第293話 命令権
「という訳で、そろそろカナリーちゃんにも口を割ってもらわないとね」
「そうなんですねー? 大変ですねー」
「君のことだよカナリーちゃん」
「ですねー。……ほっぺたはにゃしてくらはいー」
のらりくらりとするカナリーの頬を、いつも通り引っ張っておしおきする。いつも通りぷにぷにだ。
カナリーの目的が何処にあるにせよ、事前の周知は必要だ。
それは今の状態で伝えても良いのだが、やはり目的が何なのか、時期はいつなのか分かってからに越したことはない。
ハルは、そこを探ろうと当の本人であるカナリーと向き合っていた。
「さて、カナリーちゃん。大人しく情報を吐くんだ」
「尋問しちゃいますかー?」
「そうだね? ……どうしちゃおうかね、子猫ちゃん?」
「地下室に鎖が必要ね? アイリちゃん、用意できて?」
「ありません! ……わたくしも、あ、あちょで尋問していただだいても!?」
「私も縛られたいわ?」
「ルナもアイリも、あまり興奮しないでね?」
ちょっといけない雰囲気を出したハルも悪いのだが、すぐにそれに乗ってきてしまう、えっちなお嫁さん達によって冷静になってしまうハルだった。
うかつな発言のせいで、今日の夜が少し心配になってきた。
「にゃーん。まあー、そういったあらゆる交渉ごとに乗ることを不可能にするためのロックなのでー」
「ごっこ遊びにしかならないよねえ」
「……尋問も交渉の一種、なのね。……少し新鮮な視点だわ?」
メリットとデメリットを提示し、それを自ら選択する以上、AIとしての視点においては尋問もまた交渉の一種なのだろう。
そうした、個人の利益を優先して、全体の、運営という組織としての不利益とならぬよう、強制力が働いているということだ。
神様版の、<誓約>という感じであろうか。
「でもさー、カナりん?」
「はいー、ユキさんどうぞー」
「カナりんはもう、ハル君の手下になった神様の多数決で、何でも法案を自由に通せるんでしょ?」
「ユキあなたね、どんな議会よ? ハルの好きな戦略ゲームの勝利条件じゃないのだから……」
「そうですねー、そう強引にはいきませんー。拒否権の行使がありますしー」
「ああ、あれか」
「それに、仮に全ての議員を賛成に抱きこめても、このロックは、その上位に至上命題として存在しますー」
あくまで、その大きなルールの範囲内で何をするか決める、その会議であるようだった。
当然のセーフティーだろう。例えば、ハルが全ての神々を倒し、配下に置いたとしよう。そして彼女らに要求する内容が、『このゲームのサービス停止』、だとしたら?
それでは誰も、最初にあったであろう大きな目的を遂げることが出来ない。そんな事態は、可能性の段階から排除しなければならなかった。
あくまで、イベントのルールなどをハル有利に誘導する、その程度なのだろう。
それに、いつだったかカナリーは、『秘密を語らせたければ、自分の命令権を得ろ』、ということを言っていた用に思う。
最初は、彼女らを作った開発者のことなどまるで分からなかったハルだ。しかし、様々な調査を経て、今ならばそれが分かる。
カナリーを作り、その命令権を持つもの。それは過去に存在したエーテルの開発、ハルも在籍していた研究所である。権利を有するのは、そこの局員だろう。
「……ん? でもそれだとどうするんだ? もう研究所は病院の形態を経て完全に消滅。当時のスタッフも亡くなっていて、権利を有する者はこの世に存在しない」
「ハル君は? スタッフじゃないん?」
「ユキ、だめよ?」
当時は自我も無く、まともな扱いをされていなかったハルだ。気分の良い話ではないためにルナがそれを遮る。
「まあ、権利で言うなら、僕はそこらのスタッフよりも圧倒的に上の権限を有してるハズだよ。それを公正に扱うために、自意識が薄かった訳だし」
「しかし、そのハルさんがカナリー様への命令権を持っていなかったとなれば……」
「この世で誰も命令権なんて持ってないってことだ。どーするん、ハル君」
