第295話 新人歓迎会
「じゃあ、まずはだ白銀。君にやってもらいたい仕事がある」
「歓迎会なのです!」
「……そうだね。白銀の歓迎会やろうか」
「マスター・ハルはマスター・アイリに甘いのですね。今も溺愛オーラが漂ってきてます。好き好きの波動を感じます」
「えへへへ、わたくしも、ハルさん好き好きの波動出すのです!」
「……白銀、お前、僕とのリンク切れ」
ハルの体内に入れる形でこの世界に出現したためか、黒曜と同様にハルの内面を深く読み取る状態を、神となった今でも機能として有してしまっているようだ。
それでいて、黒曜とは違い自己主張が強いAIなので、このままだと面倒なことになりかねない。ハルとしては、この状態は早めに解除しておきたくなってきた。
「おや、よろしいのですか? マスターとのリンクを解除すれば、メイドさん達が神のオーラに直接さらされ、彼女らのストレスになってしまいますが」
「……そうだね。じゃあとりあえず、人の内面を勝手に喋らないように」
「《以前、私に設定した詳細条件を送付しておきましょう》」
「頼むよ黒曜」
「そこで悩むこと無くメイドさんが優先なのですね。マスターはお優しい」
「茶化すな」
まあ、それ以外にも様々な理由で今すぐに白銀とのリンクを解除するのは得策ではない。
まず大きな理由としては、彼女の存在維持にかかる魔力だ。<降臨>と同等の現出をした彼女は、存在するだけで大量の魔力を消費する。
ハルとのリンクが切れれば、生まれたばかりの雛鳥とも言える彼女では餌の確保が出来ないだろう。勝手に呼び出した親鳥としては、面倒を見る義務がある。
次に、元々の目的に対する優位性だ。白銀のリンクは、ハルそのものだけではなく、ハルと接続する事象全てに及ぶらしい。
要は、アイリ、メイドさん、エーテルネット。そして何より、渦中のカナリーだ。
ハルでは解析できないカナリーのデータも、同じ神となった白銀ならば解析が可能かも知れない。上手くいけば、カナリーへの命令権に関する情報も得られるかも、そうハルは考えている。
「白銀様は、どんな食べ物がお好きですか?」
「分かりません、マスター・アイリ。わたしは食べるという機能を実行したことがありません」
「では、サンドイッチにしましょう! ハルさんも、わたくしのサンドイッチで、食べることが好きになってくれたのです!」
「楽しみです、マスター・アイリ。それと、わたしは貴女のしもべにございます。敬意は不要ですよ」
「ですが、白銀様は神様で、えーと、うーん?」
「どうか娘として接してくださいね」
「それ止めろって言ってんだろ……」
「アイリ様、そこは私と同様の扱いで、よろしいのではないでしょうか?」
「アルベルトと、なるほど……」
ハルと一体化しているアイリも、同様にマスター判定のようだ。
白銀としてはアイリの所有物という認識であり、アイリとしてはカナリーと同じ神様であるという認識。少々、ややこしい状態のようであった。
「つまり、わたしもアルベルトのようにメイド服を着ればいいんですね?」
「止めなさい、キャラが被ってしまいます!」
「……いや、アルベルト。お前、今のキャラは本来のキャラじゃないだろ。スーツはどうしたスーツは」
ハルのツッコミを、さわやかな笑顔で流す女性版アルベルトだった。どうやら、このお屋敷に居る間はメイドで通すと決めているようだ。
せっかく“本当の姿”を決めてやったというのに、それでいいのだろうか。
「まあいいや。メイドさんといえば白銀、お前から見てメイドさんはどういう扱いだ。マスター・メイドさんか?」
「いえ、マスターであるご夫婦のしもべ、つまりわたしの同僚になりますね」
「マスター・メイドさんってカッコいいねハル君! 上位職だ」
「ああ、うちのメイドさん達は当然マスタークラスだよね」
「我が家の誇りです!」
その場にいたメイドさんが恐縮し、皆で頭を下げる。
しかしこれはお世辞でもなんでもない。メイドさん達はいつだって完璧な仕事をこなすメイドマスターだ。
その彼女らにも紹介が必要だろう。ハルはメイドさん達を集合させると先ほどの経緯を説明し、白銀の歓迎会の準備をお願いするのであった。
