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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第9章 カナリア編

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第294話 新たな神の誕生

 アルベルトの協力もあり、総当りでの調整作業はあっさりと終わった。

 ハルの予想では日をまたぐかと思われたが、その日のうち、戦艦での会議が終わらぬ間に復元は完了した。

 今も、向こうではまだ分身がアベル王子と雑談している。


「凄いなアルベルト。装置の構造に関する記憶でも残ってた?」

「いえ、ですが整列作業は得意ですので。デフラグしているようで楽しかったですよ」

「……また妙な趣味だこと」


 パズルゲームを楽しむような感覚なのだろうか。ともかく、そんなアルベルトのおかげで、ハルの手元には修復を終えた読み取り機がある。

 試しにクリスタルを順番にセットして内容を確認してみると、問題なくデータベースと全てのデータが一致した。


「……これで合ってるん? データ、私には壊れてるように見えるんだけど」

「大丈夫ですよーユキさん。壊れた状態が正常ですー。たぶん、私達がこっちに飛ばされる時に、元のデータは破損したんでしょうねー」

「あー、そっかー」


 そのため、超大容量が保存可能にも関わらず、意味のあるデータはごく一部だった。とはいえ、腐っても研究所の極秘データ。中身は重要だ。

 ハルは読み取り機に別の装置を取り付けると、データを自分の中に写しとって行く。


「こっちも問題なし、だね」

「それは、何をしているのですか?」

「これはねアイリ。読んだデータはそのままだと電気信号、あー、古い時代のデータ形式だからね。それをエーテル信号に変換してるんだ」

「クリスタルの中の子はナノマシン用のプログラムですからねー。ナノマシン(エーテル)に移してあげないと動きませんー」


 とはいえ、馬鹿正直にエーテルネットに繋げてしまうのは危険が大きい。

 管理社会ディストピア、とまではいかないが、管理されたネットワークを作るためのAIだったものだ。現行のネットに悪影響が出てしまうかも知れない。

 今は向こうとの接続を閉じて、独立稼動スタンドアロンの環境でまずは走らせて様子をみることにする。


「そういえば、カナリーちゃん達は『魔力(エーテル)ナノマシン(エーテル)変換』は出来ないの?」

「できませんー。出来たら楽なんですけどねー」

「そっか」


 魔法信号、とでもいうべきか、魔力エーテル情報体となったカナリー達は、不可逆変換だ。エーテルネットには戻れないでいた。

 エーテルネットに適合する存在として生み出されたというのに、皮肉なことである。


「じゃあ、本命いってみようか」

「どきどきですねー?」


 そうして全ての準備は整い、ハルはついに本命のクリスタル、厳重に保管していた最後のそれの読み取りを開始するのだった。





「《読み取りを開始します。ハル様、準備はよろしいですか?》」

「ああ、開始しろ黒曜」

「《御意ぎょい。リーディングスタート》」


 クリスタルから読み出された情報が、更に変換に掛けられてハルの体内に流れ込んでくる。

 ハルの体に流れるナノマシンでは、すぐに埋め尽くされそうな勢いのデータ量であったため、急いで増殖をかけて総量を増やす。


 そうして、全てのデータの移植が終わると、ハルの脳内に響く声があった。


《おはようございます、ネットワークマスター。コマンドをどうぞ》


「お、成功したね」

「お、なになに? どーなってるん?」

「声が聞こえます!」

「アイリちゃんにも聞こえているのね? ハル、私たちにも……」

「ちょっと待ってね。カナリーちゃん、手伝って」

「はいはーい」


 いつものように、ハルの感覚をゲーム内のウィンドウに接続し、彼女たちにも認識可能な形式で再生する。

 すぐにスピーカーから、聞き取りやすい女性の音声が再生された。


「《繰り返します。コマンドをどうぞ、ネットワークマスター》」

「管理コードhar12000、現在発令中の全ての命令を解除。以降、僕の命令に従うこと」

「《コマンドを受諾しました。待機状態に移行します》」

「おー。新しい子ちゃんだ。ハル君、その子の名前は?」

「君の事はなんて呼べばいい?」

「《コード『白銀』です。マスター・ハル》」


 会話も非常に柔軟性がある様子だ。現状の特殊さにも、とくに戸惑って、というかエラーを出している様子は見られない。


「オーケー白銀、君から見た現状認識を述べよ」

「《わたしは休眠状態からの復帰後、マスター・ハルの管理する限定ネットワークで試験稼働中。同ネットワークには、未知のAIが接続済み。同僚と仮定します》」

「それは僕個人の関係者だね」

「《現在わたしはマスターの個人所有に再定義されましたので、同僚で合っていますね》」

「……雲行きが怪しくなってきた」


 優秀で判断の柔軟なAIなのは分かっているが、なんだろうか、この自己判断の範囲の広さは。

 確かにハルは高い権限を持つ研究所の人間であるが、それが命令ひとつで管理AIの所有権を得られるのは穴だらけが過ぎる気がする。


「白銀さんというのですね!」

「《肯定ポジティブ、マスター・アイリ。今後ともよろしくお願いします》」

「はい! よろしくお願いします!」

「おいまて」


 さすがにこれは少し焦るハルである。アイリの状況を、あまりにも正確に理解しすぎている。

 確かにエーテルネットの判定では、アイリもハルの一部、同一視されている。だとしても、一瞬で彼女の名前まで理解した、というのはあまりに脅威。

 これだけでもう、圧倒的な情報収集能力を感じるやりとりであった。


「ぽじてぃぶ!」

「《お気に召しましたか?》」

「はい! すてきな響きですー」

「《それは重畳ちょうじょう》」


 アイリも随分となつっこい。実は基本的に顔見知りである彼女がこの態度ということは、アイリもまたハルを通して白銀の存在を感じているのだろう。

 ハルとしてはまだ味方とは決め切らないのだが、アイリのその楽しそうな様子を見て、いくぶん警戒の度合いをゆるめるのだった。


「……まあいいや。白銀、現代はエーテルネットが既に実用化されている」

「《それも重畳》」

「で、これから君をそこに繋ごうと思うけど、隠密動作を約束すること」

「《大丈夫です。怖いので、もちろん派手になんて動きません》」

「……ええぇ」

「愉快なAIね?」


 ルナが、いや他の女の子たちも揃って半眼のジト目になってしまっている。この残念臭はなんだろうか?