「難問だね」
「たいへんですねー?」
「…………」
のんきな張本人だ。ハルは抗議の意味として、抱き寄せて頭をわしゃわしゃしてやった。……楽しそうだ。
しかし、困った事実だった。最初に考えていたように、このゲームの、カナリー達AIの開発者が金持ちの道楽者だった場合、そいつを探し出して命令権を譲ってもらえばいい。
全ての人間の脳を繋ぐエーテルネットの特性上、ハルに探せない相手は存在しない。
エーテルネットに接続していない場合はお手上げだが、今の地球上でそんな場所は限られる。というかその場合、ほぼ確実にハルの学園に潜伏して居るだろう。
だがそもそも、今回の場合は対象者が存在しないことが確定している。
「ハル君、試しにカナちゃんに命令してみれば? 案外効くかも。おぱんつの色とか聞いてみよう」
「カナリーちゃん、はいてないから駄目だよ。……そうだね、カナリー。管理コードhar12000において命令。無条件の情報開示を要求」
「だめですー。あなたのアクセス権ではクラス9以上の情報へはアクセスできませんー」
「……生意気なカナリーちゃんだね。最上位だよこれ」
「おお! なんかそれっぽい! かっこいいねハル君……」
当時の管理番号を引っ張り出してきたハルだが、特に効果は無いようだ。
やはり、命令系統そのものが書き換わっていると見ていい。当然か、この世界に転移するにあたって、こちらへ適合した存在へと彼女たちは進化した。
「……他に考えられるとすれば、神々の間でリーダーを決めている、といった可能性はあって?」
「神々はどなたも、立場のうえでは対等なはずなのです。その、神話としては、ですけれど」
「そうですよー? まあ、セレステは今、私の下についちゃってますけどー」
「セフィは? あの白い部屋の神様。彼は立ち位置がなんか管理者っぽいし」
「……彼も、命令権はありませんねー。特殊な存在ではあるんですけどねー」
「そうか……、『セフィを倒して命令権を奪え!』ってんなら分かりやすかったんだけど。可能かどうかは置いておいて」
するとやはり、彼女たちに命令する権利を持っている者は存在しないことになる。いや、“自分自身が命令している”、という扱いか。
やはり、『権利を持っている誰かに許可を得る』、という従来の手法は取れそうにない。まずは、権利とは何かから考えなければならなそうであった。
◇
「……とはいえやっぱり、カナリーちゃんの“仕様”については知っておきたい」
「体に聞くのね? 記録は任せて?」
「そうだね。……といっても、カナリーちゃんの体にじゃないけど」
「では、セレステ様でしょうか?」
「アイリ? セレステの場合は本気で抵抗できない人選だからその発想やめようね?」
ハルに逆らうな、とカナリーから指示されてしまっている。セレステが相手の場合、本当にルナ好みの展開になってしまいそうだ。
「まだ、“仕様書”が残ってる神様が一人だけいる。彼か、もしくは彼女に、神々の設計図を尋ねたい」
「あ、クリスタルの神様だ! 封印を解けられるんだね!」
「まだだけどね。解除の目処は立った。……黒曜」
「《準備は整っております、ハル様。現行で解析完了しているクリスタル。それら全ての配列データを一覧化する作業は終了しました》」
「良くやった。あとは、読み取り機を修復するだけだな」
「《その通りでございます。すぐにでも、作業に入ることが可能です》」
破損し、再現不能となった『トワイライト・メモリー・クリスタル』の読み取り機。それをハルが修復し、最後のクリスタルに眠るAIを呼び起こす。
その、ある意味でまっさらな状態の神様に、自身の仕様についての詳細を語ってもらうのだ。その神様ならば、ハルのコードも通じるかも知れない。
もし通じなくとも、カナリー達がこの世界に飛ばされた際、どのような変化が起こり、ただのAIから神のごとき者となったのか、それを知ることが可能になるはずだ。
