりどりのちょうちんやランプが飾りつけられ、雑多な光を輝かせている。
統一感は無いが、そのカラフルさが目に楽しい。神界おなじみの幻光も楽しそうに周囲にただよって、その輝きに一輪の光を添えていた。
ハル先生の講義によって、最近は複雑だった魔道具もかなり系統化されてきた。
中には、『魔道具のパーツ販売します』、という業者も現れ、一から魔道具コードを組み立てられない者はそれを購入して、プラモデル感覚で魔道具を作る。
ランプくらいなら、キットを組み立てて、あとは好みの外観をデザインすれば完成だ。
そうして各プレイヤーから協賛されたランプたちが、その作者名を浮かび上がらせながら、ずらり、と道の脇に並んでいる。
「壮観ですねー。力作もありますよー?」
「だね。まいまいさんの作は流石だ。他にも、自分の力量を見てもらって、魔道具職人としての仕事を得るチャンスとして活用してるんだよ」
ギャルっぽい見た目や喋り方に反して、魔道具作りに余念が無いプレイヤー、『まいまい』。そんな彼女を初めとした、魔道具に魅せられた者たちが、己の力量を知らしめんと、多くの力作を持ち寄ってくれた。
協賛金も大量にいただき、一等地へ飾られたそれらは良い宣伝になるだろう。
「この祭囃子の笛も、魔道具ですかー」
「うん。吹くと音を出すだけの単純な魔道具だけど。アルベルトの演奏は凄いね」
道の奥、その目立たない部分に目をやると、神社で見るような、儀礼用の和服に身を包んだ“アルベルトの群れ”が笛や太鼓の魔道具を演奏している。
これも、素人仕事の持ち寄りであるはずが、“全員同一人物”のアルベルトによる完璧な調整により、バラバラなはずの音が見事な調和を演出しているのだった。
そんな、陽気なお祭り気分のギルドホームを、ハルとカナリーは並んでゆっくりと練り歩く。
「目だってますねー。人気者ですねー」
「そりゃそうだ。カナリーちゃん、今日の主役だもん」
「えっへん。……『お祭りは神様に捧げるための儀式ー』、なんて理屈で、本当に神様を担ぎ上げるとは思いませんでしたよー」
「ユーザー向けの演出って、なかなか難しくってね」
ちょうど、皆の魔道具作りの習熟が遅れており、開催を後ろ倒しにしていたこのお祭りが役に立った。
この機に、ユーザー向けのお知らせを同時に済ませてしまおうという目論見のハルである。
自分も落ち着いた和服に身を包み、道行く参加者に手を振るカナリーと並んで控えめに歩く。
ハル自身もレアキャラになってしまっているので、それでも十分視線を集めてしまうのだが。
「おー? ハルさんー、屋台が並んでますよー、屋台ー」
「参加者さんの物だね。味の調合を頑張ったゲーム内食品の発表会なんだ」
「食べましょうー」
「そうだね。でも、期待はダメだよ」
ゲーム内食品は、未だ未発達だ。味覚の再現は、VR世界では視覚や聴覚に対してかなり遅れている。
なのでゲーム中の食べ物はジャンクフード扱いで、グルメなプレイヤーは主に現地でNPCが作る料理を買って楽しんでいた。
だが、何時でも取り出せるゲーム食の便利さは大きいのも確か。それをなんとか食べられるレベルへ引き上げようと、そうした活動をしているプレイヤーや、ギルドすらあるようだ。
彼らが今回のお祭りに屋台を出せないかと打診してきたので、ハルも快くお願いしたのだった。
「らっしゃい! 神様、神主様、ようこそうちのクレープ屋へ!」
「良い選択ですねー。甘味はまだ調整しやすいですもんねー」
「素直に甘いの好きって言おうねカナリーちゃん。……あと神主ってなに?」
確かにそんな格好をしているハルだが、妙な呼ばれ方だ。
「いやー、ハルさんギルマスですし! 今日は神社っぽいですし!」
「……まあいいけど。お勧めをカナリーちゃんに。いちばん微妙なのを僕に」
「へい! 神様にはイチゴでさ! これは結構な自信作ですよ。ハルさんは、本当に良いんですかい? バナナになります」
「バナナの再現はダメか。屋台として致命的だ」
「そうなんすよねぇ……」
食べると、確かに微妙だ。えぐみが強く、甘ったるさは気分が悪くなる。そしてバナナと言われなければ、そうだと気づくことは無いだろう。
だが店主を責めることなかれ。味の再現は、大手の企業でもまるで進んでいないのだ。その難度の高さたるや、魔道具のコード合成をヒント無しで行っていくに等しい。
「何か、アドバイスなんかはありますかね?」
「たぶん76号と84号を入れてると思うんだけど、抜いた方がいい。再現度よりも気持ち悪さの低減が優先だ」