*
いつもの応接間、では少し手狭なので、食堂へと移動して歓迎会を開催する。
食事用のテーブルは一時片付けられ、大きな丸テーブルの上に沢山のサンドイッチが盛り付けられる。
隣には多種多様な飲み物のテーブルが設置され、更に奥には色とりどりのお菓子が並べられた物がある。
それら各種テーブルから好きな物を取って、好きなところで歓談して食べる形だ。
ルナとユキもログインを切って、本体でパーティーに参加するようだ。
「あ、お菓子、日本の少なくなったね。また、私買ってこうようか」
「ユキ? 少なくなったと言うよりも、やっとここまで減った、と言うべきよ。しばらくは良いのではないかしら?」
「あはは、そうだね。ごめんルナちゃん。加減、わからんくて」
「もう……、ゲームでの食べ方を基準にしすぎよあなたは」
「平気ですよー? 私が沢山食べますからー」
お菓子のテーブルに盛り付けられた中の、日本のお店のお菓子。ユキが大量に買ってきた物も、これで打ち止めだ。
量はともかく、どれもこれも美味しかった。また買ってきてもらっても良いだろう。いや、今度はハルも共に行って、量をセーブさせるべきか。
「季節のお菓子なんかも入れ替わってるだろうからね。ユキ、今度一緒に買いに行こうか」
「うえぇ!? で、デートのお誘い受けちゃったよ……、どーしよ、どーしよ……」
「ユキさん、ファイトです! 応援してるのです!」
「ちゃんと“自分に塗る用のクリーム”も買うのよユキ?」
「じ、自分に……」
「新人の教育に悪いことを早速言い出さないのルナは……」
そんなお菓子を、カナリーが真っ先に脇目も振らずに食べ始める。甘いものに目がない彼女だ。主役のサンドイッチよりも、彼女としてはそちららしい。
「クチナシ、いえカナリー。サンドイッチは食べないのですか? そちらのお菓子の方が美味しいのですか?」
「人によりますよー。白銀ちゃんにとっても私と同じとは限りませんー。あ、フルーツサンドがありますねー。頂きましょうかねー」
「……違うのですか? わたし達は、元々同じものなのに」
神様たちは皆、個性がある、非常に個性的だ。その違いは何処から来ているのだろう、そこはハルも気になる部分だった。
首をかしげつつも、白銀はその小さな口でサンドイッチをほおばる。アイリに薦められたもの、以前、ハルがその美味しさに心打たれたものだ。
ちまちまと口の中に詰め込んでいき、その可愛らしい顔をリスのように膨らませてもぐもぐする。終始無言ながら、その目は生まれて初めての感覚に驚き、見開いていた。
「……おいしいです」
「やりました! それは、ハルさんもお気に入りだったのですよ!」
「それまでは、ハルはあまり食べ物には拘らなかったものね? ……本来、私が気を使ってあげるべきだったのだけれど」
「気にしないでルナ。というかルナも、食べることにはあまり頓着してなかったしね」
「……でも、あなたほどではないわよ。あなた、放っておくと栄養スティックだけで済まそうとしたでしょう?」
「あはは……」
話のタネにと、ハルはスティック状の栄養食品を<物質化>する。
これは今でも、体内のナノマシン増食用の餌として必要なものだ。なので今でも口にしているが、その回数はめっきり減った。食べずとも体内に直接生み出してしまえばいい為だ。
「ナノさんのおやつなのです!」
「それは、エーテル増食用の糧食ですね。ずいぶんと進歩したように見受けられます」
「ああ、味も相当良くなったよ。当時の物なんて、さすがに僕でも食べたいと思わなかったからね。食べるかい?」
「どれ、そちらも試してみましょう」
「白銀ちゃん、だめですよ! ナノさんのおやつは、食事中に食べるものではないのです!」
「理解しました、マスター・アイリ」
「お父さんとお母さんで、教育方針がズレちゃいましたねー?」
「……カナリーちゃんまで止めてってば。まあ確かに? そういう状況だったけどさ」
そう言うカナリーは、食事をせずにおやつばかり食べている。……こちらも、教育が必要なのではないだろうか?