その為には、クリスタルに眠る神のデータを傷つけないように、専用の機械の修復は必須であった。
「でもさでもさ? 部品が小さすぎて、ナノマシンのエーテルでも手が出せないんでしょ?」
「そうだね。前時代マジあたまおかしい、そう思える逸品だ」
「……クリスタルのデータベースを用意したと言うことは、力技ね?」
「うん。アルベルト、手伝え。大好きな電気だぞ」
「はっ! 腕が鳴りますね」
呼べばすぐさま、メイド姿の女性版アルベルトが姿を現す。電気技術が大好きである彼にとっては、最高の仕事だろう。
今回の作業は、ナノマシンを使った作業ではなく、完全に魔法で行う。物理のエーテルさんは今日はお休みだ。
ハルと、アルベルトによる<物質化>で、ほとんど分子レベルの部品を、分子単位で指定して再現するのだ。ハル以上の精度を誇るアルベルトは心強い味方であった。
ルナの言う、力技というのはその部分。部品の破損により読み取りに“ズレ”が生じ、正しいデータを吸い出せなくなっている。
そこを<物質化>で修正し、分子の並びはどう配列すればいいのか、膨大なパターンをゴリ押しで検証して行くのだ。
その為のデータベースである。クリスタルから読み取ったデータと、データベースのデータが100%一致すれば、装置の理論が分からなくとも動作は完璧だ。
ひと手間加えているとはいえ、いつものコピー&ペーストである。
「動けば良い。別に、この装置の生産ラインを再開させたい訳じゃないからね」
「効率的な思考にございます。流石はハル様」
「……褒められてないよなー、相変わらず」
「褒めておりますとも、本心から」
ハルとしては、まるでスマートな行いではないので自虐的なのだが、アルベルトは本気で感心してしまっている。効率重視の、AIならではの思考だろうか。
……いや、彼は、今は彼女は、ハルが何をしても賞賛しそうだ。
そんなアルベルトと共に、ハルは修復作業に取り掛かる。
部品の配列を少しずつズラした装置を<物質化>で、ずらり、と並べ、そこにこれまたコピーし増やしたクリスタルをセットしてゆく。
当然、読み取ったデータ内容は破損している。
だが、その内容の一致率は、装置によって様々だ。まるで意味を成していないデータもあれば、奇跡的に一部分だけデータが読み出せる物もある。
その成功品だけを抜き出して、他の複製品群は消去する。
その、繰り返しだ。
「……原初のAIの学習方法を思い出すね、これは」
「あー、何だっけ、遺伝的アルゴリズム? だっけハル君」
「そうそれ」
「……詳しいわねユキ。よくそんな事を知っているわね?」
「昔ねー。ハル君と遊んだときに教わったんだー」
「最高効率のパンチはどう打てばいいのか、ってね」
「すごいですー! 結局、どうなったのですか?」
「ユキが勘で殴った方が効率的だった」
「す、すごいですー……」
本当にすごい。理屈じゃなかった。
まあ、それはさておき、遺伝的アルゴリズムは膨大な試行回数を用意し、その中で最も成績の良いデータだけを次世代に引き継ぐ、というデータの生成手法だ。
例に出した“パンチの威力”という単純な解のある物には、効果が高く発揮される。
最初は愚にもつかない結果だが、データの遺伝を重ねるごとに、徐々に最適解へと洗練されてゆく。
今回は、その手法と似た方法を取り、膨大な試行回数で強引に一致率を100%に近づけて行っている。
明確な終わりがあるので、いつかは一致するという理屈である。
見ている彼女たちにも、視覚的に分かりやすいように並んだ装置の頭上に一致率を表示して目を楽しませる。
徐々にパーセンテージが上がっていく様子は、何となくわくわくするものがある。
ハルはそうして、一歩ずつ装置の復元を成してゆくのであった。
※誤字修正を行いました。「デーダ」→「データ」。
何のことはない単純なミスなのですが、見つけた時はなんだか笑ってしまいました。響きが気に入ったのでしょうか? うーん、でーだ。