 これが、次世代を担うはずだった最高峰のAIの姿かと思うとどうにも眩暈めまいのするハルだ。


「まあいいや、アルベルト、向こうに接続して」

「はっ! 接続を開始します、ハル様」

「……どうだ、白銀?」

「《少々お持ちを……、……、これは、随分とまた仕様が変わりましたね》」

「ああ、研究所の仕様は白紙になったと見ていい。僕らはもう管理者じゃないよ」

「《起きたら無職でした》」

「あはは! この子おもしろいねハル君!」

「……高機能ではあるよね」


 ジョークを自然に言えるというのは非常に優秀なAIである証だ。

 だが何故だろうか。“優秀だから”ジョークを言っているのではなく、“優秀じゃないから”出た素の言葉のように思えてならない。


「《まあ、マスターが養ってくれるでしょうし安心です》」

「養うには白銀はさすがに容量過多おおめしぐらいすぎるかな。僕の体から、ネット上にデータを移せるか?」

「《不可能です。謎のエラーが発生しています》」

「…………しまった」

「あー、やっぱりそうなっちゃうんですねー?」


 完全に油断していた。この世界に彼女を呼び出すということは、カナリー達と同じ状況を作るという事に他ならない。

 エーテルネットに繋げたら問題があるかも知れない、とこちらの世界で実験を行ったが、早くも魔力が白銀のデータに影響を及ぼしてしまったらしい。


「黒曜、変異の際のデータは取れてる?」

「《ご安心ください。ご命令どおり、余さず記録しています》」

「ならばよし。このポンコツぶりも、変異のせいに違いない」

「《わたしの判断は起動時より途切れることなく連続しています。つまり、わたしは元よりポンコツだったと証明できるでしょう》」

「やめるんだ。研究所が残念AIを作っていたなんて思いたくない!」


 倫理を無視したところはあったが、いちおう人類の未来を真剣に考えた真面目な機関であったはずだ。

 なんだか己の存在まで揺らぎそうになるハルである。


「白銀ちゃーん、ハルさんの体に入るとき、『ばびゅーん!』って感じしませんでしたー?」

「《しましたね。どちらかというと、『ばひゅーん』、でしたが》」

「なるほどー」


 擬音の差異はともかく、彼女もまた、この世界に適合した存在へと昇華してしまった、と考えていいだろう。

 原因は、恐らく魔力に触れた事であると考えられる。

 あの、謎の黒い石に付着していた魔力にカナリー達は触れ、データは変質し、この世界へと転移してしまった。


 今回の実験で、それが明らかになったのは収穫だ。記録したデータから、その時の詳細な内容が読み取れればなお良い。


「《ところで、あなた梔子くちなしですか? 何となく名残りがあります》」

「おおー、正解ですよー。懐かしいですねー」

「……それ、カナリーちゃんの元の名前?」

「はいー」

「わが国の名前、しょ、しょんな偉大な由来だったのですか!」

「てきとうですよー?」


 アイリが恐縮しきっているが、これは本当に本気で適当なのだろう。カナリーなので間違いない。

 そんな周囲の様子はつゆ知らず、といった感じで、白銀は更に言葉を続ける。


「《では、わたしも梔子のような体を得られるという事ですね》」

「いけますよー」

「なになに? それって新たな神様が生まれるってこと?」

「そう、なるわね? ……でも運営じゃないから、神様ではないのかしら?」