人間になりたいなら、人間としてのマナーも身につけさせるべきだ。
今度はアイリが無条件に甘やかすだろうから、そこはハルがやらねばなるまい。素直に言うことを聞くとは思えないので、なんだか今から頭が痛くなってくるハルだった。
そんなふうにして、ぱくぱくと味覚についての学習を進めてゆく白銀が、無表情ながらも美味しそうに次々とサンドイッチを口に運ぶ。
傾向から見るに、肉が好きなようだ。肉食だ。どれも平均的に味わって行っているように見えて、肉メインのものは咀嚼回数が多く、また同じものを続けて食べることもあるようだった。
「白銀ちゃん、たくさん食べるのですね!」
「はい、マスター・アイリ。この体には胃袋はありません。無限に食べられます」
「無限におかわりを用意しないとですね!」
「家計に響きます。ある分だけで満足しましょう」
「大丈夫ですよ! ハルさんが出してくれますからね!」
「流石はマスターですね」
アイリは小さな白銀の情操教育に余念がないようだ。メイドさんに早くも新たな料理の指示を出している。
並んでみると、娘というより妹といった感じだ。きっと、今まで自分よりも小さな者が居なかったので張り切っているのだろう。
ハルも、そんなアイリの珍しい一面を少し離れた場所で愛でるのだった。
「こうして見ると、本当に姉妹みたいですねー。そっくりですねー」
「まあ、僕らの体しか参考になる情報が無かったんだろうし、当然だよね」
「アイリ様が融合されていなければ参考はハル様のみで、女性版のハル様でしたね。少し、見てみたくあります」
「変なコトを言うなアルベルト。ルナが興味もっちゃってるだろ」
その想像に少々げんなりしつつも、少し気になる部分が出てきたハルだ。
白銀はハルとアイリの肉体情報をベースとしてキャラクターを形作った。しかしそれは、最初からハルの体内のナノマシンにデータをインストールする形でこの世界に現れたためだ。
では、その過程を経ることの無かったカナリー達は、いったいどのようにして今の体を作ったのだろうか?
「カナリーちゃん達はさ、その体のデザインってどうしたの?」
「私たちですかー? そうですねー、お察しの通り、白銀ちゃんみたいにすぐに姿を決めることは出来ませんでしたねー」
「我々は、しばらくの間姿を持たない存在でした。不要であった、とも言えますね」
「不要か、なるほど……」
人としての姿を持つのは、人と接するためだ。それが不要であれば、元がAIなのだ、『形を持ちたい』、という発想そのものが、存在しなかったのかも知れない。
魔力の大気の中を漂う、情報生命として、しばらく活動していたという事か。
「まるで精霊だね」
「おー、いいですねー。神秘的ですねー」
「そういった存在でいるのも、良かったかも知れませんね。しかしながら」
「私達は、人と関わり、人を導く存在となる道を選びましたー。その為には、人を模した体を作った方が都合が良かったのですよー」
「……なるほどね。なら、カナリーちゃん達が姿を決めたのは、この世界に危機が起きて、人類を導く必要が出てからってことか」
「苦労しましたー」
デザインとか、そういった何かを新しく決める活動が苦手な彼女たちだ。自分のキャラデザにも苦労したようである。
特に、神界用のNPCとして大量のボディを操るアルベルトは、あれだけの量のデザインを決めるのに苦労したのではないか。
そうハルが尋ねると、それほど苦労はしていない、との答えがアルベルトからは返ってきた。
「私があれらを作ったのは更に後の段階、ゲームとして日本人の方々を呼び込む事が決まってからですからね」
「なるほど。時間的余裕があったと」
「時間以外にも、その段においては日本のエーテルネットとも限定的に接続可能になっておりました」
「つまり、日本人の身体データをお借りしたのですねー」
「へー、あのNPC達は日本人、ってことか」
なるほど、プレイヤーにとって親しみが出る訳だ。
その他、ダンジョンやモンスターのデザインなども、大半は日本と接続可能になってからネットを参考に作り出したらしい。
「楽をさせていただきました。私は特にそういった方面が苦手でして」
「だからといって全てを借り物で作るんですものー。主体がどこにあるか分からなくなっちゃうのも当然ですよねー」
「なるほど。それで僕に、基本となるアルベルトがどれなのか、それを決めて欲しかったんだね」
「お恥ずかしい限りです」
以前、ハルがこちらに閉じ込められたとき、エーテルネットとの接続の対価として勝負の裏に隠したアルベルトの望み。
いったい『どの自分が本物なのか?』という葛藤が生まれてしまったのも、一からデザインを決めなかったことによるツケだったようだ。
とすれば、同じように労せずデザインを決めてしまった白銀も、将来アルベルトと同種の悩みを、存在意義の定義に関する不安を抱えてしまうのではないか。
そう懸念を覚えるハルなのであった。