「お客さんに嫌な思いさせちゃダメですからねー」
「心得ときます!」
口直しにと、カナリーが食べかけのイチゴクレープを差し出してくる。ありがたく頂くと、こちらは再現度も美味しさも自信の通りになかなかだった。
雑な味であるのは否めないが、祭りの屋台なのだからそれが逆に良いのかもしれない。歩きながら、手軽に雑さを楽しみ雰囲気に酔う。
カナリーが差し出してくれるクレープを、少しかがんで口に放り込みながらハルはそのように思う。
そんなカップルがいちゃつくようなハル達の様子を、周囲の参加者が写真に収めている気配がしたが、まあ気にしないでおこう。
そうして、時にいちゃつきながら、ハルとカナリーは参加してくれた屋台を順に回っていった。
カナリーとしても、味の再現というのはかなりの苦手要素なようで、プレイヤーの研究成果に純粋に感心しているようだった。
各屋台の自信作を、その場で買い上げて運営ショップに登録するようだ。
これは神との交流の名目として、なかなか良い仕事が出来たのではないかとハルも気を良くするのだった。
*
屋台の通りを抜けて進んで行くと、服や魔道具の露店が並ぶエリアに入る。
ハルのギルドの性質上、この二つの生産者と交流が多く、ここは彼らの出張所だ。普段は興味ないプレイヤーも、屋台のジャンクフード片手にそれらを買ってみようか悩んでいる様子。
そこは、各露店の店主との挨拶に留め、ハルとカナリーは奥へと進む。
城が近くなり、周囲は公園や湖といった憩いの場へと様相を変えてきた。
ここも、今日はランプが周囲をぼんやりと照らし、アルベルトの祭囃子が雰囲気を出している。いつも以上に、滞在者が多かった。
「おー、ここも甘いにおいがしますねー」
「ここは、露店と違って落ち着いて席で食べられるカフェやレストランのエリアだね。湖のほとりなんか、出店競争すごかったんだよ?」
「オークションですねー」
ここは先ほどの屋台と違って本格派だ。料理も、現地の食材を使った創作料理やお菓子。
異世界を感じられるそれらを作り、食す楽しみを、これを機会に知ってもらおうという場所となっていた。
「どうやって用意してるんですかー?」
「ストレージに入れて自分で持ってくるか、もしくはそれ専用の運び屋を雇ってだね。噂によれば、ストレージを拡張できるユニークスキルを持った運び屋プレイヤー、みたいのも居るみたいだよ」
「噂なんですねー」
「ユニークスキルは、皆ナイショにしてるみたいだからね。僕も無理には探らない」
その、“まともに食べられる”料理店の中で、最も繁盛しているのがアベル王子のファンクラブギルドのカフェだ。
アベルの話によれば、普段から、現地でお菓子作りにいそしんでいるようで、その腕前は折り紙つき。王子のコネと、ギルトの規模の大きさで、材料の調達量も潤沢だった。
「あ、パトロンだ!」
「ハルさん! 神様! こんにちは!」
「こんにちは、ぽてとちゃん。制服、似合ってるよ」
「こんにちはー」
ハルの姿を認めると、店員達が一斉に礼をしてくる。ギルドマスターのシルフィードを通して、このギルドには今も支援を行っているハルだ。いつの間にか後援者と呼ばれてしまっていた。
そのメンバーの一人、ハルとも特に仲がいい、ぽてとがトコトコと小走りに寄ってくる。
ハル達の元にたどり着くと、すかさず倉庫空間からお菓子を取り出して差し出してくれた。
「どうぞ!」
「おー、美味しそうですねー。頂きますよー」
この世界の材料で作った、大好物のケーキ、それをカナリーは満足げにぱくぱくと食べている。
やはり、ゲーム食品とは比べ物にならないようで、彼女の顔もほころぶのだった。
「美味しいですねー、修行しましたねー」
「うん! ぽてとも、みんなも、とっても頑張った! 街にお店やさん開かないかって、騎士のひとにも言われてるんだー」
「へー、異文化交流だね」
「こうりゅー」
いつの間にか、NPCとの交流もずいぶんと進んでいるようだ。
彼女達のような『生活型』ともいえるタイプの他にも、ワープできるプレイヤーの利点を生かした『行商型』のようなプレイヤーも、かなり現地に溶け込んできたとか。
そんな話をしつつ、いくつかのケーキをカナリーが食べ終わる。そろそろ時間だ。
城下町を練り歩いてお祭りを見物してきた二人は、再び城へと戻ってきた。
ここで今日、これから、“ハルとカナリーによる模擬戦”が、大規模な観客を入れて開催される。その時間が、そろそろ迫っていた。




