第287話 この世界を疑い始める者たち
ヴァーミリオンでの調査依頼が終わると、取って返すようにハルはお屋敷に戻り、今度は藤の魔法国にも訪問した。
クライス皇帝から伝えられた会談の日時を調整すると共に、こちらでも調査を依頼する。
もっともヴァーミリオンと違い、こちらは王子に直接、という訳にはいかなかった。ミレイユに預ける形で、彼女から王子へ渡るように託す。
「まあ、本来はこれが普通だよね」
「ですわ。皇帝陛下に毎回直接の謁見をするなど、貴族社会では考えられないことでしてよ?」
「まったく大変だ。そして面倒だ」
「仕方がありませんの。暗殺だなんだと、警戒すべきことは山ほどありますし、“格”の維持も重要ですわ」
高貴なる者が、『会いたい』と言われたからと、ぽんぽん会っていては軽んじられる。
きちんとした手順を踏んで会談に臨まねば、他の者に示しがつかないのだろう。
「ただでさえ王子は、私やセリスを重用しているせいで微妙な立場ですわ」
「評判わるいの?」
「直球ですわね……、いえ、むしろ成功者へのやっかみですわ」
「なるほど。この時代の転換期、いち早くプレイヤーを取り込めたのは大きい」
「ですの。戦艦利権の確保、これは中でも大きな功績ですわ」
まだプレイヤーの波がこの紫の国へ到達する以前、ただ一人先行してこの地を訪れたセリス。彼女を婚約者として迎え、その姉であるミレイユを参謀として置いている。
それにより、ラズル王子は神々の気まぐれとも言うべきこの時代の分水嶺を、この国で誰よりも上手く渡っている。
「それは、やっかみもされるだろうね」
「……他人事のように。大半はハルさんが原因でもありますのよ?」
「そうだった」
戦艦へと導いたのもハルならば、この先に行われる赤の王国、ヴァーミリオンとの会談を成立させたのもハルだ。
ハルとしては彼個人に肩入れする気はないが、このミレイユに協力し、また協力を得る関係上、どうしても間接的に彼の利益になる。
まあ、王子は悪人ではないし構わないだろう、彼が勢力を伸ばすことは。そのあたりの事情、この国の勢力図まで気にしていては、ハルも何もできなくなってしまう。
そのハルと渡りをつけたのは、目の前のミレイユである。それを考えると、ほとんどの手柄は彼女のおかげだと言うこともできた。
セリスを使っての、アイリとハルの結婚祝い。最初こそ敵対的だったが、強烈な印象付けとしては成功だったとも言える。
結果としてミレイユの策は全て潰されたが、転んでもただでは起きないとはまさにこのこと。むしろ、成功した時よりも利益は大きいかも知れない。
「そうだ。セリスはこの国ではどうなの? 王子とは結婚しないのかな」
「……それが、セリちゃんは悩んでいる様子ですの。本当に結婚して良いのか」
「マリッジブルー、だっけ?」
「いえ、そういうのとは別ですの。あの子は、この世界を気軽なゲームだと認識できなくなってしまったようでして」
「……リアルだもんね。このゲーム」
「ですの。ですので遊びで結婚して、それがもたらす結末に耐えられるか、不安なんですの」
「“サービス終了したとき、どうなるか”、だね」
ミレイユが首肯する。つまるところ、簡単に言ってしまえばかつてのハルと似た悩みだ。この世界が、ゲームとは感じられない。
ハルと違い、論理的な決定打には欠けるだろうが、逆にセリスは勘がいい。直感的に、この世界がただのゲームでは無いと確信してしまったのかも知れない。
もし、ゲームとしての遊びではなく王子を愛してしまった時、サービス終了し彼と会えなくなったら自分はどうなってしまうのか。
逆に、自分を愛してくれた王子が、サービス終了につきログイン出来なくなったセリスと急に会えなくなったら、どうなってしまうのか。
そうしたことに、不安を感じているらしい。この世界のあり方そのものに疑問を感じたハルとは少し事情が異なるが、他人事の気がしなかった。
「セリちゃんだけでなく、このゲームのNPCに疑問を抱く人たちは少しずつ増えているようですわ。あまりにも、リアルすぎると」
「まあ、日常的に接していれば、そうなるだろうね」
いかに、このゲームが外部との接続を隔離して没入間を増しているとはいえ、他にもゲームをやる者ならば、NPCの出来が“良すぎる”ことにいずれ気がつく。