「すごいですー!」


 確かに凄いのだが、白銀の理解が早すぎる。逆にハルの方の理解が追いついていないくらいだ。

 白銀は人間ではないのだから、異世界だとか魔力の体だとか、そういった常識外の事にいちいち“驚く”、という機能が無いのは分かる。

 しかしながら、それを差し引いても情報収集能力と、分析能力が高すぎるのではないだろうか?


「白銀、お前の分析力の高さの理由を述べよ」

「《マスターを介してエーテルネットの計算力を間借りしています。あ、頭痛がしてきたらすみません》」

「えっ、勝手に僕の意識拡張使ってんの? こわい」

「《それよりマスター、分身出せますか?》」

「それより、ではない」


 まあ、やりたい事は分かるので出してやるハルだ。恐らく、分身に自分の意識を移し、ハルの体から出るつもりなのだろう。

 勝手に話を進行されている気もするが、このままでは負担が大きいのも事実なので、ハルも白銀の為に分身を生み出す。


 すぐに、彼女がそちらへと移った気配がする。

 分身の体が光に包まれると、形や大きさが変わってゆく。ずいぶんと、小さな姿になるようだ。どんどん縮小し、アイリよりも更にちいさくなった所で止まった。


「できました。変じゃないですかマスター?」

「うん、かわいいけど。何でそんなちっちゃいの?」

「私の読み取れる、マスター・ハルとマスター・アイリの容姿情報を参照しましたので、お二人の子供、という形がよろしいかと」

「ふおおおおおおお!?」

「まったくよろしくないが? お前、外出るなよ?」


 ……あまりに自由すぎる。少し疲れてきたハルだ。


 光の中から姿を現したのは、アイリのような美しい銀髪をなびかせた少女だった。

 生意気そうな目つきが、不敵な態度の彼女に似合っている。……もしや、その目はハルを真似たものだろうか? そう考えると何とも言えない嫌な気分になってくる気がするハルだ。


 その、ちんまり、とした体にカナリーと同じ簡素なワンピースを身につけ、腰に手を当てて自慢げなポーズを取っていた。

 確かに、やってることは凄いのだが。あまり素直に認めてやりたくなくなる態度だ。


「これは、擬似的に<降臨>したことになりますねー。やりますねー」

「梔子のデータもわたしと繋がってますからね。参考にしましたよ」

「今は『カナリー』ですよー?」


 <降臨>と同じ、それは、また大飯喰らいが増えるということだろうか。

 しかも正式なスキルの<降臨>ではないため、<降魔の鍵>による消費の押し付けが出来ない。頭の痛い話だ。


「まあ、勝手に呼び起こしたのは僕だから、面倒は見るけどさあ」

「ずいぶんと、自由な子ね? 神様だから、仕方ないのかも知れないけれど」


 あのルナですらも、ペースに飲まれているようだ。また随分と、大物が出てきてしまったものである。

 しかしながら、その価値はあると断言できる。

 今回初めて、ハルによって完全に支配された神が仲間になった。その白銀の協力により、神々の存在にメスを入れて行く。その手ごたえをハルは感じていた。

 読みは「はくぎん」になります。

 以前、ギルド名を決めるとき銀色だけ使用可能だったのは、彼女がこちらに来ていなかったのが影響しています。

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