現在のAI技術ではありえないほど自然な対応。それをこれだけの人数、常時シミュレートする計算力。どちらも単なる無名のゲームが備えていて良い物ではない。
「このまま行けば、このゲームの運営そのものにメスを入れようと、そういう流れになる気がいたしますの」
「それは、良家のお嬢様としての勘かな」
「経験則、でしょうか? ルナさんなら、更に踏み込んだ意見をお持ちのはずですの」
「まあ、そうなってもおかしくないよね。でもしばらく先かな。きっと、そういうプレイヤーは戦艦内に隠された歴史の真実に夢中になるだろうし」
「また、さらりと重要そうな情報を出してきますのね……」
そういった、NPCについて興味が大きいプレイヤーは多かれ少なかれ、ダンジョンなどでの冒険よりも街での観光などを好む。
そうした彼らが、モノの保有する古代の情報にアクセス可能になれば、しばらくはそちらへ掛かりきりになるだろう。
しかしながら、それもあくまで一時しのぎ。その情報が知れれば、世界への興味は更に増すことになる。ここが普通のゲームではないとの思いも、また増大するだろう。
そうなった時、神々は、カナリーはどうするのだろうか? 真実を公開するのか、はたまた、そ知らぬ顔で運営を続けるのか。
後で、カナリーに聞いてみようとハルは思う。
「ハルさんは、どう思っていますの? 唯一、ご結婚なされているプレイヤーでいらっしゃいますけれど」
「ん? アイリのことを? “サ終程度ではこの愛は止められない”よ」
「深遠すぎて発言の意図が読みきれませんわ……」
少々はぐらかしすぎただろうか。だが、この場合どう言うのが正解なのか、ハルは分からない。
ミレイユには、正直な気持ちを話しても良いのかも知れないが、ことはハルと彼女の二人の問題では収まらないのだろう。
セリスや、もしかしたら他のプレイヤーが行動を決める指針として、いつのまにか機能してしまうのが怖かった。
「分かりました! ルナさんと協力して、このゲームの権利を買い取るのですね」
「ちょっと違うかなー」
「違いますの? その時は協力いたしますのに」
流石はお嬢様、気軽に言うものだ。だが、それは難しいのではないだろうか。
確かに運営規模としては貧弱なこのゲームだが、神々は資金に執着しないし、また資金を必要としない。買収するのは厳しそうだ。
「……とりあえず、僕個人としては、ここはもう一つの世界で、アイリたちはれっきとした人間として接しているよ」
「そうなのですわね。……何となく安心しました」
ミレイユが安心した理由はなんだろうか? それを彼女の表情から探る前に、その日は解散となり、ミレイユはログアウトしていった。
*
「そんで、後は会議の日まで結果まち?」
「それじゃあ芸が無いし、他力本願すぎるよね」
「別に構わないと思うけれど? でも、ハルらしくないことは確かね?」
「はい! ハルさんは、何でも自分で解決しちゃいますから!」
お屋敷に戻り、情報を共有すると、女の子たちにそんなことを言われてしまうハルだった。
別に、ハルは何でも自分で解決したいと思っている訳ではない。色々と要因が合わさって、結果的に自分でやるしか無くなっているだけだ。
まあ、あまりプレイヤーと関わらないようにする、という方針の関係上、ほぼ自業自得であるのだが。
「だからまあ僕自身も、出来る事はやっておこうかな」
「なにすんのさ?」
「基本的にはユキと同じ。足で探す」
「わ。力技だ。ハル君って知的に見えてたまにやるよね。強引な方法」
「……単純な方法で解決できるなら、それで良いんだよ。結果的にそれが知的」
いや、知的ではないかも知れない。少し強がったハルだ。
「分身を飛ばして探すのかな。私も<分裂>しようかなー。バラバラに別の場所を探すの、できるかなぁ……」
「ちょっと待ってユキ。そうなんだけど、少しだけ効率の良い装置を作るから」
「お、知的度がアップしてきた」
まるで知性を感じない胡乱な単語に、ルナが苦笑する。アイリは純粋に、ハルが何を作るのか、わくわくしていた。
期待に答えられる、知的度の高いアイテムを作り出せると良いのだが。
「……この石、幸いなことに、探すにあたっては大きな特長がある」
「黒いです!」
「それと、高い磁気を発しているのよね?」
「うん。なので、磁場の計測器を作る」
石の発する磁界をデータにし、それと同様のものを測定する装置を作る。
それを持たせた分身を、いや、分身よりも小さなマスコット状の『ゾッくん』を各地に飛び回らせれば、探査は効率的に進むだろう。
「まあ、地表だけなんだけどね」
「鉱石ですもの、可能性としては地下の方が高いわよね?」
「掘り返そうか!」
「ユキ、ステイ。僕らが本気でやると、地殻変動レベルの迷惑がかかるよ」
「わんわん!」
よい子のユキちゃんには、ついでに『お手』も試してみると、ノリの良い彼女はハルの手の上に自分の手を重ねてくれた。
ただ、一瞬で真っ赤になって逃げてしまい、やはりキャラクターの体での接触は恥ずかしさが抜けないようだ。
それはともかく、ハルは魔法で測定器を構築してゆく。
まずは石の磁界パターンを覚えこませ、一致する磁場へと反応する機関を魔法式で作り出す。
それを回路として一つのパーツに封入し、反応すればその回路から魔力が流れ出す、そういった構造を組み上げる。
単純な作りだ。同じものだけに反応し、反応したら魔力を出す。
その単純なパーツを複数、全周囲に対応するように組み合わせ、その集合を基幹部品としてパッケージする。
後は、その部品の外部に、出力された信号の微妙な差異を判定する為の解析機を取り付け、解析結果を光で示す為の出力部、<光魔法>を発動する装置を取り付ければ完成だ。
「はいできた。ちょっと単純すぎるかな……」
「いいのではなくて? 一つの機能に限定した物だもの。無駄に多機能にする必要はないわ?」
「ちっちゃいしね。持ち運びには便利そうだ! ……どっかのモノリスとは違って!」
「かわいいです! さっそく、ゾッくんに持たせてみましょう!」
形状は、球体をしたコンパスといったところ。ゾッくんが、その小さな両手で、ちんまり、と落とさないように球をかかえる姿がなんだか可愛らしい。
その姿に、ゾッくんのデザインを作り上げたアイリもご満悦だった。
「かわいいのです! きゅっ、って持ってます!」
「僕にとっては自分自身だから、複雑だけどね。そうだ、アイリがその状態のゾッくんを抱えてみてよ」
「はい! こう、ですか?」
コンパスを抱えた可愛らしいゾッくんを、これまた両手で抱える可愛らしいアイリ。
非常に、目に麗しい光景だ。背景に花でも飾りたくなるハルだった。
「うん。かわいいかわいい。アイリの方がずっとかわいい」
「ふおおおおぉ……、あ、ありがとうごじゃいましゅ……」
ついでにルナにも持たせて、隣に並ばせてみる。仏頂面の彼女だが、それもまた良い味を出していた。
実は本人としてもまんざらではなく、口の端が押さえきれずに、ほんの少しだけ釣り上がっているのが見て取れた。かわいいもの好きな彼女である。
「……ハ、ハル君、いちゃいちゃしてないで機能テストしよう!」
「ユキ、逃げたわね?」
「ユキさんも並ぶのです!」
「機能テストしよう!」
このままでは自分も同じポーズをして並ばされる、その流れを察したユキが、あたふたとハルに先を急がせる。
かわいらしいポーズをさせられるのを避けたか、それともハルの分身でもあるゾッくんとの接触を恥ずかしがったか。
まあ、彼女の言うとおりでもあるのは確かなので、本題に移ろう。ハルは愛らしい二人はそのままに、コンパスの実験へと移行した。
「こうして黒い石が近くにあると……」
「おお、光の針がそっち指すんだね!」
手元に黒い石を<物質化>すると、それを感知したコンパスが、魔法の光を指し示す。
ハルが動くとコンパスの針もまた動き、しっかりと石の位置を針で追っていた。
「分かりやすい、分かりやすい。でもさ、これ音とか出ない? もしくはシステムメッセージ欄に通知とか」
「いきなり運営としての技能を要求しないでくれるかな……」
システムに紐付けられれば便利だが、さすがに難しい。
しかし、ユキの言うとおり、光が出ているか否か、ずっとコンパスを見つめて移動するのは確かに苦である。
彼女が使いやすいように、その後もハルたちは機能改善を続けるのだった。




